その他の観光地旅行記(ブログ) 一覧に戻る
ペラはテッサロニキの郊外にあった都市で、紀元前5世紀後半に古代マケドニア王国のアイガイから首都が移転してきています。紀元前382年にフィリッポス2世(アレキサンドロス大王の父)が、紀元前356年にアレキサンドロス大王がこの地で誕生しています。紀元前168年ごろにローマ帝国の支配下に入り、紀元前1世紀の初めに地震により崩壊しています。 都市遺構やモザイクの床、柱廊が発掘されています。<br /><br />古代マケドニア王国の最初の首都アイガイの町は、19世紀に、現在のヴェルギナの近くで発見されています。1977年に発見された「ヴェルギナの大墳墓」は、大小4つの墳墓からなり、そのうちの第2墳墓がフィリッポス2世のものと判明しいています。 これらの墳墓から、貴重な壁画や宝飾品が多数発見されました。ヴェルギナ遺跡は、ユネスコの世界遺産に登録されています。<br /><br />アレキサンドロス大王は、亡き父フィリッポス2世の志を継ぎ、紀元前334年に東方遠征を開始し、紀元前330年にペルシア帝国を滅ぼして東西に及ぶ大帝国を建設します。征服した各地にアレクサンドリアを建設、ギリシア人を入植させ、ヘレニズム世界を出現させていきました。紀元前323年にバビロンで32歳の若さで死去、その後、帝国は後継者たちによって3分割されました。<br />

ギリシャの旅(2)・・アレキサンドロス大王の生誕地ペラと父フィリッポス2世の墓があるヴェルギナを訪ねます。

5いいね!

2017/09/06 - 2017/09/06

90位(同エリア167件中)

旅行記グループ マケドニア・ギリシャの旅

0

55

YAMAJI

YAMAJIさん

ペラはテッサロニキの郊外にあった都市で、紀元前5世紀後半に古代マケドニア王国のアイガイから首都が移転してきています。紀元前382年にフィリッポス2世(アレキサンドロス大王の父)が、紀元前356年にアレキサンドロス大王がこの地で誕生しています。紀元前168年ごろにローマ帝国の支配下に入り、紀元前1世紀の初めに地震により崩壊しています。 都市遺構やモザイクの床、柱廊が発掘されています。

古代マケドニア王国の最初の首都アイガイの町は、19世紀に、現在のヴェルギナの近くで発見されています。1977年に発見された「ヴェルギナの大墳墓」は、大小4つの墳墓からなり、そのうちの第2墳墓がフィリッポス2世のものと判明しいています。 これらの墳墓から、貴重な壁画や宝飾品が多数発見されました。ヴェルギナ遺跡は、ユネスコの世界遺産に登録されています。

アレキサンドロス大王は、亡き父フィリッポス2世の志を継ぎ、紀元前334年に東方遠征を開始し、紀元前330年にペルシア帝国を滅ぼして東西に及ぶ大帝国を建設します。征服した各地にアレクサンドリアを建設、ギリシア人を入植させ、ヘレニズム世界を出現させていきました。紀元前323年にバビロンで32歳の若さで死去、その後、帝国は後継者たちによって3分割されました。

旅行の満足度
4.0
観光
4.5
グルメ
3.5
交通
4.0
  • テッサロニキからペラ遺跡に向かう途中に広がる陸稲畑です。

    テッサロニキからペラ遺跡に向かう途中に広がる陸稲畑です。

  • 果樹園(ザクロ)です。

    果樹園(ザクロ)です。

  • ペラ遺跡の入場口です。

    ペラ遺跡の入場口です。

  • アレキサンドロス大王と、その父フィリッポス2世の生誕地、古代マケドニアの首都ペラ遺跡です。

    アレキサンドロス大王と、その父フィリッポス2世の生誕地、古代マケドニアの首都ペラ遺跡です。

  • 丘の中腹に見える緑色の屋根の附近に「王宮」がありました。

    丘の中腹に見える緑色の屋根の附近に「王宮」がありました。

  • 「ディオニュソスの館」の説明版です。

    「ディオニュソスの館」の説明版です。

  • 「ディオニュソスの館」です。

    「ディオニュソスの館」です。

  • 北側の小さい方の中庭を巡る柱廊に、「イオニア式の列柱」が6本復元されています。

    北側の小さい方の中庭を巡る柱廊に、「イオニア式の列柱」が6本復元されています。

  • 北側のアンドロン(宴会場)前室の、モザイク画「「市松模様」です。

    北側のアンドロン(宴会場)前室の、モザイク画「「市松模様」です。

  • 北側のアンドロン(宴会場)です。<br />ここに描かれていたモザイク画「ライオン狩り」は、ペラ考古学博物館に復元されています。

    北側のアンドロン(宴会場)です。
    ここに描かれていたモザイク画「ライオン狩り」は、ペラ考古学博物館に復元されています。

  • 南側のアンドロン(宴会場)前室の、モザイク画「幾何学模様」です。<br />この写真右上に南側のアンドロン(宴会場)があり、ここに描かれていたモザイク画「豹に乗るディオニュオス神」は、ペラ考古学博物館に復元されています。

    南側のアンドロン(宴会場)前室の、モザイク画「幾何学模様」です。
    この写真右上に南側のアンドロン(宴会場)があり、ここに描かれていたモザイク画「豹に乗るディオニュオス神」は、ペラ考古学博物館に復元されています。

  • 「アゴラ」の説明版です。<br />ペラの都市生活の中心になっていたのが広大なアゴラ(市場and広場)でした。

    「アゴラ」の説明版です。
    ペラの都市生活の中心になっていたのが広大なアゴラ(市場and広場)でした。

  • アゴラの南側商店街です。

    アゴラの南側商店街です。

  • アゴラに咲いていた花です。

    アゴラに咲いていた花です。

  • ナス科の花でしょうか。

    ナス科の花でしょうか。

  • アゴラの東側の通りです。

    アゴラの東側の通りです。

  • アゴラの東側商店街です。

    アゴラの東側商店街です。

  • 大きな壺を使った給排水設備(濾過)です。

    大きな壺を使った給排水設備(濾過)です。

  • 「ヘレネの略奪の館」の説明版です。

    「ヘレネの略奪の館」の説明版です。

  • 保護用の屋根です。

    保護用の屋根です。

  • 「鹿狩り」のモザイク画です。

    「鹿狩り」のモザイク画です。

  • 柱廊に1本だけ復元された、「ドーリア式の円柱」です。

    柱廊に1本だけ復元された、「ドーリア式の円柱」です。

  • 保護用の屋根です。

    保護用の屋根です。

  • 「テセウスによるヘレネの略奪」のモザイク画です。

    「テセウスによるヘレネの略奪」のモザイク画です。

  • 「アマゾン族との戦い」のモザイク画です。

    「アマゾン族との戦い」のモザイク画です。

  • ペラ考古学博物館です。

    ペラ考古学博物館です。

  • 古代都市ペラの碁盤の目の区画です。<br />一番北側(写真上)に王宮があり、中央(正方形の大きな区画)にアゴラ、南側(写真下)がテルマイコス湾でした。

    古代都市ペラの碁盤の目の区画です。
    一番北側(写真上)に王宮があり、中央(正方形の大きな区画)にアゴラ、南側(写真下)がテルマイコス湾でした。

  • 「ライオン狩り」(写真上)と「男女のケンタウロス」(写真下)のモザイク画です。

    「ライオン狩り」(写真上)と「男女のケンタウロス」(写真下)のモザイク画です。

  • 「豹に乗るディオニュソス神」(写真上)と「鹿を襲うグリフィン」(写真下)のモザイク画です。

    「豹に乗るディオニュソス神」(写真上)と「鹿を襲うグリフィン」(写真下)のモザイク画です。

  • アレキサンドロス大王の遠征図です。

    アレキサンドロス大王の遠征図です。

  • アレキサンドロス大王がダリウス3世に勝利した、「イッソスの戦い」を描いています。

    アレキサンドロス大王がダリウス3世に勝利した、「イッソスの戦い」を描いています。

  • 「アレキサンドロス大王の頭部」の彫像です。

    「アレキサンドロス大王の頭部」の彫像です。

  • 「アレキサンドロス大王のパン神の姿」の彫像です。

    「アレキサンドロス大王のパン神の姿」の彫像です。

  • ペラ遺跡からの出土品が展示されています。

    ペラ遺跡からの出土品が展示されています。

  • 死者の顔に被せた「青銅製ヘルメットと黄金のデスマスク」です。

    死者の顔に被せた「青銅製ヘルメットと黄金のデスマスク」です。

  • 赤絵様式の陶器です。

    赤絵様式の陶器です。

  • 女神の彫像です。

    女神の彫像です。

  • ペラ遺跡近郊で昼食です。

    ペラ遺跡近郊で昼食です。

  • ギリシャの家庭料理の代表格、ムサカを頂きます。

    ギリシャの家庭料理の代表格、ムサカを頂きます。

  • サラダです。

    サラダです。

  • ムサカは、ナスとジャガイモとパルメザンチーズを重ね焼きしたものです。

    ムサカは、ナスとジャガイモとパルメザンチーズを重ね焼きしたものです。

  • ヴェルギナ遺跡の大墳墓です。<br />ユネスコの世界遺産に登録されています。

    ヴェルギナ遺跡の大墳墓です。
    ユネスコの世界遺産に登録されています。

  • 大墳墓の地下に、アレキサンドロス大王の父フィリッポス2世の墓と子供アレクサンドロス4世の墓があります。

    大墳墓の地下に、アレキサンドロス大王の父フィリッポス2世の墓と子供アレクサンドロス4世の墓があります。

  • 大墳墓(地下博物館)の入口です。<br />内部は写真撮影禁止です。以降11枚の写真は、ミュージアムショップで購入した「ベルギナ 考古学遺跡の散策」から掲載しています。

    大墳墓(地下博物館)の入口です。
    内部は写真撮影禁止です。以降11枚の写真は、ミュージアムショップで購入した「ベルギナ 考古学遺跡の散策」から掲載しています。

  • ヴェルギナの大墳墓の平面図です。<br />左下;第4墳墓、左上;英雄の記念碑と第1墳墓、上;第2墳墓、右上;第3墳墓です。

    ヴェルギナの大墳墓の平面図です。
    左下;第4墳墓、左上;英雄の記念碑と第1墳墓、上;第2墳墓、右上;第3墳墓です。

  • 大墳墓内の全体の模型です。<br />下から英雄の記念碑と第1墳墓(ペルセフォニの墓)、第2墳墓(フィリッポス2世の墓)、第3墳墓(王子の墓)です。

    大墳墓内の全体の模型です。
    下から英雄の記念碑と第1墳墓(ペルセフォニの墓)、第2墳墓(フィリッポス2世の墓)、第3墳墓(王子の墓)です。

  • ペルセフォニの墓(第1墳墓)の内部の壁画、「ペルセフォニの誘惑」です。

    ペルセフォニの墓(第1墳墓)の内部の壁画、「ペルセフォニの誘惑」です。

  • ペルセフォニの墓の内部の壁画、「ペルセフォニの誘惑」の部分拡大です。

    ペルセフォニの墓の内部の壁画、「ペルセフォニの誘惑」の部分拡大です。

  • フィリッポス2世の墓(第2墳墓)の正面の復元の絵です。<br />フィリッポス2世の墓(第2墳墓)は、アレキサンドロス大王により造営されたと考えられています。

    フィリッポス2世の墓(第2墳墓)の正面の復元の絵です。
    フィリッポス2世の墓(第2墳墓)は、アレキサンドロス大王により造営されたと考えられています。

  • フィリッポス2世の墓の正面を飾る壁画、「狩猟図、若い馬上の狩人」です。<br />壁画「若い馬上の狩人」は、アレキサンドロス大王自身を描いたものと言われています。

    フィリッポス2世の墓の正面を飾る壁画、「狩猟図、若い馬上の狩人」です。
    壁画「若い馬上の狩人」は、アレキサンドロス大王自身を描いたものと言われています。

  • フィリッポス2世の「金の骨箱」です。

    フィリッポス2世の「金の骨箱」です。

  • 王妃(クレオパトラ・エウリュディケ)の「金の骨箱」です。

    王妃(クレオパトラ・エウリュディケ)の「金の骨箱」です。

  • 王子の墓(第3墳墓、アレクサンドロス4世の墓)の正面です。

    王子の墓(第3墳墓、アレクサンドロス4世の墓)の正面です。

  • 王子の墓の控えの間の壁画、「戦車競技」です。

    王子の墓の控えの間の壁画、「戦車競技」です。

  • アレクサンドロス4世の「銀の骨壺と金の冠」です。

    アレクサンドロス4世の「銀の骨壺と金の冠」です。

5いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

マケドニア・ギリシャの旅

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

ギリシャで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ギリシャ最安 478円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

ギリシャの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから海外旅行記(ブログ)を探す

PAGE TOP