2012/02/02 - 2012/02/02
4508位(同エリア10378件中)
滝山氏照さん
青木城(あおきじょう、神奈川県横浜市神奈川区)は東海道線等を見下ろす高台に本覚寺地蔵堂の山に築かれた城でありまして、戦国時代小田原北条氏の重臣多米周防守元興(ため・すおうのかみ・もとおき)によって築かれたとか、あるいは大永年間に向かいの権現山城(ごんげんやまじょう)と同時に北条氏によって築かれたともいわれており確たる話の域を出ていません。
今では東海道線・京浜急行・国道1号の開通のために分断されていますが、かつては向かいの権現山城のあった幸ヶ谷公園まで繋がる一体となった丘陵尾根の一部であったとされています。
本覚寺も周辺の寺と同様に外国領事館として充てられ、しかもアメリカ領事ハリス直々物色する中で決定しましたので往時では、彼のお眼鏡に叶う最大のお寺であった事を物語ります。
本堂を取り囲む周辺部には青木城跡としての遺構は何も見当たりませんので、城跡の雰囲気はゼロですがその代わり横浜開港当時の先進的なエリア、現代に置き換えると東京都港区に相当する大使館ゾーンであった事を認識したしだいです。
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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京急線神奈川駅
江戸時代にはこの一帯はいわゆる東海道五十三次の「神奈川宿場」として大いに賑わったそうですが今は観光案内図にその名を留めているだけです。駅舎の傍らの案内板はに往時の面影を紹介しています。
神奈川駅は丁度青木橋の橋詰に設置されていますので周辺観光地への基点となりましょう。 -
青木城跡展望
京急線神奈川駅から青木橋を跨ぎ青木城跡を望みます。今では本覚寺として高台に建立されています。 -
青木城跡
高台に本覚寺として建立されていますが城跡にふさわしい雰囲気が感じられます。 -
青木橋付近
案内柱には地図を付した横浜駅に向かう散歩道ル-トが紹介されてます。 -
イチオシ
本覚寺登り口
石垣と歩道が整然過ぎて逆によけいな緊張感を覚えます。石垣の横には「本覚寺」の石柱が配置されています。 -
本覚寺石標
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本覚寺説明
本覚寺からの展望は横浜駅東口ビルばかりですが、当時は目の前は一面の海で港もよく展望できたことでしょう。 -
アメリカ領事館跡石標
ハリス自ら探しこの寺を領事館に決定したと言われています。決定の理由は現状では判りかねますが、港がよく見えたことが理由の一つだと思われます。
当寺での領事館は約3年程度でその後は横浜に移転しますが、その間寺僧たちは退去させられ、ご本尊は板で囲われ一般人の立入は禁止されました。 -
山門と生麦事件
薩摩藩行列に乱入したイギリス人が殺傷された事件が近隣の生麦村でおこります。藩士に斬られ負傷したイギリス人2名が逃げ込んだのが、アメリカ領事館である本覚寺でここでアメリカ人医師の手当てを受けたそうです。 -
イチオシ
岩瀬肥後守忠震(いわせひごのかみただなり)顕彰碑
横浜港開港の恩人としてレリーフ付で顕彰碑が建立されています。
外国列強が開国を迫る頃、老中阿部正弘により海防掛目付に任ぜられその後奉行に昇格、対外交渉の実務責任者として役割を果たします。
特にアメリカ総領事ハリスとの交渉の中で、江戸・品川・大坂の開港要求を退け、横浜開港を主唱して今日の横浜発展の礎を築きます。
1859年横浜開港を迎え発展する中、安政の大獄に巻き込まれ、蟄居を命ぜられた岩瀬肥後守は1861年江戸にて44歳で死去します。 -
本覚寺本堂
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扁額
寺号である「本覚寺」が刻されています。 -
鐘楼堂
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本覚寺から展望
直下にはJR東海道線路が見えます。そして線路の向こうには権現山城跡を窺う事ができます。
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この旅行記へのコメント (1)
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- 横浜臨海公園さん 2012/04/21 13:50:25
- 武蔵國青き城
- 滝山氏照さま、こんにちは。
武蔵青木城の旅行記を拝見させて頂きました。
仰せの通り、明治4年(1871年)に鉄道建設工事開始まで双方の山は連続した丘陵地帯を形成したおり、更に、現在の青木橋は関東大震災後の横浜復興計画に基き、旧東海道に対し直結して架橋されていたものが、現行状に架橋変更されたものです。
横浜臨海公園
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