2017/11/12 - 2017/11/13
219位(同エリア424件中)
SHU2さん
今回の岡山観光は、吉備路、倉敷、鷲羽山周辺、備中高梁周辺の観光です。1日目は、鬼ノ城、備中国分寺、倉敷美観地区、鷲羽山展望台周辺を観光。
2日目は、備中松山城展望台から雲海に包まれた備中松山城を眺め、高梁市内を経由して備中松山城に登城。下城後は、高梁市内に戻り城下町を散策。その後、吹屋の町並み保存地区と中野エリアを見学。その後古社と古墳が点在する吉備路エイアに戻り吉備津神社、吉備津彦神社、最上稲荷神社を参拝してきました。今回で4度目の吉備路・高梁でしたが、なんとか雲海に浮かぶ備中松山城を見ることができました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス レンタカー JALグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- ジャルパック
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2日目は、6:40の朝食からスタ-トです。
朝食は6:30~9:30で、洋食・和食のバイキング形式のセルフサービスです。
夏期は朝早くから食事に来る人が多いのですが、冬期は朝の出足は遅いですね。くれたけイン岡山 宿・ホテル
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メニュ-はおまけについている朝食と比べればかなりよかったのですが、公式サイトの朝食の写真から比べればかなり見劣りがします。
朝食のメニューが若干少ないのが気になりました。くれたけイン岡山 宿・ホテル
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と言いながら宿泊料から比べれば、ビジネスホテルとしてはかなり良い方であると思います。料理も美味しかったです。ただ公式サイトの朝食は見ないように。
くれたけイン岡山 宿・ホテル
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7:10にチェックアウト。フロントの対応も良く、親切でした。
1年程前はイト-ヨ-カド-が近くにあって便利でしたが、なくなったので立地的には少し不便になりました。でも総合的には悪くはないと思います。くれたけイン岡山 宿・ホテル
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岡山市内中心を走っていた時は、ほぼ快晴でしたが、岡山自動車道の賀陽ICを下りるとだんだんと朝霧が濃くなってきました。
雲海に浮かぶ備中松山城が見れる時期は、9月下旬~4月上旬の明け方から午前8時頃で、とくに10月下旬~12月上旬の早朝が一番期待ができるそうです。 さらに晴れて気温が低い日は雲海が発生率が高いようなので、今日は条件がそろっていました。期待感100%です。 -
賀陽ICから約7分で右側に「備中松山城雲海展望台」の看板が見えてきます。ここを右折します。少しすると「忖度」で有名になった加計学園グループの吉備国際大学サッカー場の看板があったら間違いありません。
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右折して約6分進むと車が10台程度止められる駐車場が見えてきます(写真は帰りに一旦戻って撮影)。車が8台止まっていて人も20名程いたのでここが展望台の思い駐車しました。
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ところがここは、雲海に浮かぶ備中松山城天守は見られるようですがここは展望台でなく、ここの約2km先が展望台でした。
8:45現在は、天空の山城はまだ見えませんでした。 -
駐車場から数十m位置をずらして待っていると、9:20に城の天守閣らしきものが見えてきました。
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9:35、やっと雲海に浮かぶ備中松山城を撮ることができました。
まわりの方は、かなり距離があるため高級な一眼カメラで写真を撮っていましたが、私はコンパクトデジタルカメラ(光学12倍ズーム) でなんとか頑張りました。なお隣にいたスマホの方は、ズ-ムにすると少しぼけると騒いでおりました。 -
急いで約2km先の展望台に移動。展望台周辺の片側道路は車でいっぱいでしたが、運良くすぐ駐車する事ができました(駐車場は数台しか駐車できません)。
9:54、展望台に行くと人でいっぱいでしたが、なんとかすき間から城を見ることはできました。ただ写真を撮るのは難しかったです。備中松山城展望台 名所・史跡
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10:02、コンパクトカメラであったので、人と人の間からなんとか天空の山城を撮ることができました。
備中松山城展望台 名所・史跡
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10:06、そろそろ雲海が消えはじめ、人のすき間からでなく写真を撮れるようになりました。
備中松山城展望台 名所・史跡
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10:08、天空の山城の最後の写真です。
今回だけは一眼レフカメラをもって来たらよかったと思いました。備中松山城展望台 名所・史跡
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展望台下の道路です。片側が車でいっぱいで、片側車線に皆さん車を駐車しています。道路は、展望台下から約400m先が行き止まりなので普通の方は「自動車回転場」でUタ-ンしてから車を止めます。
なお展望台入口は写真右になります。備中松山城展望台 名所・史跡
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展望台をあとにして国道484号線を高梁市内方面に向かって行くと、ル-プ橋に入るところの左側に駐車場(ループ橋展望台)がありました。車は10台程度しか止められませんが、展望台からは眼下に城下町である高梁市街を一望できました。
ここループ橋展望台は、映画「バッテリー」のロケ地にも使われたようです。ループ橋展望所 名所・史跡
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高梁市内を通過して、小川沿いの道を進むと「城見橋公園駐車場」に到着。5年程前の平日は、八合目である登城口の「ふいご峠駐車場」までは行けましたが、現在は「城見橋公園駐車」から「ふいご峠駐車場」まではシャトルバスになります。
なおシャトルバスを運行していない時(12月~2月の平日のみ)は、「ふいご峠駐車場」まで行くことはできまが、朝早く行かないと駐車場は満車です。
全て車は城見橋公園駐車場に駐車しなければなりません。
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写真右が約110台駐車できる駐車場です。ここからふいご峠駐車場までは、徒歩約20分かかります。
高梁駅からはタクシ-の場合は1300円前後、観光乗合いタクシ-は500円でふいご峠駐車場まで行ってくれます。バスの場合は城見橋公園駐車までで(160円)、その後シャトルバス(400円)になります。
観光乗合いタクシ-は安くて便利のようですが、予約制です。 -
城見橋公園駐車からのシャトルバスは、ふいご峠駐車場までは約5分です。料金は値上げして400円で、約15分間隔で運行しています。
売店には、チョットしたお土産品と飲み物が買うことができ、トイレもあります。 -
バスでふいご峠駐車場に到着。車は14台程度駐車できるスペ-スはありますが、バスとタクシ-の折り返し所となっているため一般車は止めることはできません。
なお、ここには飲み物とアイス等の自動販売機とトイレがあります。 -
駐車場横が、臥牛山8合目で登城口です。 ふいご峠からの登城道は、多くの人が利用する山道(昔からの登城道)と、ほとんど紹介されていないアスファルト道のような2本の登城道があります。アスファルト道は、はじめはなだらかですが若干距離が長く、さらに途中から道が悪くて急になるため、個人的には趣がある昔からの山道(写真)をお薦めします。
また、写真の看板の脇に無料の「杖」が置いてあるので、遠慮なく利用して下さい。ただ記念に持って帰らないように。 -
一般的に山城は大変なのですが、ここは8合目からの登城で登山道もかなり整備されているため、山城としては比較的楽です。そして距離は700mで、天守閣までは約20分なので疲れますが、皆さん登城できるはずです。
またどうしても岩がごろごろして細くて急な山城の雰囲気を味わいたい方は、帰りにもう一方の道で下りてきて下さい。備中松山城 名所・史跡
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登城口から約7分で、かなり立派な石垣の櫓台(中太鼓丸櫓跡)が見えてきます。
かなり立派な石垣のため、大手門と思いますが、残念ながら勘違いです。ここは連絡用の中継地点として利用されていだけなので、まだまだ先は長いです。なお休憩がてら、中太鼓櫓台の上から下を見ると高梁の城下町を望むことができます。備中松山城 名所・史跡
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中太鼓丸櫓跡から少し歩いたら急な坂になり、ここを約4分程上ると大手門跡に到着します。そうですここが一番の難所で、ここを上りきると後はたいしたことはありません。
備中松山城 名所・史跡
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大手門跡に到着。巨大石垣群で、よく見ると天然の岩盤の上に、10m以上の石垣を巧みに築き、そして土塀をのせています。
確かに難攻不落の名城の面影を残しています。備中松山城 名所・史跡
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大手門入口付近は、複雑な形をした石垣が組み上げられていました。さらに大手門を入っていくと、正面に珍しい現存土塀の石垣が続いています。その土塀は途中から復元土塀になっているのでその境を見つけて下さい。
備中松山城 名所・史跡
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さらに天守に向かって進むと二の丸に到着。ここでやっと天守が望めるようになります。昔は周囲を土塀が囲っていたようですが、現在は土塀はほとんど残ってはいません。なおここは広々として景色も良いので、最高の休憩スポットです。
正面の急な階段を上ると料金所になっています。備中松山城 名所・史跡
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受付で入場料300円を支払って天守に向かいます。
天守は、現存する12城の中で最も標高が高い(430m)ところにありますが、天守自体の高さは11mと最も小さいです。
天守は二層二階ですが、一見すると三層に見える独特の造りになっています。備中松山城 名所・史跡
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天守へは、天守横の付櫓から入って中程の階段を上がって入ります。
天守の一階は狭いですが、パネル展示や籠城時のための囲炉裏がありました。また奥の一段高くなった部屋には「装束の間」(籠城時の城主家族の居室)もありました。備中松山城 名所・史跡
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天守の二階には、御社檀と呼ばれる神棚が設けられています。天井には、曲がった大木をうまく組み合わせた梁が時代を感じさせてくれました。
窓は室内から見やすく、外からは見えづらい武者窓です。備中松山城 名所・史跡
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武者窓から眺めた高梁市内です。思ったより城下は見にくく、二の丸から眺めた方が良いと思いました。
この地は山陰と山陽を結び、東西の主要街道も交差する要地であったため、この城は重要だったのでしょうね。備中松山城 名所・史跡
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天守を下り本丸に戻ると、天守に向かって右側には門が閉められた「本丸東御門」があります。
天守を見たためか、門の横にある階段をあがってみる人はかなり少ないです。備中松山城 名所・史跡
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階段をあがると、天守と土塀の隙間に細い通路がり裏側へ行けるようになっています。その隙間を行くと右側に閉まっていますが腕木御門があります。
備中松山城 名所・史跡
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腕木御門の横には、天然の巨石を櫓台とした二層二階建ての二重櫓がありました。天守以外に二階建ての建物はなかったので、天守に次いで重要なものであったと思われます。残念ながらここは立ち入りはできませんでした。
道はここまでだったので、来た道を逆戻りして本丸へ。備中松山城 名所・史跡
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現在の備中松山城は美しい白壁を誇っていますが、明治から昭和3年までは荒れ放題であったようです。その後昭和4年頃から復興が始まり、昭和14年、32年、平成14年と大改修が行われ現在に至っています。
備中松山城 名所・史跡
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登城・下城する人の視線の方向には、所々に城主の登城心得があります。 ありがたく読まれて、楽しんでください。
ここは下城中なので、「本日の登城 大儀であった」でした。
シャトルバスで城見橋公園駐車まで戻り、城下(高梁)巡りです。備中松山城 名所・史跡
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御前神社は、備前・備中・備後に多く見られる神社です。
参道登り口には鐘撞堂が建っていて、江戸時代は報時鐘を鳴らしていましたが、その寺鐘は第二次世界大戦の折に放出されたようです。
神社に鐘撞堂があるのは昔の神仏習合のなごりと思いますが、たまに見掛けることはありまが珍しいですね。また御前神社は 二つの社を一つの拝殿でつないだ両宮社と呼ばれる珍しい神社です。 -
御前神社前から2分程の所に、石火矢町ふるさと村があります。備中松山の城下町で、250mに渡り格式ある門構えの武家屋敷が250m程立ち並び、当時の面影を感じさせます。
石火矢町ふるさと村 名所・史跡
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その武家屋敷の中には当時の武士の生活を再現した、旧埴原家(写真)と旧折井家を見ることができます(有料)。
旧折井家は、母屋と長屋門からなり、母屋は格式のある書院造りで中庭の池や庭石、踏み石、そして入口の樹木はほぼ昔のままのようでした。
当時200石程の武士の家であったようですが、200石はすごいと思いました。高梁市武家屋敷 旧埴原家 名所・史跡
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武家屋敷から2分程で、頼久寺に到着。足利尊氏が安国寺として建立した禅寺です。庭園は有名ですが、それよりも気になったことは、外見が城・砦仕様になっており、石段を上って左に行くと右が山門となっている城郭形式の虎口であったことです。
頼久寺 寺・神社・教会
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庭園は小堀遠州の築庭と伝えられ、禅院式枯山水蓬萃庭園(鶴亀の庭)で江戸初期の庭園としてはわが国を代表するものの一つであるそうです。美しさに少しは感動はしましたが、わびさびをみごとに表現した世界は私にはわかりませんでした。
頼久寺 寺・神社・教会
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1~2分でプロテスタントとしては、全国でも同志社のチャペルに次いで古い教会堂の高梁基督教会堂があります。長崎のグラバー邸の流れをくむヴェランダ系擬洋風建築で、6年前に来た時は修築中でよく見えませんでしたが、今回はよく見えました。
高梁基督教会堂 寺・神社・教会
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美観地区の紺屋川を山の方に向かって行くと、安部首相の忖度で有名になった加計グループの吉備国際大学が見えてきます。高くて大きい建物がない高梁では際だって目立ちました。ここも忖度でできたのかな?
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高梁駅の裏側には、頼久寺同様砦のような薬師院(左)と松連寺(右)があります。
この2つの寺は、同じ城郭のような高い石垣に囲まれた敷地内で隣接しています。武家諸法度で城の新築は禁止され修理も難しい時代に、松山城の砦の役目も兼ねて造られたようです。立派な石垣も見所で、「男はつらいよ」のロケ地でもあります。薬師院 寺・神社・教会
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高梁から約35分で、吹屋中野地区の広兼邸に到着。
庄屋である広兼氏の2代目(元治)が、江戸末期に銅山経営とベンガラで巨万の冨を築き、二階建ての母屋、土蔵3棟、長屋、庭園などを造りました。その姿は城郭を思わせる姿です。広兼邸 名所・史跡
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大型駐車場から坂を上り、楼門をくぐると正面が母屋になり、受付のおじさんが座っています。持ち主であった広兼氏は東京に住んでいて、ここには数回しか来たことがなかったそうです。
東京から遠く交通も不便であったと思いますが、こんなりっぱな建物を造り泊まったのは数回(たしか一回)だけとは。当時の富豪はすごいですね。広兼邸 名所・史跡
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持ち主はここには住まなかったのに、部屋は豪邸で台所も広く、誰が使っていたのかな。あまり使っていなかったためか保存状態はよく、台所からも当時の栄華が偲ばれました。
ここにいるとタイムスリップしたかのようです。広兼邸 名所・史跡
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母屋の方は、映画「八つ墓村」のロケに2度利用されたようです。
また離れの座敷と茶室は大正時代に建てられたもので、当主の結婚式で一度しか使用されなかったようです。二度目が八つ墓村かな、もったいないですね。広兼邸 名所・史跡
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前庭からの眺めは素晴らしいものでした。
眺めていたら今年は営業が終了したはずの観光周遊バス(ボンネットバス)が走っていました。もしかして貸し切りで利用したのかな。まあ見ることができただけラッキ-でした。なお写真は突然であったので残念ながら撮れませんでした。広兼邸 名所・史跡
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広兼邸から約7分で笹畝坑道に到着。入口の写真を撮るのを忘れて写真は6年前のものですが、坑道の入口が少し綺麗になっていただけでほとんど変わってはいませんでした。
吉岡銅山は西暦807年に発見されたとされていて、その支山の笹畝坑道は江戸時代から大正時代まで採掘されていました。そして昭和54年に復元整備され一般に公開されています。吹屋銅山笹畝坑道 美術館・博物館
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天井が低い部分があるので ヘルメットを借りて坑道へ。入口は昔は木組みでしたが現在はコンクリ-トなっていて、少し進むと木組みになり、さらに奥へ進むと岩盤むき出しの坑道となり結構天井が低くなります。頭をかがめて地面を見ながら歩くと、溝には銅を含む青緑色の水が見られます。
吹屋銅山笹畝坑道 美術館・博物館
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途中には広い場所もあって、採掘の様子の人形が迎えてくれます。最後はタラップを登るため、出口は高い位置にありました。
坑内は冒険的・神秘的でいいですよ。また坑内は年中15度前後の天然エアコンなので、日本酒の貯蔵に使われていましたあ。夏なら最高ですね。吹屋銅山笹畝坑道 美術館・博物館
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笹畝坑道から約2分でベンガラ館に到着。ベンガラとは土から取れる成分(酸化鉄:赤色顔料)で、名前はインドのベンガル地方より伝来したことから名付けられました。
ここ吹屋では、銅山で産出される硫化鉄鉱を原料として作っていました。すなわち銅の副産物で、九谷焼、伊万里焼、輪島塗などに広く使われています。
なお陶芸館では、陶芸体験もできるようです。ベンガラ館 美術館・博物館
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ベンガラ陶芸館から約3分で、町並み保存地区に到着。
国内随一のベンガラ産地として栄えた町は、赤銅色の石州瓦とベンガラ色の外観で統一され、みごとな町並み(約300m)になっています。吹屋ふるさと村 名所・史跡
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町の中には、ベンガラ製造販売を220年余にわたり手がけた老舗(片山家)の旧住宅があります。家の内部は、資料が展示され見学もできます。さらに片山家周辺はベンガラ製造に関わる付属屋が立ち並んでいました。
旧片山家住宅 美術館・博物館
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旧片山家住宅(本片山)の前には、分家した角片山が現在「郷土館」として、吹屋の町並みを代表する伝統建築(ベンガラ格子の家屋)として公開されています。
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右側にある郵便局もベンガラ格子に赤瓦の建物になっています。この吹屋の町並みが、全国で8番目の国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
車があるところを左に行くと旧吹屋小学校になります。 -
街並みの中心部にある、お土産店の「麻田百貨店」です。ベンガラ染め製品のお店で、Tシャツ、ストール、手提カバン、帽子、ハンカチ、和紙など何でもベンガラ染めにして販売していました。
麻田百貨店 お土産屋・直売所・特産品
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隣は「ベンガラ染め工房」と書いてあったので隣と違うお店と思っていましたが、ここは「麻田百貨店」の工房でした。
ここではベンガラ染の作業をしているところを見学できます。麻田百貨店 お土産屋・直売所・特産品
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さらに向の「お土産 あさだ」では、竹細工やお菓子、味噌、季節の特産品等を売っていました。同じ様なお店(ベンガラ屋)が郷土館のとなりにもありましたが、
後で調べたら2店舗とも麻田百貨店のお店でした。つまりお土産屋さんのほとんどが麻田でした。チョット変わったお土産が欲しい方は、下町(中野口)に少しお土産屋さんがあります。麻田百貨店 お土産屋・直売所・特産品
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中心部から2分程山の方(旧吹屋小学校方面)に行くとラ・フォ-レ吹屋が見えてきます。外観は「吹屋小学校」を模して作られ、外壁が木で出来ているので木造校舎のように見えます。自然のなかの小さな町のホテルでのんびり泊まるには良いのでは。
ただ残念なことは、斜め前にある旧吹屋小学校は、平成32年(2020年)3月末まで修復工事中です。 -
修復前の旧吹屋小学校は、明治32年に現在地に移転し、明治33年に西校舎・東校舎(木造平屋建)、明治42年に本館(木造2階建)が建てられ、平成24年3月末まで現役最古の木造校舎として使用されていました。
廃校になる直前(平成23年12月)の吹屋小学校です。60歳以上の方は、自分が通った小学校のイメ-ジがあるのでは。旧吹屋小学校 名所・史跡
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岡山に戻る前に約10分程離れた西江邸へ。帰りの飛行機時間が心配なので、今回は外観だけです。ここもベンガラで財を成した大庄屋で、代官所の役目も兼ねていたそうです。「釣りバカ日誌18」のロケ地なので詳しくは映画で。
西江邸 名所・史跡
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ほぼ予定通り15:20に「吉備津神社」に到着。ここ吉備津神社から約1.5km離れたところに「吉備津彦神社」があります。名前が似ているのは、元は同じ「大社 吉備津宮」で、吉備氏一族の神を祀る神社でした。大化の改新(645年)以後、吉備の国が備前、備中、備後、美作の国に別けられて以来、吉備津彦神社は備前の一宮、吉備津神社は備中の一宮となりました。つまり二つの神社の間に、備前と備中の境があるわけです。なお一方の神社だけにお参りするのは ‘かた参り’ として、両宮にお参りする習わしがあります。また、備後にも一宮の吉備津神社(広島県福山市)があります。
写真は、北の参道入口に建てられている「北随神門」で、室町時代の1542年に再建された国の重要文化財です。吉備津神社 寺・神社・教会
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備中の吉備津神社は、「桃太郎」のモデルとされる大吉備津彦命と鬼の温羅を祀っており、国宝の本殿・拝殿や約360mの長い回廊と鳴釜神事は有名です。
吉備津神社 寺・神社・教会
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本殿・拝殿は1425年の室町時代のもので、大きさは出雲大社本殿、八坂神社本殿に匹敵し、全国で唯一の「比翼入母屋造様式」という本殿です。屋根は本殿と拝殿は檜皮葺ですが、裳階は本瓦葺きで、本殿・拝殿は、合わせて1棟として国宝に指定されています。
吉備津神社 寺・神社・教会
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一番気に入っているのが、地形の高低差を生かした長さ約360mの廻廊で、本当に間違いなく素晴らしいです。 あとは「鳴釜神事」を体験したかったのですが、受付が9~14時のため体験はできませんでした。
ここの見事な廻廊は何回見ても素晴らしく、またあじさいの名所でもあるので、あじさいの時期はさらにインスタ映えします。人気が出る前に早めにどうぞ。吉備津神社 寺・神社・教会
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こちらは吉備津彦命を祀る意味では同じ、備前の吉備津彦神社です。
吉備津彦神社の旧社殿などは1566年に焼失し、1697年頃に岡山藩主池田綱政によって再建されましが、昭和5年にまた失火により本殿と随神門以外の社殿・回廊を焼失しました。現在の社殿は昭和11年に完成したものです。
写真の随神門は1697年に再建されたものです。吉備津彦神社 寺・神社・教会
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前方が拝殿で後方が1697年に再建された本殿になります。
神社の説明では、流麗な三間社流作りの神殿は飛鳥時代社殿建築の粋がつくされており荘厳華麗にして吉備国の神社建築が伝統とする“流れ造り”の正統な姿を示す社殿としても貴重な建築物らしいです。すばらしいのはわかりますが残ながら私にはあまりわかりません。吉備津彦神社 寺・神社・教会
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樹齢約1000年以上とされる御神木の平安杉です。倒木の恐れがあったため、平成16年に大手術治療が行なわれました。
1000年以上の年月を耐えぬいてきたすごい杉です。吉備津彦神社 寺・神社・教会
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神社の横に「さざれ石」と書いてあるものがありましたが、本来は「さざれ石の巌」です。さざれ石とは小さい砂利、小石のことで、石灰石が長い年月をかけて雨水で溶解して小さな石の隙間に凝結し、ひとつの大きな岩の塊になったものが、さざれ石でなく「さざれ石の巌」なのです。 ちなみに「君が代」の意味は、
「君達の時代が、千年も八千年も変わっても、小さな石がやがて大きな巌(いわお)になるように団結して、コケが覆うようになるような長い年月、信頼し団結していこうに」という意味です。若干解釈は違うかもしれませんが、だいたいこの様な歌詞になります。「国民が団結して」頑張ろうという意味なので、日本人なら自信を持って歌いましょう。吉備津彦神社 寺・神社・教会
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いつも岡山空港に行く時は、最上稲荷で時間調整をします。
最上稲荷に行く途中には日本第4位の高さ(27.5m)のベンガラ色の大鳥居が迎えてくれます。鳥居をくぐり約2.5km行くと、特別に「神仏習合」の祭祀形態が許された「最上稲荷山妙教寺」が見えてきます。すなわち、お寺でありながら鳥居があります。
参考までに、高さ日本一は熊野本宮大社(大斎原)の33.9m、二位は大神神社の32.2m、三位が弥彦神社の30.2mになります。 -
16:45、最上稲荷参道口に着きましたが、広い駐車場に車は1台しか駐車していませんでした。
岡山県の、初詣スポットとして1番人気のはずなのですが?最上稲荷 寺・神社・教会
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参道の商店街も95%は閉まっていました。平日(月)の16:20なので今日は休日か遅いので閉店して閉まったのかと思いましたが、一応最上稲荷の関係者らしい人に聞いたところ、土曜・日曜・祭日・行事日以外はいつもこの様であるとのこと。参道がほとんど閉まっていると寂しいですね。
最上稲荷 寺・神社・教会
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参道入口から坂や階段の参道(門前町)を約6分上がると、正面に1958年に焼失して再建された仁王門が現れます。インドの殿堂様式で建造された、石材建築の仁王門は全国でも珍しいのですが、私としては何かしっくりしません。
最上稲荷 寺・神社・教会
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広い境内をさらに進むと、寺院建築ながら正面には長さ12m、総重量1.5tもある巨大な注連縄がかかり、神仏習合の特徴が伺える本殿があります。
お参りには一般的には2つのコ-スがあり、観光参拝コースとご祈祷・ご供養コースがあります。コ-スでお参りすると最低1時間を要するので、本殿を参拝し「最上三神」様にコ-スを省略する許しを得ました。最上稲荷 寺・神社・教会
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本殿参拝後は、「縁引天王」と「離別天王」をお祀りする、縁の末社を参拝。男女の縁や仕事や学業など様々な福縁を結ぶ良縁成就と、人間関係や病気や悪癖など諸々の悪縁を絶つ縁切りを祈願しました。
最上稲荷 寺・神社・教会
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縁の末社の奥の旧本殿は、拝殿と本殿が分離した中世神社様式です。なお旧本殿の裏手には「七十七末社」という、専門のご利益がある小さな神社が集まった場所がるので、各々お好きな神社をお参りして下さい。
最上稲荷は「神仏習合」が許されたため、お寺でありながら神社の機能も有しているので鳥居はあります。ただ○○稲荷と言うと、つい伏見稲荷の朱色の千本鳥居イメ-ジがあり、すぐに鳥居をさがしますが鳥居は少ないです。また、伏見稲荷、豊川稲荷と並び日本三大稲荷と言っていますが、地域や人によって意見が分かれています。一般的には、伏見稲荷大社と豊川稲荷に、笠間稲荷神社と祐徳稲荷神社と最上稲荷のうちからもう1つ選ばれるみたいです。個人的には雰囲気が良くタイ人に大人気の祐徳稲荷神社がいいですね。最上稲荷 寺・神社・教会
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最上稲荷か空港周辺で軽く食事をしようと思ったのですがどちらも食堂らしき店はなく、予定より少し早く岡山空港に到着(17:10)。
岡山空港 空港
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空港内では食事ができるお店は4店舗ありましたが、九州筑豊ラーメン 山小屋を選択。席について思ったのが、九州筑豊?ここは岡山だぁ-。ラ-メンという文字だけで選んでしまいました。
筑豊ラーメン山小屋 岡山空港店 グルメ・レストラン
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昭和45年創業の、筑豊ラーメンです。もちろん豚骨スープですが、福岡のラ-メンとしては豚骨はもすっきりして独特の豚骨臭も少なくなく、誰でも食べやすいラ-メンでした。本格的な九州ラ-メンが好きな方には若干物足りないかな。
これで飛行機に乗って帰るだけです。筑豊ラーメン山小屋 岡山空港店 グルメ・レストラン
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18:30ほぼ予定通りに岡山を出発し、予定通り19:40に羽田空港に到着。
今回は、予定通り瀬戸内海の夕日と雲海に浮かぶ備中松山城が見れて最高でした。
瀬戸の夕日と雲海の城は最高ですが、鬼ノ城と吉備津神社の廻廊もお薦めです。
お疲れ様でした羽田空港(東京国際空港) 空港
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