2016/08/07 - 2016/08/07
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satoshiさん
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2016年8月奈良県の法隆寺周辺と西ノ京を巡ったときの旅行記です。
法隆寺のある斑鳩と西ノ京が4トラでは別エリアの為1日の旅行記を2回に分けました。
斑鳩も西ノ京も何度も訪れているところですが、自分が訪れたときはいつも冬だった気がして、夏に一度訪れてみないと数日前に思い立ち日曜日の早朝から名古屋を出発して斑鳩に向かいました。
当初、斑鳩だけにしようと思っていたのですが法隆寺、法輪寺、法起寺と廻ってもまだ時間が余る。急遽西ノ京の薬師寺、唐招提寺も訪れることに。
前編斑鳩編です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JRローカル 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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名古屋から法隆寺への行き方は何通りかありますが、今回は何も考えずyahooの路線検索で始発で検索されたルートを選択。名古屋から新大阪まで新幹線、新大阪から地下鉄で天王寺まで、天王寺からJRで法隆寺までのルートです。お金が掛かるがとりあえず一番早いらしい。6:20の始発の新幹線に乗ります。
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新大阪乗り換え、7:15頃地下鉄御堂筋線。
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天王寺で乗り換え法隆寺に向かいます。ふと、天王寺駅から法隆寺駅までの移動ってなんか聖徳太子繋がりで因縁めいたものを感じました。7:50頃
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法隆寺駅到着。8:15頃。駅からバスに乗りたかったのですがバス停が見当たらない。駅の反対側だったのかな。仕方ないので歩きます。
法隆寺駅 駅
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法隆寺駅から15分位歩き参道突き当りに到着。今後観光案内所を覗いた後藤ノ木古墳に進みます。観光案内所で自転車を借りようか迷いましたが結局徒歩で回ることに。
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法隆寺の南大門前から一旦西に進み藤ノ木古墳に寄ります。藤ノ木古墳は6世紀末の古墳で被葬者は諸説あるようです。1985年から88年まで発掘調査がされ、発見があるたびに新聞紙上を賑わしたので世代によっては名前の馴染みの人も多いいのでは。8:50頃。
史跡藤ノ木古墳 名所・史跡
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入口です。扉のガラスに反射して私が映ってますね。中はこのガラスから覗くだけ。
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窓からの眺め。9:00から19:00までの間は人感センサーで中の照明が点くようになってます。ただ扉の注意書きにもありましたが天候によっては見えにくいようで、この日はド快晴で最初照明が点いていたでしょうがなかなか目が慣れず気が付きませんでした。
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西里の街並み。法隆寺の宮大工の町だそうで、とりあえずガイドブックに載っていたので寄ったのですが、別に土産物屋さんがあるわけでもなし、見学できる建物があるわけでもなし。
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9:10頃、再び南大門まで戻ってきます。室町時代の再建で国宝です。門の間から中門方向に仮設シートが見えやな予感がします。ボランティアガイドの方に伺うと前の月から中門の修理工事が始まっていて3年かかるとの事。知らなかった。お礼を言って進もうとすると、ガイドさんがポツリ、「写真を撮りに来た方はガイドはいりませんもんねえ」。すみません。
法隆寺 寺・神社・教会
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南大門を潜ると惨状が目の当たりになります。仮設シートの前で整列して記念写真を撮る団体さんがいました・・・世界遺産に登録されるお寺って修理工事をされてること多いような気がします。お金が入る→今のうちに修理って流れなんですかね。
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中門前を西に進み、西院に入る前に国宝建築物の西円堂、三経堂、西室に向かいます。法隆寺には19棟の国宝建築物があります。国宝建築物のない都道府県だって普通にあるのに奈良県の底力を見せられているようです。
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三経堂です。これも国宝。これは鎌倉時代。この建物は南北に長く奥で西室と接続しています。この前に休憩所があり、ジュースを飲んで水分補給。
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西室です。これも国宝。入口が開いていて、声をお掛け下さいとあるので声を掛けて中が見学できるか伺うと説法が10:00頃のから始まるのでそれまで待ってくれとの事。建物の見学というより説法がメインらしい。時間が合いそうにないのであきらめる。
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更に奥に進み西円堂が見えてきました。
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階段を上がり西円堂見学。これも国宝。鎌倉時代だそう。
法隆寺 寺・神社・教会
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西円堂。
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次に西院に行きます。回廊の南西角にチケット売り場があり、西院、大宝蔵院、東院の共通チケットを購入。1500円しました。高いなあ。
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西側の回廊。国宝。白鳳時代?。写真じゃ分かりずらいけど柱が中央に膨らむエンタシスになっています。古代ギリシャから伝わったという説あり。この辺の知識は皆さん小学校の日本の歴史の最初の方に出てくるのでよく知ってすよね。実際ここでも「小学校で習ったわ」との発言がチラチラ聞こえてきます。
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五重塔です。国宝。飛鳥様式。白鳳時代再建。一見屋根が6段に見えますが一番下の屋根は裳階といって庇を後付けしたものです。
法隆寺 寺・神社・教会
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西院東側の金堂です。国宝。飛鳥様式。白鳳時代再建。こちらも初層に裳階が追加されてます。裳階の四隅と上層庇下四隅に束が建てられていて初層は裳階と束の間に獅子、上層の束には龍が巻き付いてます。下の束は裳階の上に載っているのから分かるように後世のもの。上階の龍の束も、飛鳥・和様式の特徴の平行垂木(屋根を受ける構造材が平行に配列され、四隅は隅木のみに乗っている)の為、隅木が垂れさがらないように追加された後世の物でしょう。この2点は飛鳥様式を考えたら不自然ですし。
法隆寺 寺・神社・教会
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北から見た金堂。法隆寺の金堂、五重塔のデザインのバランスは独特で実に美しいと思います。
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北面の大講堂。国宝。平安時代再建。再建前は回廊が前を横切り西院の外にあったそうです。平安時代の再建時に回廊の位置を変え西院に入れたそうです。後でも書きますが伽藍配置の変遷が読み取れて面白いですね。
法隆寺 寺・神社・教会
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大講堂西にある経蔵です。国宝。奈良時代。
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経蔵の対称の場所にある鐘楼。国宝。こちらは平安時代。
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金堂と五重塔。日本の仏教の本格的な伽藍配置で一番古い形は大阪の四天王寺にあるような南から中門、塔、金堂、講堂の順に並ぶ四天王寺伽藍配置で現法隆寺の前身の若草伽藍も同様だったそうです。その後時代を経てこの西院のように中門、左右に金堂、五重塔が並び講堂の順に並ぶ法隆寺式伽藍配置になったそうです。これはどの建物が重要かが時代によって変わっていったためと考えられます。仏教伝来当初はブッダの墓の代わりとなる五重塔が中心(塔とはもともとインドのスツーパ(墓を示す土饅頭)が卒塔婆になり、土饅頭が高くなり、真ん中の塔の文字をとったもの)だったのですが、時代を経てブッダの像を飾る金堂が墓と並ぶようになる。やがて像や学業の場の講堂が重要になり中心になり、やがては塔は伽藍の脇に追いやられます。
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西側の回廊です。当然こちらも国宝。ところで中華系の観光客ここでも多いですね。
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西院を出た後すぐ東の聖霊院。鎌倉時代。国宝。三経院と対称の位置にあります。元々は後ろの建物の東室の南を改造したそうです。
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聖霊院の奥、東室。国宝。奈良時代。僧房として使われたそう。
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聖霊院・東室の東側の妻室。重文。平安時代。
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綱封蔵。国宝。平安初期?。倉庫として使われたそう。そういえば高床で中が通路で左右が倉庫といった建物構成が正倉院に似てますね。ここから大宝蔵院に入っていきます。
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大宝蔵院から見た上御堂。重文。近くには行けません。以前行った記憶がありますが特別公開だったのかな?
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大宝蔵院の入口。宝物館で平成10年の建物。
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入口入って正面、百済観音堂。写真が撮れるのはここまで。中は白鳳時代の国宝の仏像等のオンパレード。玉虫厨子もここにあります。
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大宝蔵院のすぐ南の食堂。国宝。奈良時代。奥の小さい建物は細殿。重文。鎌倉時代。
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東院に行く前に悔しいので中門の覆いの写真を撮る。
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東院に行く途中にある東大門。国宝。奈良時代。
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東院が見えてきました。
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共通チケットで東院に入ります。入って直ぐに夢殿。国宝。奈良時代。鎌倉時代に改修。元々このあたりは聖徳太子が住んだ斑鳩宮の後に太子を忍んで8世紀に上宮王院の伽藍として建てられたそう。
法隆寺 寺・神社・教会
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夢殿の北側の建物。真ん中から左が絵殿。右が舎利殿。重文。
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夢殿を今度は南西から。この辺で中国人の子供が立ち入り禁止の建物に土足で上がったり階段横の斜めの石を滑り降りようとしたり遊び出す。係りのおじさんが必死に止めて大人しくさせたが母親は全く知らん顔。躾という言葉はないのかね。
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東院を出て北すぐにある東院鐘楼。国宝。鎌倉時代。
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伝法堂。国宝。奈良時代。目立たないけど国宝です。
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伝法堂北を東に進むとすぐに中宮寺入口です。チケットを購入するのですが、法隆寺のチケットがあれば割引が受けれます。11:20
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中宮寺本堂です。中宮寺は聖徳太子が母、穴穂部間人皇后の宮殿を寺として創建された寺院で現在の位置より500m東にあったそうです。創建当時は四天王寺伽藍配置だったとの事。戦国時代に現在の位置に移動、以降尼寺として続いているそうです。現在の本堂は1968年に吉田五十八氏の設計で建てられました。見どころの本尊は木造菩薩半跏像で国宝。大変穏やかな菩薩像です。
中宮寺 寺・神社・教会
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11:30頃中宮寺を後にして法輪寺に向かいます。田が広がる中15分ほど歩きます。奈良盆地の夏の瑞々しい稲の葉を見ると日本の原風景を見ているようでほっとします。
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11:45頃法輪寺到着。私は法輪寺を訪れるのは初めてです。法輪寺は諸説あるようですが山背大兄王が父親の聖徳太子の病気の平癒を祈って建てたの説があるようです。
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法輪寺の三重塔です。近くの法起寺の三重塔そっくりですね。元は7世紀の塔が1944年まで建っていたのですが落雷にあって焼失。1975年に再建したそうです。
法輪寺 寺・神社・教会
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金堂です。江戸時代の建物ですがお話を聞くと現存ということで言えば境内で一番古い建物になるそうです。
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講堂収蔵庫)です。コンクリート製の建物。拝観料を払って見学します。暑いのでうちわを貸していただけました。中は飛鳥時代、平安時代の重文の仏像が展示してあります。
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12:00頃法輪寺を後にします。写真は法輪寺前の公衆電話ボックス。飛鳥様式?そういえば公衆電話は最近見かけませんね。
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法輪寺を出た後法華寺に向かいます。法輪寺を出て東に向かうと説明板がありこの丘が山背大兄王の墓所(参考地)だそうです。こんなところにあったんだ。山背大兄王は大化の改新の2年前の643年、蘇我入鹿に攻められ家族と共に斑鳩寺(法隆寺?)で自害しました。
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10程歩き12:10に法華寺到着。とりあえず南側に廻って南大門腰に三重塔を見ます。南大門は江戸初期に再建されたそうです。
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法起寺三重塔は田園越に見るといいとガイドブックにあったのでちょこっと散策。でもこんなもんですか。調べてみたらコスモスが多く植えていて10月頃が見ごろだそうです。
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では西門に戻り入場します。門を潜り入場料を払います。法起寺は法隆寺と共に世界遺産に認定されてます。
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法起寺三重塔。国宝。白鳳時代。法起寺のシンボルですね。
法起寺 寺・神社・教会
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写真正面は聖天堂、江戸末期。右奥は講堂、江戸中期。
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収蔵庫です。十一面観音菩薩立像が展示してあります。
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境内池越しに見る三重塔。12:25頃見学終了。この日は斑鳩周辺の観光までしか予定していなかったのですが、意外と時間が余った。西ノ京に寄ろうかと考える。受付でここから西ノ京に行くのにバスの時間を確認すると、法起寺前のバス停からは西ノ京にはダイレクトにバスが出るが1時間に1本、しかも出たばっかり。国道25号線まで歩いて法起寺口のバス停から13:01発のバスに乗り、近鉄筒井駅で近鉄電車に乗り換え西ノ京まで行くのを勧められる。
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15分ほど歩き法起寺口のバス停到着。お腹空いたけどお店を探して食事するほどの時間はない。幸い近くにコンビニがあったのでおにぎりなどを購入。昼食とする。
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奈良交通バスが来ました。乗車時に回数券を取りましたが、よく見るとマナカ(名古屋圏のIC乗車カード)も使えたようです。
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13:10頃、筒井駅下車。近鉄はマナカを使って移動。
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近鉄電車乗車。この後は西ノ京編に続きます。
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