2014/10/25 - 2014/10/25
93位(同エリア162件中)
滝山氏照さん
国道4号大堤交差点にある正源山・鮭延寺(けいえんじ、茨城県古河市大堤)は出羽山形藩57万石の最上(もがみ)氏の参謀を勤めた重臣鮭延秀綱(さけのべ・ひでつな、1562~1646)の菩提を弔うため追慕する家臣によって創建されています。
鮭延氏は近江源氏佐々木氏の支流で、二十代綱村(つなむら)の代に出羽国に移り横手城主である小野寺氏に仕え、その後最上郡真室郷を本拠とする鮭延氏として支配領域を発展させます。
天正9年(1581)、秀綱は勢力が強大となった最上義光(もがみ・よしあき、1546~1614)の攻撃を受け抵抗するも凋略を仕掛けられ降伏、義光から本領安堵を受けた秀綱は以降義光の参謀として活躍します。
慶長5年(1600)、北の関ヶ原合戦ともいえる長谷堂城の戦いでは、会津若松に拠点を置く上杉氏家宰を勤める直江兼継(なおえ・かねつぐ)率いる2万2千軍は最上領向けて米沢を出陣、そして本拠の山形城を守る最上氏境目の城である長谷堂城に攻撃を掛けます。
これに対し秀綱は長谷堂城救済に駆けつけ、包囲された城主志村光安(しむら・みつやす)を救援し、更に上杉陣営に迫る奮戦ぶりを示し、義光を支える有力武将として活躍、結果として兼継らを米沢に向けて撤退させることになります。
義光死去後、家督をめぐり藩内部で紛争が起り、天正8年(1622)最上氏が改易となり山形城を明け渡し大大名の57万石は取り潰し、藩主らが近江に配流される中、秀綱は古河藩土井利勝に預けられます。
利勝は預かりの身である秀綱を最大の扱いをし5千石の禄で厚遇、秀綱は利勝の配慮に感謝しつつこれを従ってきた家臣たちに分け与え自身は無禄の立場を貫きます。
天保3年(1646)秀綱は84歳で死去、慕ってきた家臣らは秀綱の遺徳を偲んで土井家の認可のもと鮭延寺を建立し秀綱の菩提を弔います。
2023年1月5日追記
当寺境内に建てられた「鮭延寺由緒」と題する石碑には下記の通り紹介されています。
『 鮭 延 寺 由 緒
当山は曹洞禅宗正源山鮭延寺と号し、慶安元年(1648年)6月の開創。
開基は出羽山形最上家の重臣、後に大老土井大炊頭利勝に客家老として迎えられた鮭延越前守秀綱。
ここは越前守屋敷(広さ役11町歩)であったところで、旧家臣たちは越前守が正保3年(1646年)84歳にて病没すると、時の古河藩主土井利隆に願って、遺骸をここに葬り、一寺を建立した。そしてその姓(鮭延)をもって寺号とし、その菩提を弔った。当時幕閣の要職にあった土井利勝、利隆の強力な庇護もあり、大本山永平寺の直末(現在 茨城県下で当山のみ)となり、10万石の格式をもって遇せられたといわれる。従って、開山(初代)には大本山永平寺二十五世鉄面痒頑禅師北岸良頓大和尚、二代は同じく二十七世万照高国禅師嶺厳英峻大和尚を迎えている。
しかし、江戸中期より末期にかけ、3回の火災に依り伽藍は漸次小規模となり、旧本堂は慶応2年(1866年)関戸村の廃寺三明山了覚寺の本堂を購入して再建したものである。近年になり老朽著しく、平成檀徒総会において新築が決議され、同年着工の運びとなる。平成6年(1994年)11月25日、大本山永平寺副貫首楢崎一光老大宗師を大導師に拝請し、本堂落慶並びに御開山350回忌の大法要を厳修し、今日に至る。
( 本堂建設委員会 以下 略 ) 』
- 旅行の満足度
- 3.5
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
鮭延寺・参道
国道4号の大堤交差点にある鮭延寺の入口には寺標が建っています。 -
鮭延寺・寺標
参道の途中には「鮭延寺」の寺号を刻した石標が建立され、石標の一部には「鮭延越前守秀綱」及び「熊沢番山」の墓所として付記されています。(墓地にて鮭延秀綱の墓を探しますが見つかりません) -
鮭延寺・寺門
-
「熊沢番山之墓」石標
-
イチオシ
鮭延寺・本堂(全景)
-
鮭延寺・本堂
-
鮭延寺・境内
本堂から石門方向を一望します。 -
境内風景
夕方になり墓地に入りますが辺りは次第に暗くなります。 -
熊沢番山墓全景
墓地を見渡すと何やら説明板らしきものが見え、接近すると熊沢蕃山の墓石であることが判ります。 -
熊沢番山墓
元和5年(1619)京都に生まれ、8歳の時初代水戸藩主徳川頼房に仕えていた熊沢守久の養子となり、その後学者として大成し中江藤樹に学んだ陽明学者として有名です。 -
イチオシ
熊沢番山墓石(近景)
二度に亘り岡山藩主池田光政に仕え善政を支え家老となったが、39歳で岡山を引退し、以降講学著述に専念し世道人心を導きます。貞享4年(1687)古河藩に招かれたが、時事を論じたことで幕府の嫌疑に触れ、城内の一角に禁鋼の身となります。
そして元禄4年(1691)73歳で生涯を閉じます。 -
熊沢番山説明
-
熊沢番山石碑
-
熊沢番山石碑
石碑の裏には石碑の読み下し文が記されています。 -
熊沢番山石碑
番山死後300年の節を記念して造られた石碑と思われます。 -
境内風景
-
境内風景
-
四季のみち
JR常磐線に沿って整備された散歩道を北上して古河駅に向かいます。 -
「四季のみち」石標
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
滝山氏照さんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
PR
0
19