2014/04/01 - 2014/04/24
83位(同エリア399件中)
HIDSYさん
- HIDSYさんTOP
- 旅行記335冊
- クチコミ292件
- Q&A回答52件
- 283,499アクセス
- フォロワー20人
大韓航空のマイレージ、スカイパス。
クレジットカードも利用してコツコツ貯めて久しぶりのヨーロッパへ。
今まで行ったことのない国、スポーツ観戦という2つの希望を叶えてくれるのは中欧という結論に達し行先決定!
今回はチェコ・プラハを起点にポーランド、スロバキア、ハンガリー、オーストリアとまわってきました。
4/8
1999年にオランダ・アムステルダムで訪れたアンネ フランクの家。
それ以来いつかは行こうと思っていたアウシュビッツ収容所。
その思いが15年後にようやく達成しました。
この旅を決めた最大の目的のひとつです。
ひと月前に収容所にいた精神科医ヴィクトール・フランクルの作品「夜と霧」を読んで予習もOK。
いざ、アウシュビッツ!
1PLN≒33.9円
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
宿泊しているTuti Frutti Hostelは朝食付きです。
パン、チーズ、ハム、シリアルそして飲み物(ジュース、コーヒー、牛乳)など。
充実しています。トゥッティ フルッティ ホステル ホテル
-
8時過ぎにバスターミナルへと向かいました。
フロリアンスカ門 (聖フロリアン門) 建造物
-
窓口は意外に混んでいました。
MDA バスターミナル (クラクフ) バス系
-
レシートがバスチケットです。
オシフィエンチムまでの運賃は12PLN。 -
8時45分発のバスで向かいます。
白いワゴンがバスです。
観光客が10人ほど乗りましたが路線バスなので通勤客らしき人もいました。 -
クラクフ市街を出るとひたすら西へ向かいます。
-
クラクフ・オシフィエンチム間の街も住んでみたくなりそうな雰囲気のところです。
-
間もなくオシフィエンチム駅。
貨物列車を見つけました。
これからアウシュビッツに向かうときに見る貨物列車。
「夜と霧」によれば外を見ることのできない貨物列車で収容所に運ばれたとあります。
何か意味深です。 -
約1時間15分程でオシフィエンチムに着きました。
-
世界遺産、そして歴史的な場所でもあるので観光バスも多く止まっていました。
-
英語のツアーに参加しました。
ツアー開始まで45ほどあります。
入口入ってすぐ右に売店がありそこで購入したアウシュビッツ博物館の案内書を読んで時間を潰しました。悲劇の象徴 by HIDSYさんオシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
-
ツアーの前にまずは15分程の映像を見ます。
アウシュビッツ収容所の特集でテレビなどがとりあげる時に使われる映像が多くありました。 -
ツアー開始までここでしばらく待機です。
とても静かでした。 -
11時半になりました。
英語のツアー開始です。
日本人は私だけの様です。 -
「働けば自由になる」(直訳:労働は自由につながる)とかかれた門をくぐります。
-
「ARBEIT」のBが上下さかさまになっているというのは有名な話です。
-
収容者は有刺鉄線の間を歩かされて来たそうです。
有刺鉄線には高圧電流が流れていました。 -
11時半の英語のツアーは参加者が40名を越えていたので2つのグループに分けられました。
みんな真剣にガイドの説明を聞いていてとても静かでした。 -
ガイドの説明初めて知りましたが毎朝夕に音楽隊が演奏していたそうです。
収容者が行進しやすくする為だとか。 -
静寂な中にレンガ造りの建物。
-
整然とした中に寂しさを感じるのは悲劇的な歴史のせいでしょうか。
-
最初に入ったのは「絶滅」と称した展示がある建物(第4ブロック)です。
-
「夜と霧」を読んだからかこの写真がとても印象に残りました。
収容所に送られた人は労働できそうか判別されます。
一見して判断されるそうですが労働できないと判断されたらガス室へ直行されました。
説明によると(収容所元所長の証言)運ばれてきた人の70〜75%がガス室行きだそうです。 -
ガス室のジオラマがありました。
210平方メートルに2,000人が押し込まれたとか。 -
チクロンB
これがガス室に投入され多くの収容者が窒息死した劇薬です。 -
チクロンBはゲデッシュ社が生産して3年間で約30万マルクの利益を上げたそうです。
人の死で会社が繁栄するなんて考えられません。 -
没収された収容者の持ち物の展示が続きます。
眼鏡 -
食器類
-
収容所に送られた人たちのトランク。
名前や住所が書かれています。 -
こちらは靴。
-
無造作に積まれていますがいかに大量だったかがわかります。
-
第6ブロックでは収容者の生活に関する展示があります。
-
囚人服
生地が薄く寒さに耐えることができない収容者が多くいたそうです。
下着は数週間から数か月ごとにしか替えてもらえず洗濯も禁止。
当然伝染病が流行る原因になったようです。 -
1日の食事はこれだけ。
これで重労働を強要されるのですから栄養失調になるのも当然です。 -
収容者の写真も展示されていました。
写真の下には名前、囚人番号、生年月日、収容年月日そして死亡年月日があります。 -
第7ブロックでは住居に関する展示です。
-
最初はコンクリートに藁を乗せた状況で収容者は寝ていたそうです。
その後マットレスが配給されました。 -
最初はコンクリートに藁を乗せた状況で収容者は寝ていたそうです。
その後マットレスが配給されました。
さらにその後3段ベッドがつくられましたが1段に2人が寝ていました。 -
南端に来ました。
鉄条網+高圧電流で当然ここからも脱走は不可能です。 -
第10ブロック(左)と第11ブロックの中庭は、両側から高い壁で区切られていたそうです。
なぜなら死刑執行が行われていたから。
第10ブロックでは人体実験が行われていました。 -
死の壁
銃殺が行われた場所です。
主にポーランド人の収容者に対して行われたと聞きました。 -
献花が絶えません。
-
集団絞首台
-
絞首台の前には点呼の為の広場があります。
つまり集団絞首台は見せしめのためにあるとのこと。 -
ここでのツアーも終わりに近づいてきました。
-
焼却炉を見つけるとドキッとします。
-
収容所の見張り台。
-
この鉄条網の間を通って収容される写真を見てから考えさせられます。
-
絶望への道といったところでしょうか。
-
収容所初代所長フドルフ・ヘスが処刑された絞首台
-
この絞首台を見た時「夜と霧」で収容者が自由になった時のことを思い出しました。
喜びが湧きあがることはなかったと。
感情がなくなる生活を強いられたと思うと悲惨さが伝わってきます。 -
丘のようなこんもりとしたところ。
もっとも多くの命が失われた場所でした。 -
ガス室・焼却炉です。
「シャワー室」と言われて多くの人が入っていったのでしょう。 -
四方をコンクリートに囲まれたガス室。
多くの人が壮絶な死を迎えたと思うと鳥肌が立ちました。 -
花が供えられていました。
-
この天井の穴からチクロンBが投げ込まれたそうです。
-
焼却炉
-
1日数百体の遺体を処理していたそうです。
-
ここ(第一強制収容所・オシフィエンチム)でのツアーが終わりました。
参加者に笑顔はありません。
それぞれ考えさせられる時間でした。 -
やはりヴィクトール・フランクルの「夜と霧」を読んで来てよかったと思いました。
収容生活がよくわかったし、どんなに厳しい状況におかれても希望を持って生きている人がいるということをあらかじめわかっていると気持ちが暗くなりすぎることはなかったからです。 -
アウシュビッツ第2強制収容所といわれているビルケナウまでは無料のバスが出ています。
-
バスは無料ですが1時間に1本の割合でしか運行されていません。
-
バスで5分程で第二強制収容所といわれているビルケナウに到着しました。
負の遺産の象徴 by HIDSYさんビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
-
中央衛兵所の塔をくぐって中に入ります。
こちらは比較的自由に見て回れます。 -
収容所の面積は175ヘクタール。
バラックが300棟以上がありました。 -
イスラエルの国旗を掲げながら見学している団体までいました。
-
オシフィエンチム(第一強制収容所)よりも明らかに広大です。
-
多くの人がこの引き込み線を走る貨物列車に運ばれて収容されていきました。
-
ゲートを背にして引き込み線より右側にあるのが男性収容所。
-
鉄道引き込み線積み下ろし場
-
さらに奥へと進みます。
-
イチオシ
鉄道引き込み線の終わりまで来ました。
-
ナチス政権下犠牲者の国際慰霊碑
-
犠牲になった人の国の言葉で追悼碑が並びます。
写真は英語版。 -
多くの人が手を合わせていました。
もちろん私も。 -
いくつもの追悼碑が並んでいます。
それだけ各国から収容されたということです。 -
追悼碑のすぐ隣にはガス室・焼却炉の瓦礫があります。
ドイツは敗戦が濃厚になると証拠隠滅のためにガス室や焼却炉を壊したということです。 -
これも歴史的事実ということで復元せずにこのまま保存しているそうです。
負の遺産の象徴 by HIDSYさんビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
-
ゲートを背にして左側は女性収容所。
こちらは中を見学することができます。 -
イチオシ
訪れたのが4月なのでタンポポが咲いていました。
収容者はどんな気持ちで花を見ていたのか思いを馳せてしまいました。 -
当時のままのバラックは内部を見学できます。
もとは馬小屋でした。 -
冬は-20℃にもなる過酷な中このような粗末なところに寝起きしなければなりませんでした。
-
3段のうち一番下で寝るのが一番辛いとのこと。
確かにコンクリートに藁を敷いただけでは疲労回復どころかかえって体が痛くなるだけです。 -
ビルケナウの収容所も高圧電流で囲まれています。
-
個人的に一番思い入れのある場所がここ(積み下ろし場)です。
ヴィクトール・フランクルによると貨物列車でここまで運ばれ降ろされました。
整列させられ所長が一人ひとり右左を指さします。
一方は強制労働そしてもう一方はガス室行きでした。 -
積み下ろし場に貨物車両があるのは印象的です。
-
イチオシ
アウシュビッツの象徴的な一枚です。
-
最後に「死の門」と呼ばれるゲートの中央衛兵所にのぼりました。
一望できます。負の遺産の象徴 by HIDSYさんビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
-
男性収容所
-
女性収容所
ドイツ人にとっては辛い場所ですが世界中の人が訪れるべき場所でしょう。
日本人も中国の南京大虐殺記念館に足を運ばなくてはとも思ってしまいます。 -
オシフィエンチムにバスで戻りました。
アウシュビッツ博物館からバスで帰ろうとしましたがかなり待つことに。
ならばと歩いてオシフィエンチム駅まで行ってみることにしました。
途中には日本で言う団地がありました。 -
15分ほどで着いてしまいました。
博物館と駅の間は意外に近かったです。のんびり移動するなら列車も一考 by HIDSYさんオシフィエンチム駅 駅
-
時刻表を見ると10分後にクラクフ行きの列車がありました。
早速乗車券を購入です。
英語は通じませんでしたが目的地を言えばいいだけなので問題なく買えました。 -
クラクフまで9.50PLNでした。
レシートが乗車券です。 -
まだ昼食をとっていなかったので駅前の売店でパンを買って急いで乗車しました。
-
車内
オシフィエンチム駅では1両にひとりかふたりしか乗っていませんでした。 -
定刻通り15:40にゆっくりと発車しました。
-
ノロノロ運転です。
正直自転車の方が早い感じでした。 -
クラクフまでは車窓を眺めたり本を読んだり。
本は15年前に買った「アンネの日記」です。 -
クラクフに近づいてくると乗降客は増えてきました。
クラクフ・オシフィエンチム間、行きのバスは1時間15分でしたが帰りの列車は2時間ほどかかりました。 -
明日はヴィエリチカ塩抗に行く予定なのでそのバス停の位置と時間を確認しました。(予習)
-
バスはおよそ15分ごとに出ているようです。
-
宿に戻ってひと息ついていると雨が降って来たようです。
やんだのを見計らって外に出ました。中央広場 広場・公園
-
昨夜と同じところを歩きましたが雨上がりだと違った趣があります。
-
雨が降って気温が下がってきたので中央広場に出ている人も昨夜と比べて少なめです。
-
イチオシ
雨で地面にうつる織物会館。
ぼんやりとしていますがそれはそれでGOOD。
夕食に何を食べようか考えましたが妙案が浮かばずホステルに戻ってしまいました。 -
宿の共用スペースで夕食何を食べようか考えていたら他の宿泊客がテレビをつけました。
サッカーを見るそうです。
チャンピオンズリーグ・準々決勝Chelsea v Paris SG。
近くの酒屋でビールと手近なケバブ屋でケバブを調達しテレビ観戦に加わりました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- tabinakanotaekoさん 2015/05/19 06:12:00
- 初めまして
- HIDSYさん、
10月にクラクフに4泊の計画を練り始めたところで
HIDSYさんのアウシュヴィッツに遭遇。
うな垂れてしまいそうなので、行こうか
止めようかと揺れ動いています。
参考にさせて頂きます。
tabinakanotaeko
- HIDSYさん からの返信 2015/05/19 11:46:53
- RE: 初めまして
- tabinakanotaekoさん こんにちは。
コメントありがとうございます。
アウシュヴィッツは確かに最も残酷な行為が行われた場所のひとつです。
tabinakanotaekoさんのようにそのような場所に行くことが楽しい旅に繋がるのか悩むところだと思います。
現地では駐車場に多くのバスがとまって中学生くらいの生徒が多く訪れていました。
日本でも小中学生が原爆が投下された広島や長崎に修学旅行に行くことと似ているのではと思います。
このことを参考に行くかどうか判断されたらと思います。
因みにチェコ・チェスキークルムロフであった日本人女性の旅行者にアウシュヴィッツに行ったことを話したら行きたいと言っていました。ドイツ人の旦那さんにとっては辛い場所だけれどとも言っていましたが。
楽しい旅になることを祈っております。
HIDSY
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
HIDSYさんの関連旅行記
この旅行で行ったホテル
-
トゥッティ フルッティ ホステル
3.21
この旅行で行ったスポット
もっと見る
アウシュビッツ(ポーランド) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
アウシュビッツ(ポーランド) の人気ホテル
ポーランドで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ポーランド最安
478円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
2
107