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秋の入口の1日、山の辺の道を歩いてきました。<br />仏像はほとんど出てきませんが、仏教が日本に来て間もない頃や神々の時代の気配を感じに。

アイラブ仏像めぐり 山の辺の道  三輪山辺りひとり歩き

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2011/09/27 - 2011/09/27

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18

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ゆうこママ

ゆうこママさん

秋の入口の1日、山の辺の道を歩いてきました。
仏像はほとんど出てきませんが、仏教が日本に来て間もない頃や神々の時代の気配を感じに。

  • 10:45 山の辺の道は、JR桜井駅から。<br /><br />駅で「てくてくマップ」を手に入れ、スタートです。<br />駅前には、「山の辺の道へ」と記された石標や「仏教公伝の地」と書かれたモニュメントがあり気分を盛り上げます。

    10:45 山の辺の道は、JR桜井駅から。

    駅で「てくてくマップ」を手に入れ、スタートです。
    駅前には、「山の辺の道へ」と記された石標や「仏教公伝の地」と書かれたモニュメントがあり気分を盛り上げます。

  • のんびり歩くこと20分ほどで川に突き当たります。

    のんびり歩くこと20分ほどで川に突き当たります。

  • 最初の橋は渡らずに、もう1本上流の馬井手橋を渡ります。橋の欄干には、大和川と記載されています。<br /><br />初瀬川とも大和川とも呼ばれるこの川。下流へ辿れば難波津へ。上流は長谷寺のある初瀬へ遡ることができます。<br />古代から人々や物資、最先端の文明や文化が行き交った川です。大好きな飛鳥仏もこの川があればこそこの地にたどり着いたのだと思うと感慨ひとしお。

    最初の橋は渡らずに、もう1本上流の馬井手橋を渡ります。橋の欄干には、大和川と記載されています。

    初瀬川とも大和川とも呼ばれるこの川。下流へ辿れば難波津へ。上流は長谷寺のある初瀬へ遡ることができます。
    古代から人々や物資、最先端の文明や文化が行き交った川です。大好きな飛鳥仏もこの川があればこそこの地にたどり着いたのだと思うと感慨ひとしお。

  • 橋のたもとに立つ「仏教伝来の地」の碑。<br /><br />仏教が公式に日本に伝わったのは552年、538年など諸説あるようですが、いずれにしても、欽明天皇の時代に百済の聖明王の使者が大阪難波津に入り、大和川を遡ってこの地に上陸し金銅の釈迦如来像などをもたらしたのが始まりのようです。<br />その金銅の仏像は、もはや失われ見ることは叶いませんが、どのような仏像だったのかとても気になります。

    橋のたもとに立つ「仏教伝来の地」の碑。

    仏教が公式に日本に伝わったのは552年、538年など諸説あるようですが、いずれにしても、欽明天皇の時代に百済の聖明王の使者が大阪難波津に入り、大和川を遡ってこの地に上陸し金銅の釈迦如来像などをもたらしたのが始まりのようです。
    その金銅の仏像は、もはや失われ見ることは叶いませんが、どのような仏像だったのかとても気になります。

  • この辺りには、古代寺院などはないようでうが、大和川の水系を辿ると、古代の美しい仏像を残す寺があちこちにあり、この川の流れに沿って仏教文化が栄えたことがうかがえます。<br />そんなことを思いながら、橋を渡り、金谷の石仏、三輪山の方角へ向かいます。

    この辺りには、古代寺院などはないようでうが、大和川の水系を辿ると、古代の美しい仏像を残す寺があちこちにあり、この川の流れに沿って仏教文化が栄えたことがうかがえます。
    そんなことを思いながら、橋を渡り、金谷の石仏、三輪山の方角へ向かいます。

  • まずは、海柘榴市(つばいち)観音堂。<br />案内看板に沿って住宅の間の小路を入っていくと小さなお堂が現れます。<br /><br />境内はきれいに掃き清められ、片隅の石仏も大切にされているよう。<br />偶然居合わせたやはり山の辺の道歩きの女性が、境内の手入れをするおばあさんに開帳の日を尋ねたところ、鍵を持っているから今から開けて下さるとおっしゃいます。<br />幸運なことに私も一緒に拝観させていただくことになりました。<br /><br /><br />

    まずは、海柘榴市(つばいち)観音堂。
    案内看板に沿って住宅の間の小路を入っていくと小さなお堂が現れます。

    境内はきれいに掃き清められ、片隅の石仏も大切にされているよう。
    偶然居合わせたやはり山の辺の道歩きの女性が、境内の手入れをするおばあさんに開帳の日を尋ねたところ、鍵を持っているから今から開けて下さるとおっしゃいます。
    幸運なことに私も一緒に拝観させていただくことになりました。


  • 本尊は石造りの30センチほどの像が2体。<br />1体は、右手に錫杖、左手に水瓶を持つ長谷寺式といわれる十一面観世音菩薩のように見えます。川を遡ればすぐに長谷寺ですから、納得の仏像です。もう1体も観音像のようですが、私にはよく分かりませんでした。<br /><br />以下、おばあさんの談。<br />おばあさんが嫁に来たときお姑さんから聞かされたには、もともとは3体あったのだが盗まれたか水に流されたかして2体になってしまった。<br />昨今は物騒な世なので、お堂を修理した際に石造の台座にセメントでくっつけてしまった。<br />なんの観音さんか分からないが、観音さんのおかげで自転車で転んでもすぐに怪我が治った。<br />自分が大病をしないで息災なのは、観音さんのお陰。<br />などと仰います。<br /><br />観音さんの話をするおばあさんの笑顔は、目の前の石仏にそっくりのほんのり笑顔でびっくりしました。<br />日々お世話をしているとお顔が似てくるのかしらん。<br />

    本尊は石造りの30センチほどの像が2体。
    1体は、右手に錫杖、左手に水瓶を持つ長谷寺式といわれる十一面観世音菩薩のように見えます。川を遡ればすぐに長谷寺ですから、納得の仏像です。もう1体も観音像のようですが、私にはよく分かりませんでした。

    以下、おばあさんの談。
    おばあさんが嫁に来たときお姑さんから聞かされたには、もともとは3体あったのだが盗まれたか水に流されたかして2体になってしまった。
    昨今は物騒な世なので、お堂を修理した際に石造の台座にセメントでくっつけてしまった。
    なんの観音さんか分からないが、観音さんのおかげで自転車で転んでもすぐに怪我が治った。
    自分が大病をしないで息災なのは、観音さんのお陰。
    などと仰います。

    観音さんの話をするおばあさんの笑顔は、目の前の石仏にそっくりのほんのり笑顔でびっくりしました。
    日々お世話をしているとお顔が似てくるのかしらん。

  • 観音堂を後にして、古い町並みを歩きます。

    観音堂を後にして、古い町並みを歩きます。

  • 民家の生垣の間の道を分け入っていくと、「金谷の石仏」がいらっしゃるコンクリート製のお堂に到着します。<br />もとは三輪山の中腹平等寺域内に安置されていたそうですが、明治の神仏分離令によりこの地に移したのだとか。<br />国の重要文化財。

    民家の生垣の間の道を分け入っていくと、「金谷の石仏」がいらっしゃるコンクリート製のお堂に到着します。
    もとは三輪山の中腹平等寺域内に安置されていたそうですが、明治の神仏分離令によりこの地に移したのだとか。
    国の重要文化財。

  • 金谷の石仏 <br />石棺の蓋に浮き彫りにされた仏像が2体。<br />釈迦如来と弥勒菩薩だそうです。

    金谷の石仏 
    石棺の蓋に浮き彫りにされた仏像が2体。
    釈迦如来と弥勒菩薩だそうです。

  • 住宅が散在する道を歩くと次に見えてくるのは、磯城瑞籬宮(しきのみずがきのみや)跡の看板。

    住宅が散在する道を歩くと次に見えてくるのは、磯城瑞籬宮(しきのみずがきのみや)跡の看板。

  • 林の中に第10代崇神天皇の磯城瑞籬宮の址ことを示す石標が建っています。<br />ここは、大和川から三輪山に少し登った辺りで、耳成、畝傍、天の香具山を抱く豊かな平野を臨み、いかにも宮にぴったりの場所に思えました。

    林の中に第10代崇神天皇の磯城瑞籬宮の址ことを示す石標が建っています。
    ここは、大和川から三輪山に少し登った辺りで、耳成、畝傍、天の香具山を抱く豊かな平野を臨み、いかにも宮にぴったりの場所に思えました。

  • 小林秀雄の山辺道の石碑を見ながら、いよいよ樹木に覆われた道に入っていきます。<br />左手は谷になっており薄暗い山道といった趣。<br /><br />ここで私はびっくりしてヒッと息をのんでしまう出来事に遭遇。<br />足下をヘビが横切っていったのです。<br />ふ〜、ちっちゃいヘビでよかった〜。

    小林秀雄の山辺道の石碑を見ながら、いよいよ樹木に覆われた道に入っていきます。
    左手は谷になっており薄暗い山道といった趣。

    ここで私はびっくりしてヒッと息をのんでしまう出来事に遭遇。
    足下をヘビが横切っていったのです。
    ふ〜、ちっちゃいヘビでよかった〜。

  • 土の道が舗装道路に変わるとすぐに小ぶりの石段と赤い山門(赤門)が見えてきます。<br />平等寺です。

    土の道が舗装道路に変わるとすぐに小ぶりの石段と赤い山門(赤門)が見えてきます。
    平等寺です。

  • 平等寺は、大神神社(三輪明神)の神宮寺として栄えた歴史ある寺です。<br />が、明治の廃仏毀釈の波をまともにかぶり、大変な苦難の末にここまで再興されたのだとか。<br />今くぐる赤門も住職の手づくりだというから驚きます。

    平等寺は、大神神社(三輪明神)の神宮寺として栄えた歴史ある寺です。
    が、明治の廃仏毀釈の波をまともにかぶり、大変な苦難の末にここまで再興されたのだとか。
    今くぐる赤門も住職の手づくりだというから驚きます。

  • 平等寺 <br />日本では仏教伝来後まもなくから神仏が融合し、神社の中にお寺ができ仏像がまつられ、お経が上げられていたようです。<br />格式の高い神社には、境内に神宮寺が創建され、大寺院には神社が勧請されるということが普通に行われていたわけです。<br /><br />しかし、明治政府の神仏分離令、廃仏毀釈思想により堂塔伽藍は廃され、仏像は各地に避難散逸。

    平等寺 
    日本では仏教伝来後まもなくから神仏が融合し、神社の中にお寺ができ仏像がまつられ、お経が上げられていたようです。
    格式の高い神社には、境内に神宮寺が創建され、大寺院には神社が勧請されるということが普通に行われていたわけです。

    しかし、明治政府の神仏分離令、廃仏毀釈思想により堂塔伽藍は廃され、仏像は各地に避難散逸。

  • 平等寺本堂の中をガラス越しに覗くと厨子の前にお前立ちと思われる十一面観音立像。<br />ウムムこれはこれは、仏像界のスーパースター、聖林寺の十一面観音菩薩立像にそっくり、瓜二つの仏像が立っています。<br /><br />大神神社には、平等寺の他にももう一つ、大御輪寺という神宮寺が今の若宮社の辺りにあって、聖林寺の十一面さんはそこの本尊であったもの。平等寺と同じく廃仏毀釈の荒波でつぶされ、哀れ本尊は聖林寺へ。<br />法隆寺金堂の地蔵菩薩も、長岳寺の四天王像も元のお住まいは大神神社内。<br />みんな苦労したのね。<br /><br />さて、そんなこんなで同じ苦難を受けた大神神社の神宮寺仲間としてそっくりさんの仏像を作ったのかな。<br /><br />

    平等寺本堂の中をガラス越しに覗くと厨子の前にお前立ちと思われる十一面観音立像。
    ウムムこれはこれは、仏像界のスーパースター、聖林寺の十一面観音菩薩立像にそっくり、瓜二つの仏像が立っています。

    大神神社には、平等寺の他にももう一つ、大御輪寺という神宮寺が今の若宮社の辺りにあって、聖林寺の十一面さんはそこの本尊であったもの。平等寺と同じく廃仏毀釈の荒波でつぶされ、哀れ本尊は聖林寺へ。
    法隆寺金堂の地蔵菩薩も、長岳寺の四天王像も元のお住まいは大神神社内。
    みんな苦労したのね。

    さて、そんなこんなで同じ苦難を受けた大神神社の神宮寺仲間としてそっくりさんの仏像を作ったのかな。

  • 平等寺<br />熱とり地蔵。南北朝時代。

    平等寺
    熱とり地蔵。南北朝時代。

  • 平等寺<br />不動堂、三輪不動尊をまつる。

    平等寺
    不動堂、三輪不動尊をまつる。

  • 平等寺<br />波切不動明王

    平等寺
    波切不動明王

  • 平等寺が廃されて後、明治23年になって翠松庵が河内から移され、旧平等寺の山門付近にて再建が始まります。<br />そして、廃仏毀釈より100年目を迎えた昭和52年に、元の平等寺という名前に戻ったそうです。復興にあたっては、現住職が大変な苦労をなさっているそうです。

    平等寺が廃されて後、明治23年になって翠松庵が河内から移され、旧平等寺の山門付近にて再建が始まります。
    そして、廃仏毀釈より100年目を迎えた昭和52年に、元の平等寺という名前に戻ったそうです。復興にあたっては、現住職が大変な苦労をなさっているそうです。

  • 平等寺<br />聖徳太子像。<br />大和川(初瀬川)を下ると太子ゆかりの法隆寺に着きます。川で繋がってますね。

    平等寺
    聖徳太子像。
    大和川(初瀬川)を下ると太子ゆかりの法隆寺に着きます。川で繋がってますね。

  • 平等寺<br />鐘楼

    平等寺
    鐘楼

  • 「三輪山平等寺」の山号寺号が掲げられる山門。この名を取り戻すまで幾多の苦難があったのですね。

    「三輪山平等寺」の山号寺号が掲げられる山門。この名を取り戻すまで幾多の苦難があったのですね。

  • 平等寺山門を出てすぐ右手に見えるのは、大行事社。大神神社末社。

    平等寺山門を出てすぐ右手に見えるのは、大行事社。大神神社末社。

  • ほんの少し歩くとまた神社の案内。<br />日々の暮らしの中に神様がいっぱいですね。

    ほんの少し歩くとまた神社の案内。
    日々の暮らしの中に神様がいっぱいですね。

  • 神坐日向(みわにますひむかい)神社。<br />延喜式式内社。<br />社殿が神社建築では珍しく北向きとなっているそうです。

    神坐日向(みわにますひむかい)神社。
    延喜式式内社。
    社殿が神社建築では珍しく北向きとなっているそうです。

  • 神社から出て西側に目を移すと遠くに二上山が見えます。<br />今日は二上山とともに歩く山の辺の道です。

    神社から出て西側に目を移すと遠くに二上山が見えます。
    今日は二上山とともに歩く山の辺の道です。

  • いよいよ大神神社が近づいてきました。<br />現在は大神神社と表記して「おおみわじんじゃ」と呼びますが、昔は三輪大明神と呼んでいたようです。

    いよいよ大神神社が近づいてきました。
    現在は大神神社と表記して「おおみわじんじゃ」と呼びますが、昔は三輪大明神と呼んでいたようです。

  • と、そのまえに、天皇社(大神神社末社)におまいりしましょう。<br />大神神社への鳥居をくぐる直前にありました。<br />御祭神は、崇神天皇です。

    と、そのまえに、天皇社(大神神社末社)におまいりしましょう。
    大神神社への鳥居をくぐる直前にありました。
    御祭神は、崇神天皇です。

  • 天皇社

    天皇社

  • 天皇社<br />玉子や酒等のお供物は献備台の上に・・・<br />この辺りでは、玉子を供える風習があるのかしら・・・?

    天皇社
    玉子や酒等のお供物は献備台の上に・・・
    この辺りでは、玉子を供える風習があるのかしら・・・?

  • さあ、大神神社(おおみわじんじゃ)です。

    さあ、大神神社(おおみわじんじゃ)です。

  • 大神神社、地元では三輪明神(みわみょうじん)の名で親しまれているそうです。 <br />写真は、拝殿。 <br />本殿はなく、三輪山をご神体とする原始信仰の形を残す神社です。

    大神神社、地元では三輪明神(みわみょうじん)の名で親しまれているそうです。 
    写真は、拝殿。 
    本殿はなく、三輪山をご神体とする原始信仰の形を残す神社です。

  • 大神神社拝殿前 <br />巳の神杉(みのかみすぎ)【大神神社HPより】<br />江戸時代には、「雨降杉」とあり、雨乞いの時に里の人々が集まり、この杉にお詣りをしました。(↓に続く)

    大神神社拝殿前 
    巳の神杉(みのかみすぎ)【大神神社HPより】
    江戸時代には、「雨降杉」とあり、雨乞いの時に里の人々が集まり、この杉にお詣りをしました。(↓に続く)

  • 巳の神杉(みのかみすぎ)【大神神社HPより】<br />いつの時代からか、杉の根本に、巳(み)さん(=蛇)が棲んでいるところから、「巳の神杉」と称せられるようになり、巳さんの好物とされる卵が、酒とともにお供えされています。<br />蛇は、古来より三輪の神の化身として意識されており、『日本書紀』の崇神天皇10年9月条に、「小蛇(こおろち)」と記され、『同紀』雄略天皇7年7月条には、三輪山に登って捉えて来たのが「大蛇(おろち)」であったと伝えています。いずれも、三輪の神がその原初的形態として、蛇神であると信じられていたことを示していると考えられます。(↓に続く)

    巳の神杉(みのかみすぎ)【大神神社HPより】
    いつの時代からか、杉の根本に、巳(み)さん(=蛇)が棲んでいるところから、「巳の神杉」と称せられるようになり、巳さんの好物とされる卵が、酒とともにお供えされています。
    蛇は、古来より三輪の神の化身として意識されており、『日本書紀』の崇神天皇10年9月条に、「小蛇(こおろち)」と記され、『同紀』雄略天皇7年7月条には、三輪山に登って捉えて来たのが「大蛇(おろち)」であったと伝えています。いずれも、三輪の神がその原初的形態として、蛇神であると信じられていたことを示していると考えられます。(↓に続く)

  • 巳の神杉(みのかみすぎ)【大神神社HPより】<br />これは、古代の人たちが、三輪山は千古鉞(おの)を入れず鬱蒼たる森林として、何がひそんでいるかわからない不気味さを覚え、そのお山から流れ出る水により、種々の農作物を作り、日々の暮らしをたて、山に立ち昇る霧や雲に神意を感得して、山内に棲む蛇を直感したものであったのでしょう。(↓に続く)

    巳の神杉(みのかみすぎ)【大神神社HPより】
    これは、古代の人たちが、三輪山は千古鉞(おの)を入れず鬱蒼たる森林として、何がひそんでいるかわからない不気味さを覚え、そのお山から流れ出る水により、種々の農作物を作り、日々の暮らしをたて、山に立ち昇る霧や雲に神意を感得して、山内に棲む蛇を直感したものであったのでしょう。(↓に続く)

  • 巳の神杉(みのかみすぎ)【大神神社HPより】<br />三輪の神の原初の形とされる蛇は、水神であり、雷神ともなり、農業神、五穀豊穣の神となり、やがては国の成立とともに、国家神的な神に至ったと考えることができます。 <br /><br />というわけで、巫女さんも神官もこの杉の横を通るときには必ず足を止め一礼していました。大事な大事な神住む杉なのですね。<br /><br />大神神社に着く直前にヘビに出会った私は、幸運であったのかもしれません。

    巳の神杉(みのかみすぎ)【大神神社HPより】
    三輪の神の原初の形とされる蛇は、水神であり、雷神ともなり、農業神、五穀豊穣の神となり、やがては国の成立とともに、国家神的な神に至ったと考えることができます。

    というわけで、巫女さんも神官もこの杉の横を通るときには必ず足を止め一礼していました。大事な大事な神住む杉なのですね。

    大神神社に着く直前にヘビに出会った私は、幸運であったのかもしれません。

  • 大神神社

    大神神社

  • 続いて狭井神社・久延彦神社へ向かいます。

    続いて狭井神社・久延彦神社へ向かいます。

  • 狭井神社方面へは、くすり道と呼ばれる参道を通って行きます。<br />くすり道と書かれた石碑の立つ階段状の砂利道が入口です。<br /><br />きれいに整えられた道の両側には様々な薬草薬木が植えてあるそうです。

    狭井神社方面へは、くすり道と呼ばれる参道を通って行きます。
    くすり道と書かれた石碑の立つ階段状の砂利道が入口です。

    きれいに整えられた道の両側には様々な薬草薬木が植えてあるそうです。

  • くすり道に立つ灯篭の寄進者名をなにげなく見たところ

    くすり道に立つ灯篭の寄進者名をなにげなく見たところ

  • 製薬会社の名前が次々と。<br />そう狭井神社は、病気平癒の神様として有名なのです。

    製薬会社の名前が次々と。
    そう狭井神社は、病気平癒の神様として有名なのです。

  • それで全国各地の製薬会社が灯篭を奉納しているのですね。

    それで全国各地の製薬会社が灯篭を奉納しているのですね。

  • くすり道の坂を登って左へ進むと、少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀る磐座(いわくら)神社があります。少彦名命は、大物主大神と協力して国土を開拓し、あらゆる生産方面の開発につとめ、医薬治療の方法を定めた神さまだそうです。ここでも岩をご神体とする原始信仰の姿をみることができます。

    くすり道の坂を登って左へ進むと、少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀る磐座(いわくら)神社があります。少彦名命は、大物主大神と協力して国土を開拓し、あらゆる生産方面の開発につとめ、医薬治療の方法を定めた神さまだそうです。ここでも岩をご神体とする原始信仰の姿をみることができます。

  • 磐座神社を過ぎるとすぐ古びた茶店が見えてきます。そういえば昼食がまだでした。こちらでいただくことにしましょう。

    磐座神社を過ぎるとすぐ古びた茶店が見えてきます。そういえば昼食がまだでした。こちらでいただくことにしましょう。

  • ごめんくださ〜い。<br />声を掛けても、この猫ちゃん以外、誰も出てきません。奥のほうへずずずっと入ってもう一度声をかけたら、腰の曲がったおばあさんが出てきました。

    ごめんくださ〜い。
    声を掛けても、この猫ちゃん以外、誰も出てきません。奥のほうへずずずっと入ってもう一度声をかけたら、腰の曲がったおばあさんが出てきました。

  • 店内は「超」の付くレトロな雰囲気。

    店内は「超」の付くレトロな雰囲気。

  • 三輪そうめんをいただきました。

    三輪そうめんをいただきました。

  • 店先では、お供えのお酒や卵を売っています。

    店先では、お供えのお酒や卵を売っています。

  • おなか一杯になったところでさらに進みましょう。遠くには、やはり二上山。

    おなか一杯になったところでさらに進みましょう。遠くには、やはり二上山。

  • 久延彦神社が見えてきました。

    久延彦神社が見えてきました。

  • 久延彦神社

    久延彦神社

  • 久延彦神社

    久延彦神社

  • 久延彦神社の境内から望む二上山

    久延彦神社の境内から望む二上山

  • 久延彦神社にて

    久延彦神社にて

  • 狭井神社に到着。<br />狭井川の畔にある大神神社の摂社で、正式な名前は「狭井坐大神荒魂(さいにいますおおみわあらみたま)神社」。大神荒魂神(おおみわのあらみたまのかみ)を主神に、大物主神、姫蹈鞴五十鈴姫命、勢夜多多良姫命および事代主神を配祀しています。<br />

    狭井神社に到着。
    狭井川の畔にある大神神社の摂社で、正式な名前は「狭井坐大神荒魂(さいにいますおおみわあらみたま)神社」。大神荒魂神(おおみわのあらみたまのかみ)を主神に、大物主神、姫蹈鞴五十鈴姫命、勢夜多多良姫命および事代主神を配祀しています。

  • 狭井神社拝殿の右側に、三輪山の登拝口があります。<br />三輪山の標高は467.1mで、その山頂に高宮神社があり、社務所に申し込めば登頂できます。頂上まで1時間かかるそうです。

    狭井神社拝殿の右側に、三輪山の登拝口があります。
    三輪山の標高は467.1mで、その山頂に高宮神社があり、社務所に申し込めば登頂できます。頂上まで1時間かかるそうです。

  • 狭井神社 <br />拝殿の左後ろに、この神社の由来になっている神水の井戸・狭井があります。<br /><br />ここから湧き出る水は「薬水」と呼ばれ、これを飲めばいろいろな病気が治ると言い伝えられているそうです。

    狭井神社 
    拝殿の左後ろに、この神社の由来になっている神水の井戸・狭井があります。

    ここから湧き出る水は「薬水」と呼ばれ、これを飲めばいろいろな病気が治ると言い伝えられているそうです。

  • 誰でも自由にいただけます。<br />大きなペットボトルを持参の方もいました。

    誰でも自由にいただけます。
    大きなペットボトルを持参の方もいました。

  • コップの用意もあります。<br />私も少しいただきました。

    コップの用意もあります。
    私も少しいただきました。

  • ではまた、山の辺の道に戻りましょう。<br />しばらくは、人ひとりが通るのにやっとの道幅になります。<br />すれ違う人と挨拶を交わし譲り合いながらの歩みとなります。

    ではまた、山の辺の道に戻りましょう。
    しばらくは、人ひとりが通るのにやっとの道幅になります。
    すれ違う人と挨拶を交わし譲り合いながらの歩みとなります。

  • 手押しポンプの井戸がありますね。<br />まだ使えるのかしら。

    手押しポンプの井戸がありますね。
    まだ使えるのかしら。

  • 緩やかにカーブする山道を登って行きます。

    緩やかにカーブする山道を登って行きます。

  • 玄賓庵に到着。 <br />平安初期、玄賓僧都が隠棲していた庵。<br />

    玄賓庵に到着。 
    平安初期、玄賓僧都が隠棲していた庵。

  • 玄賓僧都は、桓武天皇の病気平癒に功あり律師に任じられましたが、これを辞退して782年に三輪山の松原谷に庵を結んで隠棲します。<br />天皇の僧都宣命に対し、玄賓は次の歌を作って固辞したそうです。<br />  三輪川の清き流れに洗ひてし衣の袖は更にけがさじ <br /><br /> 

    玄賓僧都は、桓武天皇の病気平癒に功あり律師に任じられましたが、これを辞退して782年に三輪山の松原谷に庵を結んで隠棲します。
    天皇の僧都宣命に対し、玄賓は次の歌を作って固辞したそうです。
      三輪川の清き流れに洗ひてし衣の袖は更にけがさじ

     

  • その後、山岳仏教の寺として繁栄と荒廃を繰り返しますが、明治の神仏分離で三輪山から出され、現在地に移されたという歴史を持ちます。<br />

    その後、山岳仏教の寺として繁栄と荒廃を繰り返しますが、明治の神仏分離で三輪山から出され、現在地に移されたという歴史を持ちます。

  • 草堂には、木造の玄賓僧都像や不動明王座像が安置してあるそうです。不動明王座像は重要文化財の指定を受けています。 <br />

    草堂には、木造の玄賓僧都像や不動明王座像が安置してあるそうです。不動明王座像は重要文化財の指定を受けています。

  • 堂内の拝観は叶わず、境内を拝見させていただきました。

    堂内の拝観は叶わず、境内を拝見させていただきました。

  • 不動明王石造。

    不動明王石造。

  • 山門には玄賓庵密寺とありましたから、密教の護摩木供養が行われるのでしょうか。

    山門には玄賓庵密寺とありましたから、密教の護摩木供養が行われるのでしょうか。

  • 玄賓庵を後にし、林の中の緩やかな坂道を登っていきます。静かな道で、歩く人の姿はほとんどありません。

    玄賓庵を後にし、林の中の緩やかな坂道を登っていきます。静かな道で、歩く人の姿はほとんどありません。

  • 木立の向こうに注連柱が見えてきました。<br />桧原神社です。<br />境内に入ると景色は一転、広い境内が拡がります。

    木立の向こうに注連柱が見えてきました。
    桧原神社です。
    境内に入ると景色は一転、広い境内が拡がります。

  • 檜原台地に建つ桧原神社は、大神神社摂社の中で、最も北に位置し創建も古いそうです。<br /><br />崇神天皇の時代、天照大神は宮中から、大和の笠縫邑と呼ばれた(やまとのかさぬいのむら)この地に遷され、豊鍬入姫命によって祭祀されます。<br /><br />垂仁天皇の時代に天照大神が伊勢神宮へ遷されるますが、その後も檜原神社として引き続き天照大神を祀ってきたため、この神社は広く「元伊勢」の名で親しまれているそうです。<br /><br />伊勢神宮の始まりの地ですね。

    檜原台地に建つ桧原神社は、大神神社摂社の中で、最も北に位置し創建も古いそうです。

    崇神天皇の時代、天照大神は宮中から、大和の笠縫邑と呼ばれた(やまとのかさぬいのむら)この地に遷され、豊鍬入姫命によって祭祀されます。

    垂仁天皇の時代に天照大神が伊勢神宮へ遷されるますが、その後も檜原神社として引き続き天照大神を祀ってきたため、この神社は広く「元伊勢」の名で親しまれているそうです。

    伊勢神宮の始まりの地ですね。

  • 桧原神社 <br />祭神は、天照大神、伊奘諾尊、伊奘冊尊ですが、三輪山の中にある磐座をご神体にしているので、本殿も拝殿もありません。<br />三輪特有の「三輪鳥居」とその奥にある神籬などが再建されています。<br /><br />また、境内には豊鍬入姫命を祀る豊鍬入姫宮(とよすきいりひめのみや)が、近年(昭和61年)に立てられたそうです。

    桧原神社 
    祭神は、天照大神、伊奘諾尊、伊奘冊尊ですが、三輪山の中にある磐座をご神体にしているので、本殿も拝殿もありません。
    三輪特有の「三輪鳥居」とその奥にある神籬などが再建されています。

    また、境内には豊鍬入姫命を祀る豊鍬入姫宮(とよすきいりひめのみや)が、近年(昭和61年)に立てられたそうです。

  • 桧原神社 <br />鳥居の真正面に二上山の姿を見ることができます。<br /><br />神々しいまでの景観です。<br />神の住まう地にふさわしいですね。

    桧原神社 
    鳥居の真正面に二上山の姿を見ることができます。

    神々しいまでの景観です。
    神の住まう地にふさわしいですね。

  • そろそろ帰路につきましょう。<br />二上山の方角(西)に向かって石段を降ります。<br />振り返った桧原神社。

    そろそろ帰路につきましょう。
    二上山の方角(西)に向かって石段を降ります。
    振り返った桧原神社。

  • 少し歩いては振り返り、また歩いては振り返りして進みます。

    少し歩いては振り返り、また歩いては振り返りして進みます。

  • 大きな池を右手に見ながら。

    大きな池を右手に見ながら。

  • 二上山の方角にずんずん坂道を下ります。<br />緩急繰り返し下り坂が続きます。これを反対のルートで登るのは大変。逆でよかったワ。

    二上山の方角にずんずん坂道を下ります。
    緩急繰り返し下り坂が続きます。これを反対のルートで登るのは大変。逆でよかったワ。

  • 眼下に箸墓古墳の森が見えてきました。

    眼下に箸墓古墳の森が見えてきました。

  • やっと平野に到着。<br />花の盛りを少しだけ過ぎた彼岸花、まだ赤々としています。<br />きれいですが、どこか哀しい赤です。

    やっと平野に到着。
    花の盛りを少しだけ過ぎた彼岸花、まだ赤々としています。
    きれいですが、どこか哀しい赤です。

  • また三輪山を振り返り。

    また三輪山を振り返り。

  • 桜井線の線路を越えて。

    桜井線の線路を越えて。

  • 住宅地を適当に歩いて、箸墓の南側の外周にたどり着きました。<br />

    住宅地を適当に歩いて、箸墓の南側の外周にたどり着きました。

  • 田んぼの向こうに鳥居が見えます。

    田んぼの向こうに鳥居が見えます。

  • すぐ近くまで行ってみることにします。<br />第7代孝霊天皇の皇女、倭迹迹日百襲姫命大市墓(やまとととひももそひめのみことおおいちのはか)として、宮内庁により管理されています。

    すぐ近くまで行ってみることにします。
    第7代孝霊天皇の皇女、倭迹迹日百襲姫命大市墓(やまとととひももそひめのみことおおいちのはか)として、宮内庁により管理されています。

  • 箸墓古墳。卑弥呼の墓とも言われています。<br />16:10 本日は、これにて終了。

    箸墓古墳。卑弥呼の墓とも言われています。
    16:10 本日は、これにて終了。

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この旅行記へのコメント (18)

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  • わんぱく大将さん 2011/11/09 00:59:51
    神社仏閣は遠くになりにけり。。。
    ゆうこママさん

    旅行記、拝見させていただきました。 
    日本の風景、良いですね。 このとこと神社仏閣は遠くになってるので、見せていただくだけで。 
    日本も知らないところ多いな、と。 思わず、”ふるさと”を口ずさみたくなりました。

     大将

    ゆうこママ

    ゆうこママさん からの返信 2011/11/09 21:11:29
    RE: 神社仏閣は遠くになりにけり。。。
    こんばんは、ようこそお越しくださいました。

    > 旅行記、拝見させていただきました。 
    > 日本の風景、良いですね。 このとこと神社仏閣は遠くになってるので、見せていただくだけで。 
    > 日本も知らないところ多いな、と。 思わず、”ふるさと”を口ずさみたくなりました。
    >

    ⇒私も日本にいながら、知らない日本だらけで、いつも再発見の旅です。
    静かな、でも人の暮らす気配濃厚な場所が好きです。
    奈良は、そんな私の好みにぴったり。
    もっともっと日本の風景を味わいたいと思っています。
    でも、海外にもあこがれます。

  • コクリコさん 2011/10/22 16:29:11
    わっ、懐かしい!
    ゆうこママさん、こんにちは。

    私の大好きな山辺の道を丁寧にリポートしてくださって嬉しくて。

    桜井から歩いたのは大学4年の時だけです・・・その後ははしょって大神神社のあたりからばかり。
    その大学4年の時に歩いた時、金屋石仏で知り合った同世代の男女たちと歩いたのですが。
    この玄賓庵の草堂のお写真のまさにその縁台に座ってみんなで写した写真まだ手元にあるのですよ!
    長岳寺まで歩いて、私はその足で合宿に合流。
    その後しばらくは写真の交換などしていましたがみんなどうしてるかな〜
    ああ色々蘇ってきて、胸きゅんです(^^)
    その後山辺の道を何回か歩きましたが、その時が一番楽しかったです。
    あまりに懐かしい写真だったので、長い旅行記の途中なのにここでひっかかってしまいました。

    山辺の道で私も何回か蛇神さまが横切る姿見ましたよ〜
    ゆうこママさんも蛇神さまに会ったのですね!
    素敵な旅ができたのも蛇神さまのおかげかも♪

    葛城古道は一人では歩けそうもありませんが、ゆうこママさんの旅行記拝見していたらまた山辺の道を歩きたくなりました。
    二上山や大和三山、古墳を見ながらポクポク歩くのって楽しいですよね。

    実は大物主神は私のアイドルなんです♪
    ふふふ、奈良コミュで一緒の前日光さんも多分そうよ。






    ゆうこママ

    ゆうこママさん からの返信 2011/10/23 00:36:46
    RE: わっ、懐かしい!
    こんばんは、ようこそお越しくださいました。
    >
    > 私の大好きな山辺の道を丁寧にリポートしてくださって嬉しくて。
    >
    ⇒帰宅してから、少し調べて旅行記作成。勉強になりました。
    いつも思うことですが、事前に調べて訪れたならもっと面白かったのにと後悔してます。

    > 桜井から歩いたのは大学4年の時だけです・・・その後ははしょって大神神社のあたりからばかり。
    > その大学4年の時に歩いた時、金屋石仏で知り合った同世代の男女たちと歩いたのですが。
    > この玄賓庵の草堂のお写真のまさにその縁台に座ってみんなで写した写真まだ手元にあるのですよ!

    ⇒草堂の佇まいは、その頃と変わりないのですね。
    建築のことはさっぱり分かりませんが、簡素で押し付けがましさのない風合いの建物だなって思いました。
    草堂の前では、60代後半くらいのご夫婦がベンチに腰掛け、静かにおしゃべりを楽しんでいました。

    > 長岳寺まで歩いて、私はその足で合宿に合流。
    > その後しばらくは写真の交換などしていましたがみんなどうしてるかな〜
    > ああ色々蘇ってきて、胸きゅんです(^^)

    ⇒長岳寺までいっきに歩いたのですか。
    若ければ私もそのくらい歩けたかな〜。加齢&運動不足のわが身には、桜井から長岳寺までは絶対無理。
    学生時代の思い出って、特別ですよね。胸きゅんっていいな。

    > その後山辺の道を何回か歩きましたが、その時が一番楽しかったです。
    > あまりに懐かしい写真だったので、長い旅行記の途中なのにここでひっかかってしまいました。
    >
    ⇒懐かしの1枚をご覧いただけて、私もうれしくなります。

    > 山辺の道で私も何回か蛇神さまが横切る姿見ましたよ〜
    > ゆうこママさんも蛇神さまに会ったのですね!
    > 素敵な旅ができたのも蛇神さまのおかげかも♪

    ⇒草木の茂る林の中の道ですから、蛇神さまがたくさんお住まいでしょうね。
    でもできることなら、大きなのには会いたくないな。
    今回は、チビッコのヘビくんでしたので助かりました。
    >
    > 葛城古道は一人では歩けそうもありませんが、ゆうこママさんの旅行記拝見していたらまた山辺の道を歩きたくなりました。
    > 二上山や大和三山、古墳を見ながらポクポク歩くのって楽しいですよね。
    >

    ⇒視界が開けるたびに二上山が見え、そのたびにエネルギーをもらいながら歩いたような気がします。
    桧原神社から北も二上山が背中を押してくれるかな。
    また、続きを歩きに行きたいです。

    > 実は大物主神は私のアイドルなんです♪
    > ふふふ、奈良コミュで一緒の前日光さんも多分そうよ。
    >
    大物主神がアイドル?
    古事記の世界ですね。
    神々の世界は、よく似た名前続出で、性格転換やら一人二役やら訳が分からなくて・・・
    大物主神のどこがコクリコさんや前日光さんの胸をときめかせるのか、教えてくださいね。

    前日光

    前日光さん からの返信 2011/11/07 00:30:03
    RE: わっ、懐かしい!
    ゆうこママさん、こんばんは。
    横から失礼いたします。
    奈良コミュに入っていながら、なかなかコメントもできず、皆様の旅行記を拝見させていただいております。
    9月からの数ヶ月、本当に息もつけないほどの忙しさでした。
    特に土・日の出勤が重なっていて、本日もそうでした。
    明日、やっと振替休日なんですよ(喜!)

    山辺の道、私もコクリコさんと同様、大好きなんです。
    結婚してすぐの1980年8月、まだ子どももいなかった頃、この道を自転車で回りました。
    石上神宮から出発し、玄賓庵には寄らず(時間の関係で)通過してしまったことが、今でも心残りです。
    30年前のその頃でも、この道を歩いている方はいらっしゃいました。

    崇神天皇陵辺りで本道からはずれてしまい、獣道のような所に迷い込んでしまったり(当時はまだきちんと整備されていなかったように思います)、金魚がたくさん泳いでいる池などに出くわしたりして、それなりに楽しかったのですが、その時も真夏で暑かったという記憶が蘇ります。
    大神神社で、巫女さんが舞を舞っているのを見ていた二人連れの大学生(男子)が、「巫女さんは、どんな風に笑うか知ってる?」と一方に話しかけ、もう一人の男の子が「?」という顔をすると、「ハハハ、ミコミコって笑うんだよ!」なんて、オヤジギャグを飛ばしていた遠い日を思い出します。

    懐かしいなぁ〜
    ぜひ近々再訪したいです。
    半分以上は忘れていたりするのですが、「山辺の道」という響きはいつ聞いてもときめきます。

    > 実は大物主神は私のアイドルなんです♪
    > ふふふ、奈良コミュで一緒の前日光さんも多分そうよ。

    コクリコさんのおっしゃるとおり、「大物主神」、私も好きよ。
    と言っても、それはこの神が「オオナムチの神」と呼ばれるときなのですが。
    大物主=オオナムチ=オオクニヌシ という説があるのですが、私は「オオナムチ」が好きなのです。
    その理由は、笑われてしまうかもしれませんが、少女漫画の「八雲立つ」に登場する「オオナムチ」がやたらカッコいいからなんです。
    イケメンで強くてプライドも高いのですが、この少年時代の「オオナムチ」に心惹かれてしまったのです。
    もうマンガだなんて。。。と呆れられたことでしょうね。
    でも私が出雲や奈良に惹かれる第二期の切っ掛け(中学校の修学旅行で、奈良・京都にハマッタのが第一期)となったのは、実はなんとこのマンガのせいが多分にあるのです。

    ということで、お恥ずかしい幼稚な打ち明け話をしてしまいましたが、どうぞ今後もお見捨てなきよう、よろしくお願いいたします。

    ではでは〜

      前日光

    ゆうこママ

    ゆうこママさん からの返信 2011/11/07 23:25:27
    RE: RE: わっ、懐かしい!
    こんばんは、ようこそお越しくださいました。
    いつか来てくださると、お待ちしてましたよ。

    > 奈良コミュに入っていながら、なかなかコメントもできず、皆様の旅行記を拝見させていただいております。
    > 9月からの数ヶ月、本当に息もつけないほどの忙しさでした。
    > 特に土・日の出勤が重なっていて、本日もそうでした。
    > 明日、やっと振替休日なんですよ(喜!)

    ⇒お疲れ様です。
    昔に比べて、世の中みんなが、とんでもない密度の忙しさに巻き込まれているような気がするのですが、どうなんでしょう。
    振替休日、ゆっくりリフレッシュしてくださいね。

    >
    > 山辺の道、私もコクリコさんと同様、大好きなんです。
    > 結婚してすぐの1980年8月、まだ子どももいなかった頃、この道を自転車で回りました。
    > 石上神宮から出発し、玄賓庵には寄らず(時間の関係で)通過してしまったことが、今でも心残りです。
    > 30年前のその頃でも、この道を歩いている方はいらっしゃいました。

    ⇒仏像やら寺院やらのよさに気付いたのがつい数年前のこと。
    気付くのが遅すぎました、私。
    もっと若かったら、自転車でスイスイとまわれたでしょう。
    自動車生活にどっぷり浸かり、ん十年とたってしまったわが身では、久しぶりの自転車はふらふらヨロヨロ。少し歩いても足腰が痛み・・・
    ったく、やれやれです。

    >
    > 崇神天皇陵辺りで本道からはずれてしまい、獣道のような所に迷い込んでしまったり(当時はまだきちんと整備されていなかったように思います)、金魚がたくさん泳いでいる池などに出くわしたりして、それなりに楽しかったのですが、その時も真夏で暑かったという記憶が蘇ります。
    > 大神神社で、巫女さんが舞を舞っているのを見ていた二人連れの大学生(男子)が、「巫女さんは、どんな風に笑うか知ってる?」と一方に話しかけ、もう一人の男の子が「?」という顔をすると、「ハハハ、ミコミコって笑うんだよ!」なんて、オヤジギャグを飛ばしていた遠い日を思い出します。
    >

    ⇒ずいぶん細かいディテールまで覚えていらっしゃるのですね。
    よほど楽しい思い出なのでしょうね。
    金魚がたくさんなんて大和郡山みたいですが、崇神天皇陵からは遠いですよね。

    > 懐かしいなぁ〜
    > ぜひ近々再訪したいです。
    > 半分以上は忘れていたりするのですが、「山辺の道」という響きはいつ聞いてもときめきます。
    >
    ⇒私も「山辺の道」という響きに胸が、ざわめきます。
    初めてあの辺りの地形を見たとき、名前のとおり、山の裾をうねうねと縁取るような道だなと実感したのを覚えています。
    歴史上の人物もその上を歩いたかもしれない砂の一粒が、今、私が歩くこの地面に混じっているのかもしれないと思うと、不思議な感覚になります。

    > コクリコさんのおっしゃるとおり、「大物主神」、私も好きよ。
    > と言っても、それはこの神が「オオナムチの神」と呼ばれるときなのですが。
    > 大物主=オオナムチ=オオクニヌシ という説があるのですが、私は「オオナムチ」が好きなのです。
    > その理由は、笑われてしまうかもしれませんが、少女漫画の「八雲立つ」に登場する「オオナムチ」がやたらカッコいいからなんです。
    > イケメンで強くてプライドも高いのですが、この少年時代の「オオナムチ」に心惹かれてしまったのです。
    > もうマンガだなんて。。。と呆れられたことでしょうね。
    > でも私が出雲や奈良に惹かれる第二期の切っ掛け(中学校の修学旅行で、奈良・京都にハマッタのが第一期)となったのは、実はなんとこのマンガのせいが多分にあるのです。

    ⇒少女漫画から古代史の虜になった女の子は、多いようですね。
    私は残念ながら乗り遅れました。
    今頃になって現代語訳の古事記などを読んでみても、ひとつ想像力に乏しい私には、鮮やかなイメージを結ぶことができず・・・
    漫画や小説は、イメージ作りに役立つと思うのですが、なかなか読む気になれず、困ったものです。

    >
    > ということで、お恥ずかしい幼稚な打ち明け話をしてしまいましたが、どうぞ今後もお見捨てなきよう、よろしくお願いいたします。
    >
    ⇒とんでもないことです。
    日本人なのに日本の歴史に疎く、古典文学もさっぱり。
    もっと勉強しておけばよかったと後悔しながら、寺院や仏像を巡っています。
    こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。

    コクリコ

    コクリコさん からの返信 2011/11/08 21:59:21
    RE: RE: わっ、懐かしい!
    前日光さん、ゆうこママさん、こんばんは。

    お二人からのたくさんのお返事ありがとうございます。

    あら1980年の夏には前日光さん新婚さんだったのですね!
    私も以前書きましたが同じ頃奈良に行きましたが・・・独身でした(結婚したの当時としては遅かったからな〜〜沈没)

    ゆうこママさんがおっしゃるように、細かいことよく覚えていますね!
    当時からオヤジギャグがあったとは!
    そういえば、私も過去のことはよく覚えているのに最近のことはすぐ忘れています。


    > コクリコさんのおっしゃるとおり、「大物主神」、私も好きよ。
    > と言っても、それはこの神が「オオナムチの神」と呼ばれるときなのですが。
    > 大物主=オオナムチ=オオクニヌシ という説があるのですが、私は「オオナムチ」が好きなのです。


    おお!前日光さんはオオナムチと大物主は同一人物説をとりますか。
    私は別人説なもので。
    記紀編纂時の怪しいカラクリ、なんちゃって。
    それは別として、少年少女向けの古事記物語を読んだ時に大物主に一目ぼれ。
    自分がまるでヤマトトソヒモモソヒメノミコトあるいはイクタマヨリヒメの生まれ変わりかも〜なんて妄想の世界にどっぷりはまりこんでしまったのでした。
    絶対美男子♪
    それ以来のファンです。

    > その理由は、笑われてしまうかもしれませんが、少女漫画の「八雲立つ」に登場する「オオナムチ」がやたらカッコいいからなんです。
    > イケメンで強くてプライドも高いのですが、この少年時代の「オオナムチ」に心惹かれてしまったのです。

    「八雲立つ」、まだ読んでないです。
    前日光さんお薦めの漫画、古本屋でもなかなか見つからなくて。
    やっと3冊手に入っただけ。
    大国主も美男子ですよね〜(会ったことないのにこの確信!)
    美少年時代のオオナムチですか♪
    老後の楽しみにとっておきますね〜

    以前ゆうこママさんと話題にした鎌倉の浄光明寺の阿弥陀三尊像、東博にお出ましなので会いにいこうかと思っています。
    脇侍の観音、勢至菩薩が美しいのですよね。

    ゆうこママさんは奈良コミュのオフ会が初めてのオフ会ですか?
    楽しんできてくださいね♪

    ゆうこママ

    ゆうこママさん からの返信 2011/11/08 22:29:25
    RE: RE: RE: わっ、懐かしい!
    コクリコさん、 前日光さん、こんばんは〜。

    私の頭の中では、大物主も大国主もイケメンだけど、かなりエッチで手の早い男子というイメージ。(っていうか古代史に登場する皆さんすべてに言えることですが)

    結婚したら奥さんは苦労しそうな気がするのですが・・・
    もうちょっと勉強しますデス。

    鎌倉 浄光明寺の観音、勢至菩薩ですか〜。
    仰るとおり、美しいのですよね。
    男でも女でもないハーフの美しさを私は感じます。
    爪が色っぽくてたまんないわあ。
    どんな色のマニキュアがいいかしら?
    髪の色は?
    お洋服は、ちょっと皆が着ないような色でも着こなせるかも。
    なあんて、妄想が広がる菩薩さまです。

    初めてのオフ会です。ドキドキです。

    前日光

    前日光さん からの返信 2011/11/11 00:19:06
    RE: RE: RE: RE: わっ、懐かしい!
    コクリコさん、ゆこママさん、こんばんは〜♪

    ゆうこママさんのおっしゃるとおり、古代の神々はみな手が早い方たちばかりですよね。
    よく言えばおおらかとも言えるわけでして、私が万葉集や古事記が好きなのも、変に気持ちを隠そうとせず、喜びも悲しみも全身で表そうとする純粋さ(単細胞とも言いますが(^_-))に惹かれるのかもしれません。

    > 結婚したら奥さんは苦労しそうな気がするのですが・・・

    あ、私は彼等を眺めてるのが好きなんですね。
    だから眺めるからには、イケメンであってほしいわけでして。
    彼等と暮らして嫉妬に苛まれるのだけは、避けたいです。

    古代のこういった方々のことを考えていますと、時間があっという間に経ってしまいます。
    最近ますます妄想が趣味となってきています。

    > 鎌倉 浄光明寺の観音、勢至菩薩ですか〜。

    ああ、この菩薩様ですかぁ〜
    本日も職場の同僚が、どうしようかなぁ〜、行こうかなぁ〜、行きたいなぁ〜と煩悶しておりました。
    私は、今回はちょっと無理かも。
    県立美術館に行く予定が入っておりまして。

    ゆうこママさん、初のオフ会、楽しんできてくださいませ。

    コクリコさん、近いうちにお会いしたいですね。

    それでは〜

      前日光
  • 豚のしっぽさん 2011/10/21 12:37:23
    山の辺の道☆
    社会勉強になりました!!!

    こんにちは(^^♪ゆうこママ

    私もこのルート大好きですヽ(^o^)丿

    でも、もう何年も歩いてないな〜

    桜井には同級生も住んでいるので遊びに行くことはあっても
    おしゃべりで終わってしまい。。。

    歩いてません(-"-)


    また挑戦しよ!って 歩きたくなりましたぁ〜


     しっぽ

    ゆうこママ

    ゆうこママさん からの返信 2011/10/21 22:51:48
    RE: 山の辺の道☆
    こんばんは、ようこそお越しくださいました。

    しっぽさんのように、てくてくと軽やかにはいかず、ゆるゆるふわふわと歩いた1日でした。
    日々の運動不足をこういうときに痛感します。

    それでも、昔の人々のことを想像したり、頭の中がからっぽになったり、ぶらぶら歩きは楽しいです。

    奈良ファンになって数年。
    何度訪れても何かしら胸を打つものがあって魅力的な場所ですね。

    しっぽさんの旅行記を拝見していると、奈良病がますます重篤化しそうです。
  • morino296さん 2011/10/21 00:12:40
    このルート良いですね
    ゆうこママさん

    こんばんは。
    桜井から山の辺の道、良いですね。
    私もこのルート大好きです。

    金屋の石仏の近くに、小さな小屋で焼き物のお店はありませんでしたか?
    こちらの奥様は、名古屋出身の方でしたよ。

    桧原神社から桜井線へ向かわれたのは大正解ですね。
    逆のルートは、きつい上りになりますね。

    一時、箸墓古墳、卑弥呼の墓とも騒がれていましたね。

    お天気も良く、山の辺の道をお楽しみになれてよかったですね。
    結構な距離を歩かれたと思いますが大丈夫でしたか?

    また、行ってみたくなりました。

    morino296

    ゆうこママ

    ゆうこママさん からの返信 2011/10/21 22:44:57
    RE: このルート良いですね
    こんばんは、いつもありがとうございます。

    > 桜井から山の辺の道、良いですね。
    > 私もこのルート大好きです。
    >
    今回のひとり歩きでは、296さんの新春ウォークという旅行記を参考にさせていただいたのですよ。
    旅行記をケータイで確認しながら歩いたお陰で迷うことなく、誰もいない道でも不安に思うこともありませんでした。

    > 金屋の石仏の近くに、小さな小屋で焼き物のお店はありませんでしたか?
    > こちらの奥様は、名古屋出身の方でしたよ。

    ケータイ旅行記を見ながらなので、この辺りにあるはずと思いながら歩きました。それらしき小屋はあったのですが、戸が閉まっていました。平日だったからですね。

    >
    > 桧原神社から桜井線へ向かわれたのは大正解ですね。
    > 逆のルートは、きつい上りになりますね。


    そうですね。
    こんなにも高低差があるとは、驚きでした。

    > 一時、箸墓古墳、卑弥呼の墓とも騒がれていましたね。

    古代史は分からないことが多いから面白いのですよね。
    箸墓も実際のところは、分からないことだらけのようですから、当分の間、古代ロマンを誘うポイントでありそうですね。

    >
    > お天気も良く、山の辺の道をお楽しみになれてよかったですね。
    > 結構な距離を歩かれたと思いますが大丈夫でしたか?
    >
    気持ちのよい日でした。
    自分のペースで休み休み歩いたので、なんとか歩けました。
    でも実は、箸墓の辺りではもう限界。足を引き摺りながらの情けない有様でした。
    タクシーを呼んで桜井駅まで行ってしまいました。
    翌日、翌々日と身体のあちこちが悲鳴。

    それでも、また行きたいです。
    そのときは、今回の続きの北側の道を歩くことになるのかな。
    古代天皇の古墳が散在する辺りになるのでしょうか。
    また、296さんの旅行記をガイドにさせていただくことになると思います。

    親切丁寧な旅行記にお礼申し上げます。
  • はなかみno王子さん 2011/10/20 22:33:39
    この鳥居に沈む夕陽。。
    ゆうこママさま

    山の辺の道、王子が大好きな道です。
    いつも天理から桜井に向けて南に向けて歩くと
    夕方にここに着く。。そして夕陽を楽しむ。。

    ここから二上山に沈む夕陽が最高です。。
    なんと言っても、古代人が見たのと同じ
    大和の盆地風景と生駒山〜金剛山の山並みが
    一望できるもの。。。。。
    古代史を馳せることができる夕陽。。
    こんなの最高ですね。。

    87王子

    ゆうこママ

    ゆうこママさん からの返信 2011/10/21 22:18:18
    RE: この鳥居に沈む夕陽。。
    こんばんは、いつもありがとうございます。
    >
    > 山の辺の道、王子が大好きな道です。
    > いつも天理から桜井に向けて南に向けて歩くと
    > 夕方にここに着く。。そして夕陽を楽しむ。。

    天理から1日で南下されるのですか。
    かなりの距離がありそうですね。
    健脚の王子さんならば、ちょうどよいのかしら。

    >
    > ここから二上山に沈む夕陽が最高です。

    きっと、そうですよね。
    本当は夕陽を見たかったのです。
    9月末ならば、時期もバッチリですし。
    でも、帰りの時刻があって、今回はあきらめました。
    いずれまた、です。

    生駒山から金剛山の山並みのなかでひと際目立つがふたつの頂。
    ここに古代人が神性を見出したのは、当然のことに思える1日でした。

    はなかみno王子

    はなかみno王子さん からの返信 2011/10/21 23:08:32
    RE: RE: この鳥居に沈む夕陽。。
    ゆうこママさま

    こんばんは。

    古代人が見たのと同じ夕陽が見られる。。
    これだけで、山の辺の道を歩いた価値があると
    思ってます。。

    明日は、娘と東大寺ミュージアム+興福寺国宝館に
    行ってきます。。
    この娘、日本史/世界史に滅法詳しい。。
    力強い助っ人です。。

    王子。

    ゆうこママ

    ゆうこママさん からの返信 2011/10/21 23:43:58
    RE: この鳥居に沈む夕陽。。
    仰るとおりですよね。
    改めて考えると、古代からまったく変わりなくあるものは、空に浮かぶものだけかもしれませんね。

    卑弥呼がみた太陽と現代人の我々の見る太陽が全く同じものであることって、すごいことですね。

    お嬢様のガイドツアーで東大寺ミュージアムですか?
    まあ、うらやましい。

    皆さんのお出かけ情報に指をくわえている私です。
    あ〜早く見たいよお〜

    はなかみno王子

    はなかみno王子さん からの返信 2011/10/21 23:58:58
    RE: RE: この鳥居に沈む夕陽。。
    歴史に詳しい娘。
    土地勘抜群のオヤジ(王子とも言う)。
    これ、最強のコンビですわ。。
    雨が強くならなければね。。。

    > 皆さんのお出かけ情報に指をくわえている私です。
    > あ〜早く見たいよお〜

    レポートお待ちくださいませ、、

    王子。

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