2006/07/02 - 2006/07/02
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ドクターキムルさん
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青森県弘前市にある弘前城は、江戸時代には弘前藩津軽氏4万7,000石の居城である。弘前城は慶長16年(1611年) に落成した。短期の工期にもかかわらず、5層5階の天守閣を上げ、現存する櫓を見て分かるように、本丸、二の丸、三の丸、四の丸、北の郭、西の郭のいずれにも3層櫓が建っていたのであろう。高々4万7千石の石高しかない津軽藩の城郭に5層の天守閣と3層櫓が建ち並ぶ姿は異様である。しかし、石高の少なさから、築城資金が豊潤であった訳がない。慶長8年(1603年)の築城開始でありながら、本丸のみにしか石垣を築かずに、他の5郭は土塁である。また、文化7年(1810年)に建てられた3層3階の御三階櫓(天守閣)以外の二の丸に現存する3つの3層櫓(辰巳櫓、未申櫓、丑寅櫓)はいずれも土塁の上に建てられており、貧弱である。現存する江戸城富士見櫓、名古屋城戌亥隅櫓(清洲櫓)、明石城坤櫓、巽櫓、福山城伏見櫓などと比べると、御三階櫓(天守閣)も何と小さくてみすぼらしいことか。しかし、この程度の天守閣が4万7千石の石高相応であろう。
弘前城は桜の名所として知られている。2006年の夏に訪れてみた。本丸の枝垂れ桜にも黒紫のサクランボウが付いていて手が届く。取って口にしたが、何とも苦く酸っぱくてとても食べられはしない。なるほどこの味なら小鳥も烏も口にはしない。慌てて天守台前の水道で口を濯いだ。
桜の時期には混雑して列を成す天守閣へも直ぐに入場できた。中は殆んど人はいないのであるが、大声で喚いている奴がいる。果たして韓国人だ。箱根登山鉄道の車窓でも立山室堂の雪原の中でも大声を出して騒いでいるのが韓国人だった。車内や城内の狭い中で大声を挙げているのはいつも子供だ。韓国では子供の躾はどうなのだろうか。あるいは、大声を挙げるのは普通のことなのか。観光地で場違いな大声を出しているのはいつも韓国人だ。迷惑なことだ。
(表紙写真は弘前城天守閣)
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青森銀行記念館。明治37年(1904年)、旧第五十九銀行の本店として建設された。
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青森銀行記念館。
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弘前城お堀端。
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弘前城追手門(重文)。
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弘前城追手門。
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弘前城城内。
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弘前城辰巳櫓(重文)。
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杉の大橋あたり。
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弘前城未申櫓(重文)。
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弘前城お堀。
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弘前城南内門(重文)。
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弘前城南内門。
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二の丸枝垂れ桜「大枝垂れ」。大正3年(1914年)に在弘宮城県人会の寄付により植栽された。
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二の丸枝垂れ桜「大枝垂れ」。
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弘前城天守閣(重文)。文化7年(1810年)に建てられた。
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弘前城天守閣。
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弘前城天守閣。
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弘前城天守閣。
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弘前城天守閣。
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弘前城天守閣。
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弘前城天守閣。天守閣と言っても所詮は隅櫓だ。入り口側はまるで倉庫然といった感じだ。
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弘前城本丸枝垂れ桜「弘前枝垂れ」。一番速く咲く桜の木だ。
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弘前城本丸枝垂れ桜に止まる烏。
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弘前城本丸枝垂れ桜。
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弘前城本丸の松。
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本丸枝垂れ桜にもサクランボウが。
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弘前城丑寅櫓(重文)。
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弘前城丑寅櫓。
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弘前護国神社鳥居。
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弘前城北門(重文)。
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石場家(重文)。江戸時代後期の豪商で、藁工芸品や荒物を扱っていた。今は酒屋となっている。
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