1977/07/26 - 1977/08/10
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ねんきん老人さん
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スイスには、ツアーで一度行ったことがあるだけです。
それももう40年近く前、長男がまだ2歳にならないときのことで、旅行中はトイレ探しばかりしていたような気もします。
それでも、ヨーロッパという地域にはこのとき初めて行ったということもあり、思い出深い16日間でした。
安いツアーだったこともあって自由行動というのが多く、スイスでは丸々2日間ほったらかしにされました。今回はそのときのことを書いてみたいと思います。
古い話で、読んでくださる方の参考にはなりませんが、なにしろ後にも先にもスイスにはそれ以外に行っていないので、ご勘弁ください。
殴り書きのメモと怪しい記憶を頼りに書いてはいるものの、間違いもあると思います。
また、当時は写真といえば記念写真しか頭にない時代で、被写体は女房と息子ばかりですから、これまた人様に見ていただくようなものではありません。
経年劣化したアナログ写真は、単に私の備忘資料というだけのものですので、一気にスクロールしてくださるようお願いいたします。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 鉄道 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
【 ユングフラウ登山鉄道の切符 】
ルツェルンからグリンデルワルドまではバスで行きましたが、このグリンデルワルドというのをカタカナ読みで言ってもなかなか通じず、苦労しました。
土地の人の発音を聞いていると、「グリンダーヴァルト」というような感じだったと思います。
そこからナントカ鉄道(2〜3度訊き返したのですが、分かりませんでした)に乗ります。
線路の間に電車の歯車を受けるためのガッチリしたラックがあり、なるほど登山電車だと、気持ちが昂ります。
私はそのときそれをアプト式だと思っていましたが、後年大井川鉄道のアプト式レールを見て、グリンデルワルドのものはアプト式ではないということを知りました。喋り回って恥をかく前に気づいて良かったです。
そのナントカ鉄道でクライネシャイデックまで行ったのですが、途中で車掌さんが検札に回ってきました。
私は3人分の切符を持っていたのですが、息子の歳を訊かれてもうすぐ2歳だと答えると、それなら無料だと言います。 なにか、有料で乗ったことが悪いみたいな口調で、こちらが返事に詰まっていると、そのまま1枚を持って行ってしまいました。
私はあっけにとられましたが、「だったら料金を返してくれ」というようなドイツ語はとうてい頭に浮かばず、そのまま泣き寝入りです。そもそも車掌さんの言ったことも、本当にそう言ったのかどうか、自信はありません。
写真は、そのナントカ鉄道とその先のユングフラウ鉄道の通し切符です。グリンデルワルド駅 駅
-
【 なんにも見えない登山電車 】
クライネシャイデックで乗り換え、ユングフラウヨッホに向かいます。
せっかくの登山電車ですが、外はあいにくの雨。 ときどき降り止みますが、霧が立ち込め、景色はほとんど見えません。
幸いカウベルをつけた牛が線路の近くまで来るので、息子はそれで大満足です。
電車はやがてトンネルに入ります。
アルプスの名山、アイガーとメンヒのどてっ腹に9kmを超えるトンネルを掘ってしまったというのも驚きですが、それが日本で言うなら明治時代のことだそうですから、その難度は計り知れず、犠牲も多かったと聞きます。
-
【 アイスメーア駅 】
トンネルの中にはアイガーヴァントとアイスメーアという2つの駅があり、両駅の窓からは外が展望できるようになっています。 というより、これらの駅はその窓から景色を見るためだけにあるようでした。
そのため停車時間は長めにとってあるとみえ、乗客がどっとホームに降ります。
私たちも降りましたが、あいにくの曇天で雪も降っており、ほとんど何も見えません。
それより息子のオシッコの方が急務で、トイレを探しに走ります。 やっと見つけたトイレですが、入った二人がなかなか出てきません。 イライラ、ハラハラしていると発車の合図が。
焦った私は女性用トイレのドアを開けて大声で呼びました。 なんとか間に合いましたが、憧れのアルプスで、なんとも無粋なドタバタ劇でした。 -
【 ランチョンマット 】
ユングフラウヨッホというのは、4,107m のメンヒから 4,158m のユングフラウに続く稜線の鞍部のことで、標高は 3,454m だそうです。
そこにあるユングフラウヨッホ駅は、駅そのものがトンネルの中にあり、寒さは尋常ではありませんでした。
通路のあちこちに「食堂」「御手洗」「展望台」などと日本語の表示があって、興醒めでした。
外国に行って、日本人の集団や日本語の看板に出会うとなんだかガッカリするというのはどういうことでしょうか。
せっかく外国に来たのだから外国らしい空気に浸っていたいということでしょうが、そういう私も日本人だけの団体で来ているのですから、身勝手もいいところですね。
なにはともあれ暖房の効いた所と思い、レストランに入ります。
ランチョンマットにはアルプスの山々がきれいに描かれていて、汚すのがもったいないので、料理の出る前に丸めてバッグにしまい込みました。
すると料理を運んできたウエイターがくるりと向きを変え、厨房の方に消えたと思ったら新しいマットを持ってきて、黙ってそれを敷きました。
私がしまい込んだのを見たのか、自分たちが出し忘れたと思ったのか、私はそれを訊く言葉が分からず、「ダンケ」だけで済ませてしまいました。 -
【 氷の宮殿 】
レストランの壁に「氷の宮殿」という日本語の案内が。
体も暖まったことですし、話の種に行ってみました。壁からテーブルからすべてが氷をくり抜いて作ってあり、氷の彫刻も沢山あります。
お定まりの記念写真屋がいて、ほとんど有無を言わさぬ流れで写真を撮られます。
写真屋は若い女性で、何人かの写真を撮ったあと、デスクの上に散らばっている注文用紙に住所氏名を書けと、ぶっきら棒に命令します。
そのあと客たちがバラバラに書いた紙をかき集めて、傍らの箱に投げ込みましたが、そんなやり方ではどの紙がどの客のものか判らないだろうと心配になりました。
大丈夫かと念を押しましたら、にこりともせず「ヤー」とか言っていましたが、1か月ほどして上の写真が自宅に届きました。 ・・・???ユングフラウヨッホ (ユングフラウ) 山・渓谷
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【 外は吹雪 】
外に出ると、見渡す限り(といっても見渡すほどの視界はありません)の銀世界で、雪が横から吹き付けてきます。
天気が良ければ眼前にアレッチ氷河が広がっているらしいのですが、この日は足元に積もった雪以外、なんにも見えません。 -
【 サンキュー! 】
足元が滑って危ないので、息子を抱いて歩いていたところ、その私がツルッと滑ってしまいました。
かろうじて硬い氷は避けたものの、息子は新雪に顔を半分ぐらい潜らせて動きません。 起こすと、口に雪を咥え込んでぶるぶる震えています。
それを見たアメリカ人の女性がキャンデーを1粒くれました。
どうせくれるなら、もっと沢山くれたらよさそうなものですが、たった1粒です。
そういえば、この旅行中、息子はやたらに物を貰いましたが、それらはいつもチョコレートひと欠けらというようなものでした。
ハイデルベルクのホテルのフロントマンが、その日が息子の誕生日と知ってプレゼントをすると言い出したときも、私はドイツ名産のミニチュアカーでもくれるのかと思いましたが、出てきたのはなんと、チューインガム1枚でした。 -
【 クライネシャイデック 】
憧れのスイスに、それも絵葉書の世界を眺めながら登山電車で・・・と期待して行ったのに、雨と霧、さらに雪で視界はほとんどゼロという、なんとも残念なユングフラウ観光になりました。
あれからそろそろ40年。 下がり続ける年金でやっと生活している身では、この先もう一度行くことはないでしょう。
最初で最後のスイスアルプスがこれですから、運の悪さは極め付きです。
同じ電車でまたクライネシャイデックに戻ってきて撮ったのがこの写真ですが・・・。 -
【 ?? 】
しゃくなので、晴れていれば見える筈の山を合成しちゃいました!
「雨もまた良し」 というだけの悟りにはまだまだ遠い、凡人の悪あがきです。 -
【 ルツェルン市街 】
翌日、ルツェルンの町を散策しました。
スイス有数の観光地だそうで、市内には見どころが多いということでしたが、なにしろ気まぐれな息子と一緒ですので、「あっちくー!」「あっちくー!」(あっちに行く)と振り回され、名所と言われるような所はほとんど見ていません。
写真のホーフ教会も、外から見ただけで、中には入らず。ホーフ教会 寺院・教会
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【 ルツェルン湖畔で 】
ルツェルン湖というのはルツェルンにある湖だと、そのときは思っていました。
ずいぶん大きな湖だなと思ったものですが、後年、ルツェルンというのがルツェルン湖沿いにある一つの町の名だということを知りました。 湖そのものはルツェルンを含む4つの州に接している広大なもので、その面積はルツェルンの町の4倍もあるそうです。
ルツェルン市にあるからルツェルン湖なのではなく、ルツェルン湖に面しているからルツェルン市なのですね。
「ヨーロッパ周遊」とかいうパックツアーになんとなく参加して、何も知らないままガイドさんに連れられて回っただけのヨーロッパ。 今から思うと、なんて勿体ない旅行だったんだろうと、後悔することばかりです。 -
【 ルツェルン湖の白鳥 】
名所旧跡より乗り物や動物、つまり動くものにばかり興味が向く息子。
白鳥なんて、日本の公園でいくらでも見られるのに。
ツアー代金、お前の分も払ってるんだぞ・・・。 -
【 カペル橋 】
ルツェルンに着いた初日、ツアーバスの中で同行の中年男性が「カペルブリュックだ!」と叫びました。
無知な私が「何ですか、それは?」と尋ねると、ルツェルンのシンボルだと教えてくれましたが、その目は「そんなことも知らないのか」と語っていました。
市内を流れるロイス川に架かる、ヨーロッパ最古の木造橋だそうで、カペルというのは英語のチャペル(chapel)のことだと、訊かないことまで教えてくれました。(ちょっと教え過ぎ!)
ふーん、と聞いていたら、着いたホテルのロビーに市内観光のリーフレットが置いてあって、それに大きく写真が載っていましたので、なるほどと納得しました。
この写真は、それを失敬したものです。カペル橋 現代・近代建築
-
【 カペル橋を渡る 】
そのカペル橋を渡ってみます。
屋根つきで、梁の部分にルツェルンの歴史を物語る沢山の絵が描かれています。
この橋は私たちが行った十数年後に火災によって焼失してしまいました。 残念の極みですが、すぐにほとんど同じ姿で再建されたそうです。
ルツェルン市民にとっても大切な橋なのですね。 -
【 パレード 】
偶然、子供たちのパレードに遭遇しました。
通りかかった人に何のパレードかと尋ねると、どうやら建国記念日のお祝いらしい返事でした。 なーんて、解ったように書いていますが、私のドイツ語は「イッヒ・リーベ・ディッヒ、イッヒッヒッヒッ・・・」という程度で、99%は当てずっぽうです。 -
【 パレード 】
ひとり遅れた坊や。
うつろな目、両手に持った(持たされた?)カウベル。 なぜかパイプを咥えてパレードのかなり後方を歩いていました。 -
【 ひと声かけてくれるおばさん 】
あと数日で2歳になるという子供を連れての旅行は大変でしたが、どこでも見知らぬ人が声をかけてくれ、ずいぶん気持ちがほぐれました。
ホテルやレストランでは英語が通じるのでいくらか楽でしたが、公園や路上ではドイツ語ばかりなので苦労しました。 それでも表情や声から好意がにじみ出ていて、適当に返事をしてもなんとなく会話になっているような按配でした。
(私の英語は98%がでたらめですが、なにしろドイツ語は99%がでたらめなもので・・・) -
【 白鳥の餌を貰う 】
買い物途中のおばさんが白鳥に餌をあげていて、息子を見ると、その餌を渡して何か言いました。
「坊やもあげてごらん」
そう言っているのだと、得意の当てずっぽうで解釈しましたが、多分そう外れてはいないでしょう。 それ以外に言うことはありませんものね。 -
【 トロリーバス 】
なんとも色あせた写真で恐縮ですが、息子が最も興奮したのはトロリーバスです。
私も子供のころ東京で見ましたが、それは1両が常で、2両が連結しているのはこのとき初めて見ました。
憧れのユングフラウヨッホは雨の麓から霧の中腹、雪の頂上と、思い描いていた景色をまったく見ずに終わり、ルツェルンでは車のタイヤやショーウインドウの扇風機にばかり興味を持つ息子のおかげで名所らしい名所も見ずに終わり、これで「スイスに行った」と言えるだろうかというような旅行になってしまいました。
まあ、思い通りにいかないのが旅行というものだと自分を慰めていますが、それでいながらスイスと聞くとなんとなく温かい場面ばかり思い出すのですから、やはりスイスの人々とのわずかな触れ合いが旅の大きな収穫だったのだと思います。
ルツェルンからはリヒテンシュタインに移動しましたが、そこでは快晴の中で、絵に描いたような景色を楽しみました。
晴れていれば、きっとスイスもあのような景色だったのだろうと、想像で思い出を補っています。
以上、濡れ落ち葉と化した老人の、色あせた回顧談でした。
最後まで読んでくださった方の“後悔”と“怒り”に身が縮む思いです。お許しください。
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この旅行記へのコメント (13)
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- しにあの旅人さん 2023/07/24 09:30:15
- おもひでのユングフラウ
- ユングフラウですか。
私は74年と79年に行ったことがあります。ちょうど間くらいですね。
「むか-しムカシ、青春があったとさ-4 1975年スイスイミフの旅」
https://4travel.jp/travelogue/11656696#bbs
というのにまとめてあります。
お暇なら見てください。
写真がずいぶん鮮明ですね。
私も写真を持っていましたが、紙焼きにしてアルバムに貼ったやつは退色してひどいものでした。ネガを箱で保管したやつはまあまあでした。
拝見するに、これはネガではないですか。
私の場合はネガを写真屋にもちこんだら、すぐに古いネガだと見破られ、露骨に引き受けたくない雰囲気でした。なんでもいいからCDに移してくれ、責任は問わないと頼んで、やっとやってくれました。
古いアナログの写真は、まろやかで、雰囲気が出て私は好きです。
写真も時がたてば、熟成するのです。
アイガーのトンネルは行っていません。1回目はたしか、予算の問題。2回目は、なんだったかな。44年前ですからね。
写真の合成。そこまでハイレベルの映像処理技術をマスターなさったのですね。
私もこれができれば、ブログをもっと華やかにできるのですが、最近なんでも新しいことに挑戦するのがおっくうです。痴呆の初期現象だとか。
小さい子供連れの旅は楽しいですよね。「見てごらん」と指さすと、私の指を見ていました。
- ねんきん老人さん からの返信 2023/07/24 10:38:50
- 何をやっても私とは違う・・・
- しにあの旅人さん、こんにちは。 書き込み、ありがとうございました。
実はさきほど、はなまりんさんの旅行記「リメイク版 高知「南国土佐を後にして~♪」の歌詞はなんか変じゃない・・?? 謎だらけ・・・?」にコメントをしました。 そのときそこにしにあの旅人さんがコメントを寄せられていることに気付き、私のコメントの中にしにあの旅人さんのことをちょこっと書いてしまいました。その最中に、フォートラから「しにあの旅人さんから書き込みがありました」という通知が来たのです。 偶然というのは面白いものですね。
さて、私がスイス(といってもほんの一部)に行ったのと同じ頃にしにあの旅人さんも行かれていたのですね。 私は一度だけ、しにあの旅人さんは何回も・・・。 それも私がお決まりのツアーで行ったのに対し、しにあの旅人さんは目的をもってご自分で組んだご旅行。 そのころからもう差がついていたのだと思い知りました。
掲載されている写真。 どれも「これぞスイス!」という感じで羨ましい限りです。
「青春とは畢竟カッコつけ」。 その通りですね。 湖の見える小さなホテルに泊まって手紙を書く・・・スイスに入って雪がある最初の町で降りて二人でクリスマスを・・・絵に描いたようなカッコつけですね。
でも、それがどれだけ人生に色付けをしてくれているかと思うと、よくぞカッコつけた!と絶賛したい気分です。
さらに言うと、私は今でもそういうカッコづけをしています。 先日の旅行でも、日本海に面した石の浜で、拾った石を二つ並べて、声には出しませんでしたが、亡妻に「ここは初めてだね」と話しかけました。
聞こえる筈もなし、見える筈もなし。 そんなキザなことをする年でもなし。 ただのカッコづけです。 でも、カッコつけようという気持すら無くなったら、私は本当の燃えカスになってしまうような気がします。
いつも旺盛な探求心を持って旅を続けていらっしゃるしにあの旅人さんは、きっと今でも人知れずカッコつけた行動をなさっていることだろうと思います。
どうか「若いうちは」などと仰らず、おおいにカッコつけながら今後も旅を続けていただきたいものだと思っております。
ねんきん老人
-
- ねもさん 2023/07/21 15:19:33
- ルツェルンの白鳥
- 年金老人さん とても面白い旅行記です。
ルツェルンの白鳥は、2歳児でなくても興味津々かと。
2010年、わが家の成人の子どもたちも、日本のスナック菓子をやって(笑)盛り上がってました(^-^;
このルツェルンとユングフラウヨッホが自由行動だったのでしょうか? 他の日は、どこに行かれていたのでしょうか?
また、私が知るスイスは完全に英国で大丈夫な国ですが、当時はそうじゃなかったようで、ちょっと驚き(゚-゚)
私も、タクシー運転手から、グリンデルワルトはグリンダーバルトと言わないと通じないよとアドバイスされました。
- ねんきん老人さん からの返信 2023/07/21 17:10:21
- 同じ場所に行かれたとのこと、嬉しいお話です。
- ねもさん、こんにちは。 小生のカビだらけの古い旅行記にお目通しくださり、おまけにコメントまでいただき、ありがとうございました。
思ったとおり、あのあと一度もスイスに行けていないので、私にとっては貴重なものなのですが、読んでくださる方にとっては何の参考にもならない退屈な雑文であったと恐縮しております。
ねもさんもスイスに行かれたと知って、嬉しい限りです。 貧しい体験しか残っていないスイスですが、同じ場所に行かれた方とこうして通信ができるということは大きな財産です。
今のスイスはどこでも英語で用が足りるのですか? 私はほとんど身振り手振りで苦労しました。 もっとも、英語が通じたとしても私の英語ではやはり身振り手振りが不要ということはありませんが。
あの旅行は、イタリア・ドイツ・スイス・リヒテンシュタイン・オーストリア・フランスを回りました。 移動と宿以外はほとんど自由行動だったような気がします。 とにかく安さにつられての参加でしたから。
今回、ねもさんに書き込みをいただいたもので、久し振りに拙稿を読み返してみました。 そして一か所、間違いを見つけました。 ルツエルンという地名を何度も書いているその中で、「ツツェルン」と打ち間違えた箇所があったのです。
急ぎ訂正しました。 ありがとうございました。
猛暑が続きます。 どうぞお体に気をつけながらご活躍ください。
ねんきん老人
-
- jijidarumaさん 2022/12/27 02:15:34
- セピア色の思い出写真、なかなか良い味!
- ねんきん老人さん、
今晩は。
何やら似たような写真群を拝見しました。
1977年の夏の旅行、思い切って行かれたのでしょうね。
<経年劣化したアナログ写真は、単に私の備忘資料というだけのものですので、一気にスクロールしてくださるようお願いいたします。>・・・いえいえ、なかなか良い味で、若き奥様や息子さんのお写真が生き生きとして、言葉は通じないながらも確かに現地の方々と会話されています。
私が同じような旅をしたのは1975年の夏でした。夏の休暇はドイツで免許を取得した後に出かけた、初めての長距離(総走行距離は2,365kmとなりました)の車の旅でした。
高々とした峠越えという怖い思いもしたのですが、幸い、天気に恵まれたから、景観はしっかり写真に残っていますが、やはりセピア色に変色してしまっていますよ。
Luzernルツェルン・カペル橋も火災前のものが残り、Grindelwaldグリンデルヴァルト・ユングフラウ登山電車やJungfraujochユングフラウヨッホでの雪原上の寒々しい娘の格好も。
それでも、「セピア色の思い出」として平気で4Traで投稿しています。
ご参考:
≪セピア色の思い出:39年前に走ったロマンチック街道:
南独、オーストリア、スイス巡り(その1:2014/09/06投稿)
及び(その2:2014/09/13投稿)≫
jijidaruma
- ねんきん老人さん からの返信 2022/12/27 19:41:39
- 同じセピア色でも、内容がまったく違います。
- jijidaruma さん、こんばんは。 小生の、話にならない旅行記にわざわざの書き込み、ありがとうございました。
jijidaruma さんの南独、オーストリア、スイス巡りは以前拝読したことがあり、私の旅行とのあまりの違いに羨望の念を覚えた記憶がありましたが、今回改めて読ませていただきました。
私のように、ドイツ語はまったくダメ、運転は助手席の娘婿にアドバイスを受けながら一度だけ(たぶん数十キロだけ)という情けない旅行者にしてみるとまったく世界の違うjijidaruma さんで、スイス旅行記をお読みいただいただけで、無駄な時間を使わせてしまったと、申し訳ない思いです。
私は、ドイツはなぜか縁があって何回か行っていますが、スイスはあとにも先にも一度だけ、その旅行で濃霧に遭い、せっかくの景色がまるで見えなかったというお粗末な体験しかもっていません。 ですから、jijidaruma さんのように中身のある旅行記を書くことはとうていできず、どなたにも読んでいただけないのを承知で書いた旅行記でした。
今回、丁寧にお読みいただき、書き込みまでしていただけたのは、jijidaruma さんという他に抜きんでた体験をお持ちの方が4トラメンバーであったという、私にとっての幸運があったからで、このことは望外の喜びです。
jujusaruma さんの旅行記に写っていたお嬢様方も今ではセピア色の写真を笑いながらご覧になっていらっしゃることでしょう。 当時の体験が大きな財産になっていることと思います。
重ねて、ありがとうございました。
ねんきん老人
-
- ぴーのさん 2015/07/24 20:14:34
- 昨年行きましたが〜〜丸2日なにも見えず(T_T)
- こんにちは♪♪
昨年の夏、グリンデルワルド2泊でユングフラウヨッホを目指しましたが年金老人さんと同じく、ず〜〜っと小雨、ガスで頂上まで行くのを躊躇していました。もう1泊の延泊後、念願の登山電車に乗ることが出来ました。その時のこともまた書きたいと思います。
合成写真いいですね♪♪ウケました!!
ぴーの
- ねんきん老人さん からの返信 2015/07/26 10:41:12
- 旅行記、楽しみにしております。
- 書き込み、ありがとうございました。
グリンデルワルドに2泊なさったのですか。そういうゆとりのある旅行がしたいですね。
念願の登山電車はどうだったでしょうか? 是非その旅行記を拝読したいものです。
2日目は快晴でアルプスの景色を堪能されたのか、それともやっぱり雨か曇天で残念な結果だったのか・・・。
快晴だったら・・・祝福する心が私に残っていますように。
雨だったら・・・・他人の不幸は蜜の味、などというケチな心が沸きませんように。
私自身を試す良い機会です。
ねんきん老人
-
- 琉球熱さん 2015/07/24 00:14:45
- モクロームとはまた違った
- こんばんは!
古い写真のデジタル化、けっこう大変だったのではないでしょうか?
でもその苦労のかいは充分ありましたね。
モノクロとはまた違った味わいの、ちょっとセピア風写真の数々。
とても雰囲気があります。
後から「もったいないことをした」と後悔するのは、私はしょっちゅうです。
沖縄に通い始めて15年、今まで何やってたんだ?というくらい、知らないことが沢山あります。
- ねんきん老人さん からの返信 2015/07/24 08:58:48
- 恥じ入るばかりです。
- 琉球熱さん、お早うございます。
色あせた写真と曖昧な記憶で書いた旅行記で、4トラベルの読者の皆様から「4トラを何だと思っているのか!」と叱られるものと思っていましたのに、逆に励ましていただいて、こんなに嬉しいことはありません。
ありがとうございました。
沖縄には4度ほど行きましたが、女房を連れて行ったことは一度もなく、どうも沖縄の話はしずらいというのが我が家の現実です。
車の運転ができるうちに連れて行きたいとは思っているのですが、なにしろ年金生活で、二人分の旅費を捻出する余裕がなく、延ばし延ばしになっています。
でもなんとか近い(?)将来、実現させたいと思っていますので、そのときは琉球熱さんの旅行記をプリントアウトして、せっかくの沖縄で後悔しないようにしたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
-
- notchさん 2015/07/12 21:30:01
- こころ温まる旅行記
- ねんきん老人さん,こんにちは!
スイス旅行記,奥さまや息子さんへの愛情が伝わってくるようで,こころ温まる思いで読ませていただきました。現地で出会う方たちの好意は,時が経とうとも,きっと色あせることない思い出としてお残りのことと思います。
40年前のユングフラウ,私にとってはとても新鮮に映りました。セピアの色彩が何ともいえない旅情を醸し出していますね。私も20年以上前に訪れましたが,そのときを思い起こしながら,それでもなお新鮮な気持ちで楽しませていただきました。
すばらしい旅行記,ありがとうございました。
notch
-
- merumoさん 2015/07/11 13:43:43
- 懐かしさでいっぱいです。
- ねんきん老人さん
こんにちは。
いつも見ていただきありがとうございます。
同じころヨーロッパ周遊にいらしてたんですね。
私も2週間ぐらいで初ヨーロッパを回りました。
もちろんツアーでした。
ユングフラウでのスキーは忘れられない思い出です。
その頃はまだスフィンクスもなかったんですよね。
その後スイスは住みたい国、また訪れたい国になりました。
でも何も見えなかったなんてほんとに残念ですね。
これからもよろしくお願いします。
merumo
- ねんきん老人さん からの返信 2015/07/11 15:57:28
- 申し訳ありません。
- merumo さん、こんにちは。
「一応スイスにも行ったんだよなぁ」というだけの旅行記を読んでいただき、その上投票までしていただき、ありがとうございました。
なんの参考にもならないことを書いて、投稿のクリックをしたとたんに後悔しましたので、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
meromo さんはユングフラウでスキーをなさったんですか。
私とは旅行の質が違いますね。
merumo さんの旅行記を読んでいると、ずいぶんいろんな所に行っておられることと、行く先々で見聞されたことを正確に記述されていることに舌を巻きます。
私などはいつも帰ってから、なんだったっけ? どうだったっけ? の連続です。
merumo さんの旅行記は、内容が具体的なので、読んでいてバーチャルトリップを楽しめます。
これからも沢山の記事を掲載してくださることを楽しみにしています。
よろしくお願いいたします。
ねんきん老人
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