2011/08/01 - 2011/08/09
123位(同エリア442件中)
ねいちゃさん
午前のフィレンツェ観光を終え、午後はシエナに向かいます。
とはいえ時間はすでに14時、シエナまでは1時間半程度。
出発は17時丁度なので逆算すれば、滞在は1時間半だけ。
夕食はフィレンツェのリストランテで18時半からとる予定。
そこから19時半に出発できれば、ホテル着はギリギリの20時半、
これでドライバー12時間拘束という呪縛から解放、
晴れて任務完了となる予定!
そんなにうまくいくかなーと不安になりつつ、
やっぱ旅程の組み方にムリあるんじゃねえーのと思いつつ、
慌ただしいシエナ観光の始まりです。
そん中でも、結論から言えば、
シエナも見ておかないといけない街でした。
美しいカンポ広場やドゥオーモなど、どれもこれも素敵なものです。
ただ、惜しむらくはやっぱり時間ですかね。
今回の旅はこの時間というものに、
泣かされ通しであったような気がします。
<旅程>
☆8月1日 関空→アムステルダム→ミラノ
☆8月2日 ミラノ
☆8月3日 ミラノ→ヴェローナ→ヴェネツィア
☆8月4日 ヴェネツィア→ピサ→フィレンツェ
★8月5日 フィレンツェ→シエナ→フィレンツェ
☆8月6日 フィレンツェ→ローマ
☆8月7日 ローマ
☆8月8日 ローマ→アムステルダム
☆8月9日 アムステルダム→関空
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- KLMオランダ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 近畿日本ツーリスト
-
15時40分、中世の城壁沿いの一角にバスは停まりました。
ここから徒歩でシエナ市内に入ることになります。
とりあえず、有料トイレのあるサン=ドメニコ教会前に移動ということで、
噴水のある木立をぬけて歩き始めました。
私は帰国後、グーグルアースで歩いた所をみるようにしているんですが、
そうやってると「あーこんなところを歩いてたんだー」って
新しい発見もあったりして結構楽しいですよー、おすすめです。 -
サン=ドメニコ教会[San Domenico]
かなりでっかい教会、重厚な煉瓦造のゴシック様式。
この教会は聖女カテリーナを祀っていて、
彼女の頭部が聖遺物として収められているそうです。
ここシエナの守護聖人はそのカテリーナさんで、
教皇のバビロン捕囚の際にはローマに教皇を戻そうと尽力なさったとか。
歴史用語の知識しかないと、
歴史事項はどっか記号になっちゃうことが多いんだけど、
こうして生身の人間が関わっていたってことが身近に感じられると、
へぇーと思いますね。 -
マッテオッティ広場[P.za Matteoti]にある郵便局。
郵便局にしてもナーンカおしゃれですよね、さすがイタリア。 -
サリンベーニ広場[Piazza Salimbeni]
街のメインストリート、バンキ=ディ=ソプラ通りを歩いていると
、妙にあっさりとした広場に出ます。
正面の建物がサリンベーニ宮[Palazzo Salimbeni]
14世紀のゴシック建築で、シエナの有力者のお屋敷。
中央に建ってはるのが、17世紀の会計学者・政治経済家の
サルスティオ=バンディーニ[Sallustio Bandini]の記念碑。
何をなさった人なのかはよく知りませんが、
手紙を読んで少し落胆されているような、
肩さがってるしぃ・・・。 -
向かって左側は16世紀のバロック建築タントゥッチ宮[Palazzo Tantucci]。
黄色と白のコントラストがなかなかオシャレです。
この3つの中でどれでもいいから、住んでもいいよと言われたら
(たぶん誰にも言われないとは思いますが)、
私は迷わずこっちです。(笑) -
で、向かって右側は15世紀のルネサンス様式のスパノッキ宮[Palazzo Spannocchi]。
時代も様式も異なる3つの建物が、
違和感なく妙にぴったりと収まっているというのは
不思議な感じがします。 -
スパノッキ宮の上部庇の部分には、
有名人の顔がずらりと並んで見下ろしています。
どういう意図の装飾かはわかりませんが、やたらコワイです。
夜中にはこの前を通れそうもありませんねぇ。
中にはミケランジェロがいるとのことですけど、どの人なんでしょう? -
バンキ=ディ=ソプラ通りをさらに進むと、トロメイ広場[Piazza Tolomei]に出ます。
ここにあった円柱には、シエナのシンボル
「ルーパ=セネーゼ・・・双子に乳を与える牝狼の像」が。
このシンボルはローマと同じ、
なんでもロムルスに負けた弟レムスの子供たちが、
叔父のロムルスににらまれるのを恐れて、
同じシンボルを使って逆らう意志がないことを示したと言われています。
シエナという名前はその子供セレウスの名前から由来しているそうですよ。 -
サン=クリストーフォロ教会[Chiesa di San Cristoforo]
12世紀に建てられたシエナで最も古い教会。
外観は新しくなってしまっているそうですが、
内部には創建当時の後陣が残っているとか。
写真はないですが、この教会と相対しているのがトロメイ宮[Palazzo Tolomei]、
有力者トロメイ家によって13世紀に建てられたもの。 -
やがて道は三叉路になります。
左がバンキ=ディ=ソット通りで、右がチッタ通りです。
ちょうどこの三叉路の角に建っているのが、「商人のロッジア[Loggia della Mercanzia]」。
1444年に建てられたゴシック=ルネッサンス様式の建物です。
ロッジアというのは開かれた廊下のことで、フィレンツェの野外彫刻展示場「ランティのロッジア」と同じようなもの。
3つの大きなアーチと柱にはヴェッキエッタやフェデリーギの作った彫像が飾られています。 -
このアーチを抜けると・・・突然、カンポ広場に出てきます。
こういう「演出」というか「舞台装置」は、やっぱイタリアだなぁーとつくづく感心してしまいます。
車一台がやっとの細い道と両側の建物による暗い影が作り出した空間が、ここを抜けると広々とした開放感と燦々と照る太陽の光に!
狭い→広い・暗い→明るい、同時にこの二つの面で人々の度肝を抜く・・・「わぁー、きれい」って誰でも口に出してしまいます。
そうして、まだ明るさに慣れてないその目に飛び込んでくる極めつけが、
天にそびえるマンジャの塔。
最後の最後で「どーん!!」ですから、もう「まいった!」と言うしかない「演出」、見事です。 -
イチオシ
市庁舎(プッブリコ宮)[Palazzo Comunale(Pubblico)]とマンジャの塔[Torre del Mangia]
この市庁舎内には市立美術館[Museo Civico]があって、
アンブロージョ=ロレンツェッティの有名な「善政の効果」と「悪政の効果」があります。
また、「プッブリコ」という呼びにくい名称は、
綴りを見るとわかるように「パブリック」のイタリア語形、
文字通りの公共施設です。 -
市庁舎
下が石造りで2・3階が煉瓦造、白と茶のコントラストに
ゴシックの尖塔アーチがリズム感を出し
、中央には私のテンションの源メディチ家の紋章が輝き、
中央部のみ一段高さを増していて、
左翼と右翼は微妙に内に傾きがつけられています。
ゴテゴテ感はなくあっさりしているんですが、
すごく凝った建て方をしているのがよくわかります。 -
カンポ広場[Piazza del Campo]
こうしてみると、排水口に向かってかなりきつめの傾斜があることがわかります。
上から見られないのが残念ですが、広場の形状は貝殻のようになっていて、
周囲は中世の建物で取り囲まれています。
道の色が変わっている部分があるのが見えますか、
あそこが例のパリオ(地区競馬)が行われる馬場となります。
当日は600トンもの砂が蒔かれるそうで、
すごい競技なんでしょうねぇ。 -
イチオシ
マンジャの塔
高さ102mを誇る煉瓦造の細い塔、上部のみ白い石が使われて、とても優美な印象をもたらせてくれます。
500以上もある階段で上るには気合いがいりそうですが、やっぱり上りたいものです。
ちなみに、ドゥオーモ付属美術館の屋上からの眺めもいいみたいですよ。
また「マンジャ」の由来は、機械仕掛けになる前の頃の鐘突き男に支払っていた「食い扶持」のこと。
「ぽっそ、まんじゃーれ」は「食べていいですか?」ですから、その「マンジャ」だと思われます。 -
ガイアの泉[Fonte Gaia]
広場の高所に置かれたガイアの泉は1419年に完成しました。
今あるのはレプリカで本物は市庁舎の中にあり、
壁面に施された彫刻はシエナ出身のヤコポ=デラ=クエルチャの作
と言われています。
シエナは丘陵地帯に作られた街ですが、
これは衛生上や防衛上の理由によるもので、一番の難問は「水」。
市民は苦労の末、地下水道を作ってカンポ広場まで
水を引くことに成功しました。
今は上水道ですが、地下水道は健在で観光もできるそうです。
泉はこのように長く苦しかった水との戦いにおける勝利を記念して作られたもので、
ゆえに「ガイア=歓喜」と名付けられています。水って大事。 -
チッタ通り[Via di Citta]は中世の町並みが色濃く残る道です。
頻繁に観光客が行き交うので風情はないですが、
朝早くとか夕暮れ時なんかは、
のどかでゆっくりとした時間の流れを感じることができるでしょうね。
道に沿って湾曲している正面の建物は、
元々はキージ=サラチーニ宮[Palazzo Chigi-Saracini]だったのですが、
現在は「キジアーナ音楽院[Accademia Musicale Chigiana]」となって今も使われています。 -
しばらくいくと・・・えっ?イノシシ?!猪肉屋さん?
なんかBarのようなお店屋さんのようです、
猪肉を使っているんでしょうかねぇ、インパクトのあるオブジェ?でした。
こちらの方はどうやって猪肉を食されているんでしょうね、
ローストイノシシにしてオリーブオイルぶっかけるパターン?!
で、こっからすぐのところを右に曲がると・・・
ドゥオーモに到着です。これまた、スゴイ建物なので、心の準備を! -
イチオシ
シエナ大聖堂[Duomo di Siena]
白と緑の大理石で縞模様の組まれたドゥオーモは、
イタリア教会建築の中でも屈指の美しさを誇っています。
ファザードはゴシック様式ですが、建物自体はロマネスク様式、
鐘楼はドゥオーモと一体化し、洗礼堂も後陣の下に埋め込まれるように
作られている、といったかなり特異な建築となってます。
これは増築がくり返されていたことを示していて、様式もバラバラ。
なのにデザイン的に統一されているので、
違和感は感じないという何とも不思議な建物です。 -
ドゥオーモのファザード
ジョヴァンニ=ピサーノに設計され、その後弟子たちによって
13世紀末にはほぼ完成。
その後も装飾や追加部分などもあって、
14世紀初頃には完成をみました。
ただこの建物、フィレンツェのドゥオーモに対抗心を持っていて、
越えてやる!みたいな意地で、
増築計画を推し進めていったらしいのですが、
疫病や黒死病の流行で断念した過去を持っております。
牝狼のシンボルといい、このドゥオーモといい、
大都市に対して一応頑張ってみるんだけど、
いまいち頑張りきれないってところが悲しげですが、
それもある意味シエナっぽくていいかなーと勝手に思ってます。 -
こちらがその増築計画部分。
計画では今ある聖堂を90度回転させ、こちら側を正面にする
(今の身廊が翼廊に、今の翼廊を巨大化させ身廊に)
という遠大なるものでした。
この規模になればフレンツェのドゥオーモをゆうに
越えられるわけですが、前述の如く水泡に帰し、
その名残の壁がロッジオとなっています。
地元のパフォーマーが音楽を演奏して喝采をあびていたので、
それはそれで良かったんじゃないかなぁ。 -
ドゥオーモ内部のモザイク−「シエナの牝狼」
シエナのシンボル「ルーパ=セネーゼ」を中心にシエナを囲む都市がそれを象徴する動物として描かれています。
アレッツォ-馬、フィレンツェ-ライオン、ルッカ-ヒョウ、
ピサ-野ウサギ、ヴィテルボ-一角獣、
ペルージア-こうのとり、ローマ-ゾウ、
オルヴィエート-ガチョウ。 -
図書館入口のピッコロミーニ家の祭壇
大きな祭壇の周りにある4体の聖人像は、若い頃のミケランジェロの作。
厳密にはこのうちの2体は、共同製作者がいて純粋なミケランジェロ作品とは言えませんが、
ミケランジェロが関わったと聞くだけで、
なるほどなぁーと単純に感心してしまいます。
若くても才能ある人は違うんですね。 -
ピッコロミーニ図書館の天井画
1492年教皇ピウス3世が枢機卿だった頃、
叔父の教皇ピウス2世の蔵書を収めるために作らせた図書館。
何気なく入るとキンキラキンでびっくり、壁面といわず天井といわず
フレスコ画がびっしりで、圧倒されてしまいます。
こんな所で落ち着いて本は読めないなぁと
余計な心配をしてしまう図書館でした。 -
主祭壇の脇には2体の天使像があり、
祭壇には色とりどりの旗が飾られています。
これはパリオのある時期に特別に飾られるもので、
その地区(コントラーダ)を象徴する旗が、
神前に奉納され競技の無事を祈るものです。
パリオはシエナの人々にとってはただお祭りではなく、
1年をパリオのために過ごし、
一生をパリオのために生きるといっても過言ではないものです。
私のとっての海外旅行みたいなものでしょうか、
ちがうかぁー(ちと古い)。 -
ドゥオーモ床面装飾
他の聖堂で見られないものがこの大理石の床の象嵌で、
普段は保護されていて見ることはできませんが、
8月後半から10月まで全てが公開され、
聖堂はさながら美術館へと様変わり。
今回は期間外でしたが、
公開されている部分だけでも大変美しいものだとよぉーくわかります。
この装飾は、14〜16世紀にかけて、およそ40人の芸術家によって作成され、床面全てにわたって56個のパネルから構成されています。
写真は「ヘロデ王の幼児虐殺」、
象嵌とは思えない臨場感にあふれていますよ。 -
八角形ドームの天井部
本来のヨーロッパの教会建築ではドームは付属しないのですが、
イタリアではロマネスクでもゴシックでも付属するのが定番の様式となってます。
これはおそらくパンテオンなどのローマ建築の流れがあるからでしょうね。
日本の寺院建築が日本風なのと、まぁある意味同じ。
その装飾も絵など色々ですが、ここのはパンテオン風、
落ち着いてナカナカ良い感じです。 -
身廊の天井部
内部の壁も柱も、白と緑の縞模様。
ボーダー好きにはたまらない仕様?となっています。
天井はドームと色調を併せたあっさりめの模様。 -
カステルヴェッキオの丘からサン=ドメニコ教会をのぞむ。
観光はこれでおしまい、ここからあの教会まで急いで戻ります。
谷を下って上る、ちとハードなコース。
でも綺麗な景色ですねー。
でもよく見ると、あの塔なんか傾いてません?
大丈夫かな−。 -
この辺りは「ガチョウ地区」。
写真の旗はこの地区のシンボルです。
こうやってなにげに旗を掲げているのは、
今年の7月のパリオにこの地区が優勝したことを示す「誇り」なわけです。
心なしか、ガチョウも「どうだー!」と言ってる気がしませんか? -
ねっ?「どうだ!どうだ!」「勝ったぞ!勝ったぞ!」「俺らが一番」「どんなもんだい!」
聞こえるでしょう?
コントラーダにとってパリオで勝つということの意味の大きさが実感できる風景です。
シエナには現在17のコントラーダがあるんですが、
パリオに出られるのはその中の10。
出場は実績の他に抽選などで決まるそうですが、
その頂点になるのはやはり大変なこと。
今は8月末に行われる今年二度目のパリオにむけて、
各陣営は猛特訓中でしょう。 -
急ぎ足での行軍中、後ろを振り返ると絶景が・・・。
フィレンツェはオレンジ色を基調とした街並みでしたが、
シエナはくすんだ黄土色、明るさや美しさはフィレンツェに分があると思いますが、
木造建築を主とする日本の情景に近いのはこちらの方、
どっか作られた感のあるフィレンツェとはまた違った趣きがあります。
「妙に落ち着く」という言い方は変かもしれませんが、
なんかそういう感じの街なのです。 -
若干息を切らしつつ、なんとかサン=ドメニコ教会までたどりつきました。
駐車場まであともう少し、時間は17時前、
今回も何とかミッションをクリアできたみたいです。
この後、フィレンツェに再び戻って夕食となります。
今宵の夕食はフィレンツェのリストランテ=ディノ。
献立はキノコのスパにビステッカ=フィオレンティーナ。 -
前菜はマッシュルームのフィットチーネ。
通常フィットチーネは濃厚なクリーム系であえるのが定番ですが、
ここのはあっさりめの仕上げでなかなか美味しい組合せ。
帰ったら一回やってみよ。
メインはビステッカ=フィオレンティーナ、
いわゆるフィレンツェ風Tボーンステーキ。
ヨーロッパ人は上品な特上霜降り肉はあんまりで、
安物の骨付き肉をレアで焼いてかぶりつくのがお好み。
ヤツら、主食は肉ですから「肉喰ってる」感が大事。
筋が多くてお上品な日本人のお口にはあいませんが、
ゲルマン魂を持ってる私?的にはそれなりに美味でした。
食後ホテルに戻ったのが20時25分、
ドライバーの12h拘束内でなんとかたどり着きました。
でもね、さすがに疲れました、濃厚な誕生日となりましたねー。
ではでは、今回はここまで。
「ルネサンス・イタリア街物語・・・⑦(ローマ編PartⅠ)」につづきまーす。
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