2016/01/26 - 2016/02/02
2514位(同エリア6974件中)
ポポポさん
ツアーによる予定のローマ市内観光を終え、テルミニ駅に近い共和国広場でバスを下りました。ここから全員でローマ三越に行き、ここでカンツォーネディナーに行く人と別れて自由行動です。
最初は親子二人で夜のローマを観光する予定でしたが、ツアーに1人で参加されていたご婦人から、カンツォーネヂナーにはいかないが、さりとて1人では不安なので一緒に行動させてほしいとの申し出があり、今日の夜は3人で夜のローマ市内を観光する事になりました。
ここローマ三越は困った時の駆け込み寺だそうです。もちろん従業員さんは日本人です。パスポートの紛失やスリ等の被害にあった時などの対応も手助けしてくださるそうです。
と言うことで、全員が三越の地図、住所、電話番号が載った名刺をもらい、自由行動組はホテルには何時に帰ってもいいけれど、くれぐれもスリには合わないようにと注意を受けて添乗員さん達と別れました。
今回の南イタリア旅行は息子の希望を入れたものです。かねてから卒業旅行は海外旅行に連れて行くと約束していましたが、息子の希望は料理が美味しそうなイタリアかフランスでした。
フランスはテロがあったのでそれじゃイタリアに行こうと決めて、ローマの夜は美味しいレストランで食事をしたいとの息子の希望をかなえるべくレストランを探しました。
4トラの口コミで皆さんの評価が高いレストラン「カルロ・メンタ」に決めました。
「カルロ・メンタ」はローマの下町トラステヴェレ地区にあり、共和国広場からはかなり離れています。
この地区で夕食の後観光する場所を探していると「サンタ・チェチーリア・イン・トラステヴェれ教会」という名前が目に飛び込んできました。
「聖チェチーリア」です。何と言うことでしょうか。私が大学2年生の時にかかわった聖女の名前の教会が今から行こうとしている場所にあり、彼女の遺骸は教会の下に眠っているんです。
不思議な思いで一杯でした。聖女が祀られた教会に礼拝に行くためにこの旅行は見えない力で私のために用意されていたのではないかとさえ思えてくる不思議さです。
息子がイタリアで美味しい料理を食べたいと言わなければ、またレストラン「カルロ・メンタ」を知らない限り私がトラステヴェレ地区に行くことはありませんでした。そう、聖セチューリア教会がローマにあることなど私はこれまで全く知らなかったんですから。
では本文で私と「聖セチューリア」との関わりをご紹介しましょう。
その前に、ローマ三越の近くのスーパーで私と息子は土産物を購入し、同行することになったご婦人は両替をされて共和国広場からタクシーでレストラン「カルロ・メンタ」の近くまで行きました。(9ユーロでした。)
さていよいよ夜のローマ観光が始まります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
殉教した聖女、聖チェチーリアを祭る教会「サンタ・チェチーリア・イン・トラステヴェレ教会」です。
レストラン「カルレ・メンタ」の近くでタクシーを降りて、大通りからテヴェレ川に向かって石畳の道を歩いて行きました。教会の周囲はとても閑静な所で途中行き交う人には出合いませんでした。
大きな建物の鉄格子の門を開けて中に入ると中庭があり、その中に教会がひっそりと佇んでいました。
すでに日が落ちたので明りが灯り、ロマンチックでとても美しかったです。
私たちと同行されたSさんは「うわー綺麗、とても素敵、こんな風景に私はあこがれていたの」と、おっしゃっていました。
今宵のローマナイトツアーは全て私のプランで進める事になりました。
事前にSさんに「どこか行きたいところがありますか?実は私たちは○○に行きたいと思っていますが、ご希望の場所があれば一緒にいきましょう。」と声掛けたところ、「いえいえ、食事の場所も何も決めていません。連れていっていただけるならどこでも付いて行きますので。どうぞ、思うようになさってください」と、了解をいただいているんです。
さて、この教会が私が是非とも来たかった教会なんです。聖チェチーリア(聖セシリア)を祀った教会です。 by ポポポさんサンタ チェチーリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
教会の内部です。主祭壇は工事中のようですね。ですが、ゴテゴテしていなくてとても簡素な中に重厚な趣があってとても素敵な教会です。
ではここに祀られている聖チェチーリアについた簡単に説明します。
聖チェチーリア(聖セシリア)はローマの裕福な貴族の娘でキリスト教徒でした。音楽と盲人の守護聖人で古代キリスト教では最も尊崇された聖人の一人です。
ローマ皇帝アレクサンデル・セウェルスの時代に殉教したと伝えられていますが、皇帝マルクス・アウレリウスの時代にシチリア島で非業の死を遂げたとの説もあります。聖チェチーリア(聖セシリア)を祀った教会です。 by ポポポさんサンタ チェチーリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
まだキリスト教がローマから迫害を受けていた時の話です。伝説によれば・・・。
聖女チェチーリアは父が決めた異教徒の夫(ヴァレリアヌス)と結婚しますが夫に信仰を告白します。告白を受けた夫はチェチーリアの勧めに応じてキリスト教に改宗しますが、その時二人の前に天使が現れて炎のように赤い薔薇と雪のように白い百合の冠を二人に授けました。
新婚夫婦の祝いに訪れたヴァレリアヌスの弟ティブルティウスは薔薇と百合の美しさに驚き、その由来を知ると彼もキリスト教に改宗しました。
彼らは貧者に施しを行ったり殉教者の遺体をカタコンベに埋葬したりしていましたが、このことが地方長官アルマキウスの知るところとなり、執行官マキシムスは兄弟を捕縛し投獄するように命じました。
2人を捕縛したマキシムスもまたチェチーリアと2人の兄弟の導きによってキリスト教に改修しました。
いよいよ死刑執行の日、信仰を捨てるよう命じられましたが拒んだため斬首の刑に処せられ、改宗したマキシムスも2人と一緒に殉教しました。
チェチーリアは彼らの遺体を引き取って埋葬し、自分の家が教会として使用されるようにしたのですが、地方長官の命によって捕縛されます。
改宗を拒否したため自宅の浴室で熱湯に浸けて殺されることになりましたが、効果がありませんでした。
そのため次は斬首の刑を命ぜられました。執行人が剣を振り下ろしても首が胴から離れません。3度刃を受けましたが首が離れないのでそのまま放置され血の海の中で3日後に亡くなったそうです。
死後チェチューリアの遺骸は信者によってカタコンベに埋葬されました。
教会の主祭壇には聖チェチィーリアの像が安置され、この祭壇の下に聖チェチィーリアは眠っています。聖チェチーリア(聖セシリア)を祀った教会です。 by ポポポさんサンタ チェチーリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
9世紀前半に時の皇帝バスカリス1世によって聖チェチィーリアの遺骸は発見されました。
夫の屋敷があったこの地にはすでに5世紀に教会が建っていましたが、バスカリス1世が立て直し「サンタ・チェチーリア・イン・トラステヴェレ教会」とし、彼女と夫の遺骸をここに埋葬しました。
祭壇に安置された「聖チェチーリアの像」は1600年にステファノ・マデルノが制作したものです。像をよく見てください、首筋に受けた刀傷が生々しく表現されています。
この像はステファノ・マデルノが彼女の遺体を見たままそのままに再現したものであり、この事実を石板に刻んで宣誓しているのです。
1599年彼女の墓が開けられ棺の中に彼女の遺体が発見されました。それはあたかも、今にも息を吹き返すかのように腐敗もせずに横たわっていて、首に受けた刀傷もはっきりと見えるほどにもとのままの姿だったそうで、ローマ中がこの奇跡に沸いたと言い伝えられているそうです。
この静かに横たわる聖チェチーリアの像は夕刻の中で明りに照らされ光輝いていて、この像の前に立つと心が震え厳粛な気持ちになりました。
そして、こうして縁あってお会いできたことに心から感謝の気持ちを伝えることができ、感動で一杯になりました。聖チェチーリア(聖セシリア)を祀った教会です。 by ポポポさんサンタ チェチーリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
では、何故私がこの聖チェチーリアの教会に来たかったのか、どんな縁があったのかを述べることにしましょう。
それは今からもう何十年も前の頃、私が大学2年生の時でした。
当時私は大学のサークルでグリークラブ(男声合唱団)に入部していました。
その年は創部55周年の記念の年で、秋に催す定期演奏会の第一ステージに「聖チェチーリアのための荘厳ミサ曲」をやることが決定しました。
この曲は演奏会の客演指揮者、今は亡き福永洋一郎先生(アマチュア合唱団の育成に力を注がれ、特に大学生から大変に慕われた我が大学のOBでもあるプロの指揮者です。当時は同志社大学グリークラブの常任指揮者をされていました。)の希望でピアノ伴奏付きの男声合唱でやりたいとのことでした。
この曲はグノーが作曲した大曲で、演奏時間は実に50分に及びます。他に3ステージあり、どのステージも大曲でしたので総演奏時間は2時間半以上になったと思います。
その時初めて聖チェチーリアの名前を知りました。そしてこの曲が聖チェチーリアのために捧げられた曲であることも・・・。
でも当時はミサ曲を間違いなく美しく歌うことだけが頭にあり、聖チェチーリアがどんな人なのか調べようともしませんでした。
ミサ曲の歌詞はラテン語です。当時は歌詞の内容を把握するのも一苦労でした。
部内に在籍していたクリスチャンの部員が訳を説明してくれて単語の下に書き写しました。
グノーは「アヴェ・マリア」の曲でよく知られた作曲家です。世にミサ曲は数多くありますが、「聖チェチーリアの荘厳ミサ曲」ほどドラマチックで感動的なミサ曲はありません。
特に3曲目のCredo(クレド、信仰告白)は私が最も好きな曲です。練習でもかなり歌い込んだ曲なので、今でもYOU TUBUを聴きながら一緒に歌っています。
そしてこの曲とともに「聖チェチーリア」は私には忘れられない名前になりました。不思議なことにこの名前だけは今でも忘れることはありません。いくつもの出来事や名前が忘却のかなたに消え去っているのにです。
でもまだ「聖チェチーリア」については知りませんでした。
レストラン「カルロ・メンタ」の場所を探している時に目に飛び込んできたのが「サンタ・チェチーリア」の名前でした。見つけた時、体に衝撃が走りました。
「聖チェチーリア」の人生を調べる毎に、この教会に行きたいとの思いが募ってきました。
そして今宵願いは叶えられました。聖チェチーリア(聖セシリア)を祀った教会です。 by ポポポさんサンタ チェチーリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
この部分は紋章でしょうか。
-
大理石の床はとても美しいです。
聖チェチーリア(聖セシリア)を祀った教会です。 by ポポポさんサンタ チェチーリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
主祭壇の天蓋部分が修復中で、背後のモザイク画はシートに隠れていました。
工事中の隙間から写真を撮りましたが、夜のため暗く写ってしまいました。
写真中央にはイエス様が、向かって右には聖パウロ、聖チェチーリア、バスカリス1世が描かれています。左には聖ペテロ、聖ヴァレリアヌス、聖アガタが描かれているそうですが、そちらは見れません。 -
教会側廊の天井画です。天使達が沢山描かれていました。
-
側廊の礼拝堂です。照明が一か所のみでしたので、ここは暗かったです。
後で知ったのですが教会内のブックショップには地下礼拝堂への入り口があり、ここで入場料を支払えば地下礼拝堂を見学することができるそうです。
私は事前の調査が不足していてこの事を知りませんでした。 -
教会の後陣の天井部分です。天井に文字が書かれていますがラテン語なので全然分かりません。
-
教会入り口の横壁に設けられてあった小さな祭壇です。祭壇の中央にドクロがありますが、ここは煉獄教会なのでしょうか?
聖チェチーリア(聖セシリア)を祀った教会です。 by ポポポさんサンタ チェチーリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
教会の中庭で、正面の建物が教会中庭の入り口です。
夕方だからかもしれませんが大変静かな教会でした。
夕方6時過ぎになりました。夕食にはちょうどいい時間です。それではレストラン「カルロ・メンタ」へ行きましょう。聖チェチーリア(聖セシリア)を祀った教会です。 by ポポポさんサンタ チェチーリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
レストラン「カルロメンタ」です。4トラの口コミで評価の高いリーズナブルで美味しいレストランです。
店の外にはテントが張られていて、そちらの客席にはすでにお客さんが入っていました。
店内の様子はどうでしょうか?席が空いているでしょうか。リーズナブルで大変美味しいレストラン by ポポポさんカルロ メンタ イタリアン
-
店内は十分席が空いていました。シーズンオフと天気が悪かったのとで出足が悪いのかも知れませんが、私たちには好都合でした。
メニューはイタリア語と英語の標記でした。
メニュー全般にリーズナブルな価格です。ピザのマルゲリータは何と2.5ユーロ。無茶苦茶安い!
まず前菜に生ハムの盛り合わせを注文。ピザはベジアリターナ(野菜ピザ)を注文してみました。パスタはラデイッキオと海老のタリオリーニを注文しました。このタリオリーニはこのレストランを利用した皆さんから一押しのメニューでしたから是非食べてみたいと思っていたパスタです。
まず生ハムの盛り合わせが来ました。3人でシェアします。これは色々な味の盛り合わせで美味しい。リーズナブルで大変美味しいレストラン by ポポポさんカルロ メンタ イタリアン
-
次に野菜のピザが来ました。
ピザの生地が薄いのでとても食べ易いです。野菜はトマト、ナス、ピーマン、アーティチョ-ク、キュウリ、ルッコラにモッツァレラチーズでした。
野菜だけのピザですが、美味しいです。リーズナブルで大変美味しいレストラン by ポポポさんカルロ メンタ イタリアン
-
そして皆さんお勧めのパスタ。ラディッキオと海老のタリオリーニです。これは絶品。本当に美味しい。
写真を撮る前に少し取ってしまったので料理の盛りがいびつになっていますが、そこはお許しあれ。
もう待てなくて手が出ちゃったようです。
ここで息子は大満足。「美味い美味い、ここイタリアで一番美味しかった。」と味にうるさい息子が手放しで褒めちぎっていました。
息子は今宵の食事で旅行の目的が果たせたようです。リーズナブルで大変美味しいレストラン by ポポポさんカルロ メンタ イタリアン
-
まだ食べ足りないので追加で4種チーズのピザを注文。
これも美味しかったんですが、少し塩味が強かったかも。パンもあったので食べきれず持ち帰りにしてもらいました。リーズナブルで大変美味しいレストラン by ポポポさんカルロ メンタ イタリアン
-
最後はデザート。息子がティラミスを注文しました。このティラミスはしっとりしていてとても美味しい。これオススメです。
デザートに併せて飲み物はカプチーノにしました。息子は別にコーラを注文、Tさんはワインでした。
今回の旅行で一番美味しかったレストランでした。ローマを再訪する機会があれば迷わずこのレストランでまた食事がしたいですね。
イタリア最後の夕食は大満足でした。リーズナブルで大変美味しいレストラン by ポポポさんカルロ メンタ イタリアン
-
店を出るとテント席は来店客で大盛況でした。
この界隈にもレストランは沢山ありましたが、時間が早いのかあるいはシーズンオフで観光客が少ないためか、こんなにお客さんが入っているレストランは無く、大概の店は閑古鳥が鳴いていました。
ここは下町なので価格も安く、そして美味しいレストランということで人気があるんでしょうね。リーズナブルで大変美味しいレストラン by ポポポさんカルロ メンタ イタリアン
-
食事が終り、この地区にあるサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ聖堂を見学する事にしました。
美しいモザイクで有名な教会です。
教会に向かう通りでは出店がありましたが、通りを歩く観光客は少なかったです。夜の街歩きは下町情緒で一杯 by ポポポさんトラステヴェレ 旧市街・古い町並み
-
サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会に着きました。
この教会もライトアップされています。
創建は教皇カリクストゥスの時代の紀元221年といわれ、その後イノケンティウス2世によって現在の姿に再建されました。
公式の教会堂としてはローマ最古の教会です。さらに聖母マリア様に捧げられた教会としてもローマで最古の教会です。ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
教会の前の広場には噴水がありました。
夜の街歩きは下町情緒で一杯 by ポポポさんトラステヴェレ 旧市街・古い町並み
-
正面ファザードの上部には「玉座の聖母子」と呼ばれるモザイクがあります。
モザイクの前にはこの教会に埋葬されている4人の法王の像が並んでいます。
鐘楼はロマネスク様式で12世紀の物だそうです。ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
モザイク「玉座の聖母子」はキリストを抱いた「授乳の聖母マリア」を中心にランプを献納する10人の聖女が描かれています。
このモザイクは12世紀に制作されたものです。ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
玉座に座った授乳の聖母をアップで。
聖母の足元の小さな2人は寄進者を表しています。「授乳の聖母」は聖母子の最も古いモチーフだそうです。ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
教会内部は三廊式で身廊と側廊の間は列柱で仕切られています。
この教会の見所は何と言っても後塵のモザイクです。
半円球の天井の最上部には「神の手」が、その下に「聖母戴冠」が描かれています。
聖母子に向かって右側に聖ペテロ、左側には教会の再建に貢献したインノケンティウス2世、聖ラウレンティウス外4人の聖人が囲んでいます。
冠をかぶった聖母マリアはビザンチン風の豪華な衣装に身を包み「天の女王」に相応しい姿で描かれています。キリストの頭上の「神の手」は雲の中から祝福を与えています。
「聖母戴冠」の下には「神の子羊(キリスト)」を中心に12匹の羊たち(12使徒)が描かれています。
羊たちの下にはピエトロ・カヴァッリーニによる「聖母マリアの生涯」のモザイクがあります。
向かって左から、「マリアの誕生」「受胎告知」「イエスの生誕」「東方三博士の礼拝」です。その右が「神殿における奉納」です。
この場面は信仰篤いシメオンという老人が聖霊に導かれて神殿にやってきて、キリストを抱かせてもらっている場面です。その後ろにいる女性はアンナという老母で、2人とも救い主の出現を待ち続けていましたがその祈りが神に通じた場面なのです。(アンナは見辛くて申し訳ありません。)
その右には「眠り(死)の場面」があるのですが、柱で隠れていて見る事ができません。
主祭壇には大理石の司教座が置かれています。ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
身廊の天井です。金箔で縁取られた見事なものでした。
格天井は華麗な「聖母被昇天」の絵で飾られているそうですが、その格天井が分かりませんでした。見える範囲には格天井がありません。
教会を訪れた時はミサが始まっていたので、邪魔にならないように一番奥を足音を忍ばせて歩いていました。
教会内を自由にあるけなかったので格天井を探す事ができませんでした。ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
床はコズマーティ様式の装飾が施されていました。この文様も綺麗でしたね。
ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
コズマーティ様式の床。
ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
コズマーティ様式の床。
ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
列柱の中ほどにある説教壇です。
円柱はインノケンティウス1世時代の再建の時、カラカラ浴場などの古代ローマ遺跡から持ってこられた物で、大理石の色や質、柱の太さ、柱頭の装飾などはバラバラです。
例えば写真の手前の柱はイオニア式ですが、奥の柱はコリント式です。ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
右側廊がわの大理石の列柱です。
ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
左側廊がわの大理石の列柱。
ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
側廊のアーチですが金箔で装飾されており、豪華です。
ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
側廊です。奥に礼拝堂が見えます。側廊の天井には装飾はありませんでした。
ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
左側廊と身廊を仕切る列柱です。
ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
身廊の天井の装飾。格天井ではありませんが金箔で装飾されてあり豪華です。
天井の真ん中にはマリア様(衣装がブルーですからマリア様だと思います)の絵が金箔の縁取りで飾られていました。
身廊のこの天井は本当に綺麗でした。ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
大理石の列柱の上には聖母や聖人・聖女と思われる肖像画が多数掲げてありました。
-
教会入り口の横の壁に掲げてあったイエス様生誕の場面です。
マリア様に捧げられた教会ですから聖母子の絵が多いですね。
サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ広場を後にしてセン・ピエトロ大聖堂に向かいました。
今宵はサン・ピエトロの夜景を見ましょう。
地図ではここから近すぎるので、タクシーは行ってくれそうもないため歩いて行くことにしました。
テヴェレ川沿いに歩いて行きましたが、なかなか着きません。思ったよりもかなり距離があったようです。
テヴェレ川にかかる橋の照明がテヴェレ川に反射して美しいです。ローマ最古の教会 by ポポポさんサンタ マリア イン トラステヴェレ教会 寺院・教会
-
歩いてエマヌエーレ2世橋のたもとまでやって来ました。
橋の上の彫像が照明に映えていい感じです。
たぶんサンタンジェロ城はもっと綺麗だと思いましたが、Tさんがお疲れ気味の様子なので無理をせずに大聖堂に向かいました。 -
ライトアップされたサアン・ピエトロ大聖堂です。
私はこの景色が見たかったんです。夜になるとこの大通りを通行する車は激減します。
横断歩道の真ん中でカメラを向けても大丈夫でした。今も昔も巡礼の道 by ポポポさんコンチリアツィオーネ通り 散歩・街歩き
-
さらに近づくとこんな感じです。先程までは行き交う人がいましたが、今は周囲には誰もいません。車も通りません。
この風景を私達3人がそれぞれ独り占めです。今も昔も巡礼の道 by ポポポさんコンチリアツィオーネ通り 散歩・街歩き
-
イチオシ
サンピエトロ広場の入り口までやってきました。ライトアップされて大聖堂のファザードが美しいです。
昼間は観光客で賑わうこの通りも夜はばったりと人通りが途絶え、車もたまにしか通りません。サン ピエトロ大聖堂 寺院・教会
-
広場に入ると大聖堂の前に大きなプレゼビオが置かれていました。
昼間は気が付きませんでした。人が多かったからでしょうか。それとも早く手荷物検査の列に並ばなきゃと気が急いていたんでしょうか。サン ピエトロ広場 広場・公園
-
家畜小屋でのイエス様生誕の場面です。
-
東方の三博士の礼拝です。
-
大天使ガブリエルからイエス様の生誕を伝えられた羊飼いが、生まれたばかりのイエス様を礼拝しに訪れました。これが最初のクリスマスです。
-
このプレゼビオの場面は分かりません。
-
サンピエトロ広場からコンチリアツィオーネ通りを眺めた様子です。
サン ピエトロ広場 広場・公園
-
大聖堂です。シーズンオフの夜なので観光客は少ないです。
サン ピエトロ大聖堂 寺院・教会
-
大聖堂の向かって左下、照明が当たっている彫像がペテロの像です。ペテロはイエス様から託された天国の鍵を持っています。
-
ベルニーニポイントから見たフォンターナ制作の噴水と背後には重なって1本に見える列柱です。
-
ベルニーニポイントから見た列柱。
Tさんはベルニーニポイントをご存じなかったようで、ポイントに立って見るとどの柱も1本に見えることにいたく感動されていました。サン ピエトロ広場 広場・公園
-
ベルニーニポイントから見た噴水と列柱。
サン ピエトロ広場 広場・公園
-
同じく列柱。
-
ベルニーニポイントを外れると柱は何本もあることが分かります。
サン ピエトロ広場 広場・公園
-
広場を囲む列柱の様子です。
-
サンピエトロ広場と大聖堂の様子。
サン ピエトロ広場 広場・公園
-
広場の右側の列柱廊です。
サン ピエトロ広場 広場・公園
-
当初はヴィットリアエマヌエーレ2世記念堂の夜景も見ようと思っていましたが、トラステヴェレから歩いてきた疲れがでてしまい、ホテルに帰ることにしました。
ところが昼間と打って変わってタクシーが1台もいません。
タクシー乗り場で待ってもタクシーが来ません。その時1台のタクシーがやって来て我々が待っている先に止まりました。ここまで観光客を乗せてきたタクシーでした。
すかさず息子が駆け寄ってタクシーを止めています。先に息子とTさんが乗り込みました。
運転手に行き先のホテルの名前を告げましたが分からないようです。英語が通じません。私の発音が悪かったのかな?
バッグからホテルの名前と住所と外観の写真を印刷した紙とホテルの周辺を印刷した地図を取り出し、それを指さすと分かったようでうんうんと頷いていました。こうしてタクシーは動き出しました。
少し走ったところで料金メーターを確認していない事に気が付きました。
運転席の横を見ましたが料金メーターがありません。あちこち見ているとフロントガラスの上部、運転席の斜め上にあることが分かりました。
メーターを見るともうすでに14ユーロです。まだ僅かしか走っていませんのにこれは明らかにおかしい。初乗り運賃は3ユーロのはず。時間を見るとまだ午後8時30分。夜間料金の時間ではありません。これが悪評高いローマの「ぼったくりタクシー」か。
乗車してすぐに料金メーターを確認すればよかった。メーターの数字がおかしいというのは英語でどう言えばいいんだろうか?
でもこの運転手英語が分からなかった。話しても通じないし、こちらは相手のイタリア語が分からんし、うーん、どうしようもないな。そういえば車の横に文字が書かれていなかったような気がする・・・・。
と、あれこれ考えましたがどうもできず、兎も角違う道に入って遠回りしないように朝バスの車窓から見た風景と一致するかどうかを気をつけていました。
また料金メーターとはにらめっこ。どこまでメーターが上がるのか気が気ではありませんでした。
そのように気をもんでいるうちにホテルに着きました。脇道にそれる事はなく真っ直ぐに運転して来てくれたので一段落。運賃はチップ込みで25ユーロ。14ユーロからスタートしてこの料金なら「ぼったくりタクシー」ではあるが、まあ良かった方でしょう。
タクシーを下りて息子に「今のタクシーぼったくりだった。スタート直後の運賃14ユーロだったぞ。乗った時料金メーター確認せんかったからなあ、失敗した。気が付くのが遅かったわ。」と言うと息子が。
「僕もおかしいと思うとったよ。メーターの料金高いの最初から気付いとった。夜間料金かと思うたよ。」
「気が付いたらすぐに父さんに話せよ。まあ、このくらいで済んでよかった。」
「うん、今度は気をつけてすぐ父さんに伝える。」
この時ばかりはやけに素直な息子でした。ローマ名物ぼったくりタクシーも経験したし、色々思い出に残るローマの夜でした。サン ピエトロ広場 広場・公園
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
再びのイタリア、今度は親子で南イタリアの旅。
-
前の旅行記
再びのイタリア、今度は家族で南イタリアへ ( 永遠の都ローマを堪能するの巻③ )
2016/01/26~
ローマ
-
次の旅行記
再びのイタリア、今度は家族で南イタリアへ 最終日ローマの町歩きを堪能する。①
2016/02/01~
ローマ
-
再びのイタリア、今度は親子で南イタリアへ ( 世界遺産 アマルフィ海岸 ② )
2016/01/26~
アマルフィ
-
再びのイタリア、今度は親子で南イタリアへ ( 世界遺産マテーラの洞窟住宅 ① )
2016/01/26~
マテーラ
-
再びのイタリア、今度は親子で南イタリアへ ( 永遠の都 ローマを堪能するの巻 ① )
2016/01/26~
ローマ
-
再びのイタリア、今度は親子で南イタリアへ ( 永遠の都 ローマを堪能するの巻 ② )
2016/01/26~
ローマ
-
再びのイタリア、今度は家族で南イタリアへ ( 永遠の都ローマを堪能するの巻③ )
2016/01/26~
ローマ
-
再びのイタリア、今度は親子で南イタリアへ ( 永遠の都ローマを堪能するの巻④ )
2016/01/26~
ローマ
-
再びのイタリア、今度は家族で南イタリアへ 最終日ローマの町歩きを堪能する。①
2016/02/01~
ローマ
-
再びのイタリア 南イタリア旅行の最終日、いよいよローマから帰国。
2016/02/01~
ローマ
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 再びのイタリア、今度は親子で南イタリアの旅。
0
61