2017/05/28 - 2017/06/15
4位(同エリア1523件中)
ねんきん老人さん
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徳島県、高知県、合せて39か寺を回り、愛媛県に入りました。
飛ばし読み、棒読みではありますが、一応お経も唱え、納め札も入れ、御朱印もいただき、お賽銭も上げました。
それなのに、そんなことが死んだ妻にとって何になるだろうという疑念は一向に晴れません。 仏様やお大師様の功徳が妻に届いたという気もしません。
ただ、やめようという気はまったく起こらず、「次へ」「次へ」という思いだけでエセ遍路を続けてゆきました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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【 第四十番観自在寺 】
伊予26か寺の初めは観自在寺。 平城天皇の勅命で弘法大師が開いたお寺だそうです。
もう40年も前になりますが、このすぐ近くの海でソーダガツオの筏釣りをしたことがありました。
そのとき妻は留守番。 今回は一緒のつもりですが、本当に一緒にいるのか、やっぱり確信は持てません。観自在寺 寺・神社・教会
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【 観自在寺・大師堂 】
「納札入」と書かれた金属製の箱が見えますでしょうか?
お遍路さん達はあの箱に「納め札」というものを入れます。 どこそこの誰それが確かにここにお伺いしました、ということを仏様やお大師様に伝えるために入れておく、いわば名刺のようなものです。
本堂や大師堂にはご本尊もお大師様もいらっしゃる筈ですが、直接お渡しするわけにもいかないので、箱に入れるということでしょう。 -
【 第四十一番龍光寺 】
あれ? 本堂に鳥居がある。
と思ったのは私の間違いで、階段の手前に「左・本堂」「右・大師堂」の石標があります。
実は弘法大師がここに「稲荷山・龍光寺」を建てたのですが、明治の廃仏棄釈で階段上の建物を「稲荷神社」としたため、龍光寺はやむなく本堂を階段下に新築したのだそうです。
まあ、私のようなヘロヘロ遍路にとっては階段を上らないで済むので結構な話ですが、目の前にして無視するのは何だか気が引けるので、やっぱり上ることにしました。 -
【 第四十二番仏木寺(ぶつもくじ) 】
さて納め札ですが、名刺のようなものだと書いたとおり、住所氏名を書くところがあります。
私は「木更津市」とだけ書き、氏名は妻と連名にしました。 二人で来ました、と伝えるためです。
納札箱の前で書いていたのでは、他のお遍路さんの邪魔になるでしょうから、出発前に全部書いておきました。 納め札そのものはネットで購入でき、1枚1円くらいです。
もちろんお寺に着いてから書く人もいるのですが、そそっかしいのか、うっかりなのか、名前を書かずに入れてしまう人もいるようで、別稿『お母さん、お遍路って、これでいいのかなあ?』に書いた立江寺でのような騒ぎも起こることになります。 -
【 第四十三明石寺(めいせきじ) 】
納め札には、年齢も書くようになっていますので、妻のところに64、私のところに73と書きました。
もし5年後にまた遍路に出たとしたら、私は78として、妻の年齢は64と書くのでしょうか、それとも69と書くのでしょうか?
死んだ人はそれ以上歳をとらないと考えるのが普通でしょうが、私は今も妻が一緒にいると思っており、これからもずっと一緒にいてもらいたいと思っています。
だったら、これからどんどん歳が離れていくと考えるより、共に歳をとっていくと考える方が自然ではないかとも思えます。 -
【 道の駅「小田の郷せせらぎ」 】
この日は内子町の国道380号線沿いにある道の駅「小田の郷せせらぎ」で寝ました。
着いたときは夕方6時を回ったばかりでしたが、既に明かりは消え、人の気配はありません。
はたして営業しているのだろうかといぶかりましたが、トイレだけは電気がついており、ちゃんと水も流れましたので、つぶれた訳ではなさそうです。
ここに着くしばらく前から店らしいものはなかったので、車内にあった食べ物は魚肉ソーセージが1本だけ。 わびしい夕食になりました。
道の駅 小田の郷せせらぎ 道の駅
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【 道の駅「小田の郷せせらぎ」 】
遍路6日目、家を出てから9日目です。
真っ暗な駐車場で、狸かムササビでも出るのではないかと思いながら夜を過ごしましたが、結局1人の人間も1台の車も見ることなく朝を迎えました。
とにかくコンビニでも探さなければ腹が減ってたまりませんので、6時前ですが出発します。 -
【 第四十四番大宝寺 】
コンビニが見つからないまま、大宝寺に着いてしまいました。
路肩の小さな駐車スペースに車を停め、左の坂を上がります。 右の道を行けば境内に駐車場があるということは、あとで知りました。
朝の6時40分ですが、鬱蒼と茂る木々のせいで、まだ写真のような暗さです。 -
【 大宝寺 】
深い木立を縫って差し込む朝日に、仁王門が浮かんできました。 -
【 大宝寺・仁王門 】
その仁王門に飾られた巨大草鞋。 大きすぎて、折り曲げてあります。
なんでこんな大きな草鞋を掛けてあるのかというと、この寺にはこんな大きな草鞋を履く仁王様がいるのだと見せて、悪心のある連中を追い払おうという計略なのだそうです。
アパートで一人住まいをしている女性が男物のパンツを洗濯物のハンガーにぶら下げているのと同じでしょうか? (いや、同じではありませんね) -
【 大宝寺 】
ようやく陽の差す場所に出ました。
階段上の外人さん、先刻暗闇で会ったのですが、摺り足でゆっくり歩き、無言で頭を下げるその仕草は、修行僧のようでした。 実際には僧ではなく、宿坊に泊まって日本文化を体験しているというところでしょうが、外国の若者をも惹きつける空気があるのだと思います。
お参りが終わって納経所に行ったところ、もう7時半だというのにまだ開いていません。 しかたなく前で待っていると、ようやく窓が開きました。
年配のおばさんが机に向かったので、早くからすみませんと詫びながら御朱印をお願いしたのですが、私の差し出した納経帳を黙って受け取り、黙って印を押し、黙って揮毫をし、黙ってそれを返し、黙って300円を受け取り、黙って奥に行ってしまいました。
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【 第四十五番岩屋寺 】
岩屋寺は駐車場から急な坂道を20分も登らなければなりません。
坂の手前にはこんな看板が。
「お母さん、人生はこれからだってよ。 俺はもういいや。 早くお母さんの所に行きたいよ」 -
【 岩屋寺・山門 】
途中の山門でホッとしたものの、坂はこれからが本番です。
もう8時近いというのに、やはり木々に遮られて陽の光は道まで届いていません。
よりもよって、こんなに歩くお寺というのに前夜の食事がソーセージ1本とは。 -
【 岩屋寺・ユキノシタ 】
岩肌に雪ノ下が着生していました。
我が家の庭に一時はびこったことがあり、狭い庭の狭い花壇を覆うほどになったので、躍起になって抜いたことがあります。
そのときは憎らしい感じでしたが、こうして見ると、それなりに一生懸命咲いているように思えてくるから不思議です。 -
【 岩屋寺・本堂 】
本堂です。 おそらくここだけだと思いますが、大師堂より小さく、意外な感じがします。
ただその裏は岩山を穿った洞窟に繋がっており、その最奥に弘法大師の石像があります。
右に見えるハシゴ、いつもだったらこういう物を見ると迷わず登るのですが、今回の旅では本堂と大師堂以外には興味が湧かず、登ろうという気になりませんでした。 もっとも、ハシゴには危険なので登らぬようにと書いてありましたが。 -
【 岩屋寺・大師堂 】
これはまた立派な大師堂で、屋根は大師堂によくある宝形ですが、大きな向拝とそれを支える4本の柱に目を奪われます。
2本ずつ組になっていますが、こういう柱を双子柱というのだそうで、それが上にいくとわずかに細くなっているというエンタシスであることと併せ、とても珍しいものだと説明を受けました。 -
【 岩屋寺・接待所? 】
駐車場に戻ってきました。 閉まっていましたが、休憩所を兼ねたお土産屋さんだと思います。
生姜ドングリって何だろうと思ったら、生姜ドリンクでした。 それにしても、「人気爆走」って、どういう意味でしょうか?
「便がドカーン、腹が凹む焼しょうが」って?
飲まないと腹が膨らむほど大量の便が入っているということでしょうか? -
【 第四十六番浄瑠璃寺 】
さきほど述べた納め札には願意(願い事)を書くところがあり、書き切れない場合は裏に書いてもいいそうです。
私は基本的に神仏に何かをお願いするという習慣がありませんので、何も書きませんでした。
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【 浄瑠璃寺・もみ大師 】
このお寺には、籾の中に彫られた弘法大師像があるそうです。 あまりに小さいので、それを大きくした石像がお参り用に作られたのだとか。
なんだって籾の中なんかに彫ったんだろうと思ってしまいますが、そういうことをゴチャゴチャ言わないのが信心というものでしょう。
それにしてもこのお寺、蚊が多くて参ります。 -
【 浄瑠璃寺 】
その籾大師のそばに樹齢千年というイブキビャクシンの木があり、その周りを3回回ると延命長寿が叶うということです。
「手術も抗がん剤も効果がなかったっていうのに、木の周りを歩いただけで延命が叶うなんて・・・嘘も休み休みにしてもらいたいよなあ」 -
【 第四十七番八坂寺 】
浄瑠璃寺からそのまま県道194号線を進むと、こんな案内が出ています。 これは八十八か寺の中で最も分かり易い案内で、助かります。 -
【 八坂寺 】
用水路を渡る小さな橋が山門を兼ねているようです。
今写真を見ると天井になにやら絵が描いてありますが、行ったときはまったく気づきませんでした。
八十八か寺を回るという「ノルマ」につられ、いつの間にか本堂と大師堂でお経を上げて納経所で御朱印をもらって、さあ次は〇〇寺だ、というような流れになってしまい、個々のお寺をじっくり参観するという姿勢を失っていたように思います。八坂寺 寺・神社・教会
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【 八坂寺・万体阿弥陀仏 】
本堂の地下には「万体阿弥陀仏」があります。 お土産物屋さんで売っているような安っぽい型抜きだと思っていましたが、あとで砥部焼だと聞きました。
そういえば以前道後温泉の旅館で砥部焼の湯呑みというのが並んでいたような気がしますが、そう書いてなければ見ても何焼きだか分かりません。 -
【 八坂寺・閻魔堂 】
大師堂の脇に閻魔堂というのがあり、「極楽への道」「地獄への道」と書いてあります。
極楽とはどんな所か、地獄とはどんな所か、なにはともあれ入ってみます。 -
【 八坂寺・閻魔堂 】
天女たちが楽しげに遊んでいる極楽の絵です。
女性にモテたことがない私がこういう所に行ったら落ち着かないので、蓮の花が咲いている池の方に行きたいものだと思います。 -
【 八坂寺・閻魔堂 】
まあ地獄には行きたくないものですが、そう思った人は納経所で「極楽往生通行手形」(1000円)というのを買って納めるといいようです。
1000円で地獄行きを免れるなら安いものですが、それにしても地獄極楽どちらに行かされるのかが有料の手形で決まるというのは、まさに「地獄の沙汰もカネ次第」ということなのでしょうか。 -
【 第四十八番西林寺(さいりんじ) 】
さてまた納め札の話です。
私が用意したのは白い札ですが、八十八か所を4回回り終えて5回以上という人は緑、8回以上は赤、さらに25回目からは銀、50回目からは金となり、100回以上の人は色ではなく錦の札を納めるのだそうです。
私はいくつかのお寺で納札箱を覗いてみましたが、緑と赤の札は何回か見かけました。 銀や金、まして錦などは一度も見ませんでした。 -
【 第四十九番浄土寺 】
回る回数によって納め札の色が違うということを書きましたが、お大師様の足跡を訪ねるというなら一回でいいのではないでしょうか? なぜ多くの人が何回も回っているのでしょうか?
よく、四国遍路をすると人生観が変わるとか、迷いがなくなるとかいうことが言われます。
その一方で、苦労して八十八か所を回り終えると、目標がなくなってしまい、これから先どうしようという不安が生じる人も多いらしく、その人はまた「やり甲斐」を求めて遍路に出るという話を聞きました。
その結果は言わずもがなですが、一回目よりもさらに不安が強くなり、また一回、また一回と遍路を繰り返すというのです。
なんだか本末転倒のようにも思えますが、まあそれは一部の人の話で、繰り返し遍路に出る人の多くは別の理由、たとえば回数を重ねるほどご利益が大きくなるというような考えがあってのことだそうです。 -
【 浄土寺 】
八十八か所巡りを何回もすればそれだけご利益も増していくということになれば、納め札を入れるときに「私は〇回目です」と言いたくなるのは人情でしょう。 回数によって札の色が変わるというのは、そういう現実的なアピールに役立ちそうです。
それはまあ、それでいいのですが、ここで信じ難いことが起こっているようです。
あちこちのお寺で、色つきの納め札が盗まれているというのです。
色つきの札をご利益が約束された手形のように考え、そのご利益を横取りしようということなのだそうです。
呆れてものが言えませんが、こんな場面でも人は盗みを働くのかと思うと、まさに「浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ」の感があります。 -
【 第五十番繁多寺 】
繁多寺というから「忙しい寺」という意味かと思ったら、「繁多でも祈りを怠るな」ということなのだそうです。
よく自分の忙しさを自慢にしている人がいて、聞いてみると、そのくらいの忙しさなら俺も同じだよと思うことが多いのですが、そういう人はこのお寺に来てみたらどうでしょうか。 -
【 繁多寺 】
他人の功徳を我が物にするために納め札を盗むという話を書きました。
人の道も地に落ちたものだと慨嘆するところですが、実はさらに驚くべきことがあります。 その盗んだ納め札を、人に売るというのです。
盗品を買って、それでご利益を得られるという発想は常人の理解を超えますが、それが本当なら緑より赤、赤より銀が高く売れるであろうことは想像に難くありません。
今回の遍路で、いくつものお寺で納め札を持ち帰ってはいけないという注意書きを見て、始めは何のことかと思いましたが、そのうち訳が分かり、改めて箱を覗いてみて、銀や金の札がまったくないことに合点がいきました。 おそらく、そういう札はたちまち盗まれてしまうのでしょう。 -
【 媛彦温泉 】
繁多寺から数百mの所に「媛彦温泉」という入浴施設がありました。
媛と彦ですから、男女温泉ということでしょうが、混浴ではありません。 まあ、そんなことを期待する歳ではありませんし、全身汗まみれなので入っていくことにします。
料金は550円ですが、65歳以上は500円とのこと。 私は「一人です」と言っただけなのに、「ハイ、シニア料金500円です」と言われました。
「・・・」、まあ、それはそうでしょうねえ。
効能書きがあり、神経痛、筋肉痛、関節痛、慢性消化器病、痔疾、冷え症・・と、どれも関係ないなと思いながら読んでいくと、最後に「健康増進」とありました。
つまり、すべての人に向いているということですね。
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【 第五十一番石手寺・参道 】
さっぱりしたところで次に向かいます。
車内が冷える間もなく石手寺に着きました。 参道が屋根つきの仲見世になっていて、これはすごい所だなと思いました。
お寺が経営しているのか、ショバ代を取って営業を許しているのか分かりませんが、どっちにしてもカネ儲けに熱心なお寺だなというのが第一印象です。 -
【 石手寺・山門の巨大草鞋 】
山門に巨大な草鞋が飾ってあるのは珍しくありませんが、ここの草鞋にはなんと無数の1円玉が差し込んであります。
参拝者が次々と差していくのでしょうが、その人たちもこのお寺はお金が好きらしいぞと思うのでしょうか。 -
【 石手寺・お砂撫で 】
境内の三重塔の縁側には八十八霊場の砂を入れてあるという袋がずらりと並べてあり、それを一つずつ撫でて回ると、八十八か所の霊場を回ったのと同じご利益があるのだそうです。
「お母さん、だったら皆ここ一か所だけ来ればいいじゃん! 仏様のお膝元でそんなズルを勧めていいのかねえ?」 -
【 石手寺 】
とにかくあっちこっちに色々な物がおいてあって落ち着かないお寺ですが、さらに本堂の裏にはマントラ洞窟とかいう怖くないお化け屋敷みたいなトンネルがあって、それを抜けるとシンガポールのハウパーヴィラ(タイガーバームガーデン)を小さくしたような意味不明の場所があるようです。
まあ、どうせ観光客目当ての人寄せでしょうから興味もなく、行きませんでした。 あとでYou Tube で見て、やっぱり行かなくて良かったと思いましたが、それは人それぞれですから、面白い人には面白いかも知れません。 -
【 石手寺 】
極め付けはこれ!
何かしら有料の行為をする者はよし、それをしない者は200円払えということです。
つまり、いったん門を入ったからにはカネを払わずに外には出さぬぞということで、ここまで露骨なカネ集めをするお寺は他にはなかったと思います。 -
【 第五十二番太山寺(たいさんじ)・本堂(国宝) 】
屋根は本瓦葺きの入母屋造り、柱はすべて円柱という堂々たる建築です。
その他仁王門と十一面観音像が国指定重要文化財、梵鐘と弘法大師像が県指定有形文化財ということで、さながら博物館のようなお寺です。 -
【 第五十三番円明寺(えんみょうじ) 】
納経所の人は、同僚と世間話をしながら、横を向いたまま納経帳を受け取り、揮毫の間も話をやめませんでした。
まあ、私にとっては多分一生に一度のことですが、あちらさんは毎日何十人という人の納経帳を扱っているのですから、いちいち心を込めてなぞいられないのだと思います。 -
【 円明寺 】
この日のお寺回りはここで終わり、国道196号線沿いにある道の駅「風早の郷 風和里」に泊まります。 前にも泊まったことがある所なので、気が楽だし・・・。
と思ったら、夜半に娘からメールがあり、テレビでお遍路さん専門の泥棒のことをやっていたから、お父さんも気をつけるようにということでした。
「そんなバナナ!」
娘の話では、お遍路さんは泥棒から見るといいカモなのだそうで、その理由は、
① 行程が長いので、お金を持っている。
② 神仏の前で悪さをする者はいないという思い込みから、油断をしている。
ということだとか。
ふ~ん、そんなもんかなあ、と思いましたが、折角の忠告なので、寝たまま電子キーでドアをロックしました。
そのあと寝返りを打ったらセンサーが働いて、防犯ブザーが鳴り響き、裸足で外に飛び出してドアをしめ直すという騒ぎに。
なんともしまらない話です。 -
【 第五十四番延命寺・納札箱の注意書き 】
遍路7日目は延命寺からですが、いきなりこんなものが目に入りました。 納札箱の投入口に貼られた注意書きです。
記念に持ち帰るなどという児戯に対してではなく、完全に「盗人」を対象にしたものであることが文章からうかがえます。
お寺という聖なる場所で、それぞれのお遍路さんが思いを込めて置いていったものを盗むというのですから、もう何をか言わんやです。
泥棒というのは場所も相手も選ばないのですね。 -
【 第五十五番南光坊・四天王像 】
山門には仁王像ではなく、四天王の像が配されています。
四天王。言わずと知れた仏様の警護役、いわばSPといったところですが、SPよりもかなり荒々しく、前面に出て邪鬼を踏んづけ、辺りを威嚇しています。
三蔵法師を守る孫悟空・猪八戒・沙悟浄、 水戸黄門を守る助さん・格さん・・・ちょっと勢いが違いますかね。
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【 南光坊 】
いかめしい四天王像からすると意外ですが、納経所のお坊さんはとてもフレンドリーです。
私の納経帳に書かれた住所を見て、
「おっ、木更津からですか。 きさ~ら~づ~、照るとも、東京は曇れ~」
と、「木更津甚句」の一節を口ずさみました。 良く御存じで・・・という私の言葉にもお構いなしで歌い続け、さらに四角く切った紙を取り出し、私と妻の名を鮮やかに墨書すると、納経帳の間に挟み込んでくれました。
日本人の姓についても研究されているらしく、私の苗字は初めて見たと言って、その由来を尋ねるなど、終始和やかに応対してくれました。 -
【 南光坊・百度石 】
時代劇には、武士が果し合いをするというときに、その武士を慕う女がお百度参りをして武運を祈るというようなシーンがあって観客を泣かせるのですが、今でもその風習は生きているのでしょうか?
真新しい百度石があるということは、それが使われているということでしょうが、ちょっと想像がつきません。 「今どきの」強い女性が深夜、人に見られぬように裸足で本堂と山門の間を何度も往復しているなんて、信じられますか?
恋する男のためなどではなく、億万長者と結婚できますようにというような、自分の利益を願ってのことなら、やるかもしれませんね。 -
【 第五十六番泰山寺(たいさんじ) 】
泰山寺は、路地の突き当りに屋根だけ見えているような所ですので、地味な外観の小さなお寺を想像しながら歩いて行きました。
ところが近づいてみると、高級料亭と見紛うような石垣と瓦屋根で、えっ、お寺?というような所でした。
お寺そのものは古いのですが、建物は比較的近年に建てられたもので、とくに石垣と漆喰の塀は平成12年に改修されたものだそうで、なるほどと納得です。 -
【 泰山寺 】
さて、納め札についてくどくどと書いてきましたが、最後に、その納め札はどうなるのかということについて考えてみました。
箱が遠からずいっぱいになってしまうということは分かります。
多分お寺はそれを燃すのでしょう。 お坊さんがお経を上げながら、というのはこちらの希望的な想像であって、実際にはそんな悠長なことはしていられず、佐藤峨次郎さんみたいな人が燃しているのだと思います。
ですが、いくつかのお寺では、箱の中に大きなビニール袋が入っていました。コンビニや高速道路のSAなどのごみ箱と同じやり方です。
う~ん・・・ま、仕方がないか。
ただ、あるお寺で、そのビニールの口が納札箱の投入口の外に広がって、ガムテープで止めてある光景を目にしました。
これはあまりにもあからさまなやり方で、自分の札をそこに入れるのは逡巡しました。 面倒ではあるでしょうが、もうちょっと、巡拝者たちの心情を汲んだやり方をしてもらえないでしょうか。 -
【 今治市・マンホールの蓋 】
駐車場に戻る途中、ふとマンホールの蓋に目がいきました。
世の中には様々な趣味を持った人がいるもので、マンホールの蓋を写真に撮って集めている人が「日本マンホール蓋学会」とかいう組織を作って写真を寄せ合っているというから驚きです。
そのHPを見ると、なんと私の住む木更津市のマンホールが何種類も載っていて、普段気づかずに踏んづけていることが申し訳ないような気になりました。
今治市のものは、伊予水軍の船をデザインしたものだそうです。いやはや! -
【 第五十七番栄福寺 】
下世話なことですが、霊場めぐりを何回もする人は相当なお金持ちなのだろうと思います。
交通費、宿泊費、食事代はもちろんのことですが、各お寺でも結構なお金がかかります。御朱印は300円ですので、八十八か所では26,400円。 最後に一番寺に戻る人、高野山にお礼参りに行く人はその分も足すと27,000円。 それぞれのお寺で本堂と大師堂にあげるお賽銭、駐車料金、参道保全金とかナントカ維持費とかいうお金、等々を合せるとかなりの額になりますから、それを10回やったら・・・。 御朱印だけで27万円ですから、その他の出費は計算する気にもなりません。 -
【 第五十八番仙遊寺・お遍路さん休憩所 】
仙遊寺の近くにこんな休憩所があります。
「四国八十八ケ所ヘンロ小屋プロジェクト」という活動があり、地元の人たちの寄付や労力で作られているとのことですから頭が下がります。 遍路道に沿って89の小屋を建てるのが目標で、現在50棟ほどが完成しているそうです。
歩き遍路の人にとっては何よりの施設だと思います。 -
【 仙遊寺 】
納経所は無人で、インターホンを鳴らすようにと書いてあります。
何度も押して、出直そうかと考え始めたころ、ようやく「参りま~す」という声がしましたが、一向に「参り」ません。
やっと現れたお坊さんは慌ただしく押印揮毫をしてまた奥へ消えましたが、参道維持費と称する400円はしっかり請求されました。
やれやれと思いながら納経帳を見ると、弘法大師もかくやと思われる達筆で、一文字も読めませんでした。 -
【 第五十九番国分寺 】
おや? 石柱門の内側にお大師様が。 でも、ちょっと様子が違います。 -
【 国分寺・握手修行大師 】
ここのお大師様は手を差しだして握手のポーズをとっています。 お大師様と握手をしながら願い事をするということですが、弘法大師の時代に握手という作法はあったのでしょうか?
「お母さん、なんだか函館の北島三郎記念館を思い出すねえ」 -
【 第六十番横峰寺・参道上り口 】
横峰寺への上り口という所には路肩の2~3台分しか駐車スペースがなく、その先2.2kmの徒歩用参道には落石・倒木等危険な個所が多くあるので、危険と感じた場合はすぐに引き返すようにと取り付く島のないような「警告板」が立っています。 -
【 横峰寺 】
「横峰寺への車道は63番札所(吉祥寺)近くの県道142号から有料林道へ入っておこしください」
路肩は既に他の車で塞がっていますので、やむなく有料林道というのを探します。
簡易舗装が剥がれ、所々路肩が崩れたり土砂崩れがある細い山道を走っていると、道を塞ぐように小屋があり、それが料金所でした。
えっ、これが有料道路? と驚くような悪路ですが、なんと1850円も取られます。 -
【 横峰寺 】
駐車場に着いたのは、さっきの立札のあった所から25kmも先で、時間も1時間以上かかりました。 駐車場からは徒歩で坂道を10分ほど下ります。
弘法大師がシャクナゲの木に刻んだ大日如来が本尊だそうで、そのせいか写真に見える斜面の木はすべてシャクナゲです。 -
【 横峰寺 】
参拝を終えて戻る道がY字路になっており、どうも左の方がちゃんとした道のように見えたので、そっちに行くと山門がありました。 さてはさっきの危険な道を上ってくるとここに出るのだな、それが本来の参道なのだな、と思いましたが、車は駐車場なので戻ります。
Y字路まで戻りましたが駐車場を示す方向板などなく、不安なまま狭い上り坂をたどってようやく駐車場に出ました。
とにかくこの横峰寺では腹の立つことばかりで、そういえば「横」という字を含む言葉にはロクなものがないな、などと思いました。
横車、横やり、横しま、横取り、横恋慕、横紙破り、横領・・・
そのとき思いついたのはそのくらいですが、帰ってから辞書を見ると、他にもあるある・・・
横意地、横好き、横言、横領、横行、横着、横流し、横柄、横暴。
でも、そんなことで辞書まで見るというのも年甲斐のないことで・・・。 -
【 黒瀬湖 】
あの腹立たしい有料道路を5kmほど走り、さらに悪路を3kmほど走ると県道12号線に出ます。
そこに見えるのが黒瀬湖、人造のダム湖です。 まん中は島ではなくて、蛇行する加茂川に挟まれた陸地です。
ダイナミックな景色に思わず車を停めました。 -
【 第六十一番香園寺 】
おや、お寺の境内に美術館? と思ったのは間違いで、これが本堂と大師堂を一緒にした「大聖堂」です。
正面でローソクと線香を上げてから建物左側の屋外階段を上り、2階に入ります。 そこはどこかの劇場か映画館のような按配に椅子席があり、ステージにあたる部分に祭壇があります。
豪華ではありますが、お寺というと木造のお堂をイメージしてしまう私には、いささか違和感のある場所でした。 -
【 香園寺 】
これはまた、珍しい形の杉です。
千葉県に三本杉というのがあって、大きな立札に大変珍しいというようなことが書いてありますが、こちらはなんと8本です。
三本であの大きな立札ですから、ここでは雨戸一枚くらいの立札が必要ではないでしょうか? -
【 第六十二番宝寿寺 】
実は香園寺で、六十二番の御朱印はここで受けていくようにと勧められました。
納経所の窓口はどこでも7時から17時までということで、たぶん「お寺の組合」で申し合わせているのでしょうが、宝寿寺はそれに従わず、昼休みを設けて窓口を閉めてしまうそうで、言ってみれば「異端のお寺」ということのようです。
それを巡る確執が昂じて、宝寿寺が組合(四国八十八か所霊場会)を脱退するとかしたとか、はたまた除名になったとか、ネットに出ていましたので、「はは~ん、これだな」と思いました。
言われた方に行ってみると、駐車場の中にプレハブ小屋があり、そこで御朱印を押してくれるようです。
でも私は、お参りした証が御朱印だと聞いていますので、そこに行かずに御朱印だけもらうのでは単なるスタンプラリーになってしまうと思い、宝寿寺に行きました。
確かにほかのお寺が努力しているのですから、宝寿寺もなんとか工夫できないものかとは思いますが、お寺同士のいさかいに巻き込まれるのは御免です。
行ってみると、本堂の真ん前にプレハブの納経所を建ててあり、そのせいで本堂が見えなくなっています。 なるほど偏屈なお寺だなとは思いましたが、ともあれお参りをし、納経所に行きました。 お坊さんは2人。大きな声で別の話をしながら機械的に印を押して「ハイ、一丁上がり」という感じで納経帳を返してよこしました。
ちなみに、御朱印をもらうとそれぞれのお寺の本尊を絵に描いた「お姿、御影」というものを無料でもらえますが、宝寿寺では言わないとくれないし、お金(200円)も取られます。 -
【 第六十三番吉祥寺 】
ここの納経所では宝寿寺のことは言われませんでしたが、貼り紙があり、そこには62番の御朱印は61番で貰えるから、62番を飛ばして直接61番に行くことをお勧めします、ということが書いてあります。
霊場を逆に回る、いわゆる逆打ちの人は宝寿寺の前にここに来るわけですから、その人たち向けの案内です。
「香園寺で宝寿寺の御朱印を貰えるんですか?」
と訊いてみました。ケンカ相手の宝寿寺のお坊さんが香園寺の駐車場にいるとは思えないからです。
返事は、「六十二番です」ということでした。 実際、香園寺で御朱印を貰った人の話では、「宝寿寺」と書くべき所に「六十二番札所」と書いてあるということでした。
「お母さん、子供のイジメじゃあるまいし、どっちもどっちだねえ」 -
【 第六十四番前神寺・お滝不動 】
本堂に向かう階段の脇にお滝不動尊というのがあります。 さながらお不動様が滝行をしているようにも見えますが、流れ落ちる水になにか温泉のような成分が含まれているのか、赤みを帯びた付着物で形もはっきりしなくなっています。
1円玉を投げて、それがくっつくとご利益があるそうで、沢山くっついています。
「お母さん、誰がそんなことを考えたんだろうねえ。 いっそ一万円札が貼りついたらって言えばよかったのにねえ」 -
【 前神寺・本堂 】
銅板葺きの入母屋造とシンメトリーに張り出した両翼は、お寺というより神社のような雰囲気で、右に見える鳥居と併せ、八十八か寺の中では異質な空間のように思えます。 -
【 道の駅「とよはま」・トイレの「音」 】
この日は前神寺で時間切れとなり、香川県観音寺市にある道の駅「とよはま」に泊まりました。
えっ、愛媛県を回っている筈なのに香川県? とお思いでしょうが、この「とよはま」は香川県の南西端にあり、愛媛との県境までは200mほどなのです。
トイレに「音」というボタンがあり、音符のマークがついているので、音楽でも聞きながら用を足すのかと思って押してみると、ジャーッという水の音がしました。
そういえばオシッコの音が外に聞こえるのを嫌って水を流しながら用を足すという話を聞いたことがあります。 トイレでオシッコの音がするのは自然なことで、わざわざ水を流す意味が分かりません。
それに、終わったあとまた流すのでしょうから、隣のボックスに入っている人は「隣の人はずいぶんいっぱいするんだなあ」と思うのではないでしょうか?
いやいや、こりゃまた、どうでもいいことで・・・。 -
【 第六十五番三角寺 】
遍路8日目、家を出てから11日目。雨。
妻はかねがね自分のことを晴れ女だと言っており、確かに妻との旅行で傘をさしたという記憶はありません。
今回も家を出てから10日間、まったく雨が降らなかったので、妻が一緒にいるのかなあ、などと自分に思い込ませていたのですが、とうとうその妻の強運も尽きたようです。
写真では分かりませんが、三角寺でも雨は続いており、階段のあちこちで沢ガニが歩いていました。
傘をさして手がふさがっている状態で下りるには危険も感じられ、1段に2歩ずつ使って慎重に下りました。 -
【 三角寺 】
伊予26か寺を「菩提の道場」というそうですが、それがどういう意味なのか分からぬまま、回り終えてしまいました。
思い返すと愛媛県に入ったころから、お寺を回るということだけに気を取られ、ノルマに追われるような「移動」ばかりの旅になっていたような気がします。
こんな旅、妻は喜ばないのではないか? そう思うと、もの言えぬ妻が可哀想で、形ばかりの遍路を続ける自分を責める気持ちが募ってきました。
残すは讃岐二十三か寺。 もし妻が見えるなら初めて見る景色を喜んでくれるよう、旅のペースを緩め、少しは観光も取り入れてこうと思いながら、香川県に入ってゆきました。
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この旅行記へのコメント (14)
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- しにあの旅人さん 2018/12/05 19:39:08
- お久しぶりです
- まず、奥様に手を合わさせていただきます。
しばらく新しい旅行記がないので心配しております。お元気でしょうか。
新しい方から逆に旅行記を読んでおります。
私の旅行記は、近頃は妻にアイデアをもらうのではなく、直接書いてもらっております。二人の共作となりました。私たちは同じ年なので、このままだと私が先にいなくなってしまいます。町の健康診断は全部受けて、1ヶ月だけ妻より長生きして、葬式をだしてやりたいと思っています。妻はそういうのが苦手なので。
- ねんきん老人さん からの返信 2018/12/05 20:54:43
- 同い年のシニアというのは羨ましいことで。
- シニアの旅人さん、いつも書き込みをしてくださり、ありがとうございます。
妻のことも覚えていてくださって、嬉しい限りです。
ユーモラスな中に考えさせられるコメントで、私も妻との順番について改めて考えました。
妻は64歳で死にましたが、女性の平均寿命を考えると、あと20年は生きられた筈だと思ってしまいます。男性の平均寿命からすると私はあと5年ですから、妻は私のいない人生を15年は楽しめたでしょう。
そう思うと、神仏はなぜ妻と私の順序を逆にしたのかと、恨めしい思いが拭えません。 ただ、一つだけ、良かったと思うのは、妻を亡くした私の悲しみを妻に味あわせなくて済んだことです。 実際、あれから1年半が経ちますが、悲しみは少しも軽くなりません。 周りの人は、だんだん薄れるよとか、いつまでも悲しんでいると奥さんがうかばれないよとか言いますが、私は「世の中の人すべてが忘れても、俺だけは死ぬまで忘れないんだ」と思っていますので、今でも涙の涸れることがありません。
こんな辛い思いを妻にさせなかったことだけは良かったと思うのです。
もっとも、私が先に死んで妻が悲しむと思うのは私の自惚れであって、実際は妻はせいせいしたと思ってルンルンの毎日を送ったかもしれないのですが。
シニアの旅人さんも、奥様と同い年ということで、奥様より1か月だけ長生きするのだと、アテにならない計算をしていらっしゃるようですが、平均年齢からすれば奥様は旦那様より5年は長生きをなさるのですから、計画は練り直した方がよろしいかと思います。
折角同い年なのですから、あとのことは考えず、今仲良く毎日を楽しまれてはいかがでしょうか?
ねんきん老人
-
- sanaboさん 2018/01/06 22:16:58
- お遍路の旅
- ねんきん老人さん、こんばんは
私はお遍路の経験はもちろんありませんし、知らないことだらけでしたので、旅行記を拝読しいろいろな事を教えていただきました。
「納め札」にも色分けがあり、ねんきん老人さんが納札箱を覗かれた時には緑や赤は見かけたけれど、銀や金、錦はなかったそうですね。 5回以上、8回以上の方はいらしても、それ以上の回数を重ねる方はそうはいらっしゃらないのだと最初思いました。 確かにそれも理由のひとつかもしれませんが、まさか他人のご利益を横取りする人がいるなどという発想は全くしなかったので、続きを拝読しとても驚きました! 他人様の功徳を横取りと言うより、泥棒の片棒を担ぐようなものですよね~? とても信じられません!
『第六十二番宝寿寺』を巡る確執も、ちょっと驚きました。 ねんきん老人さんが仰ってらしたようにどっちもどっちに思えて、とても信仰を司る方たちの所業とは思えません。
さりとて、お遍路をなさる方たちの純粋なお気持ち、それにより積まれる功徳の尊さに変わりはありませんね。
魚肉ソーセージ1本のお夕食となってしまい、翌日早く何か召し上がって下さ~い、と心の中で呟きながら旅行記を拝読しておりましたが、結局いつ何を召し上がられたのか分からず…気になっていました(笑)
奥様への思いがひしひしと伝わってくる旅行記を拝読するたび、ねんきん老人さんの日々のこのような思いが奥様への何よりのご供養になっているのだと感じずにいられません。
寒さも厳しくなってまいりました。 くれぐれもご自愛下さいませ。
そして良い1年を過ごされますよう心よりお祈り申し上げます。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。
sanabo
- ねんきん老人さん からの返信 2018/01/07 10:57:54
- 満足感は幸福感につながるのでしょうか?
- sanabo さん、お早うございます。
いつもながら拙稿の細かいところまで読み込んでくださって、ありがとうございます。
人の功徳を横取りし、それを売って一儲けしようという輩がいることには驚きを禁じ得ませんが、そうしてカネを得た者は「しめしめ、うまくいった」と満足なのでしょうか?
よしんば満足だったとして、それで幸せな気分になれるのでしょうか?
私は、つくづく自分が幸せだったと思っていますが、ゼニカネとなるといつも苦労していました。もしそれを盗みで解決していたら、もっと幸せな気分を味わえたのでしょうか?
仏様の世界に入り込んでまでの盗み。 人の業について考えさせられた旅でもありました。
ただ、慌ただしく出発した四国遍路で、前もっての勉強が足りませんでしたので、ずいぶん見落としたところがありました。
機会があれば、次回はじっくり準備して、sanabo さんのように歴史的観点に立ってそれぞれのお寺を訪ねてみたいものだと思います。
体力はもちろん、記憶力・判断力、すべてが衰える一方のこれからですから、どれだけ実のある旅行ができるか分かりませんが、好奇心だけは失うまいと心がけております。
どうぞ今年もよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
ねんきん老人
-
- bingoさん 2017/10/26 21:43:06
- いつもありがとうございます。
- ねんきん老人さん
こんばんは
今日、所用で松山にプチ帰省してました。
道すがら、歩き遍路さん数人お見掛けしました。
(車で周ってる人は識別ムリですので・・・笑)
札所巡りはメジャー処か身近なトコロしか行ってませんが、四国のお遍路文化は身近に感じておりました。
bingoも、定年退職となり、愛媛へ帰れば巡るでしょう。。。
地元では、世界遺産登録を目指しているようですが、登録されればハクは付くかもしれませんけど、今の塩梅がちょうどイイと思うんですけどね。程良く質素で。。。
失礼しました。またお邪魔します。
bingo
- ねんきん老人さん からの返信 2017/10/27 09:24:14
- 仰る通りです。
- bingo さん、お早うございます。 書き込み、ありがとうございました。
世界遺産登録への懸念、まったく同感です。
私も遍路をしていて、どやどやとバスから降りてくる人たちが、必ずしも敬神数祖の念をもっての参拝ではなく、「皆が行くから自分も行く」というスタンスで境内の雰囲気を壊しているのを見て辟易していました。
これまで世界遺産に登録される前と登録された後と訪れた所が何か所かありますが、どこも登録後は人で溢れ、中国人が大騒ぎし、早々に退散したような次第です。
登録を申請する側も、史跡・遺跡の保存というより、観光客の落とすカネが狙いなのではないかと思ってしまいます。
今の四国の雰囲気が長く保たれることを祈るばかりです。
これからも bingo さんの旅行記を拝読させていただきますので、よろしくお願いいたします。
ねんきん老人
-
- ふわっくまさん 2017/10/19 12:12:24
- お遍路旅で始めました・・
- ねんきん老人さん、こんにちは。
私も他の方々がおっしゃっている同様 言葉が見つからず、遅れてお邪魔いたします。
私は4トラベラーのサイトは以前から旅行の参考にさせて頂いていたのですが、四国のお遍路旅をしている途中で登録し、旅行記に残すことにしたのです。
色々な思いで、お遍路に出かけている方をお見かけしました・・
奥様と楽しそうに旅行を満喫されていた ねんきん老人さんが、まさか・・という気持ちが率直なところです。
海外旅行で、絶景をバックに微笑まれていた奥様・・
息子さんからプレゼントで、ディナーに出かけられた奥様・・
その時ねんきん老人さんは、ドレスコードを気にされていましたが・・
どんな豪華なドレスを身に纏うより、幸せいっぱいで輝いておられました。
これからも、ずっと心に残っていると思います。 ふわっくま
- ねんきん老人さん からの返信 2017/10/19 17:16:22
- 体験を共有できて嬉しい限りです。
- ふわっくまさん、過去の拙稿にまで言及されての丁寧な書き込み、ありがとうございました。
私は自分が遍路に出るのは「いずれ」「そのうち」という気分でしたので、各寺々のことなど何も予習していない状態で飛び出しました。
「お参り」ということにばかり気を取られての旅でしたので、それぞれのお寺で撮った写真を見ても、それだけではどこのお寺だったか分からない所も多く、なんともお粗末な旅だったと反省しております。
ふわっくまさんの「お遍路、ときどき・・・」シリーズを拝見して、「そうそう!」と思う所と、「あれ?こんな門だったけ?こんな境内だったっけ?」と思う所がありますが、それぞれに添えられた感想を拝読して、自分の感想と重なると嬉しくなり、違った感想にぶつかると「もう一回行ってみようかな」と思い、体験の共有に喜んでおります。
実際にもう一度行くことはないと思いますが、ふわっくまさんの旅行記を頼りに、自分の思い出を風化させないようにしていきたいと思っています。
重ねて、ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
-
- pedaruさん 2017/10/15 06:42:21
- お寺の価値
- ねんきん老人さん おはようございます。
奥様を亡くされた話は前回拝読しました。どういう言葉を掛けたらいいのか悩みました、そしてとうとう書かずに時間が過ぎてしまいました。
私が妻に先立たれたらどんな気持ちになるのか?と考えただけで恐ろしくて真剣に向き合わずにいます。ねんきんさんがいかに奥様を愛しておられるかを知り、ある意味幸せなご夫婦だったと感じております。
私の場合、妻を本当に愛しているかどうかは胸を張ってイエスと言えないところがあります。愛しているつもりではありますが、愛されている自覚が妻にはあるかどうかも疑問です。妻に先立たれたらお詫びの気持ちだけに煩悶することでしょう。
さて今回の旅行記、読み物のように楽しみました、何故なら私が常々感じていることを証明してくれるものとなっているからです。
純粋な気持ちでお遍路に励む人々とは対照的にお金集めに奔走する坊主たち、もちろん真剣に取り組んでいる坊主もいることは分かっていますが、あまり立派な人たちとは言えませんね。
いろんな動機でお遍路に出る人にとって、坊主がどうあれ、寺に詣でること自体に価値があるのだと思いますので、どんな坊主がいようとも無視することが肝心ですね。たとえ丸坊主でもから坊主でもいたずら坊主、ちゃ坊主、うみ坊主、くりくり坊主、たこ坊主、とんがり坊主、なまぐさ坊主、ねぎ坊主等々でも・・・
失礼をば致しました。
pedaru
- ねんきん老人さん からの返信 2017/10/15 10:44:23
- 後悔ばかりの毎日です。
- pedaruさん、お早うございます。 いつも胸に響く書き込みをありがとうございます。
妻の供養になるかどうかは分かりませんが、恐山に行き、昨夜帰ってきました。
pedaruさんの仰る「愛しているつもりではありますが、愛されている自覚が妻にはあるかどうかも疑問です。妻に先立たれたらお詫びの気持ちだけに煩悶することでしょう」ということ、ズシンと胸に刺さりました。
私の年代と私の性格では、「愛する」という言葉を使うこと自体がはばかられ、勿論妻に言ったことはありません。
それはそれで仕方がないのですが、せめて相手がそう感じるような言葉や仕草を心がけるべきではなかったかと、今さらながら思っています。
妻が、愛されていると思いながら生きていてくれたならいいのですが、その点に不満や不安を感じていたとしたら、こんなに可哀想なことはありません。
今となっては手遅れですが、もっと言葉や態度に表してやれば良かったと、自分を責める毎日です。
どうかpedaruさんは、照れたり面倒がったりせず、奥様にこれでもかというほど愛情を示してください。言えなくなってからでは遅いのです。
お寺の話、ひねくれた遍路で反省するばかりですが、こちらの気持ちが妻の供養一点にありましたので、お寺の在り方や僧侶の態度にいちいち不満を感じてしまい、つい言葉が過ぎました。
それにしても、〇〇坊主という言葉、随分あるものですね。思わずニンマリしてしまいました。
-
- まむーとさん 2017/10/04 15:52:26
- 続きはまたあとで読みます。
- ねんきん先生、こんにちは!
お遍路のシリーズを楽しみにしています。
涙が出て最後まで読んでいません。
読むと切なくて、でも奥さまは幸せな方だとすごく感じます。
ずっと幸せで今も幸せで、ずっと寄り添われているのでしょう。
ねんきん先生が一人でご旅行に行かれる時もニコニコ送り出しておられ、旅行中は空想して奥さまも旅行を楽しまれていたはずです。そう感じました。
お恥ずかしい話ですが、私の両親は離婚はしていませんが真逆です。
愛情が深ければ深いほど別れは辛い。
そうだったら最初から愛情をほどほどにとはいきませんね。
私の両親はねんきん先生の辛さを経験しないはずです。
ねんきん先生は幸せな結婚生活だったのですね。
お子さまも幸せなご家庭で健やかに成人された事を羨ましく思いました。
旅行記をいっぱい書いてください。
奥さまを読まれてると思います。
- ねんきん老人さん からの返信 2017/10/04 18:20:11
- 恵まれ過ぎて、こわいくらいです。
- まむーとさん、今晩は。 今回も書き込みをしてくださって、ありがとうございます。
私は、自分の人生を振り返ってみて、あまりにも恵まれていたことに、罪悪感すら感じています。
物心ついたころから今に至るまでずっと貧乏でしたし、頭は悪いしルックスは最低だし、損な役割ばかりが回ってくるし・・・と数えていけばきりがありませんが、どれをとっても私よりもっと大変な人が沢山いますので、俺はこの程度の苦労でのうのうとしていて申し訳ない、といつも思っています。
そんな私なんかと結婚してくれて、とにもかくにも仲良く45年も一緒に暮らしてくれた妻には、どんな言葉を使っても感謝の気持ちを表しきれません。 本当に恵まれた人生だと思います。
そして今また思うことがあります。
私はかけがえのない妻を先に死なせてしまった申し訳なさから、5か月たった今も、何をする気にもなれません。
一日中妻のことを考えていますが、その一つとして4トラベルを利用して遍路の旅を思い返しています。 ただそれは、あくまでも私の私的なことであり、ほかの方にしてみれば、世の中の夫婦は死別生別はともかく、いつかは必ず別れるのだから、ねんきん老人ばかりがいつまでも同じことを書き並べているのはうんざりだ、と思うことです。
私もそれは十分分かっているのですが、今の私には妻を意識しない旅行記は書きたくても書けないので、どなたにも読んではいただけないことを承知で書いているわけです。
それなのに、まむーとさんのように、親身になって読んでくださり、さらに書き込みまでして励ましてくださる方がいらっしゃるということは、またしても、俺はどうしてこんなに恵まれているんだろう?という思いを抱かせてくれます。
この幸せを無駄にしないよう、しっかり生きて、妻にも安心してもらわなければいけないと思います。
本当に、ありがとうございました。 どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
- まむーとさん からの返信 2017/10/04 22:43:39
- 今の気持ちのありのまま全て書いてください。
- 私は流産したことがあります。
たった3ヶ月お腹にいただけですが、もぬけの殻に何ヵ月もなりました。今も思い出すと涙が出ます。
16年経った今もなお。
奥さまは45年間です。
気力が無くなるのは当たり前です。
私はそのもぬけの殻になった時、た文を書く機会に恵まれました。
書く事のパワーを初めて感じました。
そして、私の4トラのスタート当初は子育てが大変な時期でもありました。やはり書く事で助けられました。
ねんきん先生は45年分。
書いて書いて書きまくってください。
次の作をお待ちしています。
- ねんきん老人さん からの返信 2017/10/05 08:42:45
- 言葉が見つかりません。
- まむーとさん、お早うございます。
年寄りの愚痴にお付き合いくださり、その上、深いご理解に基づく書き込みをしてくださって、本当にありがとうございます。
お子様を亡くされたとのこと、神仏の無慈悲ここに極まれりという感じがします。
私には想像もつきませんが、「もとは他人」の妻を亡くしたのとは違い、ご自分のお腹の中で生を受け、ご自分のお腹の中で育っていたお子様を亡くされたというのは、「悲しい」とか「辛い」とかいう軽い言葉では表せない思いであろうと拝察いたします。
「16年経った今も」と仰いますが、その16年の間には、幼稚園、小学校の運動会もあったでしょう。中学校の修学旅行、高校の部活もあったでしょう。
そういうものを何も体験せずに生を終えてしまったことが、年月の経過で解決されるものではないと思います。むしろこれからも、「生きていれば今ごろは恋人ができたかな?」とか「結婚式で笑顔を振りまいていたかな?」とか、そのときどきの「あった筈の今」を思ってしまうことでしょう。
私も正直なところ、何か新しいことに取り組む気力はありませんが、まむーとさんが書き込んでくださった「書く事のパワー」という言葉に、なるほどと言う感を抱きました。
私も自分では気がつきませんでしたが、妻を意識しながら旅行記を書いていることで、自分を保てていたような気がします。
良いことを教えていただきました。 人様にはご迷惑でしょうが、これからも、妻と一緒のつもりで旅をし、妻との共同作業のつもりで旅行記を書いていこうという気になりました。
本当にありがとうございました。
ねんきん老人
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