鎌倉旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 岩瀬は鎌倉時代には御家人岩瀬与一太郎が屋敷を構えた地であり、現在では、岩瀬と岩瀬1に分かれている。鎌倉市の最北端に位置し、横浜市に突き出ている。この地はかつての農村地帯であり、鎌倉市内では今でも一番土蔵が残っている地区でもある。鎌倉の倉(蔵)は老舗の商家か円覚寺の塔頭でもないと中々見掛けなくなってしまっている。また、西念寺境内にある岩瀬保育園は戦後まもなく、野良仕事で忙しい農家の就学前の子供たちを預かったことに端を発している。<br /> 今も岩瀬氏・吉原氏・栗田氏・脇田氏・磯崎氏等の豪農旧家が残っている。その一つが西念寺奥にある栗田家である。母屋は建築当初は藁葺き屋根であったが、今は銅葺き屋根に葺き替えられ、蚕室もあったために三階建てである。この一帯には栗田姓の一族が多い。代々、岩瀬地域の名主を務め、栗田源佐衛門の代には鎌倉郡の郡長も務めたことがある。冠木門を構えた広い家屋敷に、大きな母屋と土蔵が建っている。<br />(表紙写真は栗田家母屋)

岩瀬・西念寺奥の旧家

4いいね!

2017/10/10 - 2017/10/10

4306位(同エリア7332件中)

0

8

ドクターキムル

ドクターキムルさん

 岩瀬は鎌倉時代には御家人岩瀬与一太郎が屋敷を構えた地であり、現在では、岩瀬と岩瀬1に分かれている。鎌倉市の最北端に位置し、横浜市に突き出ている。この地はかつての農村地帯であり、鎌倉市内では今でも一番土蔵が残っている地区でもある。鎌倉の倉(蔵)は老舗の商家か円覚寺の塔頭でもないと中々見掛けなくなってしまっている。また、西念寺境内にある岩瀬保育園は戦後まもなく、野良仕事で忙しい農家の就学前の子供たちを預かったことに端を発している。
 今も岩瀬氏・吉原氏・栗田氏・脇田氏・磯崎氏等の豪農旧家が残っている。その一つが西念寺奥にある栗田家である。母屋は建築当初は藁葺き屋根であったが、今は銅葺き屋根に葺き替えられ、蚕室もあったために三階建てである。この一帯には栗田姓の一族が多い。代々、岩瀬地域の名主を務め、栗田源佐衛門の代には鎌倉郡の郡長も務めたことがある。冠木門を構えた広い家屋敷に、大きな母屋と土蔵が建っている。
(表紙写真は栗田家母屋)

  • 門。

    門。

  • 冠木門。

    冠木門。

  • 母屋。

    母屋。

  • 母屋。

    母屋。

  • 母屋。

    母屋。

  • 土蔵。

    土蔵。

  • 土蔵。

    土蔵。

  • 土蔵。庇が多く付いている。

    土蔵。庇が多く付いている。

この旅行記のタグ

関連タグ

4いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP