2013/04/06 - 2013/04/09
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kojikojiさん
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台北2日目は初日の午後から歩きすぎて少々疲れが残っています。そう思いながらも地下鉄で朝食を食べに鼎泰豐(デンタイフォン)へ行き、そのまま中正紀念堂まで歩いて、更に国立歴史博物館とその裏手にある台北植物園を廻って総統府から二二八記念公園と国立台湾博物館まで延々と移動しました。途中博物館の喫茶で休憩しただけでかなり疲れました。一度タクシーでホテルまで戻って一休みして、ホテルのショップでパンとケーキを買って軽い食事もしました。夕方になって近所の「欣葉」の創始店で夕食を食べましたが、この店は12年前の思い出の店でもあるので楽しみにしていました。相変わらず美味しい料理を楽しむことが出来ました。食事の後に街中まで足を伸ばす元気は無かったので、ホテルの並びにあるマッサージ屋さんに行くことにしました。店は近所に3軒あったのでフロントでどこが良いか聞いてみましたが、「どこも同じですが皆さん隣の足の旅に行かれます。」とのことでした。ちょっと内装が安っぽいので少し先の「竹戀」という店にしました。どちらも足と全身の2時間で1350元と言う値段でした。内容はとっても良かったです。近くに景福宮という台北でも古いお宮があったのでお参りして帰りました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ANA
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台北2日目の朝は深夜に降った雨も上がり気持ち良い天気でした。この時点で鼎泰豐(デンタイフォン)は10時開店と思っていたのでゆっくり出かける準備をしていました。
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と言ってもやることも無いので少し早めに永康街へ出掛けることにしました。
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日曜日の朝のホテルはとても静かです。前の晩に見掛けたツアーの方はもう出掛けたのでしょうか?
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ホテルの前はあまり広くない通りなので引いたアングルで建物の写真が撮れません。
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ホテルの近くには郵便局やコンビニにスーパー、朝食を食べられる小吃の店もあります。双城街には屋台街もあります。
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懐かしい雰囲気のアーケード商店街も健在です。夜になったら戻って来てみましょう。
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林森北路の先には圓山大飯店が望めます。こうしてみると近い感じもするので圓山大飯店に泊まっても良かったかなと思います。
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歩いて10分くらいで地下鉄新蘆線の中山國小站に着きます。今回は数多く地下鉄に乗らないだろうと思い、1回1回トークンを買いました。
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最近開通した東門站で地下鉄を降ります。
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新しい駅は気持ち良いですね。今頃地図を見ても仕方ないですよ。
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5番出口から表に出るとほとんど目の前に鼎泰豐(デンタイフォン)があります。店から出てくるお客がいるので「あれ?」と思っていると、日曜日は9時開店と書いてありました。
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9時半に入店するとまだガラガラだったので窓際の席に案内してもらえました。
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若い従業員の女の子が小皿をトレーに乗せて「いかがですか?」と小菜を勧められます。どなたかのブログで見てい手おいしそうだったトレー乗っていないキュウリと言うとすぐに持って来てくれました。
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注文はこんな注文票に書き込んでいきます。蒸籠1個は10個入りなので、0.5と記入すれば5個入りになります。朝ご飯替わりなので軽くと思いながら台灣ビールもしっかり注文します。
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最初に来たのが有名な小籠包です。
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正直こんなもの?と言った印象です。上海の豫園商場の南翔饅頭店の方が美味しいと思いました。ちなみに小皿に醤油1:黒酢4の割合に刻んだ生姜をたくさん載せて食べるのが作法だそうです。
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「菜肉紅油抄手」は細かく刻んだ韮のような野菜とひき肉の餡が入った雲呑を辣油醤油に入れたものです。これは熱々でピリ辛で美味しいです。四川料理ですね。
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「蝦仁焼売」大きなエビの乗った焼売は見た目より食べごたえがあります。小籠包より中がジューシーです。
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我家の旅行に酸辣湯は欠かせません。大中小のサイズがありますが、中を2人で分けようとしたら小2つの方が良いと言われました。辛さは「原味」と「辛味」と辛さを選べます。
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この店の「酸辣湯」は美味しかったです。
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「蟹仁小籠包」もちょっと贅沢して注文してみました。朝から995元という贅沢な食事でした。まぁ約3,000円と考えればホテルの朝食でもそれ以上するから良かったかなと納得します。
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食べ終わる頃にはほぼ満席でした。まだ並んでいる方はいませんでしたが、開店直後の時間は空いているので並ぶのが嫌な我々には持って来いです。特に日曜日は朝9時開店なので特におすすめです。
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中の作業風景を見たかったのですが…、湯気で曇っています。日曜日のニュースで映画の宣伝でトム・クルーズが訪台したと報じられていました。そして鼎泰豐で小龍包を作っていました。厨房の雰囲気から台北101のフードコートのようでした。
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朝の遅い永康街を後に中正紀念堂へ向かって散歩を始めます。台湾のポストはみんな仲良しで赤と緑が必ずペアです。
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動きの速い歩行者信号を眺めていると、こちらもつられて速足になってしまいます。
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この週末は暑くも寒くも無い日で助かりました。写真を撮るには曇天は面白味がありませんが、街歩きするには持って来いの天候です。
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中正紀念堂の敷地内は植物園のような雰囲気です。昨年カンボジアで見て以来のパイナップルです。漢字で如意鳳梨と表記されていました。
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日曜日の午前中は格好の散歩時間のようで、地元の方が多く見受けられました。
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中正紀念堂の右脇から内部を見学します。12年前電車で鶯歌へ行ってバスで三峡へ出て台北に戻る際に車窓から眺めただけだった場所にようやく来れました。本堂の三方には花崗岩の階段が84段ありますが、正面の階段にある5段を加えると89段になるそうで、これは蒋介石の享年である89を表しているそうです。
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内部は天井の高い巨大な宮殿のような造りです。最初にお土産屋が並んでいる所が中華圏風で良いです。
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文物展示室の正面に蒋介石総統の像が飾られています。
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巨大な紀念堂なので大人数の見学者がいてもまばらにしか見えません。
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「蒋介石と宋美齢との婚礼写真」
宋美齢女史は若い頃アメリカに留学し、更にキリスト教徒だったので、結婚式は西洋式で1927年12月1日に上海大華飯店で挙式が挙げられました。当時、蒋介石41才で宋美齢女史29才だったそうです。蒋介石は軍人でしかも清朝時代に生まれた人であったので普段は軍服か長袍馬掛を着ることが多く、洋服を着る蒋介石の写真ははとても珍しいそうです。 -
蒋介石は1975年4月5日に逝去、宋美齢女史も2003年10月24日にニューヨークで106才で亡くなったそうです。 宋美齢が亡くなった翌年に上海を旅行した際に、彼らが滞在した瑞金賓館の本館に泊まったことを思い出しました。近くにある花市場で夜来香(イエライシャン)と花瓶を買ってきて、部屋中に飾ったのは懐かしい思い出です。
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「蒋介石及び夫人と蒋経国の家族が渓口郷里で一緒に写真撮影」
蒋経国の右側に立つ女性はその夫人の蒋方良女史で、蒋方良と蒋経国は1935年3月シベリアで結婚して、1937年4月に長男の孝文を連れて、ウラジオストックから汽船に乗って帰国。美齢夫人のすぐ側に立っている蒋孝文と蒋介石の横の蒋孝章と美齢夫人の手の中に抱いた蒋孝武は全て蒋経国の子女だそうです。 -
1955年から1972年の間に使用されたフィリピンの華僑から贈られたキャデラックです。2台目は1972年から1975年の間に使用され、蒋介石が逝去するまで使っていたそうです。
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戦車より強いと言われたこの車は防弾機能に優れた改造が施されているそうです。
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蒋介石とマッカーサー元帥です。アメリカの要人ではカーターなど歴代の大統領の写真が多く見受けられました。
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蒋介石の胸像はいくつかありました。
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対談中の佐藤栄作と蒋介石です。この会談が行われたのは1967年だったそうで、この頃はまだ日本と中華人民共和国との国交は成立していません。
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こちらは大戦終了直後の吉田茂と蒋介石です。
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展示された文物は蒋介石の事務所にあった実物です。1994年にこの事務所は総統府から中正記念堂へそのまま移転されました。
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青天白日満地紅旗がたくさんたなびいていました。
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北京の天壇を模して造られた本堂の屋根は八角形で「忠・孝・仁・愛・信・義・和・平」の八徳を象徴しているとのことです。更に人の字が重なって天に達するように見える設計もされていて、「天人合一」という中国の思想を反映しているそうです。頂の黄金色の擬宝珠は栄光ある昇華を象徴しているのだそうです。
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正面階段の中央には国徽であることを示す「御路」がある他、3層ある階段によって蒋介石と中華民国が奉ずる三民主義の「民権、民族、民生」を表しているそうです。
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2重の庇(簷)のことを中国語では「複簷」と言いますが、この「複」は「復」と発音が同じであることから、中華民国の復興と大陸の回復(国共内戦で中華民国政府が失った中国大陸の領土の奪還)という目標を表しているそうです。
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3層からなる本堂の広い基礎部分は全て正方形で、蒋介石の本名である「中正」を象徴しています。
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堂内にはまるでリンカーンメモリアルの座像のように、蒋介石の銅像が安置されていました。
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1906年に孫文が発表した中国革命の基本理論で、三民主義が民族主義、民権主義、民生主義の3つから成り立つと述べています。そしてこれが中国の国際的地位や国内的地位の平等化を可能とする救国主義でもあると主張しています。そして台座には遺言が記されています。
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青天白日の紋章は制定当初から中国国民党の党章も兼ねています。
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儀仗隊の鏡面仕上げのヘルメットには堂内が綺麗に写り込んでいました。
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視線の先の何を見つめているのでしょうか?
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堂内にはあまり観光客もおらず、厳粛な雰囲気でした。
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天気予報では旅行期間中全日が雨でしたが、雨が降ることはありませんでした。傘は持って来ましたがサングラスが必要なほどの日差しです。ちゃっかり自分だけサングラスを持って来ていました。
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本堂の外装は青色の瑠璃瓦、壁に用いられている白色の大理石。合わせて中華民国の国章である「青天白日」を表しているそうです。更に紀念堂前の花壇も含めることによって、「青天白日満地紅」(国旗)を表すそうです。
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国家戯劇院の屋根は「廡殿」、国家音楽廰の屋根は「歇山」と呼ばれる中国の伝統的な設計にそれぞれなっており、紀念館の八角形の屋根を「主峰」として3つの山が立ち並ぶように配置されているなんて教えてもらわないと分かりません。
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美しい石牌門です。北京郊外の清東陵に劣らないほどの大きさです。
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「国家音楽廰」の優雅な姿です。
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扁額の文字は当たり前ですが漢字だけです。北伐を考えていた蒋介石の国が紫禁城のように満州語を併記する訳がありません。
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「国家戯劇院」も紫禁城の宮殿のようです。何故このようなデザインを採用したのでしょうか?中国伝統の様式にする必要があったのでしょうか?
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戯劇院の前ではたくさんの若者がダンスの練習をしていました。ガラス面に姿が映るのと音響が良いように見えました。
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美しい軒と組木…。学生時代に習った蟇股なんて言葉を思い出しました。
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中正紀念堂を後に「国立歴史博物館」に向かいます。本当に暑くも寒くも無い日で助かりました。
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歴史博物館で最初にしたのは2階の喫茶に入る事でした。コーヒーが出てくるまで妻はお休みです。
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キャラメルマキアートで糖分補給です。少々疲れました。
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カフェの入り口はこんなたたずまいです。「荷豊水明」と言う名の喫茶です。
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2階の喫茶と3階の休憩スペースからは隣の植物園が綺麗に見渡せます。特に3階からは蓮池が美しいです。4月では少々早すぎましたが5月には見事に咲きそろうでしょう。
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一角にカメラを持った人たちが沢山いました。理由は後で近くに行って分かりました。
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3階の休憩スペースはこんな感じです。訪問者も少なくこの博物館はとても気に入りました。
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写真撮影が禁止なのが残念でしたが、3階の館蔵華夏文物ゾーン、周や商の青銅器、唐時代の三彩は特に素晴らしかったです。故宮博物院が北京の故宮から運ばれた美術品が展示されているように、この博物館は河南博物館から移された美術品で構成されているそうです。
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特別展ではミケランジェロ展が開催され、若い人が沢山訪れていました。漢字で書くと「米開朗基羅」なんて面白い当て字ですね。
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ここから北へ進みたかったのですが植物園を突っ切らなければならないのでぐるりと回り込みます。
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博物館の左手に回ると入口がありました。博物館も格安ですし、植物園に至っては入場無料なのが嬉しいです。
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横の案内板にはマップと見頃の花がポラロイドで貼られていました。
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いざ植物園へ入場です。日曜日の昼下がり、地元の家族連ればかりで観光客なんて見当たりません。
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博物館の裏手の池に出ました。池側から見る博物館の姿は表から見るよりきれいです。
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ポツポツですが蓮が咲き始めていました。
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昨年のカンボジアの蓮を思い出します。
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カメラマンが池に集まっていた理由はこれでした。生まれたばかりの雛を連れた親鳥がいました。
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2階が「荷豊水明」で3階が無料の休憩スペース、4階にも「Cutty Sark」なんて洒落た喫茶があるそうです。
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園内にはウッドデッキが配置されガジュマルなどの根を守っています。
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南国気分を味わえます。
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古い温室がありました。2月に梅を見に新宿御苑に行って、新しい温室を見ましたが綺麗すぎて…。ある程度朽ちかけたほうが美しい気がします。
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睡蓮も綺麗に咲いていました。
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北側の博愛路に出るためにかなり大回りしましたが、思いがけず植物園にも行けたので良かったです。
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博愛路から重慶南路に入ると総統府が見えてきます。
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最近横浜で仕事をしているので、時間があると市内の古い建築を見に行っています。
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何となく横浜市開港記念館を思い出します。この建物を設計した森山松之助は新宿御苑の台湾閣も設計していたと後で知りました。そう言えばリニュアルされた東京駅もまだ見に行っていなかったことを思い出しました。
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二二八和平紀念公園に入ってみました。野外音楽堂が賑やかなので近寄ってみると台北の仏教界主催の仏誕節2557年祈念慶典が催されていました。この日は4月7日なので前夜祭と言ったところでしょうか。
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二二八和平紀念碑です。侯孝賢監督の「悲情城市」を観た者としては思うところのある公園です。そう言えば侯孝賢の誕生日も4月8日でした。
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国立台湾博物館は台湾総督児玉源太郎と民政長官後藤新平を記念するために建築されました。1915年に現在の建物が完成し「児玉総督後藤民政長官記念館」と命名され、終戦後の1949年に「台湾省立博物館」と改称、1999年に現在の名称となったそうです。
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美しい楼閣がありました。のんびりした日曜の午後です。
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孔子像が祀られた横に石牌門がありました。
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そして博物館に到着です。日曜日なので子供連れの家族が多く見受けられました。博物館の外形は古代ギリシャ様式を真似たもので、入口正面はギリシャ神殿の建築美を漂わせています。階段をあがるとドーリア式の巨大な柱と華麗な紋様が迎えてくれます。
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ホール周りには三十二本のコリント式の柱が林立し、その頭には精緻な装飾が刻まれています。ホール中央に立って天を仰ぐと、鮮やかな彩色が施されたステンドグラスの天窓がうかがえます。
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訪問した時は「黄虎旗再現展」が開催されていました。
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国立台湾博物館が所蔵する国宝級の「黄虎旗」は、アーモンド形の丸い瞳をした黄色い虎の姿でよく知られていましたが、修復作業を経て旗の裏側にもう一頭の虎の姿が発見されたそうです。しかも、瞳の形は三日月型で、身体のしま模様は表のものより密に描かれていることが分かり、今回展示されることになったそうです。
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この旗は、台湾の歴史において、激動の時代に生まれた、巨大で色鮮やかな旗である。1895年当時、日本の統治に甘んじることをよしとしない、台湾の名士たちが台湾民主国の成立を宣言し、黄虎旗をその旗印とした。ほどなくして、当時の旧日本軍が基隆に攻め入り、黄虎旗は戦利品として奪取され、皇居の御府の一つ「振天府」に納められた。日本の統治が終わり、台湾が中華民国に復帰した「光復」ののち、この旗の行方が探されたが、日本側は「振天府」は焼失したと言明した。 (T@iwan Today)
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他の展示は特に印象に残るものではありませんでした。黄虎旗と建物が印象に残りました。
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朝から歩き通しなので正直疲れました。妻も同意見なので博物館前からタクシーに乗ってホテルに戻ることにしました。中山堂辺りは今回はパスすることにしました。
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ホテルに戻るとフロント横のパイナップルケーキ売り場のおばさんにつかまってしまいましたが、とても親切な方でした。おばさんのお薦めのケーキとパンを買って部屋で一休み。ここのパンとケーキはとっても美味しく、夕方には売り切れていました。ケーキと共に売られている大根餅(持ち帰り用)は絶品で貝柱と干海老の味が深く最高でした。
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部屋で昼寝をした後は夕方の開店時間に合わせて近所の「欣葉創始店」に入店です。この店は12年前に2人で来た思い出のレストランでもあります。開店直後だったので奥の良い席に案内されました。まずはビールを注文してシジミの醤油漬けをいただきます。最近日本では味わえない美味しさです。若い頃に渋谷の麗郷で初めて食べたシジミのインパクトを思い出します。
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そして今回の一番!カラスミチャーハン!あまりの美味しさに予定していなかった高級からすみを1本買って帰りました。
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家で再現しましたが美味しかったです。残った片腹はスパゲッティに使おうと思います。昔は安かったボッタルガはシチリアに行くと必ず買って帰ったものです。
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これも美味しかったです。夜市の屋台で見掛ける小さな牡蠣の卵焼きです。甘いタレにつけますが、牡蠣臭さは無く旨味だけが口の中に広がります。
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そしてシンプルな味付けのアサリのスープ。
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名物の烏賊すり身団子は以前も食べた懐かしい味です。胡椒塩が歩き疲れを癒します。
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以前は腸詰めは丸のまま出て来た記憶があります。にんにくを乗せて食べると絶品です。
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デザートとお茶で余韻を楽しんで1885元は日本並みの値段ですが大満足の夕食でした。
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我々が店を出るころには満席で、後から後からやってくるお客は近くの支店に案内されていました。お腹は満腹ですが時間は早いので近くを散歩します。
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双城街の屋台をひやかしてアーケードの店を覗いているとフルーツ屋さんがあったのでマンゴーと釈迦頭を購入しました。どちらも1キロ145元くらいで、合わせて300元。約900円でした。
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小さなマンゴー。昨年カンボジアの市場でマンゴーを幾つも買いましたが、運転手さんのお薦めの青いマンゴーを買ったら日本人の口には合いませんでした。カンボジアだと大きなマンゴー4個で2.5ドルと安いのですが。
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釈迦頭はクリーミーで甘くて不思議な美味しさです。日本じゃなあかなか食べられないですからね。
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「ちょっと甘い茄子?」とは妻の感想ですが、確かに皮の中側は茄子っぽい気もしますが…。これは南部の台南・高雄方面で秋から冬にかけて採れる「蓮霧」(レンム)という果物だそうです。甘酸っぱいような何とも言えない美味しさがあります。
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朝はシャッター商店街でしたが夜はそこそこ賑わっていました。
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観光客は少ない地元の方々が多い夜市です。
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さすがに満腹なので食指が動きません。
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一度ホテルに戻ってフロントの方にホテルの並びにある3店のマッサージ屋さんについて聞いてみました。呼び込みをしている左側はお奨めでは無く、右の2軒の手前側「足の旅に皆さん行かれますが、どこも同じだと思います。」とのことでした。
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少し先まで行くと景福宮というお宮がありました。
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とても立派で美しい道教寺院です。
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1875年に建立された福徳正神を主祀とする景福宮は、台湾で最も古い時期に建てられた土地公廟のひとつであり、住民からの信仰を集めているそうです。
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建設当時は水田や竹林が残り、農耕用の牛馬が闊歩する自然色豊かな場所だったそうです。後に、周辺が市街地として発展すると、ますます信者が増加して廟は手狭になり、信者の寄付によりこのような立派な廟になったそうです。
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福徳正神の左右には、註生娘娘と地藏菩薩が祀られています。地藏菩薩は釈迦の入滅後、弥勒菩薩が出現するまでの間に民衆を救済する仏様で、 台湾の民間信仰では十殿閻王を統括し、地獄から人々を救う神様ともいわれています。註生娘娘は、子授けや安産の神様で、註生とは産まれるかどうかを決定するという意味だそうです。その神像の多くは左手に出生簿を、右手に筆を持ち女性の出産を管理しているそうです。
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という事でフロントのお姉さんの言う事は聞かずに「竹戀」という店に入りました。入り口に台北ナビのステッカーが貼ってあったので安心したのもありますが。
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隣の店も同じですが足湯+足裏マッサージ+全身マッサージで2時間で1350元をお願いしました。夜市や観光客の多い当たりの店では1時間900元とか1000元だったので高くは無いでしょう。
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最初の足湯が気持ち良かったです。お湯は47度で少し熱かったので妻は水で調整してもらってました。
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マッサージは当たり外れが多いですが、この店はレベルが高かったです。中華圏に旅をするとほとんど絶対といえるほどマッサージ店を探して行きます。台湾は日本語が通じるので細かいお願いが出来るのが良いです。翌日少し揉み返しがありましたが満足満足です。
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2時間のマッサージが終わるともう11時近くになっていました。景福宮を通りかかると門が閉まっていましたが、その門には見事な彫刻が施されていました。
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これこそ門番ですね。どんな意味があるのか分からないのが残念です。
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台北2日目も無事に終了しました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- aki566さん 2013/04/18 15:00:17
- 蓮霧
- これは南部の台南・高雄方面で秋から冬にかけて採れる「蓮霧」(レンム)という果物です。
甘酸っぱいような何とも言えない美味しさがあります。
- kojikojiさん からの返信 2013/04/19 01:38:27
- RE: 蓮霧
- ご指摘ありがとうございます。手持ちの地球の歩き方にワックスアップルと書かれていて、漢字の表記もあったのですが読みにくい色だったので誤表記を避けてカタカナ表記にしました。台湾ですから漢字で表記したかったのですが、あいにく写真に値札が映っていなかったので気にはなっていました。詳しく旅行記を読んでいただいてありがとうございます。直させていただきます。
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