2014/03/06 - 2014/03/06
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LP1989さん
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竹の丸から天守へ北進するルート
加藤清正が、念入りに仕込んだ強靭な防備として、
御馴染みのルートを進んでみました。
-
竹の丸井戸
井戸自体が、水の国くまもとを象徴する存在なんですが・・・ -
清正は、篭城に備え、城内に100箇所以上も井戸を掘っていました。
高い石垣を揃え、複雑な通路を組んで、相手を阻むだけではなく、
中で生き延びることも想定したわけですね。 -
それでも やはり 清正の代表作は 高石垣群。
城内で こんな風に謳っているくらいなんで。 -
竹之丸から北方向に見る天守
数々の高石垣のうちの 幾つかに櫓を復元させる予定があるので、
石垣だけに囲まれる姿は、後年 貴重な絵になるはずでしたが、
櫓を復元させるどころでは なくなってしまいました。 -
最初の門 元礼御門跡
右(東側)に折れてすぐの所に
左右の石垣に跨る櫓があったと。
熊本城公式HPの復元イメージイラストには
この元礼櫓御門も描かれているので、
将来的な復元が期待されたのですが・・・ -
左(北)に折れて、石段を上がる。
-
西に折れて、更に上る。
-
また、右(北)に折れる。
曲がり角の立派な石垣が・・・ -
竹の丸五階櫓跡
単に「五階櫓」と表記されていますが、
城内には 復元済・復元予定を含めて、
いくつもの「五階櫓」があります。 -
二つ目の門 礼櫓門跡
竹の丸五階櫓跡を右手に見ながら、
右(東)に曲がった短い石段の所に
三階建の櫓門があったと -
礼櫓門跡を抜けて、再々度 天守のある北を向く。
この石段は 蹴上げの高さ・奥行き共に不規則。
厄介な石段なら、彦根城や和歌山城でも味わいましたが、
この場所は 一見、普通の石段に見えるのが いやらしい。
右側に設けた定形の石段と見比べると
高さ&奥行きの巧みな変化が よくわかります。 -
いやらしい石段を上りきったところで、
噂の「二様の石垣」と対面。 -
二様の石垣の案内書
結果として、清正&細川の合作となった。 -
斜めから見てみました。
増築した本丸御殿の石垣のラインに合わせて、
この石垣も増築した事情を容易に飲み込めます。 -
更に 真横(西側)から見比べてみました。
じっくり見ると 隅石の形状の違いが判ります。
・右側の傾斜の緩い従来の清正仕様は、隅石の形状がまちまち。
・左側の急傾斜で増築した細川仕様は、隅石が整形(長方形)。 -
数奇屋丸に入ると 整形の石ばかリを集めた「地図石」
床に敷いた石も、側面に積んだ石も、
隙間なくきれいに揃えてある。
ついさっきまで目にした重厚感・力感たっぷりの
高石垣の積み方とは、まるで様子が違う。 -
地図石の案内書
「地図」の由来については、色々説があるようです。 -
もう一箇所の特異な石、「五郎の首掛石」
こんな規模・形状の石を首に掛けて
2km相当を易々と歩いた伝説がある。 -
横手五郎なる人物、
実は、清正への仇討目的で
人夫として潜入していた者だとか。 -
平左衛門丸に達して 見る天守。
皆が その迫力に驚嘆。
熊本城が再びこのような姿を
取り戻すことを切に願います。
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