2016/02/05 - 2016/02/13
374位(同エリア402件中)
しょうこさん
ずっとドブロブニクに行きたかった。
でも、どうせ行くなら近くのイスラム圏も見たい!
ってことでボスニアヘルツェゴビナも足して旧ユーゴの旅にしようと決断!
お休みとれたのが2月で、たまたまヴェネツィアのカーニバルにもかぶってるってことで、
ついでに行っちゃえ?♪って旅程組んじゃいました。
今回も、途中まで妹と二人旅。
1週間、天気に惑わされながらもガッツリ楽しんできました(^o^)丿
☆日程
1.2/5-6 出発~ヴェネツィア前半
2.2/6 ヴェネツィア後半
3.2/7 ヴェネツィア~リュブリャナ
4.2/8 リュブリャナ~ブレッド日帰
5.2/8 ザグレブちょっと~夜行バス
6.2/9 ドブロブニク
7.2/10 ドブロブニク~スプリット
8.2/10 モスタル
9.2/11 サラエヴォ~帰国
番外編 ヴェネツィアンカーニバルのマスケラさんたち
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最後のホステルはフランツ・フェルディナント
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個室の部屋はフランツと妻ソフィアの写真と
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二人について書かれてました。
フランツ・フェルディナンドはサラエボにて暗殺されたオーストリアの皇太子で、
第一次世界大戦がこの事件により勃発してます。 -
ホステルはメインストリートのフェルハディヤ通りを横道に入ったところ。
フェルハディヤ通りに戻るとフェルヘド=ベゴヴァ・モスクがあったので入ってみる。 -
天井のドームがとても素敵。
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夜のモスクはあまり入ったことがなかったが、ライトがとても素敵です!
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フェルハディヤ通り
夜も人がいっぱいです!思ったよりもヨーロッパな街並み! -
屋内バザールの入り口。
やってるけど、今夜はいいや。 -
ガジ フスレヴ ベグ モスク来たら礼拝の時間かな?
近寄れなかったので、また明日来まーす! -
夜の猫様
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有名な水飲み場も
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やっぱ薬莢のお土産ほしいな~
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ってことで、ボールペンを数本買ってみた。
奇麗なお姉さんに思い出にサラエヴォと入れてもらって。
って修学旅行生か!! -
路面電車好きなんだよね~
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サラエヴォ博物館と
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ラテン橋
ここがサラエボ事件の地 -
歩いてたらなんか撮影してる~!!
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国旗
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聖火の火
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さて、今日は移動も多く疲れたので宿で食べることに。
スーパーに行くとこんなにもデリが!!
すばらしいです♪ -
そして宿のダイニングはこんなに素敵。
一人でゆったりしました♪ -
翌朝
今日は最終日だが忙しい日。
午前中に1時間ほどのサラエボウォーキングツアーに参加して、
午後に半日のトンネル博物館ツアーに行く。 -
まずはモフモフの猫様に会って、散歩に出る。
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まずは、セルビア正教会のサラエヴォ大聖堂に到着
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入ると礼拝の真っただ中。
申し訳ないので出ようとすると、おばちゃんにそこで見てていいからって。
写真撮りたいのに~ってカメラ指したら、いいよーって。
まじかw -
礼拝中
異教徒が申し訳ない -
なんだかロシア正教と似てるような。
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壁の奥の聖人などの描かれ方がすごく似てる。
そして好き -
つぎは、カトリック教会ののサラエヴォ大聖堂
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中は赤いシマシマでかわいい感じ。
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奥のステンドガラスも素敵です。
こう回ると、やっぱり宗教の入り乱れた街だからこそ、戦争のきっかけ、中心になるのかな~と思った。 -
ってことで朝食!名物のブレクです。
パイのような生地に、中に違う具材が。 -
頼み方が分からず、それくらいって表現してほうれん草のと、チーズのを切ってもらった。
オレンジジュースと一緒の。
これめちゃくちゃおいしい!!!!!!
そしてすっごく安かったような。。。。日本にもほしい! -
このお店で食べました!
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昨日は入れなかったガジ フスレヴ ベグ モスクへリトライ!
モスク横にあるこの小屋で入場料を払います。 -
入っちゃうよ~
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早速天井!!
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からの全体図!
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きれいなのだが、昨日の夜みたモスクがきれいすぎて、、、
夜に入ってみたかったな~ -
モスクへの侵入を図る猫。
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モスクを出てすぐのところに小さなカフェ発見。
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入ろうとみてたらおばちゃんに誘われるまま入ってみた。
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ボスニアンコーヒーとロクムをいただく。
あまーいw
いごごちよかった~カフェの名前写真撮り忘れてショック。。。 -
おっと時間ですね。
戻りましょう。 -
宿に戻ったらちょーどウォーキングツアーが始まった。
といっても案内の女性と、参加者2人。合計3人。
そして英語。内容は戦争&歴史。きびしいいいいいいい。
まずは町中にあるサラエヴォのバラを見た。昨夜も歩いたのに気づかない私、、、
これは砲弾による死者を出した爆発の跡を、赤い樹脂で埋めたものだそうだ。
英語でもそのままSarajevo Roseです。 -
有名なホテルヨーロッパ。ボスニア発の西洋風なホテルとして建てられ、サラエボ事件でも皇太子が向かおうと思ってたところ。
サラエボ事件の翌日、ここは半セルビア人運動からの攻撃を受けて、その後一時期国有財産になり、90年代戦争後には一時廃墟にもなってたそうな。たぶん。きっと。英語不安。
ちなみに、サラエボ1のホテルで、サラエボ国際映画祭のVIPなどは、みんなここに泊まるそうです! -
これは、一部跡地??
ホテルは近年再建されて現代的になったそうだ! -
またまたラテン橋へ
サラエボ事件当日、皇太子夫妻は結婚記念日で、さらにお腹に子供もいたそうだ。
そして、計画的な暗殺は実際はなんども行われたが失敗におわり、それによりケガした人を訪問する為に急遽移動した際に、偶然にも暗殺者の目の前を通り、二人とも打たれたということ。
打たれた後、皇太子が発した最後の言葉が
「Sophie, Sophie! Don't die! Live for our children!」だったが、二人との亡くなってしまった。 -
今回ウォーキングツアーを主催してくれた女性。もう名前忘れたw
明るくて、ちょっと早口だったが、違う言葉でわかりやすく説明してくれたと思う。
もっといっぱい説明さえてたのに、私の理解が少なく。。。。
今回は第一次世界大戦をメインに回ったが、途中途中で、彼女の小さいころのボスニア戦争についても話していた。
一番覚えてるのは、戦争の初めのころ彼女は6.7才でまだ学校があり、登校するたびに母親に「あなたが帰ってこれたら本当に幸せ」と言われながら通学してたって。すっごく明るい彼女が今生きてる事って普通なことじゃないんだね。。。
最後に、立ってるのは文化の境界線だって。西洋文化とイスラム文化が分かれるところ。 -
ウォーキングツアー終わったら、間髪入れずトンネル博物館ツアー開始!
車で空港近くのトンネル博物館へ向かいます。
途中通るはスナイパーストリート。
ボスニア戦争中、この大通りは誰もいなかった。高い山からスパイパーがこの大通りを通る人を片っ端から打ってったから。
右に見える黄色いビルはホリデーインホテル。
ボスニア戦争時、多くのジャーナリストが泊まっていたホテルです。
当時、もちろん砲撃は受けていたが、それでも営業はやめなかったって。 -
トンネル博物館着きました。
前提として、サラエヴォは完全に山に囲まれた街である。
ボスニア戦争時、ほとんどの山頂をセルビア軍に占領され、街は約3年もの間包囲され食料、衣料品等の持ち込み、逆に負傷した人の運び出しが出来なかった。
このトンネルは包囲後約1年ほどたってから完成し、サラエヴォからの脱出や、物資の搬入に大きく役立った。 -
ここにもサラエヴォのバラが。
ここで言われた気づいた。
サラエヴォのバラは人が一人殺された事を現してるのではない。
砲弾を受け、何人もの人が死傷した可能性があると言われた。 -
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この赤いところがセルビア軍に包囲されていた。
ちょこっとだけ開いてるところが、サラエボ空港。
そこだけ近づけたので、外へのトンネルを掘ったそうです。 -
この周りにはまだ多くの地雷が埋まっており、撤去されてません。
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トンネルに入ります。
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階段を降りると、
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163cmの私でも頭をぶつけるトンネル。聞いたら高さ160cm幅1mほど。しかも地下の汚水なども上がってくるような劣悪な環境で、物資を運び、負傷兵を運び出しなど、大変だったと思います。
トンネルは当時800mほどあったそうです。現在残るは25mだけ。 -
当時のマップ
縦に走る白い細い線がトンネル。横に走る太めの2本線が空港滑走路。
地雷をさけるため、敵に見つからないようにするため、トンネルをまっすぐ掘れなかったとか。 -
トンネルを抜けると小さな町にでました。
当時、トンネルは極秘でしたので、掘り終わるまで出口の街の人々も知らなかったそうです。
急にトンネル空いたらびっくりですね。
トンネル博物館には、当日の様子の動画、模型、食料などの展示もあったりかなりびっくりすることだらけです。ほんの20数年前のこととは思えません。すごいところでした。 -
続いては、高台へ。町が見渡せます。
向こうの山も見渡せます。
本当に山に囲まれた街なんですね。 -
真ん中に見える太い道はスナイパーストリート
この山から望むとわかりやすい。。。 -
サラエボは1984年にオリンピックが開催されてました。
その際のボブスレー跡地 -
ここは戦争時のに金属を溶かして砲弾にしたりで解体され、また、一部は砲台としてもつかわれてたとか。
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記念に1枚
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続いて墓地へ。
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ずらーっと並ぶユダヤ人の墓地
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石碑の上に置かれた小さな石は、お参りに来た印。
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高台の墓地から町まで。
遠くにホリデーインも見えます。 -
モニュメント
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時間があったから何が見たい?と聞かれスタジアムを希望
向かう途中にあった墓地 -
中に入れないとの事で、遠くから見渡すスタジアム内部
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オリンピックの塔も見えます。
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戦争中は、墓地に埋めてる暇がなく、亡くなった人たちはみなスタジアムにいったんめられたそうです。
その後、お墓に移動し、そのためか、スタジアムの周りには多くの白い墓がありました。
ターキッシュエアラインの広告の向こうに見える、白い点々はすべてお墓です。 -
座席にSarajevoのアルフェベッドが浮かび上がるようになってました。
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もう一枚、オリンピックの塔
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帰りもひたすらにお墓の横を走る
どれだけ多くの人が亡くなったことか。戦争だから当たり前だけど、サラエボは包囲され、民族浄化をされようとした結果なのです。 -
ツアーがおわって、一緒にまわった女性と一緒に遅いお昼ってかおやつへ。
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適当のお土産屋さんのお姉さんに名物きいたら「チェヴァプチチ食べた?」って。
なんじゃそらーーーーってことで入った店。
有名みたく観光客すっごい多かったw -
頼んだらこれこれ!焼いたソーセージとパンと
食べれない玉ねぎでした。。。。
でもソーセージ激うま! -
そのごお買いモノのため彼女とわかれ、おやつにトルネードポテトを食べる。
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だいぶ日もくれてきました。
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色んな所に古いビル、弾痕、サラエボのバラ、オリンピックの遺産があるサラエボ。
なんか、楽しいし美味しいし悲しいし寂しいし、複雑な街でした。 -
空港まで行き方が分からずホステルで車を手配してもらったら、午後のトンネルツアーのガイドの弟が来たw
僕弟だよ!って言われたが、にいちゃんすっごいデカかったから、兄弟かみわけつかんw
最後の夜はきれいな三日月です。 -
ラウンジでしっかり飲んで。
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またまたおいしい機内食を食べ。
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機内でもがっつり飲んで、日本へ帰りまーす!
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