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テッサロニキは、ギリシャ北部マケドニア地方の中心都市です。首都アテネに次ぐ第二の都市で、テルマイコス湾の奥に位置するため、古来より港湾都市として発展してきまし た。現在もギリシャ北部の政治や経済、文化の中心地として機能しています。<br /><br /> 街の歴史は古く、紀元前315年に、古代マケドニア王国の将軍カッサンドロスが近隣の町を統合して造られました。テッサロニキという名前は、彼の妻で アレキサンドロス大王の異母妹テッサロニケ(フィリッポス2世の娘)に由来するものです。<br /><br />紀元前168年にローマ帝国の自由都市となり、その後属州となります。379年ローマ帝国が東西に分裂した後は、東ローマ帝国(ビザンティン、首都はコンスタンティンノープル)の第2の都市として栄えました。1430年にオスマン・トルコ帝国領となり、1913年にギリシャに統合されています。<br /><br />首都アテネが古代ギリシャを象徴する街なのに対して、テッサロニキはビザンティンを象徴する街だといわれる通り、今もビザンティン建築が多く残っています。 「テッサロニキの初期キリスト教とビザンティン様式の建造物群」は、1988年に世界遺産に登録されています。<br /><br />

ギリシャの旅(1)・・ギリシャ第二の都市でマケドニア地方の中心地、テッサロニキを訪ねます。

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2017/09/05 - 2017/09/06

55位(同エリア98件中)

旅行記グループ マケドニア・ギリシャの旅

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YAMAJI

YAMAJIさん

テッサロニキは、ギリシャ北部マケドニア地方の中心都市です。首都アテネに次ぐ第二の都市で、テルマイコス湾の奥に位置するため、古来より港湾都市として発展してきまし た。現在もギリシャ北部の政治や経済、文化の中心地として機能しています。

街の歴史は古く、紀元前315年に、古代マケドニア王国の将軍カッサンドロスが近隣の町を統合して造られました。テッサロニキという名前は、彼の妻で アレキサンドロス大王の異母妹テッサロニケ(フィリッポス2世の娘)に由来するものです。

紀元前168年にローマ帝国の自由都市となり、その後属州となります。379年ローマ帝国が東西に分裂した後は、東ローマ帝国(ビザンティン、首都はコンスタンティンノープル)の第2の都市として栄えました。1430年にオスマン・トルコ帝国領となり、1913年にギリシャに統合されています。

首都アテネが古代ギリシャを象徴する街なのに対して、テッサロニキはビザンティンを象徴する街だといわれる通り、今もビザンティン建築が多く残っています。 「テッサロニキの初期キリスト教とビザンティン様式の建造物群」は、1988年に世界遺産に登録されています。

旅行の満足度
3.5
観光
4.0
ホテル
2.0
グルメ
3.5
交通
4.0
  • マケドニアのオフリドを出発し、国境を越えてギリシャのテッサロニキに向かいます。

    マケドニアのオフリドを出発し、国境を越えてギリシャのテッサロニキに向かいます。

  • 沿道の綿花畑です。<br />大規模な果樹園やトウモロコシ畑も多くなってきました。

    沿道の綿花畑です。
    大規模な果樹園やトウモロコシ畑も多くなってきました。

  • テッサロニキの夕食は、「SOFIS house」でシーフードを頂きます。

    テッサロニキの夕食は、「SOFIS house」でシーフードを頂きます。

  • サラダとパンです。

    サラダとパンです。

  • 野菜のスープです。

    野菜のスープです。

  • タラのムニエルです。<br />デザートも出てフルコース、タラのムニエルは美味しかったです。

    タラのムニエルです。
    デザートも出てフルコース、タラのムニエルは美味しかったです。

  • ギリシャでお世話になった観光バスです。

    ギリシャでお世話になった観光バスです。

  • テッサロニキはギリシャ第二の都市で、ビザンティンの面影を色濃く残しています。テッサロニキの街は、テルマイコス湾の海岸線とその南側にほぼ並行するようにある丘陵地帯との間に広がっています。

    テッサロニキはギリシャ第二の都市で、ビザンティンの面影を色濃く残しています。テッサロニキの街は、テルマイコス湾の海岸線とその南側にほぼ並行するようにある丘陵地帯との間に広がっています。

  • 「アギオス・ディミトリオス教会」です。<br />ユネスコの世界遺産に登録されています。

    「アギオス・ディミトリオス教会」です。
    ユネスコの世界遺産に登録されています。

  • 創建は5世紀に遡る、ギリシャ最大のバシリカ聖堂様式の教会です。<br />写真の右端角柱のフレスコ画、「聖ディミトリウスと聖グレゴリウス」は15世紀のものです。

    創建は5世紀に遡る、ギリシャ最大のバシリカ聖堂様式の教会です。
    写真の右端角柱のフレスコ画、「聖ディミトリウスと聖グレゴリウス」は15世紀のものです。

  • 身廊の祭壇です。<br />この奥の内陣には聖職者以外は入れません。

    身廊の祭壇です。
    この奥の内陣には聖職者以外は入れません。

  • 祭壇正面の半ドームに描かれている、「聖母子」のフレスコ画は、修復後の新しいものです。

    祭壇正面の半ドームに描かれている、「聖母子」のフレスコ画は、修復後の新しいものです。

  • 北側の内側側廊です。<br />外側側廊、北壁へと連なります。

    北側の内側側廊です。
    外側側廊、北壁へと連なります。

  • この地で殉教した、テッサロニキの守護聖人「ディミトリオスの柩」です。北側の外側側廊にあります。

    この地で殉教した、テッサロニキの守護聖人「ディミトリオスの柩」です。北側の外側側廊にあります。

  • 身廊西壁のモザイク画、「聖ディミトリオスと4人の聖職者たち」は、5~6世紀のものです。

    身廊西壁のモザイク画、「聖ディミトリオスと4人の聖職者たち」は、5~6世紀のものです。

  • 南側の側廊西壁のモザイク画、「聖ディミトリオスに寄進する人々」は、6世紀のものです。

    南側の側廊西壁のモザイク画、「聖ディミトリオスに寄進する人々」は、6世紀のものです。

  • 祭壇下の地下には、ディミトリオスが殉教したローマ時代の浴場跡が残っています。

    祭壇下の地下には、ディミトリオスが殉教したローマ時代の浴場跡が残っています。

  • ディミトリオスが殉教した場所です。

    ディミトリオスが殉教した場所です。

  • 「ホワイト・タワー」です。<br />15世紀にヴェネツィア人が築いた防壁の一部で、オスマン・トルコ帝国の支配下で監獄として使われていました。

    「ホワイト・タワー」です。
    15世紀にヴェネツィア人が築いた防壁の一部で、オスマン・トルコ帝国の支配下で監獄として使われていました。

  • ギリシャの国旗です。<br />青と白の十字に9本の横縞が並んでいます。

    ギリシャの国旗です。
    青と白の十字に9本の横縞が並んでいます。

  • ホワイトタワーからアリストテルス広場方向を見ています。<br />ニキス通り(海岸通り)には、カフェやバー、レストランが並んでいます。

    ホワイトタワーからアリストテルス広場方向を見ています。
    ニキス通り(海岸通り)には、カフェやバー、レストランが並んでいます。

  • ホワイトタワーからシントルバニウ広場方向を見ています。

    ホワイトタワーからシントルバニウ広場方向を見ています。

  • テルマイコス湾から望むオリンポス山、薄っすらと見えていますが?

    テルマイコス湾から望むオリンポス山、薄っすらと見えていますが?

  • 「テッサロニキ考古学博物館」です。<br />東西マケドニア地方やハルキディキ半島の出土品が展示されています。

    「テッサロニキ考古学博物館」です。
    東西マケドニア地方やハルキディキ半島の出土品が展示されています。

  • 大理石の石棺がお出迎えです。<br />見どころはアレキサンドロス大王の父、フィリッポス二世の墓からの出土品で、繊細な金細工を施した装飾品には圧倒されます。

    大理石の石棺がお出迎えです。
    見どころはアレキサンドロス大王の父、フィリッポス二世の墓からの出土品で、繊細な金細工を施した装飾品には圧倒されます。

  • ギンバイカをデザインした「黄金の冠」です。

    ギンバイカをデザインした「黄金の冠」です。

  • ギンバイカをデザインした「黄金の冠」です。

    ギンバイカをデザインした「黄金の冠」です。

  • ギンバイカをデザインした「黄金の冠」です。

    ギンバイカをデザインした「黄金の冠」です。

  • 太い蔓と巻きひげ中央に裸婦をデザインした「黄金の冠」です。

    太い蔓と巻きひげ中央に裸婦をデザインした「黄金の冠」です。

  • 巻きひげとナラの葉・五弁花・中央に女性の顔をデザインした「黄金の冠」です。

    巻きひげとナラの葉・五弁花・中央に女性の顔をデザインした「黄金の冠」です。

  • 蔦の葉と実をデザインした「黄金の冠」です。

    蔦の葉と実をデザインした「黄金の冠」です。

  • ドングリをデザインした「黄金の冠」と「ディアデム(ヘッド ・オーナメント)」です。

    ドングリをデザインした「黄金の冠」と「ディアデム(ヘッド ・オーナメント)」です。

  • 絢爛豪華な「黄金のブレスレッド」です。

    絢爛豪華な「黄金のブレスレッド」です。

  • 「衣服のピン止め」などの女性の副葬品の展示です。

    「衣服のピン止め」などの女性の副葬品の展示です。

  • 納骨壺として使われていた青銅と錫の合金製、「デルヴェニのクラーテル(葡萄酒と水を混ぜる容器)」です。

    納骨壺として使われていた青銅と錫の合金製、「デルヴェニのクラーテル(葡萄酒と水を混ぜる容器)」です。

  • 「青銅製の女性の顔が描かれた壺」や装飾品などの展示です。

    「青銅製の女性の顔が描かれた壺」や装飾品などの展示です。

  • 死者の頭に被せた「青銅製のヘルメット」や、「黒絵様式の陶器」、武器などの展示です。

    死者の頭に被せた「青銅製のヘルメット」や、「黒絵様式の陶器」、武器などの展示です。

  • 「赤絵洋式の陶器」です。

    「赤絵洋式の陶器」です。

  • 「黒絵様式の陶器」です。

    「黒絵様式の陶器」です。

  • 大理石の石棺の中は、フレスコ画を用いて彩色されていました。

    大理石の石棺の中は、フレスコ画を用いて彩色されていました。

  • テッサロニキ考古学博物館の屋外展示です。<br />大理石の石棺や墓碑が並びます。

    テッサロニキ考古学博物館の屋外展示です。
    大理石の石棺や墓碑が並びます。

  • 「OTEタワー」です。

    「OTEタワー」です。

  • ビザンティン時代の「城壁跡」です。

    ビザンティン時代の「城壁跡」です。

  • 「ガレリウスの凱旋門」です。<br />ガレリウス皇帝のローマ軍が、ササン朝ペルシャ軍との戦いに勝利したことを記念して303年に建てられた凱旋門です。

    「ガレリウスの凱旋門」です。
    ガレリウス皇帝のローマ軍が、ササン朝ペルシャ軍との戦いに勝利したことを記念して303年に建てられた凱旋門です。

  • 凱旋門には、この時の戦闘の模様を描いたレリーフが残っています。

    凱旋門には、この時の戦闘の模様を描いたレリーフが残っています。

  • 「ロトンダ」です。<br />ガレリウス皇帝の霊廟として306年に建設され、その後400年頃キリスト教会に改造、トルコ時代はモスクに使われ名残のミナレットが残っています。ユネスコの世界遺産に登録されています。

    「ロトンダ」です。
    ガレリウス皇帝の霊廟として306年に建設され、その後400年頃キリスト教会に改造、トルコ時代はモスクに使われ名残のミナレットが残っています。ユネスコの世界遺産に登録されています。

  • 「ガレリウス凱旋門」と「ロトンダ」です。

    「ガレリウス凱旋門」と「ロトンダ」です。

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