2011/08/01 - 2011/08/09
988位(同エリア3133件中)
ねいちゃさん
さぁ、いよいよ「最後の晩餐」との対面を迎えます。
今旅のメインイベントがいきなりやってきて、その後テンションが保てるかどうか、やや不安ではありますが(イタリアの奥深さはそういう杞憂はいりませんでしたけど)、やっぱむっちゃ楽しみ~!!
この絵画の鑑賞は、入場制限があり予約も難しく、入場日時も調整があって変更することも多いとか。実際予定では午前中に鑑賞だったのが、午後に変わったりもしました。
しかし、見るべき価値はあります。この絵を見るためだけにイタリアに来たとしても十分と今になって改めて思えてきます。
それが「最後の晩餐」なのです。
ではでは、「ミラノ編PartⅡ」をご覧下さい。
<旅程>
☆8月1日 関空→アムステルダム→ミラノ
★8月2日 ミラノ
☆8月3日 ミラノ→ヴェローナ→ヴェネツィア
☆8月4日 ヴェネツィア→ピサ→フィレンツェ
☆8月5日 フィレンツェ→シエナ→フィレンツェ
☆8月6日 フィレンツェ→ローマ
☆8月7日 ローマ
☆8月8日 ローマ→アムステルダム
☆8月9日 アムステルダム→関空
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 近畿日本ツーリスト
-
サンタ=マリア=デッレ=グラツィエ教会[Chiesa di Santa Maria delle Grazie]
ミラノ公フランチェスコ・スフォルツァが霊廟とするため教会の建設を指示し、建築家グィニフォルテ・ソラーリによって1469年に完成。
教会の後陣は四角形の台座の上に多角形の丸天井がのるという特異な外観で、ブラマンテにより改築されたというが確証はないらしい。
ただ、ダ=ヴィンチとブラマンテは同時期にミラノにいたことはわかっていて何らかの交流はあったのかもしれません。 -
「最後の晩餐」鑑賞入場入口
13時00分、予約時間15分前チケットを手にしてこちらから入場。
すぐ右手の部屋で25名が厳重なゲートの前でしばらく待機します。 -
入口に展示されていた写真
説明はイタリア語と英語で読めなかったのですが、これは第二次大戦で受けた戦災の跡。
教会は連合軍の爆撃を受け、「最後の晩餐」の描かれた壁などを残してがれきの山となりました。
教会の関係者は「最後の晩餐」を守るため、あらかじめ土嚢が積み上げていて、かろうじて被害は免れたという信じがたい話が残っています。
爆弾の落下点があと数m違っていたら・・・まさに奇跡の絵画といわれる所以です。 -
待機中、鉄格子から中庭をのぞむ
高まる期待を押さえつつ、鉄格子の間から中庭を撮影。
この後鉄格子を抜けた後、第二待機室へ移動し全員が入り終わると、第三待機室のガラス戸がしずしずと開いてくれます。
外気の完全なるシャットアウトが幾重にも施され、この絵画が並みのものではないとこの時点で痛感させられてゆきます。 -
第二待機室から中庭を撮影
この優美な回廊付中庭もブラマンテの作だとか、中庭は花壇の入れ替えの時期なのか、耕されたまんまでした。。。
が、んなものは今あんまり関係ないです。
はやる気持ちを抑えつつという状態。 -
中庭から多角形の丸天井が見えます。
この後陣、外からは教会全景とともにしっかり撮れるのですが、とりわすれてしまいました。
で、ここで撮ってるのですけど・・・んなことしている場合ではありませんよねー。
いよいよ第三待機室の扉が開いて旧食堂内部へ・・・・・・・。
残念ながら当然のこととして撮影禁止なので写真はありません。 -
なんちゃって「最後の晩餐」−出た所の売店で買った切手タイプのスキャン画像
入場後空気がひんやりとし、音もほとんどしない静寂な空間に、「最後の晩餐」は淡い光の中におられました。
実物は写真なんかよりもうんと薄い色合いです。
ぼーっと浮かび上がる感覚。
色んなタイプの写真は見ましたが、実物の色合いを出しているのは少ない。
やはり実物を見ないとこれは伝えきれません。
フレスコ画にする方が壁画的にはよかったけど、ダヴィンチは加筆や修正ができないというので、あえてテンペラ画の技法をとったため、完成後20年後には既に傷み始めたと言われています。
まさにこれは必見の価値あり!
ネット予約も可能ですが、3ヶ月前から埋まりはじめます。
どうしても見たい方は、どうぞお早めの準備を。
期待は絶対に裏切りません!! -
「最後の晩餐」は一点透視図法が用いられ、オペラグラス(この絵を見るために購入)でのぞくとイエスの右目のこめかみ部分の穴が中心点だとわかります。
この遠近法では旧食堂と壁面と完全に連続し、あたかももう一つの部屋が壁の向こうにあるように描かれています。
ただただため息の連続で、あっという間に規定の15分が過ぎてしまいました。
係員に追い出されている時、わざとグズグズして、「最後の晩餐」と私一人だけがいる数秒間を秘かに演出いたしました。
部屋には私一人・・・大変満足した次第です。
あ、写真は出口を出た所の教会前の通りです。 -
「最後の晩餐」のショップを出た所の建物
興奮さめやらず、窓におられる神父さん?も思わず、ダ=ヴィンチさまに見えてきます。(笑) -
イチオシ
ふたたび、ドゥオーモ前
最大のイベントが終わり放心状態の我々は、再びドゥオーモ前に戻され、ここで解散となります。以後自由行動の時間です。
午前中は逆光だったドゥオーモ(教会の正面は西向き)も、今はほぼ真上から光をあびて美しく白い輝きをはなっていました。
ヨーロッパの教会の正面はほぼ西向きです。綺麗な写真を撮りたい方は午後から正面をとりましょう。
これは覚えていた方がいいですよん。 -
ここいらで世界史のお勉強。ローマ皇帝コンスタンティヌス帝は、従来のキリスト教禁止政策を改め、帝国の新たな精神的支柱とするため「公認」へと大きく舵をきることにした。これが313年発布の「ミラノ勅令」。
ただし、ミラノはコンスタンティヌスが東皇帝と会談を行った場所であって発布された場所ではありません。
また勅令ではなく東皇帝の親書(手紙みたいなもの)でコンスタンティヌス帝ではありません。
はたまたキリスト教公認がクローズアップされるけれども信教の自由であってキリスト教だけが認められたわけでもないのです。
歴史というのは調べるとやっかいですねー。
とまぁ色々ありますが、ミラノ勅令はこのドゥオーモの一番左の門扉に掲げられております。 -
中央大扉「聖母マリアの生涯」
これは1906年ポリアーギによって作られたブロンズ製の扉で、この大扉の上には「Mariae Nascenti」という文字が刻まれ「マドンナの生誕」を意味しています。
この右には「ミラノ中世の歴史」「ドゥオーモの歴史」があり、これらは1950年代に公募により作成されたそうです。 -
そうそう、ついでにガッレリアの正面も撮影しておきましょうね。
ただ、あんまりドゥオーモを見とれていても時間だけが過ぎていくので、次の行動へ。
ネクスト・ミッションは「あのドゥオーモに登れ!」
ガイド本によれば、屋上へのチケットは・・・どこに売っているか、書いてありませんなー。
こういう時は近くの「i-Point」にいくべし。
これはインフォメーションのようなもので、チケットも販売しているらしい。
「i-Point」はドゥオーモの東南側の建物内にあります。
エレベーターで上がるには10ユーロ。
健脚の私たちは、もちろんエレベーターですっ!(笑) -
エレベーターの乗り場はドゥオーモの東北角にあります。
チケットを買った現地の観光客について行けば間違いない。
あっという間に屋上?いえいえ、ここはエレベーターの出口で屋根でいうところの廂の上。
ここから廂づたいにファザード方面に歩いてから、屋上への最終階段を上ることになります。 -
にしても、すごいでしょ、この尖塔群。
135本の1本1本に聖人の彫刻が乗っていて下界を見下ろしています。
ただ屋根側だと背中向けてるんですね、みなさん。
当たり前だけど。 -
こんな高さにあるんだから、下からだとどうせよく見えないはずなのに、えーかげんに作ってないんです。
とっても精巧、昔のイタリア人は几帳面だったのでしょうか。
今のイタリア人は・・・・。
あー、夏の青い空に尖塔がよく映えてます。 -
ドゥオーモの最も高い所におられる黄金の聖母「マドンニーナ[Madonnina]」
1774年彼女はここに建てられました。
現在基部は修復中で足場に覆われていますが、観光の邪魔にならないようにオシャレな形状の覆いとなっています。
見せる工夫、このあたりはさすがはミラネーゼですね。 -
ドゥオーモ屋上
NHKのイタリア語講座で高橋克美さんがいつも居られる所。
どこからか「ボンジョルノォ〜」という声が聞こえてきそうです。(笑)
私、基本的に高い所が好きなので、塔やクーポラがあるとどうしても登りたくなるんです。
景色が一望できるって気持ちいいじゃないですか。馬鹿と煙はなんとやらです。 -
ドゥオーモから南西方向をのぞむ
右の「きのこ」状の一風変わった建物は、ヴェラスカの塔[Torre Velasca]と呼ばれるもので、1950年代中頃ミラノの建築家集団BBPRにより設計されたもの。
この建物は中世の要塞と城を現代に置き換え、あえてロンバルディアの伝統を残したものとされています。
とある解説によると、近代主義の思想的・形態的な硬直性の神話の否定を表しているそうですが、逆によくわかりませんねぇ・・・。 -
両翼に鎮座する装飾いっぱいの螺旋階段
この階段を上り下りする人って誰なんでしょうか?中央の塔に入るための入口?
この階段、なんか上ってみたーい。一般公開?される日ってあるのかなー、ないんだろうなー。 -
ドゥオーモから北西方向をのぞむ
下にガッレリアが見えますね、中央のドームは上からみるとあぁなっているんですね。
正面にはスフォルツェスコ城も見えます、次はあそこに行きましょう、歩いてもいけそうな距離みたいですし。
空気の澄んだ天気のいい日は、遠くアルプスの山々がみえるそうです。
夏はかすんでいてダメですが、冬の晴れた日はきっと狙い目でしょうねぇ。 -
ドゥオーモ広場[Piazza del Duomo]
中央にはヴィットーリオ=エマヌエーレ2世の騎馬像がありますが、今は改修中。
この広場には悪名高いミサンガ売り・鳩の餌売り・スリが彷徨いて気をつけないといけません。
今旅ではスリ対策として鞄のファスナー部分に番号式の鍵をこれ見よがしにつけておきました。
敵に「めんどくさそう」と思われることで、ある程度の抑止力になるのなら、多少開閉が面倒でも嫌な思いをしなくて済む。
こういう「的」にならないちょっとした工夫は海外旅行では肝要かと。
ちなみに、私はさらに「虫除けベープ」を鞄につけておりました。
赤い電気がついて、これはパッと見、警報機みたいに見えます。
これは効果絶大(たぶん)!おすすめです。 -
イチオシ
最後にもう一度ドゥオーモの雄姿を。
しかし本当に何度見ても飽きません。
ゴチャゴチャしすぎって非難もあるけど、私的にはお気に入りの建造物です。
大した技術が無くても、写真におさめて「絵」になる建物って実際そんなに多くはないです。
ピラミッドなんかはデカすぎて写真じゃうまく伝えられない。
もちろんタージ=マハルには遠く及びませんが、なんというか丁度いい感じがいいんです。 -
スフォルツェスコ城前のジュゼッペ=ガリバルディ騎馬像[Giuseppe Garibaldi]
世界史クイズ、この人は何をした人でしょうか?
正解はカブール・マッツィーニと並ぶ「イタリア統一の三傑」の一人で、イタリア王国統一に貢献した軍人さんです。
三傑なんていうと日本では「維新三傑」西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允なんかを想像しますが、まぁそのイタリア版ですね、あえていうとガリバルディはその中でも西郷さんに近い人かも。
1860年赤シャツ隊を率いて両シチリア王国を滅ぼし、その征服地を惜しげもなくサルディーニャ王ヴィットーリオ=エマヌエーレ2世に献上して、イタリア統一に大きく貢献。
以後は軍人としてその後統一戦で活躍するも、あらゆる名声と報償を拒み、晩年は生まれ故郷で過ごした。
征韓論に敗れ下野して薩摩で余生を過ごすも西南戦争の首謀者に担がれ自害した西郷さんに何となく近いでしょ。 -
スフォルツェスコ城・フィレーテの塔[Castello Sforzesco]
1450年にミラノ公爵フランチェスコ=スフォルツァがヴィスコンティ家の居城を改築。
内部には美術館もあり、ミケランジェロの遺作「ロンダニーニのピエタ」などが展示されています。
塔の装飾は比較的新しいもので、時計は約100年前に追加されたものだとか。
中央の白い石像はミラノの守護聖人である聖アンブロージョ。
アンブロージョは4世紀のミラノの司教さまです。 -
城内中庭
一辺が約200mの正方形に近い形をしており、周囲を回廊が巡り内側に広い中庭があります。
かつては馬の訓練や厩舎なども置かれたりしたので、ルネサンス君主の優雅な居城というより、中世の堅固な要塞といった性格の方が強そうです。
元々ミラノはイタリア半島の玄関ともいえる場所に位置するため、神聖ローマ・フランスらによる抗争に巻き込まれることも多く、17世紀初めには大変堅固な要塞となっていったわけです。
能書きはこれくらいで、さぁスフォルツェスコ博物館[Musei del Castello Sforzando]に入りましょう。
入館料は3ユーロ。 -
「アッセの間」中央にあるヴィスコンティ家の蛇の紋章
建築家のブラマンテとともにミラノ公イル=モーロに城の装飾を依頼されてたダ=ヴィンチが制作。
天井一面を植物の枝で覆われたアーチ型天井に特徴のある部屋で、長い金色のストリングで絡まった16本の木の枝が圧倒的な勢いで迫ってきます。
この天井画は別の塗装が上塗りされていて、20世紀初め頃復元作業中に発見され、ダ=ヴィンチ作だと判明して話題を集めたそうです。
暗くて鮮明な写真がとれなかったのが残念です。
フラッシュ焚けばいいんだけどね、彫刻はともかく絵画にはやはり抵抗があります。 -
イチオシ
ミケランジェロの遺作「ロンダニーニのピエタ[Pieta Rondanini]」
1階15室の彫刻群の最後に、分厚い仕切り壁に囲まれた中にこのピエタ像はあります。
一見するだに未完成だとわかるのですが、これがミケランジェロが死の3日前まで彫り続けたものと言われると「ほぉー」という気になります。
元はローマのロンダニーニにあったことからこの名前で呼ばれています。 -
このピエタ像はどうしても見たかったのです。
というのは、イタリア行きを決めてからのぞいていたあるプログに、この2体の関係性を強く意識する文章を見つけたからでした。
像の左側から見た上の写真では、イエスがマリアを気遣い背負っているように見えるのに、
像の右側から見たこの写真では、イエスの足に力が入っておらず、マリアの方がイエスを支えています。
つまり、見方によって「子の母への愛」と「母の子への愛」の両方が詰まっている作品と言えなくもない。
金八先生じゃないですが、「人という字は・・・」ってくだりを思い出すような、何とも心を穏やかにしてくれる作品だと思いませんか。 -
博物館内部から「ボナ=ディ=サヴォイア[Bona di Savoia]の塔」をのぞむ
1477年に作られたこの塔は、いまや博物館の玄関目印になっています。
このボナ=ディ=サヴォイアというのは女性の名前で、フランチェスコ=スフォルツァの長男で残虐な圧制者だったガレアッツォ=マリーア=スフォルツァの一番目の奥さんだった人。
なんでこの女性の名前がついているのかは不明ですが、形状はヴェラスカの塔とよく似てることがわかります。 -
博物館を出た後、列柱を見にサン=ロレンツォ=マッジョーレ教会へ行こうと思ったのですが、どうやっていけばいいかわかんないし、少々疲れてきました。
で、ガッレリアに戻ってBarで初カプチーノ体験。やや高めの4.5ユーロ。
「なんか疲れたねー、観光やめてデパートにでもいく?」ってことになり、「ラ=リナシェンテ[La Rinascente]」でウィンドウショッピング。
最上階には思い切り邪道な回転寿司もありますが、日本人としてはバッタもんのお寿司はちょっと・・・。
ドゥオーモを横目にできる屋上テラスで、ピザとビールをおいしくいただきました。
何とも心地よい風がふいてきて、ようやく日も陰ってきました。 -
ホテルへの帰りは地下鉄M1線で、Duomo駅から13駅目のSesto Rondo駅でわずかに料金均一区間を1駅だけ越えてます。少し高めの1.7ユーロ。
ガイドさんは「私は8時に帰りますので、不安ならここに集まってください。」と親切に仰っていたので、メトロ近くに集まって、お言葉に甘えて自販機の使い方など教えていただきました。
メトロ下車後、Barでビールを補充し、近くのスーパーうろついて、長ーい一日が無事終了。
明日はミラノを発ち、ヴェローナ経由でヴェネツィアに参ります。
続きは「イタリア街物語・・・③(「ヴェローナ・ヴェネツィア編)」で。
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この旅行記へのコメント (3)
-
- るなさん 2013/04/13 09:32:36
- Boungiorno♪
- Come stai?ねいちゃさん〜
何だか肌寒い東京でやんす。
懐かしのミラノ、私のイタリアの原点です。
ここで何日過ごしたことか?観光的にはこれと言った物がないけど、やはりただならぬ匂いがする街です。
でもね、何度か行ってるけどDuomoの全景を観たことがないの(ToT)私が行ってる時はいつもずっとファサード修復中で、幕がかかってて。
やっとこ完了したぞってミラノの仕事仲間からメール来た時には、もう行く機会がなくなってて。
だからまたリベンジミラノに行きたい私です。
Duomoの屋上って斜めじゃない?あそこをヒールで歩いたチャレンジャーるなです(笑)
るな
- ねいちゃさん からの返信 2013/04/13 16:05:26
- RE: Boungiorno♪
- ぼんじょーるの、るなさん
元気ですよ、年度が変わってバタバタしてましたが
ようやく落ち着けそうです・・・。
> 懐かしのミラノ、私のイタリアの原点です。
ミラノって、るなさんによく似合う気がする。
パリもいいけど、るなさんはミラノだなーと勝手に思う今日この頃。
さぁ自由時間って言われて、ドゥオーモ登っちゃうと
あとどこ行こうか迷っちゃいました。
とりあえずスフォルツァ城行ったら、もう行くとこなかった。
ツアーの新婚さんはサッカー好きなのもあってサンシローに
いったんだけどねー。まぁ最後の晩餐見ただけだった気がする。
もう一度・・・とは今はあんまり思わないかなー。
それよか、フィレンツェとかヴェネツィアの方に触手が動いてます。
イタリアはいいですねー、フランスよりは好きですっ。
> あそこをヒールで歩いたチャレンジャーるなです(笑)
るなさんの行動力というか、バイタリーには常に感動を覚えていますが
やっぱヒールでやっちゃいましたか・・・(笑)
結構な石階段でしたよねー・・・。
先日、るなさんの上海夜景編にちょこっとだけお邪魔。
ポチッ逃げだけさせてもらいました。
豫園は新婚旅行でいきましたよぉ〜。
旅行記見ててあぁそうだったと色々思い出しました。アリガト^^
ねいちゃ
- るなさん からの返信 2013/04/14 18:01:49
- RE: RE: Boungiorno♪
- ☆お疲れ様です。
4月は移動とか環境が変わったりバタバタするところが多いですよね。
私の場合は子供らに関わることがほとんどで、私自身はさして変わらず。
> ミラノって、るなさんによく似合う気がする。
> パリもいいけど、るなさんはミラノだなーと勝手に思う今日この頃。
☆あはは、そうかも。
パリってどちらかというと女の子ぉって感じの可愛さもある。でも、ミラノってきりっとした感じでしょ?あたしゃどう見ても可愛くはないので(ーー;)
>
> さぁ自由時間って言われて、ドゥオーモ登っちゃうと
> あとどこ行こうか迷っちゃいました。
> とりあえずスフォルツァ城行ったら、もう行くとこなかった。
☆んーっ、確かにねぇ。観光ってホントない街ですわ。
ナヴィリオとか散策するにはいいとこかもですが、モニュメントなどがあるわけじゃないし。
>
> もう一度・・・とは今はあんまり思わないかなー。
> それよか、フィレンツェとかヴェネツィアの方に触手が動いてます。
☆観光都市としては断然そうでしょう。ヴェネツィアは独特な雰囲気ですしね。フィレンツェは歴史都市。どちらも魅力はあるけど、私は断然ヴェネツィアです。でも、住むならローマかな。
> イタリアはいいですねー、フランスよりは好きですっ。
☆私は甲乙つけがたい。
イタリアの方がちょっと言葉がわかるから、観光はしやすいかも(^_^;)食べ物もイタリアの方が好みかな。
でも、フランスもとっても魅力あると思います。
ねいちゃさんの旅行記を拝見しながら、南仏への思いが募りましたわ。
> るなさんの行動力というか、バイタリーには常に感動を覚えていますが
> やっぱヒールでやっちゃいましたか・・・(笑)
> 結構な石階段でしたよねー・・・。
☆やっちゃいましたね(*^^)v
まぁピンヒールではありませんでしたが、仕事の合間に行ったんでね。わはは。もう根性です。
>
> 先日、るなさんの上海夜景編にちょこっとだけお邪魔。
> ポチッ逃げだけさせてもらいました。
> 豫園は新婚旅行でいきましたよぉ〜。
☆たくさん見てくれてGrazie♪
上海もまたいい街です。
大陸は好きじゃないけど、ここだけは魅力感じますね、あの暑ささえなければ(~Q~;)
お仕事頑張って下さいなぁ!
るな
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