2011/08/01 - 2011/08/09
226位(同エリア900件中)
ねいちゃさん
いよいよ、イタリアも最終目的地、ローマ。
8月6日(土)・7日(日)の2日間の観光です。
このツアーではローマ2日目は丸々自由行動日。
「ヴァチカン美術館」はツアーに入ってなかったので、2日目に行けばいいやと予約でもしておこっかなーと軽ーく考えていたのです。
が・・・その自由行動日は日曜日。この衝撃の事実に気づいた時、
大きく膝から崩れ落ちました。(ちょっと、おおげさ)
イタリアは日曜日、休みのところが多く、バスの本数も激減、
ましてやバカンスシーズンで・・・
「ヴァチカン美術館」も当然のように閉館日、やってもたぁー。
さて、この難局をいかに打開すべきか。
あらゆる可能性を慎重に吟味した結果、ようやくある結論に到達。
それは・・・前日から自由行動日にすりゃいいじゃん!
ローマついたらツアーから「離団」しよーっと。
この「判断」が、「英断」となるか、「暴挙」となるか。
ルネサンス・イタリア街物語・・・⑦(ローマ編PartⅠ)の
はじまり、はじまりーーー。
<旅程>
☆8月1日 関空→アムステルダム→ミラノ
☆8月2日 ミラノ
☆8月3日 ミラノ→ヴェローナ→ヴェネツィア
☆8月4日 ヴェネツィア→ピサ→フィレンツェ
☆8月5日 フィレンツェ→シエナ→フィレンツェ
★8月6日 フィレンツェ→ローマ
☆8月7日 ローマ
☆8月8日 ローマ→アムステルダム
☆8月9日 アムステルダム→関空
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- KLMオランダ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 近畿日本ツーリスト
-
8時半、2日間お世話になったフィレンツェを後にして、バスでローマへ向かいます。途中サービスエリアで
トイレ休憩を挟みながらの移動です。
ユーロスターだと1時間半程度ですが、バスだとやっぱり3時間くらいはかかりましたね。
写真は車窓から見える中世の面影残る城郭都市。
こういう丘の上の都市はローマに近づくにつれ多くなってきます。 -
この写真も当時の様子をよく残している
都市だと思われます。
イタリアは長らく都市共和国(コムーネ)として分裂していたし、
フランスやオーストリアの草刈り場で、
皇帝党(ギベリン)と教皇党(ゲルフ)の対立もあって
都市間抗争は熾烈を極めておりました。
各都市にとって防衛というのは最重要課題だったのです。 -
こちらもそうですねー。
丘の上に都市を築く以上、水の問題も大きな問題だったのでしょう。
シエナもそうでしたが、
泉に「歓喜」とか「勝利」とか名前がつく理由も、
こうして地形の観点で都市を眺めていると容易にイメージできますね。 -
と、感慨にふけっている間に、ローマに着いたようです。
「あー、サンタンジェロ城が見えたぁぁぁ!」
いやぁ、俄然テンションが上がってきます。
この後バスは、サン=ピエトロ大聖堂の南隣の地下駐車場に入り、そこで昼食となります。昼食を終えると、
私たちはかねてからの計画どおり「離団」して
一路「ヴァチカン美術館」を目指します。
ツアーでもこういう使い方ができるというのは発見でしたね。 -
毎食ビールは欠かせない私ですが、
ここまで汗もかかなかったし、
今後の企てもあるので「酔ってる」状況は避けようと
(なんて、立派な大人なんだっ!)、コーヒーを注文。
お料理はオリーブのサラダと生ハムとキノコのピザでした。
味は・・・うーむ、ミラノで食べたピザの方が断然美味しかったです。
食事も早めに切り上げて、ツアーの皆さんに「じゃあ」と告げて移動開始。
今晩のホテルは、ツアーの皆さんよりグレード高い
「恋する」?コースなので、
もうお食事をご一緒することはありません。
文字通りの「最後の晩餐」でした。 -
イチオシ
サン=ピエトロ大聖堂[Basilica di San Pietro in Vaticano]
言わずとしれたカトリックの総本山、
聖ペテロの墓所の上に立つ、
キリスト教の教会建築としては
世界最大の規模を誇っています。
いやー、とうとうこの場に立つ日がこようとは・・・。
いつも写真やテレビで見るだけの建物が、
今眼前に威風堂々と・・・感動に打ち震えております。 -
ベルニーニの設計による列柱廊、この楕円形の
サン=ピエトロ広場そのものが
他に例を見ない空間を形作っています。
しばし足を止めて見とれてしまい、
私たちの重要なる「ネクスト・ミッション」を
忘れてしまいそうになりました。
ここは後でくるから・・・と自分に言い聞かせ、
入場のために並ぶ長蛇の列に「ほくそ笑み」ながら、
歩き出しました。
なぜ「ほくそ笑」んだかというと、
それは後ほど説明いたしましょう・・・。 -
大聖堂からコンチリアツィオーネ通り[Via della Conciliazlone]をのぞむ。
この道はいわば「神社の参道」です、
幅広の道が短いながらも一直線に
サンタンジェロ城まで続いています、
とても優雅で豪華な道なんですが、ここはムッソリーニが
多くの建物ぶち壊し、住民を強制移動させて作ったそうな。
「きれい」とか、ただの観光客が言ってるどころじゃない歴史があるのですねー。
おっと、また足が止まってる。
ローマでは見えたものの全てが「おぉー」となるので、
急ぎ足にはちょっと不向きな街なのかも。 -
何をそんなに急いでいるかというと、「ヴァチカン美術館」に
できるだけ並ばずに入館するため。
昼食を早めに切り上げたのも、他の観光客のお昼時を狙って、長い行列を回避する作戦。
列柱廊の北側から城壁沿いを歩いて、リソルジメント広場前を左折し、さらに城壁沿いを歩いて美術館入口へ。
道角を越えても越えても、行列が・・・ない?!
作戦はまんまと成功したようです。
入口まで数mの所でようやく最後尾が見えてきました。
待ち時間たったの5分、むっちゃツイてます。
ここだけが若干不安だったんですよ。
ツアーがローマの何処につくか、何時につくか、
皆目情報がなかったもので、
「美術館」の予約のとりようがなくって・・・
まずは第一関門クリアですっ! -
厳重なるセキリュティ・チェックを受けて、2階でチケットを買って(15ユーロ)入場します。
ぞろぞろと皆さんが歩いていく方向に付いていくと、
ピーニャの中庭[Cortile della Pigna]に出てきました。
[Pigna]とは「松ぼっくり」のことで、ここにあるはずですがナイですね。
よーくみるとあらら、修復中・・・覆いの中でした。
ノープロブレム、松ぼっくり見に来たんじゃないから。
ヴァチカン美術館の正式名称は「教皇の記念物・博物館・ギャラリー[Monumenti, Musei e Gallerie Pontificie]」、
[Musei]と複数形になっていることから、ここは美術館の集合体なわけです。年代や対象ごとに異なる美術館が集まってる。
さぁどこから見ようかなぁぁぁ。 -
ピオ=クレメンティーノ美術館[Museo Pio-Clementino]
クレメンス14世とピウス6世の古代彫刻のコレクションを
収めた美術館で、18世紀後半に設立、
館名はピウス=クレメンスの伊語系。
このお二人の教皇が居られた時代は世俗国家の圧力が
強くなった頃で、イエズス会を解散させられたり、
フランス革命とナポレオンの圧迫を受けたりして、
大変だったみたいですが、
芸術の庇護者として頑張っておられたようです。
写真は八角形の中庭[Cortile Ottagono]、
別名ベルヴェデーレの中庭にある「チグリス川」。
ヘレニズム彫刻のハドリアヌス帝の頃の模刻だそうです。
発見された当時は、右腕と左手の欠損がありましたが、
ミケランジェロ工房で補完されました。 -
「ベルヴェデーレのアポロ[Apollo del Belvedere]」
中庭の彫刻の中で「ラオコーン」と人気を二分し、
いつも人だかりができている彫刻。
前4世紀古代ギリシア彫刻のブロンズ像を
2世紀に模刻したもの。
彫像の美しさから数世紀にわたる
美の基準だったそうです。
手前に掲げた左手には弓を、
下ろした右手には矢を持っていたと考えられています。 -
「ラオコーン[Laocoonte]」
難攻不落のトロイアが陥落したのは、ギリシア軍が計略のため置いた「トロイアの木馬」。
戦利品と考えたトロイア人が木馬を城内に入れようとした時、司祭ラオコーンはその計略を見抜き、槍で一撃を加えました。
ギリシア側に立つ女神アテナは、ラオコーンの行為に怒り、大蛇2匹を送り込んできます。
この作品は子供たちとともに、今まさに絞め殺されようとするラオコーンの苦悩の一場面を切り取ったもので、
この類い希なる表現力はあのミケランジェロをも
唸らせたと言われています。
この像は1506年にネロの黄金宮殿跡の近くから発見され、その造形の素晴らしさからユリウス2世がコレクションに加えました。
前1世紀後半ティトウス帝がロードス島のギリシア人に
命じて彫らせたと言うのが定説ですが、
最近これも古代ローマ時代の模刻だとする説も有力です。 -
動物の間[Sala deglianimali]
大理石の「わん」たち、スゴイ技術ですねー。
堅い石でできてるなんて思えない。
こんなん、おうちに欲しーい。(どこ置くねん?) -
動物の間−「メレアグロス[Meleagro]像」
メレアグロスは燃え木と同じだけの寿命を与えられた、ギリシア神話の英雄。
狩猟人生一筋で「カリュドンのイノシシ退治」では
見事イノシシを撃ち取りましたが、
女性問題?で母の怒りを買い、
炉の中に燃え木を投げ入れられ絶命しました。
狩猟命の英雄のせいか、動物の間の奥に安置され、
左右に馬と牛を従えておられます。(笑) -
ムーサたちの間[Sala della Muse]の天井フレスコ画−トンマーゾ=コンカ作
ムーサ[Musa]というのは、ギリシア神話の文芸の女神たち。
この絵もすごいんだけど・・・いっこいっこじっくり見てると、
いつになってもシスティナ礼拝堂につけないので、
涙をのんで写真に収めたら次へ・・・。
「音楽[Music]・博物館[Musium]」と[Musa]って
綴り的にやっぱ関係あるんでしょうか? -
ベルヴェデーレのトルソ[Torso del Belvedere]
この部屋の真ん中に安置されている彫刻。
前1世紀頃作られたもので頭部や両手・両足がなく胴体に
「アテネのアポロニウス」と銘があります。
「トルソ」というのは頭部や手足を欠いた彫刻のことですが、だからこそ余計に胴体の存在感は増すわけで、
かのミケランジェロも熱心に研究していたらしいです。
まぁ平たく言えば「ミロのヴィーナス」は両手が
欠けているけれど芸術的価値は高いというのと同じってこと。
でも何というか、わたしら彫刻家ではないので、
ここまで欠損していると「すごいー」と
素直に言えないのも事実でした。
「なんや、よーわからへんなー」が正直な感想。 -
円形の間[Sala Rotonda]
この部屋に入る辺りから、
なんかもうエライことになってます。
入口が狭いのと丸く移動するルートなので、
彫刻に足をとめる観光客で後ろがつかえて大渋滞。
彫刻群や円盤を撮ろうにも見学者の頭が邪魔で・・・
仕方なく無事撮れたのがコレ。
パンテオンをイメージした直径21.6mの円屋根。
まぁこの彫刻はいいなぁーと記憶に残っているものが
少なかったことにしておこう。 -
ギリシア十字架の間[Sala a Croce Greca]
大きな石棺が二つありました。コンスタンティヌス帝の母と娘のもの。
それよりも床のモザイクが素晴らしかった。
広角のないカメラなので、部屋の全体像を写すための
「引き」ができないのが残念ですが、
とても繊細につくられています。 -
エジプト美術館[Museo Gregoriano Egizio]
多分ここでルートを外れてしまったようです。
「大燭台のギャラリー」に向かうハズだったのですが・・・。
でも、エジは大好物なので、ここも見ておきましょう。
誰だかわからないミイラ、結構保存状態はいい。 -
これはアマルナ美術のレリーフかな?ここはホントにこじんまりしてて、展示品はあまり多くないんだけど、
それでも「略奪」されてきた遺物だろうし
(ローマ時代に東方趣味で作られたものもあったけど)
やっぱり、ザヒ=ハワス博士が言うようにエジプトに
返還してあげてほしいものです。
こういうのってエジプトで見るからいいんだと思うなぁ、
やっぱり。
「お宝」握ったまま、カダフィへの空爆も
平和をもたらすことかもしれないけど、
ローマ教皇が先陣を切ってイスラム世界に友好をうたうって
いいじゃないですか。
ちなみに、これを記した後、カダフィ大佐は殺害されました。。。 -
結局ふりだしに戻ったわたしたちは、
もう一回りしてさっき見てなかった
ブラマンテの螺旋階段の所に到着。
今にして思えば、ここまで来て
「プリマポルタのアウグストゥス帝」を
見てないのはバカだったと猛省してます。
ふりだしに戻ったら行かなきゃー、
迷って混乱してたんでしょうなぁ。
で、この螺旋階段ね、
馬で上れるように斜面になってるらしいんです。
ですが、入っちゃダメのロープがあって、
格子越しにものぞけませんでした。
わずかに斜面が見えているだけ・・・惜しい。 -
やっとのこと
「大燭台のギャラリー[Gallaria dei Candelabri]」に復帰。
どれが大燭台なのかもわからないまま、人の流れに身をまかし、
(頭の中にはテレサテンの「時の流れに身をまかせ」が流れております)
目に付いた天井画をパチリパチリと写真におさめておりました。 -
左右には子供の彫像と、おっぱいがいっぱいの女神さま?の彫像もあって、
可愛らしかったのですが、天井画はもっとすごくって綺麗でした。
こういう所は、ゆっくり時間かけてのんびり見て回るのが
いいんでしょうねぇ。 -
ここを抜けると、正面にはガラス扉が設けられていて、
その中が「タペストリーのギャラリー[Galleria degli Arassi]」となります。
室内はタペストリー保護のため、光と外気が遮られる仕様となっています。
ちょっと写真はとりにくい環境だったし、
タペストリーの価値がいまいちよくわからないのもあって、
ここはさりげなくスルーしていった気がします。
写真がないんだもの・・・。 -
「地図のギャラリー[Galleria delle Carte Geografiche]」
左右の壁にはイニヤッツオ=ダンティ作の
イタリア各地の地図40枚が並んでいるのですが、
どれも同じようなもので「ふーん」と思っただけなんです。
オーディオガイドとか借りていればまた違ったんでしょうけれど。
それよりもココの天井の装飾の方が数倍の
インパクトがあって綺麗だなぁーと思っておりました。 -
16世紀後半の測量技術で、ここまで正確な地図を描くというのはたいしたもので、
ルネサンスの技術の先進性は
スゴイものだったのでしょうね。
日本の伊能忠敬は18世紀後半の人ですから、
このレベルに到達するまでゆうに
二百年の開きがあるんですから・・・。 -
「無原罪のマリアの間[Sala dell'Immacolata]」の天井画
地図のギャラリーを抜けて、ソビエスキ王の間を抜けるとこの部屋に着きます。
と、今は冷静に言ってますが、実際現場ではよくわかっていません。
こんだけ大きな美術館ともなると、何を見てるのかさえ
、えー加減な記憶で、帰国後写真見て「ここ、どこだっけ?」と
いつもなってしまいます。
できる限り標識みたいなものは、
押さえてはいるんですがねー。
ネットで調べても皆さんも混同があるようで、
「たぶん」とか「だったと思います」みたいな文言が並んでます。(笑) -
ラファエロの回廊
で、件の「無原罪のマリアの間」を抜けると、
一端「ラファエロの間」?と思わせるような部屋(第4室)を
ショートカットさせられて、外の回廊への通路に誘われてゆきます。
この回廊が迂回路で、一方通行で第1室に入るわけです。
写真はサンピエトロ広場の北側の区画のようで、
従業員?専用駐車場なのかもしれません。 -
ラファエロの間[Stanze di Raffaello]
第1室コンスタンティヌスの間[Sala di Constantino]
この部屋はユリウス2世が自分の居間にラファエロ呼んで描かせたもの、
ってなんて贅沢なんだ!
ラファエロが「友達」だったら是非そうしてほしいものだが、
実は第1室と第4室は工房の弟子たちが殆ど描いたもの。
写真は「十字架の出現[Apparasione della Crpce a Constantino]」
見えますか?空に「十字架」浮いてます。 -
「ミルヴィオ橋の戦い[Vittoria di Constantino su Massenzio a ponte Milvio]」
副帝コンスタンティヌスが西の正帝マクセンティウスを破り、西ローマの帝国を再統一させた時の戦い。
勝敗の帰趨は、コンスタンティヌスの軍勢に輝く
十字架が現れた時に決まった!・・・
キリスト教を公認した皇帝の正統性を示す絵画です。
キリスト教の「おかげさっ」、みたいな。 -
第2室ヘリオドロスの間[Stanze di Eliodoro]の天井画
修復されたからでしょうか、大層色調があでやかになってます。
この部屋にある「神殿から放逐されるヘリオドロス」
「アッティラと大教皇レオの会見」は大部分が弟子たちの作品で、
ラファエロ真筆は「ボルセーナのミサ[Messa di Bolsena]」
「聖ペテロの解放[Liberazione di S.Pietro]」。
絵画の写真はなぜかありません、なんでだろう?
次の「アテネの学堂」に気もそぞろだったのかなぁ。 -
第3室署名の間[Stanze della Segnature]−天井の寓意画
この部屋は教皇ユリウス2世の書斎で署名捺印の場。
ここにある壁画・天井画の全てが、ラファエロ自筆の作品です。教皇は、天井の寓意画に対応するよう、
4つの壁面に歴史的な物語を描くよう彼に命じます。
「神学・哲学」は「真理」を、
「正義」は「善」を、
「詩」は「美」に関係し、
人間精神の根本をなす「真・善・美」の三理念を形にすると
いう構想なのです。
左上−「哲学」(真) 対応する壁画「アテネの学堂」
右上−「詩」 (美) 対応する壁画「パルナッソス」
左下−「神学」(真) 対応する壁画「聖体の論議」
右下−「正義」(善) 対応する壁画「枢要徳と対神徳」
※「正義」は撮り忘れ。かわりに「アテネの学堂」、すいません。 -
「聖体の論議[Disputa del Santissimo Sacramento]」
「神学(真理)」の象徴となる絵画。雲上にキリスト、左右に
マリアとヨハネがいて、椅子に座っているのが使徒たち。
下界では聖祭壇の左で帽子をかぶって座ってるのが教皇ユリウス2世。
拡大すると見えると思いますが、
右から二人目がダンテです。
これ以外にも写真には写ってないのですが、
左端にフラ=アンジェリコやブラマンテもおります。
雲上の真実をどう表すかについて、
「やっぱ三位一体じゃねぇの」と論議中・・・という絵画です。 -
「パルナッソス[Parnaso]」
「詩(美)」の象徴となる絵画。
中央でヴィオラを奏でてるのが芸術神アポロン、
その周りには9人のムーサたち。
ここからは拡大しないとわからないと思いますが、
左で天を仰いで詩を吟じ中の盲目の青服がホメロス、
すぐ左に横顔のダンテがいます。
その下の右肩露出の女性がサッフォー、
すぐ左がアナクレオンで、顔だけ見えてるのがペトラルカ。
右側を見ると、座ってるご老人がホラティウス、
少し右上にはボッカチオも・・・詩人たちの夢の饗宴、
豪華な勢揃いとなっております。 -
イチオシ
「アテネの学堂[Scuola di Atene]」
「哲学(真理)」の象徴となる絵画。
ギリシア・アジアの様々な分野の学者が当時の著名人をモデルに総出演という大変有名で楽しい絵画、大好きですこの絵。
しかも背景は、ブラマンテのサンピエトロ大聖堂の設計図をとりよせて、想像力を駆使して描いたとか。
やるやるとは思ってたけど、
やっぱやるなーラファエロ。(笑) -
「アテネの学堂」部分拡大図
左上−センターはプラトン
(モデル:レオナルド=ダ=ヴィンチ)とアリストテレス
右上−石工の姿をしたヘラクレイトス
(モデル:ミケランジェロ)
左下−後向きなのは天文学者トレミーで、
その左はたぶんゾロアスター。
右下−カメラ?目線のラファエロ自画像、
その右は画家ソドマ
この他にも、
左側中央の甲冑姿がアレクサンドロス大王で、その対面の草色の横顔の方がソクラテス、
ミケランジェロの左横で座って何やら書いてはるお髭がピタゴラス、
右側ではコンパス持って図を書いているのがアルキメデスで、その横で顔をあげて説明しているのがエウクレイデス(ユークリッド)、
一番左で柱を机代りにしてるのがエピクロスなどなど
・・・なんと総勢50名もの賢人偉人が総出演、
とうとうAKB48を越えてくれました。 -
第4室火災の間[Stanze dell'Incendio di Borgo]
ここの絵画はラファエロの下絵をもとに弟子たちが仕上げたと言われてます。
「ポルゴの火災」「カール大帝の戴冠」
「レオ3世の信仰義認」などの絵画で飾られていました。
写真は「オスティアの戦い」、
当時興隆していたオスマン=トルコ帝国を意識した作品。
ラファエロの間を後にして、
いよいよシスティナ礼拝堂に向かいます。 -
システィナ礼拝堂[Cappella Sistina]
−「図版資料より転載」
システィナ礼拝堂は写真撮影禁止です。
ただ写真もなくてウダウダ語れないので
(別に語らなくてもいいのですが)、
昔の図版をスキャンしてお借りさせて頂きました。
入場口は写真の右下の扉から、
心の準備ができてない状態で、
いきなりこの場に放り出されます。
これは余りよくないなぁと思います。
入口で短時間でも一旦制止させ、
「撮影禁止・堂内静粛」の注意を
促すなどすればいいのに。
係員は「しーーーーーっ!」と言ってみたり、
カメラに「NO!」と言ったりするのですが、
次々に新手が来るので焼け石に水。
もし○○人の団体さんなんかと
一緒だと雰囲気がねぇー、
その辺が惜しいかなぁと・・・。 -
ミケランジェロの天井画[Affreschi di Michelangelo]
−「図版資料より転載」
旧約聖書以前から旧約・新約につづく壮大なキリスト教の
物語が描かれています。
33歳(1508年)から4年の歳月をかけて描かれた
天井画は、中央に9つの旧約聖書・その周りに
7人の預言者と5人の巫女など、
300人もの人々が、一見無秩序に見えながらも
実に整然と並んでいることに驚いてしまいます。
1994年に完成した修復は、
世界を驚愕させることとなりました。
ミケランジェロの壁画の特徴は薄暗さと暗示の表現だと、
多くの人が信じその手法を称えてきましたが、
その神話は500年間の埃と煤や膠にすぎなかったことが
証明されたのです。
大胆な構成と豊かな色彩表現こそが
天才ミケランジェロの神髄、
我々はほぼ16世紀初頭に描かれたオリジナルに近い
天井画を今見る幸せに浴しているのです。 -
「最後の審判[Giudizio Universale]」
−「図版資料より転載」
ミケランジェロが60歳(1535年)の時より取り組んだ大壁画。宗教改革の波が押し寄せ、ルネサンスの輝きが失われようとしていた頃、彼が選んだテーマは「人類終末」。
修復で明らかになったキリストの顔は、人々を天国と地獄に選別する苦しみに歪んでおり、「皮」だけとなった彼の自画像は「再生不可」、もう栄光の昔に戻れないことを物語っているようにも見えます。
この絵のテーマは、やはり「重い」です。
でも、救いもあるのです。
右下の地獄の番人ミノスのモデルは、教皇庁の儀典長。
作成中「裸が多すぎる!」と文句を言ってしまったがために、地獄に落とされてしまいました。
ミケランジェロの痛烈な皮肉たっぷり。
後にこの裸像が問題となり、教皇をはじめとして撤去騒動が巻き起こった時には、
「教皇様には祭壇画を直すか直さないかという小さな問題を考えてもらうよりも、この世を治すか治さないかのという大きな問題を考えてもらいたい」と敢然と言い放ったと言われています。
また、晩年彼が愛した生涯唯一の女性コロンナさんもこの絵に描かれており、キリストの側のマリアとも緑の衣服で白いスカーフの女性とも言われています。
彼が彼女に宛てた詩には
「私たちの身は滅んでも、あなたの美とあなたを愛する私の想いは千年後も輝いています」
というフレーズがあって、五百年後の私たちの目の前で輝いているこの絵の存在を示しているかのようです。
おそらくこれから何百年もこの絵は
未来永劫伝えられていくのでしょうね。
とても素敵なお話だと思いませんか? -
「アダムの創造[Creazione di Adamo]」-「図版資料より転載」
多くの感動を与えてくれたシスティナ礼拝堂に別れを告げて、私たちはココからサン=ピエトロ大聖堂へ向かうことにしました。
ここで登場するのが「裏技」、究極のショートカットという禁じ手を使います。
詳細については次編で。乞うご期待!!
「ルネサンス・イタリア街物語・・・⑧(ローマ編PartⅡ)」につづく
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