2011/01/07 - 2011/01/16
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skomuroさん
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少し前になりますが、オーストリア及びドイツ・バイエルン州へ旅行に行きましたので、旅行記を投稿します。
この旅行の主なテーマは以下の3点。
・歴史 :オーストリア・ハプスブルク家ゆかりの地を訪れる
・スキー:オーストリアのレルヒ少佐が日本にスキーを伝えて
約100年。今でも日本のスキーの手本である
オーストリアで滑るのが長年の夢でした
・ビール:オクトーバーフェストの本場ミュンヘンで
ヴァイスビア(白ビール)を飲む
このテーマを全て実現するには、ツアーでは無理だった(特にスキー)ため、基本的にフリープランで所々で現地のガイドが付く形をとりました。
まずはこの旅の出発点となるオーストリア・ウィーンから旅行記を始めます。
・1日目 成田→ウィーンへの移動・街を散策
・2日目 ウィーン市内観光
シェーンブルン宮殿、美術史博物館、王宮など
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- オーストリア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
1日目
成田空港からオーストリア航空の直行便でウィーンへ。 -
約12時間のフライトでウィーン国際空港に到着。
市内のホテルまでは自力で行く必要があるため、地下鉄方面へ移動。 -
空港から市内までは、大きく以下のパターンがあるそうです。
①リムジンバス
②シティ・エアポート・トレイン(CAT)
③Sバーン(オーストリア連邦鉄道)
CATは多少高かったので、Sバーンで移動しました。
目的地はウィーン・ミッテ駅。
手元のガイドブックを見ながら、これなら目的地に行けるだろうとSバーンに乗車。 -
Sバーンの車内はこんな感じ。
約25分ほどの乗車でウィーン・ミッテ駅へ到着。 -
ホテルへ到着し荷物を置いたあと街中へ移動。
夕食はグーラシュムゼウム(Gulaschmuseum)というグーラシュ(Gulasch)の専門店。
日本語のメニューもありました。 -
もちろんグーラシュを注文してみます。
ビーフシチューみたいなものかなと思って食べてみたのですが、全然違ってました。
ハンガリーが起源のシチュー料理ではあるのですが、スパイスとしてパプリカが利いています。
すっかりこの味の虜になってしまい、この旅行中何度も食べてしまいました。 -
もちろんビールも飲んでいます。
グーラッシュにもよく合いました。 -
しばらく街中を散策します。
-
クリスマスの飾りつけがまだ残っているのか、明かりがキレイでした。
-
夜のオペラ座。
インターネットからチケットを買うことができるようですが、今回の旅行では特に手配せず。
せっかくだから中で聞いてみたかったけど外観のみ。 -
1日目はリンクの周辺を散策した後、ホテルに戻りました。
1月でしたので、外は結構寒かったですね。 -
2日目。
朝からシェーンブルン宮殿へ。
宮殿の周りは霧がかかっており、相当近づいてから建物が見えて来ました。 -
シェーンブルン宮殿は、ハプスブルク家の離宮として建てられています。
歴史的には、ナポレオン戦争後のウィーン会議(会議は踊るされど進まず、の言葉で有名ですね)の舞台になった場所でもあります。
女帝マリア・テレジア(フランス王妃・マリーアントワネットの母親といったほうがわかるかもしれません)の時代に完成したそうです。
宮殿内には様々な部屋がありましたが、残念ながら撮影禁止でした。 -
壁面が黄色で塗られていますが、この色をマリア・テレジア・イエローというそうで、オーストリア国内ではこの色で塗られた家があちこちにありました。
元々は金色にする構想だったようですが、財政的な問題から黄色で塗ることになったようです。
宮殿の部屋数は1400以上あるのですが、驚きだったのがそのうちの幾つかは賃貸住宅として貸し出されており、現在でも住人がいるとの事でした。
宮殿に住むという事を一度はやってみたい気もしますね。 -
続いてリンクの周辺に戻り、マリア・テレジア広場へ。
今でも国母として慕われているマリア・テレジアの像があります。
マリア・テレジアは、父カール6世の長女として生まれたが、兄が夭折したためハプスブルク家の後継者となりました。
ただ、これまでハプスブルク家は男系での相続だったため、継承に関連してオーストリア継承戦争(1740年-1748年)、七年戦争(1756年-1763年)が起きています。
主に北ドイツにあったプロイセン王国との勢力争いですね。 -
マリア・テレジアは、ロレーヌ(ロートリンゲン)公のフランツ1世と結婚し、新たにハプスブルク=ロートリンゲン家として現在も続いています。
結果的に女系相続が認められた形になりましたが、日本人からするとヨーロッパの相続の考え方はなじみが薄く理解が難しいかもしれませんね。
夫のフランツ1世とは当時としては珍しく恋愛結婚だったそうです。
また夫婦仲がとてもよく、夫が無くなってからマリア・テレジアはずっと喪服を着ていました。
晩年の肖像画は喪服のため、見ると怖い印象があります。
なお、マリア・テレジア像と向かい合う形で美術史博物館と自然史博物館があります。 -
美術史美術館の外観。
ここは1891年から一般公開されているそうです。 -
大きな門の一部から中に入ります。
-
内装はこんな感じです。
19世紀に建てられたためか、貴族の屋敷のような雰囲気がありました。 -
館内の撮影はOKでした。
-
絵画は2階に展示されています。
2階への階段の天井には絵もありました。 -
ホールは吹き抜けになっていました。
他の階には行きませんでしたが、彫刻や貨幣が展示されているようです。 -
収蔵品には、レンブラントやラファエロ、ルーベンスなどもありますが、私が見たかったのがこれ。
ベラスケス 『青いドレスのマルガリータ王女』
スペインのプラド美術館にある『ラス・メニーナス』に描かれているのがこの王女です。
マルガリータ王女は、スペイン・ハプスブルク家からオーストリア・ハプスブルク家に嫁ぐことになるのですが、この絵はスペイン宮廷から8歳の時の肖像画をベラスケスに描かせスペインからオーストリアに送られたものです。
写真の無かった時代なので、お見合い用としては絵画だったわけですね。 -
昼食の時間が余り取れなかったので、リンクの地下道にあったファストフード店へ。
食べたのは、ウィンナーシュニッツェルをカツサンドにしたようなものでした。 -
続いてベルヴェデーレ宮殿へ。
中は美術館になっており、クリムトやシーレの絵があります。
他にはダヴィッド『アルプス越えのナポレオン』(教科書とかで見る馬に跨ったナポレオンの絵)もありました。
内部の撮影は禁止。
この宮殿はオスマン・トルコとの戦争で功績のあったプリンツ・オイゲン公の離宮として建てられました。
第二次世界大戦後に、オーストリアは米・英・仏・ソに分割統治されましたが、1955年にこの宮殿で条約が締結され永世中立国として独立をしました。
歴史にも意義のある宮殿です。 -
また、ウィーンは歴史上2回オスマン・トルコ軍に包囲されています。
現在、ウィーンの中心部はリンクという環状道路に囲まれていますが、このリンクは当時の城壁を壊した跡地に作られたため環状道路になっています。
この辺りまでオスマン・トルコが来ていたと考えると、もしかしたらこの辺りもイスラム圏になっていたかも知れません。 -
ウィーンではカフェも有名なので、休憩がてらホテル・ザッハーにあるカフェへ行きました。
ここで有名なザッハー・トルテは、オーストリアの宰相だったメッテルニヒに仕えた料理人で、メッテルニヒの指示により貴族向けの新しいデザートとして造られたそうです。
メッテルニヒは、ナポレオン戦争後のウィーン会議を取り仕切った人物として有名ですね。 -
ザッハー・トルテは、予想通り強烈な甘さでした。
一緒に飲んでみたのが、マリア・テレジアという名の飲み物。
名前に惹かれて飲んでみましたが、コーヒーにオレンジのリキュールとアルコールも入っているらしい。
カクテルとして個別に飲むのは全然OKですが、甘いザッハー・トルテと一緒に飲むのはちょっと合わなかったと思う。 -
こちらはホテル・ザッハーの裏手側。
-
続いて王宮へ。
ここはハプスブルク家が、約600年以上に渡って住居としてきた王宮です。
王宮の前にあるのはフランツ2世の像(マリア・テレジアの孫)。
ナポレオン戦争時代の皇帝ですね。
ちなみにヨーデルの曲である「ヨハン大公のヨーデル」のヨハン大公は、フランツ2世の弟です。
なお、現在王宮にはオーストリアの連邦の大統領官邸があります。
しかもその官邸の上の階は、普通に賃貸アパートになっているとの事。
テロ対策などから防御する上で大丈夫なのだろうかと、大きく気になりました。 -
王宮内には、シシィ博物館や皇帝の部屋があります。
シシィとは、オーストリアの実質の最後の皇帝であるフランツ・ヨーゼフ1世の皇后であるエリーザベトの愛称です。
エリーザベトは、この旅行の最終地であるミュンヘンにあったバイエルン王家の出であり、フランツ・ヨーゼフ1世に見初められて結婚、当時のヨーロッパ宮廷一の美貌と言われました。
シシィ博物館には、エリーザベトの部屋や小物などがありますが、その美貌(ウエスト50センチで体重は50キロ)を保つために過酷なダイエットをしていたそうで、ダイエット用に使われた器具が興味深かったですね。
撮影不可だったのが残念です。 -
王宮を出ると17時前だったのですが、辺りはすっかり暗くなってきていました。
-
一旦ホテルへ戻り、今度はリンクの内側を散策。
-
ウィーンのシンボルであるシュテファン大聖堂へ来ました。
-
前日にも外観は見ていたのですが、時間が遅かった為か中に入れなかったため、今度は改めて中に入りました。
ただ、ミサか何かの最中だったため入口付近しか行けませんでした。 -
私自身は海外で教会を見たのはこの時が初めてだったこともあり、その荘厳さ重厚さに見入ってしまいました。
-
せっかくウィーンに来たのだから何か音楽やオペラをと思っていたのですが、オペラ座での公演や楽友協会のものは既に一杯とのこと。
(事前に日本からインターネットで予約した方がいいです)
そこで、市立公園内にあるクーアサロンのコンサートなら取れるとのことだったため現地で手配をしてもらい、クーアサロンへ向かいました。 -
クーアサロンの外観。
ウィーンでも最も美しいコンサート会場と言われているそうです。
ドレスコードなどあるのかなと思っていたら全然大丈夫でした。
観光客向けに気軽にクラシックコンサートを聞ける場所のようです。 -
ヨハン・シュトラウスやモーツァルトの曲が中心で約2時間のコンサート。
クラシックの楽曲は余り詳しくありませんが、聞きなじみのある曲もあり楽しむことができました。
クラシックの演奏が中心なのかなと思っていたら、意外にも途中でバレエダンスが入ったり、歌が入ったりして飽きさせずなかなか楽しめるプログラムになっていました。
初心者の私にはこの位がちょうどよかったかもしれません。
価格はうろ覚えですが、後ろの方の席で30ユーロ位だったと思います。 -
コンサートが終わり夕食を取るために移動。
市立公園を通って移動しました。
こちらは公園にある、ヨハン・シュトラウス2世の像。 -
夕食のため予約をしておいたお店プラフッタ。
時間は既に夜の11時近く。
ここの看板メニューはオーストリア名物であるターフェルシュピッツ。
ターフェルシュピッツは先ほど出てきたエリーザベトの夫であるフランツ・ヨーゼフ1世の好物でもあったそうです。 -
牛肉の鍋料理とでも言うべきでしょうか、煮込まれた牛肉がメインです。
食べ方が良く分からなかったのですが、店員さんが手本をやってくれたのと説明書きをくれたので何とかなりました。
ボリュームもありお肉も柔らかく美味しかったです。
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