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JR東北本線二本松城郭から南西に徒歩約20分、藩主丹羽氏菩提寺である巨邦山・大隣寺(だいりんじ、福島県二本松市成田町))という曹洞宗の寺院があります。<br /><br />大隣寺HPによれば『二代丹羽長重(にわ・ながしげ、1571~1637)が10万7百石を以て磐城棚倉から白河に転封、父長秀(ながひで、1535~1585)の菩提を弔うため、越前総光寺より融法全祝大和尚を招き、白河の円明寺跡に大隣寺を建立した経緯があります。<br /><br />長重の死去により17歳で家督を継いだ光重(みつしげ、1622~1701)は幕命により寛永20年(1643)、白河より二本松に移封となり、これに合わせて大隣寺も当地に移され二本松城の東側、油井道光寺跡に建立、その後城南(向原)移転を経て現在地(成田村滝沢)に移築され、以降寛文9年(1669)山門建立、文化8年(1811)伽藍大改修となります。<br /><br />そして幕末の戊辰戦争後は二本松城の焼失を受け、藩主の謹慎所に充てられまた藩庁の仮事務所として使用されます。<br /><br />明治4年には丹羽家歴代藩主の位牌堂(御霊屋)が改修される一方で、寺院の維持が困難となりやむなく寺院の一部(山門・鐘楼・僧堂・庫裏・回廊)を売却せざるをえない状況に陥ります。(平成2年に鐘楼が復興)』<br /><br /><br /><br />2023年9月16日追記<br /><br /><br />丹羽氏墓所の傍らには「二本松藩主丹羽公の略歴」と題する説明板があり次のように記載されています。<br /><br /><br />『 二本松藩主丹羽公の略歴<br /><br />丹羽公の祖は尾張国丹羽郡児玉村に住し、室町幕府三管領の筆頭で越前・尾張の守護であった斯波氏に仕え30代忠長の時に「丹羽」を姓とした。<br /><br />31代長政の第二子であった長秀は若くして斯波氏の守護代・織田氏に仕え、1562年、織田信長は異母兄・信広の娘を長秀に嫁がせ、以後重臣として軍事・民事を支配させた。1572年、近江国佐和山5万石の城主となり始めて戦国大名となる。<br /><br />1582年、本能寺の変に際し逡巡して時機を失い以前の部下であった豊臣秀吉に帰属、若狭国と近江国内の2郡を与えられる。<br /><br />1583年、槍ヶ岳・北の庄の合戦で柴田勝家を攻め滅ぼし、秀吉より越前国と加賀国内の2郡を加増され123万石余の大大名となる。<br /><br />1585年、長重公家督を継ぐ、1600年、関ヶ原合戦で徳川家康より所領を没収され以降浪々の身となる。1603年、常陸国古渡1万石を得て大名に復帰。1622年、陸奥国棚倉5万石の城主として移封。1627年、白川10万石余の城主として移封。<br /><br />1637年光重公家督を継ぐ、1643年、二本松10万7百石の城主として移封、以後、明治戊辰まで225年間に渡る二本松藩政が展開された。』

岩代二本松 関ヶ原合戦後浪人から大名復帰の築城名人丹羽長重が父長秀を弔う為建立し三代光重の転封に従い移転し丹羽家菩提寺となった『大隣寺』散歩

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2014/08/25 - 2014/08/25

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滝山氏照

滝山氏照さん

JR東北本線二本松城郭から南西に徒歩約20分、藩主丹羽氏菩提寺である巨邦山・大隣寺(だいりんじ、福島県二本松市成田町))という曹洞宗の寺院があります。

大隣寺HPによれば『二代丹羽長重(にわ・ながしげ、1571~1637)が10万7百石を以て磐城棚倉から白河に転封、父長秀(ながひで、1535~1585)の菩提を弔うため、越前総光寺より融法全祝大和尚を招き、白河の円明寺跡に大隣寺を建立した経緯があります。

長重の死去により17歳で家督を継いだ光重(みつしげ、1622~1701)は幕命により寛永20年(1643)、白河より二本松に移封となり、これに合わせて大隣寺も当地に移され二本松城の東側、油井道光寺跡に建立、その後城南(向原)移転を経て現在地(成田村滝沢)に移築され、以降寛文9年(1669)山門建立、文化8年(1811)伽藍大改修となります。

そして幕末の戊辰戦争後は二本松城の焼失を受け、藩主の謹慎所に充てられまた藩庁の仮事務所として使用されます。

明治4年には丹羽家歴代藩主の位牌堂(御霊屋)が改修される一方で、寺院の維持が困難となりやむなく寺院の一部(山門・鐘楼・僧堂・庫裏・回廊)を売却せざるをえない状況に陥ります。(平成2年に鐘楼が復興)』



2023年9月16日追記


丹羽氏墓所の傍らには「二本松藩主丹羽公の略歴」と題する説明板があり次のように記載されています。


『 二本松藩主丹羽公の略歴

丹羽公の祖は尾張国丹羽郡児玉村に住し、室町幕府三管領の筆頭で越前・尾張の守護であった斯波氏に仕え30代忠長の時に「丹羽」を姓とした。

31代長政の第二子であった長秀は若くして斯波氏の守護代・織田氏に仕え、1562年、織田信長は異母兄・信広の娘を長秀に嫁がせ、以後重臣として軍事・民事を支配させた。1572年、近江国佐和山5万石の城主となり始めて戦国大名となる。

1582年、本能寺の変に際し逡巡して時機を失い以前の部下であった豊臣秀吉に帰属、若狭国と近江国内の2郡を与えられる。

1583年、槍ヶ岳・北の庄の合戦で柴田勝家を攻め滅ぼし、秀吉より越前国と加賀国内の2郡を加増され123万石余の大大名となる。

1585年、長重公家督を継ぐ、1600年、関ヶ原合戦で徳川家康より所領を没収され以降浪々の身となる。1603年、常陸国古渡1万石を得て大名に復帰。1622年、陸奥国棚倉5万石の城主として移封。1627年、白川10万石余の城主として移封。

1637年光重公家督を継ぐ、1643年、二本松10万7百石の城主として移封、以後、明治戊辰まで225年間に渡る二本松藩政が展開された。』

旅行の満足度
3.5
交通手段
JRローカル 徒歩
  • 大隣寺案内板<br /><br />二本松城の南東部に見晴台がありここから大隣寺案内板があります。

    大隣寺案内板

    二本松城の南東部に見晴台がありここから大隣寺案内板があります。

  • 大隣寺入口<br /><br />二本松城跡見晴台から徒歩約30分しますと右手に石標が眼に入ります。

    大隣寺入口

    二本松城跡見晴台から徒歩約30分しますと右手に石標が眼に入ります。

  • 大隣寺石標<br /><br />寺号は初代丹羽長秀の戒名「総光寺殿大隣宗徳大居士」の大隣に由来し、「徳大いに隣有り」を意味します。

    大隣寺石標

    寺号は初代丹羽長秀の戒名「総光寺殿大隣宗徳大居士」の大隣に由来し、「徳大いに隣有り」を意味します。

  • 大隣寺境内案内図

    大隣寺境内案内図

  • 石仏像<br /><br />駐車場方向に石仏像が見えます。

    石仏像

    駐車場方向に石仏像が見えます。

  • 大隣寺入口<br /><br />入口石段の左横の石碑は少年隊副隊長の二階堂衛守と岡山篤次郎がここで狙撃され戦死した場所と言われています。

    大隣寺入口

    入口石段の左横の石碑は少年隊副隊長の二階堂衛守と岡山篤次郎がここで狙撃され戦死した場所と言われています。

  • 山門跡<br /><br />明治初期に寺院維持するため山門他を売却した経緯があり、いまだ復興されていない状況です。<br /><br /><br /><br />

    山門跡

    明治初期に寺院維持するため山門他を売却した経緯があり、いまだ復興されていない状況です。



  • 長澤氏御殿医の碑

    長澤氏御殿医の碑

  • 大隣寺由緒・説明板<br /><br />「 曹洞宗 巨人邦山 大隣寺<br /><br />二代丹羽長重公は、初代長秀公の菩提を弔う為、 寛永4年(1627)越前国の融法全祝大和尚を招き、白川(河)の地に大隣寺を建立した。 融全祝大和尚は、越前総光寺三世雪山唐秀禅師を開山として迎え自ら二世となる。寛永20年(1643)、三代光重公は白川より二本松へ国替となり、同年冬には大隣寺も当地に移り、二本松藩主歴代の菩提寺となった。寺領は百石余、その後方角などの理由から城下内において二度移転し、現在地へ移った。伽藍は数度となく改築や改修が行われたが、文化8年(1811)の大改築によって現有の本堂ができた。戊辰の役直後には、二本松藩庁の仮事務所や藩校などにも使用された。<br /><br />寺号は、初代長秀公の法名{総光寺殿大隣宗徳大居士}の大隣に由来し、寺紋には丹羽家の家紋「違棒」を用いている。<br /><br />境内には、歴代藩主の霊廟、丹羽家の位牌堂である御霊屋、戊辰の駅で幼い命を散らした二本松少年隊の墓がある。また、延命子安地蔵菩薩や十二支守本尊が安置されており、西国三十三観音を祭った霊場観音山と共に信仰を集めている。」<br />

    大隣寺由緒・説明板

    「 曹洞宗 巨人邦山 大隣寺

    二代丹羽長重公は、初代長秀公の菩提を弔う為、 寛永4年(1627)越前国の融法全祝大和尚を招き、白川(河)の地に大隣寺を建立した。 融全祝大和尚は、越前総光寺三世雪山唐秀禅師を開山として迎え自ら二世となる。寛永20年(1643)、三代光重公は白川より二本松へ国替となり、同年冬には大隣寺も当地に移り、二本松藩主歴代の菩提寺となった。寺領は百石余、その後方角などの理由から城下内において二度移転し、現在地へ移った。伽藍は数度となく改築や改修が行われたが、文化8年(1811)の大改築によって現有の本堂ができた。戊辰の役直後には、二本松藩庁の仮事務所や藩校などにも使用された。

    寺号は、初代長秀公の法名{総光寺殿大隣宗徳大居士}の大隣に由来し、寺紋には丹羽家の家紋「違棒」を用いている。

    境内には、歴代藩主の霊廟、丹羽家の位牌堂である御霊屋、戊辰の駅で幼い命を散らした二本松少年隊の墓がある。また、延命子安地蔵菩薩や十二支守本尊が安置されており、西国三十三観音を祭った霊場観音山と共に信仰を集めている。」

  • 丹羽氏歴代画像説明<br /><br />信長宿老の長秀を初代とする丹羽氏初代長秀(ながひで)から11代長富(ながとみ)までの画像十二幅が本寺にて保管されています。<br /><br />

    丹羽氏歴代画像説明

    信長宿老の長秀を初代とする丹羽氏初代長秀(ながひで)から11代長富(ながとみ)までの画像十二幅が本寺にて保管されています。

  • 鐘楼堂<br /><br />明治初期に寺院維持の為売却されてますが平成2年に復興されています。

    鐘楼堂

    明治初期に寺院維持の為売却されてますが平成2年に復興されています。

  • 本堂<br /><br />正式には「巨邦山大隣寺」という漕洞宗の寺院です。屋根上部には寺紋として丹羽家の家紋「違棒(ちがいぼう)」が確認されます。

    イチオシ

    本堂

    正式には「巨邦山大隣寺」という漕洞宗の寺院です。屋根上部には寺紋として丹羽家の家紋「違棒(ちがいぼう)」が確認されます。

  • 本堂・寺額<br /><br />本堂上部に「大隣寺」寺額が掲載されています。<br /><br />

    本堂・寺額

    本堂上部に「大隣寺」寺額が掲載されています。

  • 本堂遥拝所<br /><br />一般には本堂中央に遥拝所がありますが、当寺院では本堂左側に設置されています。<br /><br />

    本堂遥拝所

    一般には本堂中央に遥拝所がありますが、当寺院では本堂左側に設置されています。

  • 境内風景<br /><br />本堂から山門跡を捉えます。左側には経蔵があります。

    境内風景

    本堂から山門跡を捉えます。左側には経蔵があります。

  • 二本松少年隊廟入口

    二本松少年隊廟入口

  • 少年隊廟

    少年隊廟

  • 御霊屋<br /><br />丹羽氏歴代位牌が所蔵されています。

    御霊屋

    丹羽氏歴代位牌が所蔵されています。

  • 少年隊廟

    少年隊廟

  • 少年隊墓説明<br /><br />戊辰戦争で二本松少年隊16名(12〜17歳)が戦死します。

    少年隊墓説明

    戊辰戦争で二本松少年隊16名(12〜17歳)が戦死します。

  • 丹羽氏供養塔入口

    丹羽氏供養塔入口

  • 丹羽氏略歴説明

    丹羽氏略歴説明

  • 丹羽氏供養塔途中

    丹羽氏供養塔途中

  • 丹羽氏御廟全景

    丹羽氏御廟全景

  • 初代藩主光重(みつしげ)墓

    初代藩主光重(みつしげ)墓

  • 光重墓近景

    光重墓近景

  • 光重戒名<br /><br />

    光重戒名

  • 三代藩主長之(ながゆき)墓<br /><br />尚二代藩主長次(ながつぐ)は江戸にて死去のため泉岳寺に埋葬されその後青山墓所に改葬されています。<br /><br />

    三代藩主長之(ながゆき)墓

    尚二代藩主長次(ながつぐ)は江戸にて死去のため泉岳寺に埋葬されその後青山墓所に改葬されています。

  • 四代藩主秀延(ひでのぶ)墓

    四代藩主秀延(ひでのぶ)墓

  • 五代藩主高寛(たかひろ)墓

    五代藩主高寛(たかひろ)墓

  • 六代藩主高庸(たかつね)墓

    六代藩主高庸(たかつね)墓

  • 七代藩主長貴(ながたか)墓

    七代藩主長貴(ながたか)墓

  • 八代藩主長祥(ながあき)墓

    八代藩主長祥(ながあき)墓

  • 丹羽氏墓地<br /><br />長重墓から墓地全体を眺めます。

    丹羽氏墓地

    長重墓から墓地全体を眺めます。

  • 丹羽氏内室陰墓・家族墓地

    丹羽氏内室陰墓・家族墓地

  • 陰墓

    陰墓

  • 陰墓説明

    陰墓説明

  • 九代藩主長富(ながとみ)墓

    九代藩主長富(ながとみ)墓

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