2009/10/23 - 2009/10/25
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pacorinさん
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誕生日が10日違いの友人と、ほぼ毎年10月にお誕生日旅行と称して国内旅行に出かけています。
今回は世界遺産・石見銀山の中でもガイドが必要な大久保間歩をメインに島根をまわり、鳥取の境港に寄って帰ってきました。
2泊3日のドライブ旅行です。
写真はあまり撮っていませんが、記念に載せておきます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
京都から島根って何気に時間かかるんだよね~といいつつ、友達をひらって大山崎ICから安来を目指します。
当時の手帳を見ると、お昼に蒜山バーガーを食べたようですが、全く記憶に残っていません…。
足立美術館にやってきました。
http://www.adachi-museum.or.jp/ja/ -
手入れの行き届いた広大な庭園と横山大観コレクションで有名な人気美術館です。
-
観光バスで沢山の人が訪れていました。
-
人間のつくりだす美を鑑賞した後は自然美を鑑賞しに行きましょう。
宍道湖の夕日テラスにやってきました。 -
うーん、ちょっと雲が多いかな。
前に来たときも雲の中に夕日が沈んでいったような気がする。。。 -
けど、これはこれで良い感じです。
-
。。。
-
嫁ケ島のシルエットが宍道湖の風景を特徴づけていますね。
-
1日目の宿泊は、玉造温泉「佳翠苑 皆美」
http://www.kasuien-minami.jp/
全然写真を撮ってませんでしたが、良いお宿だったと思います。
(なんにも覚えてなかったりする・・・。) -
2日目は今回の旅のメイン、石見銀山最大の坑道跡「大久保間歩一般公開ツアー」に参加です。
http://www.iwami.or.jp/ginzan/
「間歩」(まぶ)とは…石見銀山では明治以前、坑道のことを間歩と呼んでいました。明治以後は、坑道と呼ぶようになったそうです。
ポピュラーな龍源寺間歩とは異なり、大久保間歩はガイドツアーに参加しないと見学できないのです。(事前に予約していました。)
世界遺産センターに集合し、受付をすませたら参加者はバスに乗り、坑道エリアへ移動します。
坑内非公開の「金生抗」前を通って、いよいよ大久保間歩の入口です。
ヘルメットと懐中電灯を借りていざ中へ!
見学者が入る時だけガイドさんが坑道入口の鍵を開けます。
洞窟好きなわたしはやたらうれしそうな顔をしています。 -
石見銀山は、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山です。(現在はもちろん閉山)
最盛期、日本は世界の銀の約3分の1を産出したともいわれていますが、そのかなりの量がこの石見銀山から採鉱されたんだそうです。
17世紀初めの石見銀の年間産出量:約1万貫(約38t)
入口付近には明治時代の再開発時に敷かれたトロッコの軌道跡が残っています。 -
ガイドさんの説明を聞きながら、懐中電灯で足元を照らしつつ進みます。
懐中電灯がなかった当時、坑内へ入る者はさざえ殻に胡麻油、綿灯心を入れて火を灯し、簡素な衣服だったそうです。
ガイドさんがさざえの灯りを再現してくれましたが、とてもうす暗く、過酷な労働条件だったことは簡単に想像できます。
途中、全員のライトを消して真っ暗闇の体験もしました。
(怖がりではないわたしもちょっとビビるぐらい、真っ暗でした。) -
この大久保間歩ですが、江戸時代、初代銀山奉行の大久保長安が槍をもって馬に乗ったままで入ったという伝承から、大久保という間歩名になったといわれています。
それだけ高さもあり、大規模に開発されていたということですね。 -
鉱山での作業は、大きく分けて採鉱と製錬があります。
採鉱は、間歩の採掘権を持つ山師・下財の下で、鉱石を掘る銀掘(かなほり)、手子と呼ばれる 12〜13歳くらいの子供、石を運び出す柄山負、支柱を作る留山師などが働いていました。
掘り出した鉱石は製錬業者に売られ、専門の技術者によって製錬が行われた後、極印が押され「判銀」という形になりました。 -
製錬工程では、当時の日本では先進的であった「灰吹法」という技術が使われ、その際に酸化鉛の粉塵を吸い込んだ鉱夫たちは急性または慢性の鉛中毒を発症したそうです。
坑道内の劣悪な環境(あふれる地下水との戦い、酸欠など、問題だらけです)も相まって、当時の鉱夫は短命であり、30歳まで生きられた者は尾頭付きの鯛と赤飯で長寿のお祝いをしたんだそうです。 -
いくらお給料が良くても早く死んでしまっては意味がない・・・
探検モードで入った大久保間歩でしたが、当時の話を聞いてなんとも言えない気持ちになりました。
しかしながら、当時の掘削技術などがよくわかりますので、興味のある方にはおすすめのツアーです。 -
出てきたらまた入口を閉めます。
ガイドさんとパチリ。
長靴も貸してくれますが、わたしは自前のレインブーツで参加しました。 -
露頭掘り跡。
地表に露出した鉱脈を採掘した跡です。 -
釜屋間歩
備中出身の安原伝兵衛が夢のお告げで発見したといわれている間歩。
慶長年間に発見され、石見銀山の産出量を飛躍的に増やしました。 -
階段跡がしっかり残っていますね。
-
間歩ツアー終了後、出雲大社を目指します。
-
出雲大社
http://www.izumooyashiro.or.jp/
夕方、滑り込みでお参りをしました。
この日の宿泊はグリーンリッチホテル松江
http://www.gr-matsue.com/
近くをうろついて、「彩鮮酒楽やぁ」という居酒屋でごはんを食べ、ちょっと地味目な松江の夜の街を散策。
ラーメンを食べてホテルへ戻りました。(オッサンか!?) -
最終日は特に目的がなかったので、美保関灯台に立ち寄ってから鳥取の境港へ。
水木しげるロードを散策してから、「大漁市場なかうら」で海産物のお土産を少し買って帰りました。
そうだ、今でも覚えているのが「妖怪食品研究所」の超リアルな目玉おやじの和菓子!
ネタとして買って帰りましたが、見た目にもおもしろいし食べても普通に美味しいし、おすすめです(笑)
詳細はこちら→ http://www.kenkyujo.jp/ -
おまけ:大久保間歩のツアー参加証が手元にあり、たまたま裏を見たら「水木しげるロード」でスタンプラリーを楽しんでいたようです。
そんなこと、すっかり忘れてたな(終)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- bingoさん 2017/09/10 21:44:19
- ありがとうございます。
pacorinさん
はじめまして
bingoの稚拙な旅行記に、ご訪問&ご投票ありがとうございます。
石見銀山は、比較的にみて、理想的な世界遺産だそうです。
理由は、観光客が少なく、荒らされる度合いが少ないそうで、維持管理に無駄なコストが掛からないらしいです。
bingo宅からも遠くないのでアクセスは楽なのですが、何時でもイケそうなので未だに訪問してません。笑
今後とも宜しくお願い致します。
また、お邪魔させて頂きます。
bingo
- pacorinさん からの返信 2017/09/11 17:18:37
- RE: ありがとうございます。
bingoさん、はじめまして。
来月八重山諸島に行く予定があるので、石垣島の旅行記を拝見しました。
そして大文字のきれいな表紙に惹かれて少し前の旅行記にもお邪魔しました。
近くにいるとかえって出向いたりしないものですよね。
石見銀山は世界遺産になったときは話題になったものの、他のところに比べて少し地味な印象があります。でも、その分昔の状態が保たれるということなのですね。
なかなか興味深いところでしたので、bingoさんも気が向かれたらぜひご訪問を(笑)
こちらこそ、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
pacorin
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