2012/10/17 - 2012/10/17
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フロッガーさん
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スタバで雨宿りをしながら次の行き先を迷いガイドブックを読み読み、雨雲レーダーなどを見ていたのですが・・・雨の降り方も変わらなそうなので待っていられぬと動くことにしました。
やっぱり目指すは永観堂。
「聖衆来迎山・無量寿院・禅林寺」が正式名称となる浄土宗(西山禅林寺派・総本山)のお寺です。
山号を聖衆来迎山、院号が無量寿院。
本尊には阿弥陀如来立像を祀ります。
1000年以上前からもみじの名所として栄えてきた場所です。
境内には3000本以上の楓の木。
仁寿三年(853)、弘法大師・空海の弟子であった真紹上人が開山しました。
当初は真言宗の道場です。
承暦年間(1077〜81)に第七世となる永観(ようかん)律師が入寺します。
永観堂はえいかんどうと読みますが、永観律師の名はようかんと読みます。
この時に浄土念仏道場となりました。
「永観堂」は通称となります。
永観が念仏の行道中に阿弥陀如来様が須弥壇から降りてきて、先を歩き始め導かれます。
阿弥陀様は驚いて足が止まった永観を振り向いて「永観、遅し」とおっしゃったそうです。
永観は感激し、そのままのお姿でいてくださいと願います。
阿弥陀様はその願いを聞き入れ、以後はふり返った様のままとなったと云われます。
このため本尊の阿弥陀如来像は、「みかえり阿弥陀」と呼ばれています。
それでは、青もみじの永観堂へ。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
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総門。
高麗門とも呼ばれます。
江戸時代末期の1840年頃に建立されたものです。 -
中門。
延享元年(1744)の建立。
「薬医門」とも呼ばれる形式です。
こちらで拝観受付。
右手にトイレ、休憩所があります。
左手の建物ではロッカーもあります。 -
大玄関。
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大玄関から入りますと、右手が釈迦堂(方丈)となります。
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こちらが釈迦堂から北側庭園になります。
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古方丈。
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向かい側が瑞紫殿。
火除けの阿弥陀様が本尊です。
禅林寺を開山した真紹上人は5体の仏像を安置したそうですが、応仁の乱によってこのうち4体が焼失。
1体だけ残った仏様が火除けの阿弥陀様となりました。 -
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唐門前庭には盛砂がされています。
唐門は天皇の勅使が入る際に使われた門です。
勅使はこの盛砂をを踏み、身を清めたと言います。
盛砂の上には市松文様が描かれます。
盛砂はかつては月明かりを反射させて、灯り取りにしていたと言います。 -
釈迦堂の南庭園。
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南庭、左から。
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雨の波紋も綺麗です。
このお庭の左手に自動ドアがある蔵造りのホール(展示室)があります。
中に寺宝が展示されています。 -
永観堂といえば岩垣もみじ。
岩肌からもみじが生えているのです。 -
この石段が多宝塔へ続く参道です。
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岩垣もみじは京都市内の紅葉のバロメーターとも呼ばれます。
このもみじが赤に染まれば、京都の紅葉も盛りを迎えるのです。 -
こちらも岩垣もみじ。
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右に千佛堂です。
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御影堂から。
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阿弥陀堂への登廊。
右の小屋のようなものには、阿弥陀堂へ登るためのエレベータが設置されています。
右手に登ると位牌堂があり、その先に阿弥陀堂となります。 -
登廊には、臥龍廊(臥龍廊)の名がつけられています。
複雑な造形から、龍の胎内を模しているようだとされその名が付きました。 -
臥龍廊に入り、左は開山堂になります。
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開山堂から。
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それでは戻って右手の阿弥陀堂へ。
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阿弥陀堂から。
こちらのお堂に見返りの阿弥陀様がおられます。
一説には、境内の紅葉が綺麗でふりかえった様を表したとも伝わります。
横に回って、阿弥陀様の顔を拝めるようになっています。 -
いや〜楓がここまであると感動モノ。
雨の風情もステキ。雨でよかった(爆)
外境内も見たかったな〜と思いながら土砂降りで思いとどまり、また別の話。( ´∀`)
ということで、永観堂では人も少なかったので釈迦堂南庭の前でゆっくり過ごせました。
それでは次の場所へ。
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