2012/12/09 - 2012/12/09
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ドクターキムルさん
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横浜市中区日本大通にある三井物産横浜ビルは、1号ビルが明治44年(1911年)に、2号ビルが昭和2年(1927年)に建てられた鉄筋コンクリート造地上4階、地下1階建てのビルである。左側が明治末に竣工した1号ビルの部分で、右側は昭和初期に増築された2号ビルである。昭和2年の増築では、1号ビルの関東大震災後の修復工事が併せて行なわれている。しかし、1号ビルと2号ビルはあたかも一体のビルとして建てられているように見える。
1号ビルは日本では最初の鉄筋コンクリート造のオフィスビルである。そうした意味でも建築史上、重要な建築物であるはずだ。しかし、100年経つのに国指定重要文化財や国登録有形文化財にもなっていない。それどころか、横浜市認定歴史的建造物すらなっていない。不思議な建物だ。また、裏手に明治43年(1910年)に建てられた煉瓦造・一部鉄筋コンクリート造地上3階、地下1階建ての倉庫がある。
かつては鉄筋コンクリート造の建物の寿命は100年と言われていたが、最近では50年というのが常識とさえ言われるようになっている。しかし、関東大震災に遭いながらも、修復され、竣工から100年経った現在でも現役ビルとして使用されていることはもっと注目して良い事実である。少なくても最初の鉄筋コンクリート造の建物は100年の耐久性があったのだ。しかし、このことが戦後の高度成長期などに建てられた建物にも適用できるとは限らないであろう。それでも築50年を経た鉄筋コンクリート造の社殿や伽藍で劣化が目立つものは未だ見たことがない。設計・施工がしっかりとなされていれば鉄筋コンクリート造の建物でも100年は持つということであろう。
(表紙写真は三井物産横浜ビル)
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「日本大通り」の看板。
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三井物産横浜ビル。1階にギャルリーパリがある。
三井物産横浜支店のオフィスとして建てられ、1号ビルの設計者は遠藤於菟と酒井祐之助、2号ビルと倉庫の設計者は遠藤於菟である。 -
三井物産横浜ビル玄関。
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三井物産横浜ビル(1号ビル)。
大正12年(1923年)に起きた関東大震災でも建物自体は地震の被害を受けなかったようであるが、周辺で起きた火災の被害を受け一部損傷し、昭和2年(1927年)に2号ビルの増築時に修復された。 -
三井物産横浜ビル(1号ビル)。
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三井物産横浜ビル(1号ビル)。
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三井物産横浜ビル(1号ビル)と倉庫。近くに三井物産ビル第2倉庫があるから、この倉庫の正式名称は三井物産ビル第1倉庫であろう(。三井物産横浜ビルは三井物産ビルとも呼ばれているようだ)。
この倉庫は明治43年(1910年)に建てられた。煉瓦造・一部(開口部リンテル・室内柱・屋根スラブなど)鉄筋コンクリート造で地上3階、地下1階建て。
これほど古い建物でありながら、「都市の記憶:横浜の主要歴史的建造物」には記載がない。
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