2011/08/24 - 2011/09/07
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prinprinさん
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セゴビア市は、海抜1000m、人口約5万7000人の城塞都市です。
旧市街と水道橋は世界遺産に指定されており、小さな町なので、日帰りでも、のんびり廻れます。
バスで行くのほうが便利らしいのですが、プリンシペ・ピオ駅でバス乗換えがうまくできるか心配だった事と、
地下鉄路線図で無色(オペラ駅〜プリンシペ・ピオ駅)のR線がどうなっているのかよくわからなかったので、
行きはチャマルティン駅からRENFE(10.60ユーロ)で、帰りはバス(7.30ユーロ)で帰ってきました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
地下鉄チャマルティン駅から、エレベーターで上がって、RENFE近郊線「Cercanias」と表示された方に行きます。
電光掲示板に、まだAVANT9:40発のホームVia番号が出て無かった。
X線の手荷物検査が、どこにあるかわからなくて焦った。
近くのご婦人に尋ねたが(一生懸命答えてくれるんだけど)通じず、そのグループの人が英語で「私たちもセゴビアに行く。ついておいで。」と言ってくれました。
この家族とは、次の日トレド行のアトーチャ駅でも会い、「ブエノス・ディアス」と声をかけてくれました。
出発25分前になったら、ホーム番号が表示された。
手荷物検査はホームに降りてから、簡単なX線検査だけだった。(次の日、アトーチャ駅は、ホームに降りる前でした。)
初めてのRENFE新幹線、足載せもあって、飛行機のエコノミーより座り心地が良い。
セゴビア・ギオマール駅に到着直前、雨が降り出した。
シマッタ! 傘も長袖も持ってない。 -
昨日マドリッドでカーッと晴れて暑かったので、30分離れただけで、まさか寒い(17℃)とは思わなかった。
→帰国してから調べました、この辺りは「9ヵ月の冬と3ヵ月の地獄」と言われたそうです。
駅構内のインフォメーションで、傘を買う所を訊きました。
無料の日本語観光案内小冊子がありました。
11番バスで、終点のアソゲホ広場(ローマ水道橋):
折りたたみ傘(10ユーロ位)は、たくさん売っていたが、雨が止みそうだったので買わずに済んだ。 →雨が止んだら、暖かくなりました。
←この写真は帰りなので、晴れています。
水道橋の脇に階段があり、上から見ることができます。 -
ゆるやかな坂を上がって行くと10分、大きな、黄色いカテドラルが見えた。
「カテドラルの貴婦人」と呼ばれる、ゴシックです。
←マヨール広場から見たカテドラルです。 -
ちょうどパイプオルガンを弾いていた、軽やかな音。
ところどころに、貝殻のモチーフが彫ってある。 →アルカサルに行ってから、ホタテの貝殻をぶら下げて、スペイン北部を巡礼するところからきているらしい、とわかりました。
付属美術館には、絵画・彫刻・金銀細工・タペストリーなど。
→よろしければ、旅行記「キリスト教宗教画の見かた」をどうぞ。 -
中は荘厳。たくさんのキンキラキンの礼拝コーナーで、囲まれています。
片隅の小さな礼拝堂をのぞくと、扉が閉められた奥で、ミサが行われていた。座っているのは東洋人みたい。
ミサが終わったらしく、たくさんの日本人と、お揃いの黄色のスカーフをしたスペイン人たちが出て来た。 -
カテドラル→アルカサルの道、車1台でいっぱいなのが見えますか。
こんなに狭いのに、車が何台も通って行くと思ったら、アルカサルには、無料駐車場が40台くらいありました。
この道の右側は、下り坂の路地でした。
この緩い下り坂を10分位歩くと、アルカサルに着く。 -
アルカサールの敷地に入って右の公園から、大きなサンタ・マリア・デル・パラル修道院と、新しい旧貨幣局と、
←小さなラ・ベラ・クルス教会が見渡せました。
(写真は8倍で撮っています。肉眼で見ると、教会とわからないくらい小さいんです。)
(地図ではわかりませんが)ド〜ンと下がった所にあるので、健脚でないと行けませんね。 -
アルカサル(セゴビア城):
ディズニーの白雪姫の城のモデルになったと言われるお城です。(シンデレラ城は、ドイツのノイシュバンシュタイン城です)
アルカサル左手前の建物で、入場券と塔の入場料を払う。
展望塔に登る人は、入場券のバーコードが必要なので、なくさないように。
オーディオガイド(日本語あり)を借りる所に、日本語の無料パンフレットがあります。
小さな跳ね橋を渡って、アルカサルに入ります。跳ね橋の下は絶壁、目がくらむ。
携帯電話型オーディオガイドを片手に、城内を見学。(説明が長いので、時間のない人にはお勧めしません)
一番奥に、船の舳先のようなテラスがあります。風が吹きっさらしで寒いけど、景色が良い。出られるのは夏だけです。 -
順路に従って見学します。
入ったらいきなりパテイオで、肩透かしを食う。
ほとんど大火の後の復元されたものだが(右側一番奥の小さな部屋から火事が起きた)、イスラムっぽい装飾で雰囲気は当時のまま。
イサベルは、1451年、後妻の娘として生まれた。
(父は政治手腕が無いファン2世。母はポルトガル王女。)
3歳の頃に父が他界すると、王になった(20歳年上の)異母兄(優柔不断、戦争が嫌い。母はアラゴン王女)によって母・弟と共に追放された。
王国の城を転々とし、母は精神を患うようになる。
満足な教育も受けられず、イサベルは祈ることを救いとして、質素な少女時代を送った。 -
王城のあと、将校の軍事学校になったので、展示物は甲冑・武器、軍隊学校の頃の資料が多い。
兄エンリケ4世王に娘が生まれるが、(男色だったので)実子ではないという噂が立ち、反王側の貴族たちが、弟アルフォンソを担いで内戦になる。
3年後(イサベル17歳)弟は14歳で死亡。(毒殺らしい)
貴族たちはイサベルを立てようとしたが、「兄が生きているうちは」と拒否、内戦が終結する。
1469年、地中海に領海権を持つアラゴン・カタルーニャ王国の王子フェルナンド(またいとこ)と政略結婚した。
1474年に異母兄エンリケ4世が没し、(兄の娘が王位を継ぐ前に)イサベルは白い喪服で、(王室財産を保管する)ここセゴビア城に駆けつけた。
23歳のイサベルは戴冠式をしてカスティーリャの王位を継承し、夫フェルナンドは共同統治王に就いた。(イサベル死後の継承権は彼女の直接の子孫にある) -
諸王の間
壁面上部には、8世紀からカスティーリァ王国を治めてきた歴代の王たちの彫像が並んでいます。
5年後(1479年)フェルナンド2世がアラゴン王に即位した。
二人の紋章「TANTO・MONTA(二人は平等、二人の権力は同等)」は、女性の統治権の無いアラゴン王国には画期的な事だった。
二人の結婚は、スペイン王国が成立したと言われるが、二人が両国の共同統治を実現した(カスティーリャ・アラゴン連合王国)ということであって、別々の統治機関、議会、税制、貨幣などを維持していた。 -
ファン2世(ドン・ジュアン)の塔から見た、カテドラルとセゴビアの街です。
塔は、階段がきついとは知っていたが、本当に狭いらせん階段が延々続いて、息が切れる。次の日から、筋肉痛に悩まされました。
長い間牢獄として使われ、居心地が良かったとオーディーガイドが言っていた。ほんとかい?
「絶壁に囲まれた堅固な城塞」、?、「陸の巨塔」だわ。 -
セゴビア博物館(カサ・デル・ソル)→サン・アンドレス門→ユダヤ人街を通って、
←見えているのは、カテドラルの裏側です。
イサベルは王権を確立する為、出張統治という方法で地方都市を転々とし、荒廃した国の立て直しに奔走した。
カステーリャ王国にまだ首都はありませんでした。(イサベルの曾孫フェリペ2世が1561年マドリッドを首都にした。)
イサベルは王であると同時に、後継者を生むという、女としての役割も担っていた。
旅の暮らしの中で多くの流産を経験しながら、別々の街で5人の子供を出産する。
夫フェルナンドも、アラゴンの国王として旅をし、多くの愛人に子供を産ませている。 -
お腹がへったと言うので、サン・マルティン教会には入りませんでした。
グラナダ陥落(1492年)の偉業が讃えられ、(1496年)フェルナンドとイサベルはローマ教皇により「カトリック両王」の称号を授けられることになった。 -
ローマ水道橋に戻って来ました。
上の方に、白いマリア像があるのが見えますか。
高さ29m、人と比べると、いかに大きいかわかると思います。
全長728m、橋には全て3度の傾斜がつけられ、122の柱と166のアーチを持ちます。
BC1世紀頃ローマ皇帝トライヤヌスによって造られ、100年ほど前まで2千年近く、実際に使われていました。
2万個の石どうしが支えあい、セメントを一切使っていません。
花崗岩のブロックを積み上げては、回りを泥で埋め、常に地面と同じ高さにして作業を行い、最後に完成したところで全ての泥を取り去ったといわれます。
町から15km離れたリオフリオ山脈・アセベダ川から引かれた水が、絶えることなく毎秒20リットルのぺースで流れていました。
こんなカラカラの大地に住むセゴビアの人にとって、水路はまさに生命線そのものでした。 -
水道橋の下の、メソン・デ・カンディドのテラス席。
←(橋の下の白いテント)
郷土料理コチニージョ・アサード(仔豚の丸焼き)コンソメソースかけ。
私は、皮が少し獣臭い感じがして、冷製の茹でたペルディス(山うずら) ビネガー・オイル漬けのほうが好きだった。
安い赤ワイン COBRANZA 2008(13ユーロ)渋くて甘くておいしかった。
カスティーリア風スープもおいしい。季節のサラダ。3人で合計90.45ユーロ -
お店レストランが並ぶ広い歩行者道路を、歩いて7分。
突然右手に古い教会、サンテ・ミリヨン教会でした。(公開はミサ時間のみ)
うっとりして見ていたら、通りがかりのおばさんがニコニコしながら、私に「ロマティカ」と言って行きました。ローマ風?→教会ってことかな?
すぐ先が、バスターミナルのビル。17:00発で帰りました。
発車して高速道路1時間、バス停でお客さんがたくさん降りたので、どこか郊外の町かなと思ったら、もうマドリッドでした。
18:15 プリン・シペ・ピオ(ノルド北駅)到着。
地下鉄路線図で無色のR線。オペラ駅との1区間だけの折り返し運転のようです。
夕方に帰って来れたので、ホテルで訊いて、コインランドリーに行きました。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- churros さん 2011/09/20 08:53:56
- !Hola! amiga
- prinprinさん、おはようございます。
セゴビアに行かれたんですね!ローマ式水道橋やコチニージョ・アサド、マドリーから遠足には丁度いいですよね〜、セゴビアの水道橋はやっぱり一番立派ですよね、懐かしく思い出されます。
行きはセルカニアス帰りはアウトブス、私も遠足はいつもこの手を使うんですよ、行きは早く行きたいし起きる時間を調整出来るので予定が立てられる電車、帰りは運行が多いアウトブスが良いです。
romantica(ロマンチカ)は鶴岡まさよしと東京ロマンチカ?ではなく、きっとロマンチックでしょ〜と仰ったんでしょうね、おばさんだったので女性名詞のcaですね。
旅行記楽しみに拝見させて頂いています。
churros
- prinprinさん からの返信 2011/09/20 14:20:00
- ありがとうございます。
- churrosさんに、アトーチャもチャマルティンも混むと教えていただいたので、往路だけ、インターネットでRENFEチケットを買っておいてよかったです。
マドリッド→セビリアは、83.30ユーロを、Web Price33.35ユーロで買えました。
ニコニコして「ロマンチックでしょ」と言ってくれたおばさん、
普通の道路に古典的な教会があって、私がうっとりしていたのを見て、声をかけてくれたんでしょうね。
スペインの人たち、フレンドリーでした。
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