2012/10/19 - 2012/10/19
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それでは清水寺をあとにして高台寺へ向かいます。
高台寺は豊臣秀吉の正室である北政所(ねね)によって、秀吉の菩提を弔うために創建されたお寺です。
慶長三年(1598)、秀吉が伏見城で死去するとねねは世継ぎ(秀頼)をもうけた側室・淀殿に大阪城を明け渡して京へ移り住みます。
落飾し、高台院と号したねねは秀吉や生母・養父母を弔う寺の建立を決意します。
慶長十一年(1606)に建立された伽藍は徳川家康から財政援助もされ、壮大な建築物を伴って創建期には約9万5千坪の寺域を持つ壮麗を極めたお寺でした。
高台寺は正式名称を「高台寿聖禅寺」。
山号は「鷲峰山」。
本尊として釈迦如来を祀る禅宗寺院となります。
「ねねの寺」の名で親しまれています。
さてさて、私の京都旅もエンドロール。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
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清水堂から三年坂を通って二年坂へ。
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二年坂を抜けますと、右に京都霊山護國神社の鳥居。
坂本龍馬のお墓がある神社です。
直進(写真だと左)で高台寺となります。 -
高台寺山門。
創建時の門です。
かつてはこの門が表門で、この門から東に参道が続いている形式でした。 -
高台寺の駐車場側へ登る石段があります。
こちらからの景色も良いです(・∀・) -
駐車場側から。
一旦ねねの道に下りまして。ねねの道 名所・史跡
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そして、一年坂からつながるねねの道から。
台所坂。ねねの道 名所・史跡
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山門。
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庫裏の左奥が拝観受付となります。
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奥へ。
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ずんずん。
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遺芳庵(いほうあん)
こちらを越して歩いて行くと方丈へ。 -
創建当初の高台寺の方丈は、文禄の役のあとに秀吉が諸大名と宴を催した伏見城の建物を移築したものです。
現在の方丈は大正元年に再建されたものです。 -
方丈庭園「波心庭」。
前の日(10/18)の夜に試験点灯したそうですが、20日から始まる秋のライトアップに向けて庭師の方が忙しく修正されていました。
高台寺では去年から今年へと龍をテーマにしたライトアップを実施しています。
今秋が龍三部作の集大成になるそうです。東福寺 寺・神社・教会
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ということで、お庭には1500枚の瓦を使って表した親子龍があります。
親龍は全長37m、子龍は25m。
瓦はお寺を直した時に外されたものなどを使っているそうです。 -
枝垂れ桜。
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ちょっと引いて。
左奥が勅使門になります。 -
方丈から開山堂前庭園。
渡り廊下のようなところが観月台。
右奥が開山堂です。 -
方丈を出ましてお庭へ。
小堀遠州作の庭園です。 -
開山堂へ。
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庭師の方もたくさんいますが、外人の方で庭の手入れをしている方が多かったです。
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開山堂は元々、持仏堂でした。
ねねが呼び寄せ、高台寺を開山した三江紹益禅師が祀られ、開山堂と呼ばれるようになります。
堂内では、中央に三江紹益禅師像、右側に木下家定(ねねの兄)夫妻の像、左側には堀直政(高台寺普請奉行)の像が置かれています。
開山堂の内部にはねねが使っていた御所車(牛車)の天井のものが使われています。
そして秀吉が愛用していた御座船の格子天井も移築されています。
御座船とは軍船のことですね。
天井には金箔が今も残ります。
また天井には狩野山楽筆と伝わる龍が描かれます。高台寺 寺・神社・教会
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霊屋へ。
秀吉とねねが祀られています。
堂内の須弥壇には、秀吉が信仰していた随求菩薩立像を祀る厨子が中央に置かれます。
挟むように左側に尼僧姿のねね像、右に秀吉像が置かれています。
ねね像の下にねねの遺骸が葬られています。
須弥壇などの装飾には黒漆の平面に金粉を蒔いて描く、「高台寺蒔絵」です。高台寺 寺・神社・教会
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臥龍廊。
霊屋から開山堂を繋ぎます。
ほとんどの堂宇が屋根付きの廊下で結ばれています。
この伽藍配置を決めたのは加藤清正と言われており、清正はねねを気遣って
土を踏まず、雨に濡れないように巡れるようにしたと言います。 -
桐紋ね。
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傘亭の方へ登ります。
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紅葉!( ̄ー+ ̄)
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傘亭。正式名称は「安閑窟」と言います。
千利休が考案した茶室で伏見城から移築したものとなります。伏見城 名所・史跡
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内部から見ると、天井は竹が放射状に組まれていて唐傘を開いたように見えるためにこの名が付きました。
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時雨亭。
傘亭と同じ千利休の考案とされます。
傘亭とは土間廊下でつながっていて、2階建ての構造です。
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時雨亭からの傘亭。
渡り廊下は移築の際に小堀遠州によって造られたということです。 -
影絵。
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傘亭から下ってくると、竹林です。
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綺麗ですヽ(´ー`)ノ
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雲居庵。
抹茶がいただけます。 -
入り口。
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それでは圓徳院へ向かいます。
圓徳院 寺・神社・教会
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ねねの道を挟んで向かい側。
ねねの道 名所・史跡
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長屋門。
圓徳院は高台寺の塔頭となります。 -
唐門へ。
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こちらから方丈へ入ります。
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方丈南庭。
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北庭。
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慶長十年(1605)、伏見城・北政所の化粧御殿と庭園をこの場所へ移設したものです。
伏見城 名所・史跡
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茶室があります。
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こちらから退出。
ねねは晩年の19年間をこちらで過ごしました。 -
慶長二十年(1615)の大阪夏の陣で、大阪城では淀殿と秀頼は自害します。
家康は秀吉を祀る豊国神社をも破却します。
豊国神社を失ったねねは病床に伏せるようになり、寛永元年(1624)77歳にて死去します。
そして甥の木下利房によって木下家の菩提寺、圓徳院となるのです。圓徳院 寺・神社・教会
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圓徳院からでますと、
秀吉が守り本尊としていた三面大黒天です。
大黒天・毘沙門天・弁財天の三つの顔を持った仏様です。圓徳院 寺・神社・教会
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茶寮都路里。
グリーンティー飲みました(・∀・)
濃いーね。茶寮都路里 祇園本店 グルメ・レストラン
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掌美術館。
秀吉・ねねの肖像画や高台寺蒔絵などを見ることができます。高台寺 寺・神社・教会
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ねねの小径と書いてありますが、たくさんお店が並んでいます。
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ねねの道沿い。
ねねの道 名所・史跡
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こちら側がねねの道からの三面大黒天に入る表門です。
京都御所の鎮守大国殿の門を移築したもの。
入ってすぐ左が都路里。京都御所 名所・史跡
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ねねの道を一年坂の交差点まで戻るとある、朽木旭屋。
こちらで昼食としました。 -
鳥南つけそばセット。
近江赤鶏と九条ねぎ。
鯖寿司の鯖の身が厚くておいしゅうございました(*^_^*)
このあとおみやげなどを買いに清水寺方面へ舞い戻り、八坂の塔の内部拝観にめぐりあいます。
一番びっくりしたのは、このお店を出て信号待ちしていたら石黒賢ちゃんとすれ違った(爆)
ちょうど前の日に、「捜査地図の女」の初回放送だったんですよね。
それを見ていたのでひと目でわかりました。
お一人で歩いてましたけど、テレビで見るより顔ちっちゃいわ、シュッとしてるわ。
雰囲気キレッキレでした( ´∀`)
思わず、真矢みきを探しまわる(汗)
さすがにね、見つからんですよ。
あきらめないで!という声が聞こえたとか聞こえなかったとか。 -
ということで、最後は京都タワー。
これにて京都徘徊の旅も終了です。
そして帰途につきそのまま仕事へ入るという過激なスケジュール(爆)
長々とここまで見ていただいた方、ありがとうございました。
<(_ _*)>
今回の旅では中国人のお姉ちゃんに半日付きまとわれるわ、お店では韓国人に間違われること2回。
「ニッポンジンデース!!」
おわり。京都タワー 名所・史跡
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