2012/10/16 - 2012/10/16
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祇王寺のすぐ隣に位置するのが滝口寺となります。
滝口寺は祇王寺の前身である往生院の子院であった三宝寺の跡となります。
こちらも念仏道場として栄えていましたが、明治維新によって廃寺。
祇王寺と同じく再興されたお寺です。
寺名にされた「滝口寺」の由来は、 平家物語の「維盛高野」の巻上で語られている滝口入道と横笛の物語から来ており、三宝寺の時代から滝口寺の愛称があったそうです。
滝口入道とは斉藤時頼のことです。
斉藤時頼は六波羅武士(滝口武者)であり、平重盛の家臣でした。
平清盛が開いた宴にて、建礼門院(重盛の妹)に仕えていた横笛という女人が舞を披露します。
横笛に一目惚れした斉藤時頼は求愛し、横笛もこれを受け入れます。
しかし時頼の父は身分違いのこの恋を許さず、時頼は失意のあまり往生院にて出家します。
時頼は時に19歳。
滝口入道と名を変え、横笛には何も告げずに仏道修行を始めます。
横笛は時頼を探しまわり、ついにこの地で時頼を見つけます。
時頼に会おうとする横笛ですが、時頼は修行の妨げになるといって会いませんでした。
悲しみにくれ、横笛が指を切ってその血で石に書き残したという横笛歌石があります。
横笛は悲しみのあまりに自らも出家し同じ道を進もうとしますが、しばらく後に出家した奈良の法華寺にて亡くなってしまいます。
時頼は出家した横笛に歌を贈っているそうで、その首は本堂に掛けられています。
滝口入道(時頼)は後に高野山・清浄院に入寺。
横笛の死を知った滝口入道は更に修行に励むようになり、高野の聖となります。
平氏が衰退し、平氏一門が都を落ちた後に滝口入道は平維盛の入水に立ち会うことになります。
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山門。
ちなみに、滝口寺へ入らない方はここからの撮影もお断りです(汗) -
山門を入るとすぐ参拝受付。
本堂までは右手の石段を登ります。
山の斜面にお庭が広がるような境内です。 -
本堂。
鎌倉時代後期に製作された滝口入道と横笛の木像が安置されます。
水晶で造られた玉眼で往生院遺物の一つとされます。 -
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お堂からのお庭も綺麗です。
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平家供養塔。
境内には他に新田義貞の首塚もあります。
新田義貞が京都三条の河原に晒し首にされていたのを妻の匂当内侍が奪い返し、この地に埋めて供養しながら余生を過ごしたといわれます。 -
竹林。
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小松堂。
平重盛を祀るお堂です。 -
滝口寺も祇王寺のように悲恋の話の舞台となったお寺でした。
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滝口寺をあとにして、清凉寺へ向かいます。
先ほど来た時の角にあった仙翁という茶店で休憩。
早めのお昼ごはんにしました。
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