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宝泉寺から坂を下り、宝泉寺への途上で目にした案内に従って東茶屋街に足を踏みいれる。<br /><br />ごみ一つ無い綺麗な石畳の道の両側には、紅殻格子の板壁と、キムスコ(木虫籠)と呼ばれる美しい出格子の、茶屋様式と言われる建物が軒を連ねている。<br /><br />1820年ごろ加賀藩は、東茶屋街以外にも西茶屋街、主計茶屋街など茶屋と呼ばれる遊郭を整備した。<br /><br />その中で東茶屋街は最も規模が大きく、当時の面影を今に残し、現在も数件の茶屋が営業を続けているらしい。<br /><br />五木寛之の小説・「朱鷺の墓」の、美貌の芸妓・染乃と、ロシア貴族出身の青年将校イワーノフとの恋物語の舞台となっている処らしい。<br /><br />しかしながら私ら数人は、急坂の寺町散策で疲れ、客が空くのを見計らって入った茶房でカキ氷にありつき、集合時間まで休んで仕舞い、残念ながら現業の茶屋の佇まいを見損なってしまった。<br /><br />芭蕉が金沢を訪れたのは、茶屋街が整備される百数十年前だから、芭蕉が目にした景観ではない。<br /><br />

奥の細道を訪ねて第15回13金沢散策その13金沢百万石の城下町の面影を残す東茶屋街

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2012/09/14 - 2012/09/14

4226位(同エリア5119件中)

WT信

WT信さん

宝泉寺から坂を下り、宝泉寺への途上で目にした案内に従って東茶屋街に足を踏みいれる。

ごみ一つ無い綺麗な石畳の道の両側には、紅殻格子の板壁と、キムスコ(木虫籠)と呼ばれる美しい出格子の、茶屋様式と言われる建物が軒を連ねている。

1820年ごろ加賀藩は、東茶屋街以外にも西茶屋街、主計茶屋街など茶屋と呼ばれる遊郭を整備した。

その中で東茶屋街は最も規模が大きく、当時の面影を今に残し、現在も数件の茶屋が営業を続けているらしい。

五木寛之の小説・「朱鷺の墓」の、美貌の芸妓・染乃と、ロシア貴族出身の青年将校イワーノフとの恋物語の舞台となっている処らしい。

しかしながら私ら数人は、急坂の寺町散策で疲れ、客が空くのを見計らって入った茶房でカキ氷にありつき、集合時間まで休んで仕舞い、残念ながら現業の茶屋の佇まいを見損なってしまった。

芭蕉が金沢を訪れたのは、茶屋街が整備される百数十年前だから、芭蕉が目にした景観ではない。

同行者
一人旅
交通手段
観光バス JALグループ ANAグループ JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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