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2014年のNHKの大河ドラマ「軍師 官兵衛」にちなみ、黒田家中興の地、岡山県の備前福岡を訪ねてみました。<br />関ヶ原後、筑前52万石の太守となった長政が、博多に築いた居城、福岡城の名の礎となったのがここ、備前福岡です。<br /><br />備前福岡は、現在の瀬戸内市、JR赤穂線で岡山駅から普通電車で約30分、JR長船駅下車、この西約1.5km、周囲を穏やかな田園風景に囲まれた中に佇む小さな町です。この備前福岡、官兵衛の曽祖父、黒田隆政がここで暮らしていた時代、司馬遼太郎さんの播磨灘物語でも描かれていたように福岡千軒と呼ばれ、山陽道随一の商業都市だったようです。ここは、東西に伸びる山陽道と南北に流れる吉井川の流れが交わる地であったことから、陸運、水運の要衝地であり、大いに賑わっていたそうです。<br /><br />写真は、黒田官兵衛の祖祖父、黒田隆政の墓所がある教意山妙興寺です。<br /><br />第一編 広峯神社と御師屋敷跡<br />  http://4travel.jp/travelogue/10845071<br />第二編 加古川(正室 光(てる)姫(幸圓)の故郷)<br /> http://4travel.jp/travelogue/10852251<br />第三編 英賀(毛利水軍との合戦の地)&亀山本坊本徳寺 <br /> http://4travel.jp/travelogue/10865294<br />第四編 姫路文学館「播磨灘物語」展と姫路城<br /> http://4travel.jp/travelogue/10866914<br />第五編 西播磨 佐用の三城(上月城、福原城、利神城)と飛龍の滝<br /> http://4travel.jp/travelogue/10871054<br />第六編 書写山 圓教寺<br /> http://4travel.jp/travelogue/10878436<br />第七編 妻鹿 国府山城、御着(姫路埋蔵文化財センター)<br /> http://4travel.jp/travelogue/10867385<br />第八編 三木城址と秀吉本陣、平井山付城跡<br /> http://4travel.jp/travelogue/10879951<br />第九編 備中高松城と庭瀬城(境目七城)<br /> http://4travel.jp/travelogue/10888291<br />第十編 黒田家中興の地、備前福岡<br /> http://4travel.jp/travelogue/10891040<br />第十一編 北近江 長浜<br />  http://4travel.jp/travelogue/10904386<br /><br />黒田家の出自については様々な説がありますが、近江佐々木源氏の流れを汲む京極宗清が現在の木之本、東近江伊香保郡黒田村に土着したことから黒田の姓を名乗ったというのが通説ではないでしょうか。その後、祖、宗清から五代後の黒田隆政の頃、足利10代将軍、義稙の怒りに触れたことで領地を失い、これによって流浪の身となってここ備前福岡に流れ着いたとされています。黒田家は、ここ備前福岡にて隆政の子、重隆の代にわたる十数年を過ごしたようですが、その実については不明な点が多く、不遇の中での生活が続いたのではないでしょうか。ただ多くの人々、物産と共に様々な時代情勢に関する情報が多く集まる貿易都市としての側面を持つここ備前福岡、幼少期からここで育った官兵衛の祖父、重隆にとっては新たな世界への展望を開く多くの刺激を得ることができた。そして、これが当時としては開けた黒田家の家風へと繋がり、職隆、官兵衛へと伝えられていった、そのような気がします。<br /><br />やがて官兵衛の子、長政、関ヶ原の軍功により筑前52万石の太守となり、博多の西の地に築いた居城にこの福岡の名を付け、福岡城とした。これが九州福岡の名の由来ということです。<br /><br />もた、ここ備前福岡は戦国期における謀将、宇喜多直家が育った地でもあるとのことです。ここは何とも興味深い地であるようです。

官兵衛ゆかりの備前 黒田家中興の地、備前福岡

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2014/04/19 - 2014/04/19

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旅行記グループ 官兵衛ゆかりの地

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Tam-K

Tam-Kさん

2014年のNHKの大河ドラマ「軍師 官兵衛」にちなみ、黒田家中興の地、岡山県の備前福岡を訪ねてみました。
関ヶ原後、筑前52万石の太守となった長政が、博多に築いた居城、福岡城の名の礎となったのがここ、備前福岡です。

備前福岡は、現在の瀬戸内市、JR赤穂線で岡山駅から普通電車で約30分、JR長船駅下車、この西約1.5km、周囲を穏やかな田園風景に囲まれた中に佇む小さな町です。この備前福岡、官兵衛の曽祖父、黒田隆政がここで暮らしていた時代、司馬遼太郎さんの播磨灘物語でも描かれていたように福岡千軒と呼ばれ、山陽道随一の商業都市だったようです。ここは、東西に伸びる山陽道と南北に流れる吉井川の流れが交わる地であったことから、陸運、水運の要衝地であり、大いに賑わっていたそうです。

写真は、黒田官兵衛の祖祖父、黒田隆政の墓所がある教意山妙興寺です。

第一編 広峯神社と御師屋敷跡
  http://4travel.jp/travelogue/10845071
第二編 加古川(正室 光(てる)姫(幸圓)の故郷)
 http://4travel.jp/travelogue/10852251
第三編 英賀(毛利水軍との合戦の地)&亀山本坊本徳寺 
 http://4travel.jp/travelogue/10865294
第四編 姫路文学館「播磨灘物語」展と姫路城
 http://4travel.jp/travelogue/10866914
第五編 西播磨 佐用の三城(上月城、福原城、利神城)と飛龍の滝
 http://4travel.jp/travelogue/10871054
第六編 書写山 圓教寺
 http://4travel.jp/travelogue/10878436
第七編 妻鹿 国府山城、御着(姫路埋蔵文化財センター)
 http://4travel.jp/travelogue/10867385
第八編 三木城址と秀吉本陣、平井山付城跡
 http://4travel.jp/travelogue/10879951
第九編 備中高松城と庭瀬城(境目七城)
 http://4travel.jp/travelogue/10888291
第十編 黒田家中興の地、備前福岡
 http://4travel.jp/travelogue/10891040
第十一編 北近江 長浜
http://4travel.jp/travelogue/10904386

黒田家の出自については様々な説がありますが、近江佐々木源氏の流れを汲む京極宗清が現在の木之本、東近江伊香保郡黒田村に土着したことから黒田の姓を名乗ったというのが通説ではないでしょうか。その後、祖、宗清から五代後の黒田隆政の頃、足利10代将軍、義稙の怒りに触れたことで領地を失い、これによって流浪の身となってここ備前福岡に流れ着いたとされています。黒田家は、ここ備前福岡にて隆政の子、重隆の代にわたる十数年を過ごしたようですが、その実については不明な点が多く、不遇の中での生活が続いたのではないでしょうか。ただ多くの人々、物産と共に様々な時代情勢に関する情報が多く集まる貿易都市としての側面を持つここ備前福岡、幼少期からここで育った官兵衛の祖父、重隆にとっては新たな世界への展望を開く多くの刺激を得ることができた。そして、これが当時としては開けた黒田家の家風へと繋がり、職隆、官兵衛へと伝えられていった、そのような気がします。

やがて官兵衛の子、長政、関ヶ原の軍功により筑前52万石の太守となり、博多の西の地に築いた居城にこの福岡の名を付け、福岡城とした。これが九州福岡の名の由来ということです。

もた、ここ備前福岡は戦国期における謀将、宇喜多直家が育った地でもあるとのことです。ここは何とも興味深い地であるようです。

旅行の満足度
3.5
  • JR岡山駅から山陽本線経由で赤穂線へ直通で行く普通列車で約30分、長船駅に到着です。この辺りは古来から刀剣の名工を多く輩出しており、日露戦争の日本海海戦で東郷提督が旗艦、戦艦三笠の艦橋で常に杖のように携えていたのが、明治天皇から下賜されたといわれる福岡一文字吉房の名刀であったようです。<br />今回は行くことができませんでしたが、ここ備前福岡の北に刀剣の郷があり、ここに当地の関する多くの刀剣にまつわる展示がされているようです。 <br /><br />備前長船 刀剣の里HPです。<br />  http://www.city.setouchi.lg.jp/~osa-token/index.htm

    JR岡山駅から山陽本線経由で赤穂線へ直通で行く普通列車で約30分、長船駅に到着です。この辺りは古来から刀剣の名工を多く輩出しており、日露戦争の日本海海戦で東郷提督が旗艦、戦艦三笠の艦橋で常に杖のように携えていたのが、明治天皇から下賜されたといわれる福岡一文字吉房の名刀であったようです。
    今回は行くことができませんでしたが、ここ備前福岡の北に刀剣の郷があり、ここに当地の関する多くの刀剣にまつわる展示がされているようです。 

    備前長船 刀剣の里HPです。
      http://www.city.setouchi.lg.jp/~osa-token/index.htm

  • JR長船駅、ここからは歩きで福岡を目指しました。<br />駅を出て左側に線路沿いに細い道を数百m進み、車線の車道に出るとそこを左折し、JR赤穂線の線路を渡って住宅外の中を進みます。

    JR長船駅、ここからは歩きで福岡を目指しました。
    駅を出て左側に線路沿いに細い道を数百m進み、車線の車道に出るとそこを左折し、JR赤穂線の線路を渡って住宅外の中を進みます。

  • 住宅街を抜けると広々とした田園風景となります。目指す福岡は彼方の集落、ここから田園の中を直線に伸びるこの道を約1km進みます。

    住宅街を抜けると広々とした田園風景となります。目指す福岡は彼方の集落、ここから田園の中を直線に伸びるこの道を約1km進みます。

  • 福岡の入口に到着しました。<br />軍師官兵衛の幟などが建っています。ここを左に折れるとこの町のメインストリートともいうべき通りに出ます。<br /><br />福岡の庄というのがこの地区の呼び名で、庄はそもそも荘、平安期にわたる荘園を示す領域が福岡の荘です。備前福岡と呼ばれるこの地区は、福岡の荘の東の端に位置します。<br />

    福岡の入口に到着しました。
    軍師官兵衛の幟などが建っています。ここを左に折れるとこの町のメインストリートともいうべき通りに出ます。

    福岡の庄というのがこの地区の呼び名で、庄はそもそも荘、平安期にわたる荘園を示す領域が福岡の荘です。備前福岡と呼ばれるこの地区は、福岡の荘の東の端に位置します。

  • 岡隆山薬王寺跡、<br />ここには白凰期から続いた大寺院があったとされる場所、江戸時代に備前を治めた池田氏の方針で寺院の集約が行われて廃寺となったそうです。<br />この福岡という町の歴史の長さを感じさせられます。

    岡隆山薬王寺跡、
    ここには白凰期から続いた大寺院があったとされる場所、江戸時代に備前を治めた池田氏の方針で寺院の集約が行われて廃寺となったそうです。
    この福岡という町の歴史の長さを感じさせられます。

  • ここ備前福岡の町、メイン通り東小路、広い道幅の通りの両側に白壁に焼杉張りの歴史を感じさせる立派な町家が並んでいます。

    ここ備前福岡の町、メイン通り東小路、広い道幅の通りの両側に白壁に焼杉張りの歴史を感じさせる立派な町家が並んでいます。

  • この通りでもひときわ立派な蔵をもつ家屋、

    イチオシ

    地図を見る

    この通りでもひときわ立派な蔵をもつ家屋、

  • 備前福岡 仲崎邸宅住宅

    イチオシ

    備前福岡 仲崎邸宅住宅

  • ここは、備前福岡に関する歴史などに関する資料の展示と共に、玄関スペースを利用したカフェとなっています。

    ここは、備前福岡に関する歴史などに関する資料の展示と共に、玄関スペースを利用したカフェとなっています。

  • この仲崎邸宅、江戸時代からの大庄屋、仲崎家の旧住宅で十年にわたって空家であったものを備前古民家再生プロジェクトが再生し、地域振興の場として活用されています。<br />

    この仲崎邸宅、江戸時代からの大庄屋、仲崎家の旧住宅で十年にわたって空家であったものを備前古民家再生プロジェクトが再生し、地域振興の場として活用されています。

  • 明治から大正にかけて10年の歳月をかけて建設された、多くのこだわりを盛り込んだ建築となっています。

    明治から大正にかけて10年の歳月をかけて建設された、多くのこだわりを盛り込んだ建築となっています。

  • 座敷の奥の縁側から眺めた離れです。

    座敷の奥の縁側から眺めた離れです。

  • 2階に上がると福岡の歴史に係る展示がされていました。

    2階に上がると福岡の歴史に係る展示がされていました。

  • 仲崎邸宅の隣の広場にある福岡七つ井戸、<br />福岡七つ井戸、江戸時代初期に各小路に作られた七つの井戸のひとつ、この街に住む人々の生活の中心にあり、そして人々の集いの場でもあった場所です。<br />

    仲崎邸宅の隣の広場にある福岡七つ井戸、
    福岡七つ井戸、江戸時代初期に各小路に作られた七つの井戸のひとつ、この街に住む人々の生活の中心にあり、そして人々の集いの場でもあった場所です。

  • 教意山妙興寺、<br />ここには官兵衛の祖祖父、隆政の墓所があります。<br />更にここには宇喜多直家の父、興家の墓所もあります。

    教意山妙興寺、
    ここには官兵衛の祖祖父、隆政の墓所があります。
    更にここには宇喜多直家の父、興家の墓所もあります。

  • 山門

    山門

  • 鐘楼などの伽藍がならぶ立派なお寺です。

    鐘楼などの伽藍がならぶ立派なお寺です。

  • 立派な本堂があります。<br />この本道の脇を進んだ所に墓所があります。

    立派な本堂があります。
    この本道の脇を進んだ所に墓所があります。

  • 宇喜多直家の父、興家墓所<br /><br />

    宇喜多直家の父、興家墓所

  • 官兵衛の曽祖父、隆政墓所

    官兵衛の曽祖父、隆政墓所

  • 福岡の市、<br />かっての福岡の市の賑わいは相当なものであり、中世の街の賑わいとして多くの歴史教科書に掲載されている「一遍上人絵伝」にも、ここの反映ぶりが描かれています。

    福岡の市、
    かっての福岡の市の賑わいは相当なものであり、中世の街の賑わいとして多くの歴史教科書に掲載されている「一遍上人絵伝」にも、ここの反映ぶりが描かれています。

  • 備前福岡郷土館

    備前福岡郷土館

  • JR赤穂線、30分に1本の黄色い電車で姫路にへ向け、長船を後にします。<br /><br />黒田家の中興の地、備前福岡、とても落ち着いた雰囲気の町でした。<br /><br />官兵衛の祖父、重隆が多感な幼少期を過ごし、開かれたこの街の気質から将来への布石ともなる多くの知識、感覚などを吸収、そして形作られていった黒田家の家風、その後の官兵衛へと引き継がれ、その後の偉業へと続く。ここにこそ官兵衛の礎ともいうべきものがあったのでしょうね。<br />また、宇喜多家についての関わりもあり、本当に興味深い町です。

    JR赤穂線、30分に1本の黄色い電車で姫路にへ向け、長船を後にします。

    黒田家の中興の地、備前福岡、とても落ち着いた雰囲気の町でした。

    官兵衛の祖父、重隆が多感な幼少期を過ごし、開かれたこの街の気質から将来への布石ともなる多くの知識、感覚などを吸収、そして形作られていった黒田家の家風、その後の官兵衛へと引き継がれ、その後の偉業へと続く。ここにこそ官兵衛の礎ともいうべきものがあったのでしょうね。
    また、宇喜多家についての関わりもあり、本当に興味深い町です。

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