2015/11/21 - 2015/11/21
301位(同エリア1159件中)
赤い彗星さん
茅野からバスで上社に向かう予定で、偶然降りた上諏訪駅の
観光案内所で確認したところ、休日の便はないとの事。
すでに詰んだかと思っていたら、上諏訪駅から向かうバスが
15分後にある事が分かり、無事上社に向けて出発。
市街に面していた下社と違い、本宮はご神体の守屋山の麓に
建てられています。
個人的には、本宮の雰囲気が一番気に入りました。
- 旅行の満足度
- 4.0
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本宮は、バス停からも少し離れていて、鳥居まで10〜15分程歩く必要があります。
諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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鳥居をくぐると右手に重要文化財の神馬舎が建っています。
諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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神馬舎には、白い木製の神馬像と黒い銅製の神馬像が安置されています。
明治時代に暴風雨で大欅が倒れ、神馬舎が倒壊したそうですが、
神馬像は、10M程前に飛ばされて被害を受けなかったそうです。諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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鳥居近くに建っている、樹齢千年の大欅です。
諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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絵馬堂とも云われている額堂です。
奉納された絵馬や額を飾っているスペースです。
堂内には、御柱祭で柱に備え付ける用具が飾られています。諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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写真も飾られていますが、この羽根のようになっている部分の用具ですね。
諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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もちろん奉納された額や絵馬も飾られています。
諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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江戸時代に建立された重要文化財の入口御門です。
欄間?には、龍が刻み込まれています。諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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入口御門から、社殿のある方向に向かって、真っ直ぐな長廊下が続いています。
長廊下の途中には複数の社があり、色々な神様が祀られています。諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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勅願殿です。ご神体の守屋山に向かって、神官が籠って祈願する場所だそうです。
諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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本宮の拝所です。一般の人に解放されているのは、ここまでです。
拝殿を目の前に見る事が出来た下社と違って、本宮はこの場所から拝殿を拝むことになります。諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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諏訪大社上社本宮の幣拝殿です。
下社のような楼門形式ではありませんが、中央の幣拝殿の左右に片拝殿が並ぶ様式は、下社と変わりません。諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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現在の社殿は、江戸時代に二代目立川和四郎冨昌が棟梁を務めて、立川流で建造された建物です。
諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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史上最強とも云われる江戸時代の力士:雷電為衛門の銅像です。
雷電は松江藩お抱え力士だったため、松江の旅でも手形などを目にしましたが、
生まれは信州小県郡大石村です。諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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神楽殿です。三面が、吹き通しになっている大きな建物です。
諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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神楽殿内には、これまた大きな太鼓が2つ並んでいました。
天井は格天井ですね。諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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神楽殿横には、土俵が。
奉納相撲が行われているのかもしれません。諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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江戸時代に建てられた五間廊です。
神事の際には、諏訪大社の高位神官が着座する場所だったようです。諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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江戸時代初期に大修理が加えられたと伝わる勅使殿です。
勅使参向の際に幣帛授受が行われた場所だそうです。諏訪大社上社本宮 寺・神社・教会
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諏訪大社上社本宮のすぐ隣にある法華寺です。
平成11年の放火により、この山門以外の建物が消失してしまったそうです。
(現在は、本堂が再建されています。)
法華寺は、武田家滅亡の際に織田信長が本陣を置き、諸将への論功行賞を行った場所です。その場で明智光秀の言動に怒り、欄干に頭を押し付けて殴りつけるという激しい折檻を行い、本能寺の変の原因の一つになったとも言われています。法華寺 寺・神社・教会
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法華寺にある吉良上野介の養子義周の墓のある方向に、ひっそりと墨縄神社が佇んでいます。
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諏訪大社上社のすぐ上に建っていた神宮寺の仁王門跡。
かなり広大な敷地に、鎌倉時代に建てられた五重塔など多くの建物が建っていたようですが、明治の神仏分離令や廃仏毀釈運動により、全ての建物が破却されてしまったそうです。 -
本宮から、前宮まで歩いていく途中、長い階段を見つけました。
登った先に北斗神社があるみたいです。時間がないのでスルー。北斗神社 寺・神社・教会
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諏訪大社四社最後の前宮に到着しました。
鳥居の前には駐車場があり、鳥居を過ぎると十間廊がありますが、前宮本殿までは少しの間坂道を登っていく必要があります。諏訪大社上社前宮神殿跡 寺・神社・教会
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古い時代には、神原廊と呼ばれていた十間廊です。
中世まで諏訪祭政が行われていた政庁跡だそうで、諏訪大社への全ての貢ぎ物は、
この場で大祝により実見されていたそうです。諏訪大社上社前宮神殿跡 寺・神社・教会
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坂上から、十間廊を振り返ってみました。
諏訪大社上社前宮神殿跡 寺・神社・教会
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鳥居から少し階段を登って、細い道を右手に下った場所にある諏訪頼重供養塔です。
武田勝頼の祖父に当たる頼重と同名ですが、こちらは南北朝時代の武将です。
南北朝時代、北条時行を擁して中先代の乱を起こし、一時は足利直義を破り、鎌倉を占拠しますが、足利尊氏の大軍に敗れ、自害した武将の供養塔です。 -
坂道を登り、上社前宮神殿跡にやってきました。
ポツンと独立した社殿が建てられていて、他の三社とは構成が全く違いますね。
諏訪信仰発祥の地と伝わっています。
前宮もご神体の守屋山の麓に建てられています。諏訪大社上社前宮神殿跡 寺・神社・教会
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現在の社殿は、昭和7年に伊勢神宮の用材を用いて建てられたそうです。
諏訪大社上社前宮神殿跡 寺・神社・教会
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古くから神水として大切にされている「水眼(すいが)」と呼ばれる清流です。
源流は、前宮裏の山中にあるそうです。水眼川 自然・景勝地
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「神長官守矢資料館」。。。宗教施設か?とも頭をよぎりながら、まったく何の施設か想像がつかなかったので寄ってみることにしました。
茅野市神長宮守矢史料館 美術館・博物館
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神ってる表札と言いたい所ですが、じんちょうかんと読むみたいです。
茅野市神長宮守矢史料館 美術館・博物館
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こちらの建物は、祈祷殿です。
神長官家の祈祷は一子相伝だったそうで、その時々の神長が祈祷殿に籠って、
単身で祈祷していたそうです。
武田晴信と高遠頼継が合戦した際に、武田側の戦勝祈願を行った記録が残っているそうです。茅野市神長宮守矢史料館 美術館・博物館
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守矢家は、諏訪大社上社の神官の一つ「神長官」を明治時代まで勤め、
現在は守矢家の敷地内に資料館を造り、代々伝わってきた古文書等を
管理しているそうです。茅野市神長宮守矢史料館 美術館・博物館
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まさに「まな板の上の鯉」という言葉のままの展示物です。
茅野市神長宮守矢史料館 美術館・博物館
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うわーー!ちょっとショッキングな展示物。串刺し状態は、剥製とは云えエグイ。
でも神様に捧げる神聖な供物なんですよね。茅野市神長宮守矢史料館 美術館・博物館
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当時の狩猟道具のレプリカも飾られています。
山からの恵みを感謝する意味でも、動物たちが供え物として捧げられていたんでしょうね。茅野市神長宮守矢史料館 美術館・博物館
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駅に向かうバスの待ち時間に、バス停近くの諏訪博物館に寄ってみました。
ちょうど諏訪大社下社秋宮の楼門造りの幣拝殿等を建立した立川流の企画展が
開かれていました。 -
諏訪大社上社からバスに乗って駅に向かっていると、高島城が見えてきました。
行きのバスでは目にしなかったので、往復でルートが違ったようです。
予定していませんでしたが、急遽途中下車して寄ってみることにしました。高島城 名所・史跡
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築城当時は、諏訪湖に突き出した場所に建てられており、「諏訪の浮き城」と呼ばれていたそうですが、現在は諏訪湖の干拓や埋め立てにより、市役所近くの市街に位置しています
高島城 名所・史跡
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時刻は夕暮れ時、天守内への入場は出来ませんでしたが、運よく目にすることが出来たので満足。
日根野高吉に建てられた天守を始めとした建築物は、明治になり破却や移築されてしまいましたが、昭和45年に復元されました。高島城 名所・史跡
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本丸スペースは、高島公園として整備されています。
高島城 名所・史跡
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昭和45年に天守や門と共に復元された角櫓です。
高島城 名所・史跡
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高島城近くの味噌屋さん。建物も旧商家の風情漂う立派な造りですが、
店舗横には、大きな蔵も併設されていました。 -
季節は秋の終わり。あっという間に日が暮れてしまいました。
高島城 名所・史跡
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