2008/03/09 - 2008/03/09
518位(同エリア921件中)
ぶどう畑さん
2008.3.9(日)ドレスデン観光
少年合唱団とパイプオルガンに惹かれ、午前中は教会のミサのハシゴ。ハシゴなんて、まったくもって不謹慎な話ですが、おかげで3つの教会の比較ができました。
さぞかし寒いだろうと覚悟して来たドレスデンでしたが、意外や意外、日本より暖かく、午後はエルベ川の観光船に乗りました。近づいている春の気配を感じながら、川岸の風景を堪能。
夜はオペラ座でバレエ鑑賞。広い劇場、もう会えるはずはないと思っていたバレリーナの家族に偶然にも再会し、これまた思いがけず、楽屋に連れて行ってもらえました! 盛りだくさんの1日でした。
(旅行期間:2008年3月8日〜3月15日)
- 交通手段
- 船
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7:20、起床。すぐに窓を開けてフラウエン教会を眺める。空は快晴。しかも寒くない!
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遠くから聞こえる鐘の音は、止むことなく鳴り響いている。どうやら、時を告げるためではなく、ミサを知らせる鐘のようだ。
この日の午前中の予定は“ミサ”。今までミサには無縁だったが、少年合唱団の歌声とパイプオルガンに惹かれ、覗いてみる気になった。始まる時間が、聖十字架教会は9時半、宮廷教会は10時半、フラウエン教会は11時と、少しずつずれていて、もしかしたら、3つの教会行けるかも?大きな声じゃ言えないが、大胆にもハシゴを企んだ。 -
飛行機で出たパンはあれども、用意してきた紅茶やスープはキャリーケースの中。8時半、アパートホテルの事務所の人が教えてくれたレストランに出かける。
その前に事務所に寄って、荷物のことを聞いてみよう。夕べ、オネエサンが出迎えてくれた建物の1階を探すが、レセプションらしきものはなく、階段を上ってみると事務所の入口があった。
小さいカウンター前には、チェック・アウトの手続きをしている人が数人。こういう所を利用するのは若者かと思いきや、そうでもないよう。みんなニコニコして、滞在を楽しんだ様子。
受付スペースが狭いため、トイレットペーパーの補充だけを言い残して事務所を出る。 -
レストランへ向かう途中、まだ人影のない、静かなノイマルクトをしばし撮影。
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時間がないのはわかっていても、この景色を撮らずにはいられない。
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8:45、写真を切り上げ、“ガストホフ・アム・ノイマルクト”へ。
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レストランは2階にあった。すごーく雰囲気が良く、ビュッフェ・スタイルのリッチな料理が並んでいる。でも、これを食べると10ユーロ(1635円)なんだよね…。パンフレットにあったリンゴのパンケーキだけっていうわけにはいかないのかな。
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店のオネエサンに言ってみるが、ドイツ語がうまく通じない。自分でも「なぜ、そこまでする?」思いながらも、アパートへパンフレットを取りに行く。セカセカと店に戻ると、さっきの席にチーズやらハムやらが綺麗に盛り付けられたお皿が置かれていた。誰か座っちゃったんだ。
隣のテーブルに着いて、オネエサンにパンフレットを見せると、「できるかどうか、厨房に聞いてみます。」と言ってくれ、さっきの席へと促す。私のために場所をキープしておいてくれたのだ!感激すると同時に、朝の時間、パンケーキ単品は頼めないと悟る。 -
しばらくして、リンゴを丸1個使って飾り付けされた、豪華なパンケーキが運ばれてきた。生地がモチっとしておいし〜い!ゆっくり味わいたいものの、ミサの時間が迫り、あせって食べる。リンゴは食べきれないので、紙ナプキンに包んでバッグの中へ。
会計すると10ユーロのまま。パンケーキ代を取られなかった。ちょっと心苦しい。 -
部屋に戻ると、早くもトイレットペーパーが届いていた。でも、荷物はまだ。
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さて、急がなくちゃ。すぐに出かける支度を始める。この日の最高気温は12℃の予想。冬のヨーロッパの旅で活躍する、厚手のカーディガンは必要はなさそうだ。9時半過ぎ、この旅行のために調達した丈の長いダウンを羽織り、地図を片手にホテルを出発。
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えーと、ここが市庁舎だから、こっちだ!もしかして、時間を過ぎたら入れてもらえないってこと、あるかな…。いやいや、イエス様は、そんな了見の狭い方じゃない。きっと大丈夫。
9:50、聖十字架教会の扉をそーっと押して入ると、聖歌が聞こえてきた。入ってすぐの後方の席に座ったが、合唱団の姿が見当たらない。あれ?上のほうから歌声が聞こえてくるぞ。祭壇で歌うのかと思ってたけど、そうじゃないんだ。
静かに席を移動。合唱団は、パイプオルガンの前にいるようだ。が、前のほうへ行くと出にくくなる。端っこに座る。 -
聖十字架教会の少年合唱団は700年の歴史があり、世界各国でコンサートを行っているそうだ。どんな子供が歌っているのだろう?首を伸ばすものの、柱が邪魔でよく見えない。あ、黒いスーツの女の人がいる。大人も混じっているらしい。
そのうち、お説教が始まった。ありがたいお話はドイツ語でチンプンカンプンだし、宮廷教会のミサの時間が気になってソワソワしてくる。
出て行っても大丈夫かなぁ。入口を見れば、まだ入ってくる人がいる。出づらい雰囲気はあったけれど、10:20、ついに立ち上がった。 -
聖十字架教会近くの広場“アルトマルクト”が工事中のため、直線コースで広場を突っ切ることができず、ショッピングセンターに沿って、急ぎ足。
ドレスデン城の裏側を抜けると、夕べ散歩で来た宮廷教会前の広場に出た。広場には、ミサの鐘が鳴り響いていた。近くで聞く鐘はかなりの迫力。
教会の中は、重々しい外観と打って変わり、とても明るかった。宮廷の教会だけあって、内装も豪華!聖十字架教会のように張り詰めたような緊張感はなく、おおらかな雰囲気で、観光客らしき人も多い。 -
ここは写真撮影OK。パイプオルガンの見える側廊の柱の影でカメラを構えて待つうち、ミサが始まった。
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宮廷教会の合唱団も1709年から続いていて、世界各国でコンサートを開いているそうだ。教会がおおらかなせいか、赤い衣の上に白いエプロンをした合唱団の子供たちは、落ち着きがない。
そんな子どもたちの様子や動画の撮影に気を取られ、肝心な歌声はどんなだっけ…?幸い、動画に歌声もちゃんと撮れていて、落ち着きがなかったわりには、すごーくいい歌声だった。 -
ここでもドイツ語のお説教が始まったのを機に、10:50、教会を後にする。
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最後の仕上げは11時からのフラウエン教会のミサ。他の人に混じり、教会の中へ。
フラウエン教会は“石の釣鐘”と称されるようにユニークな形をしているため、正面の祭壇の上にパイプオルガンがあった。壁に描かれている絵は、パステルカラーで柔らかな印象。再建が終わってまだ1年ちょっとの教会の内装は新しい。 -
ドレスデンは18世紀に栄えたザクセン公国の都。壮麗なバロックの都はフィレンツェを凌ぐ美しさと評された。19世紀には芸術の中心地として栄え、ドイツの誇りとなったドレスデンだったが、第二次世界大戦中の1945年2月13日、イギリスとアメリカの連合軍によって、徹底的に破壊される。空爆の理由は、“ドイツの誇り”を打ち砕くためと言われている。
戦後、東ドイツ政府が歴史ある建物の復元に努める一方で、フラウエン教会は“戦争の悲惨さを伝えるモニュメント”として、瓦礫の山のまま残された。1989年、東西ドイツ統一を迎え、転機が訪れる。フラウエン教会の再建を強く望んでいたホーホ牧師が世界中に強く呼びかけると寄付が集まり始め、1993年、石材を可能な限り元の位置に戻す作業が開始された。
石が元あった場所を割り出す作業は困難を極め、“世界最大のパズル”と呼ばれたそうだ。フラウエン教会の外壁が、煤けた黒と奇麗なベージュのモザイク模様になっているのは、パズルの結果と知れば感慨深い。
作業中、瓦礫の中から見つかった曲がった十字架は、教会の中に展示されている。2005年10月30日に再び献堂された教会の上に立つ新しい十字架は、空襲に参加したイギリス軍の兵士の子供たちから送られたものとのこと。ちょっと胸が熱くなった。
ミサが始まり、静粛な時間が訪れる。明るい日差しの入る教会に、おごそかなパイプオルガンの音が響く。「旅に出てよかった!」感激していたが、ドイツ語のお説教が始まると、再びソワソワ。荷物の到着が気になり、心の中で詫びながら、11時半、教会を出る。 -
あとから知ったのだが、フラウエン教会はミサが始まると、入れてもらえないのだそうだ。やっぱり、途中参加や途中退席は好ましくないんだ…。これからは気をつけよう。
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部屋に戻ると、荷物が届いていた!さっそく、荷解きをする。山ほど持ってきた使い捨てカイロは、ひとつも使わずに帰ることになりそうだと思いながら。
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お天気もよく暖かい日、エルベ川の遊覧船に乗るには打ってつけ。
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ダウンを羽織って、12:20、まずは再び宮廷教会へ。目的は、アウグストゥス?世の心臓を見たいがため。
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強王と呼ばれるアウグスト?世は大変な力持ちで、ライオンのミルクを飲んで育ったと伝えられている。実子の数は360人とか。子孫を残す能力にも長けていたと思われる。彼の亡骸はポーランドにあるが、心臓だけは銀の小箱に入って宮廷教会の地下に安置され、好みの美女が近くに来ると、静かに鼓動を打ち始めるらしい。
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教王は、1697年、ポーランドの国王になるべく、カトリックに改宗したが、宗教改革を行ったルターの活動拠点に近い土地柄、住民の大分部分がプロテスタントだったため、カトリックの教会を建てることができなかったそうだ。この教会が建立されたのは彼の息子の時代になってから。
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地下への入口を探しながら、中をグルッと見学するうち、ミサの時にはロープが張られていた、ピエタのある拝廊の奥に売店があるのを見つける。
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イコンなどが並ぶ棚のそばには、空襲で屋根の部分が破壊された宮廷教会の写真も飾られていた。何百年も前から建っているように見える教会も、1945年の空爆に遭っていた。
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修復作業は1962年から始まり、1991年から1997年にかけて行われた塔の修復も終わる。そして1980年、ローマ・カトリックの大聖堂に昇格したそうだ。大聖堂と呼ばれるには、ただ単に大きいだけじゃなく、お墨付きが必要だったことも知る。
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売店にいたオバサンに、地下を見たいと言うと、13時からツアーがあると教えてくれた。
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13時まで、少し時間がある。ゼンパーオペラの建つ劇場広場を早く見たい!観光局の場所を確認がてら行ってみよう。
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教会脇の路地を歩いていくと、通りの向こうに、ドーンと広い劇場広場が見えてきた!
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広場の奥に立つのがゼンパーオペラ、左手がアルテマイスター美術館が入っているツヴィンガー宮殿だった。オペラ座も宮殿も、アパートから近〜い!
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トラムが走るSophien通り沿い、広場脇のギリシャ神殿風の建物に“i”の文字発見。観光局の場所はわかった。
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教会へ引き返す。
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13時になると、女の人が「フュールング、フュールング。」と呼ばわりながら現れた。“フュールング”とは、ドイツ語でガイドの意味。さっそく手を上げて意思表示したけれど、最低5人集まらないとガイドはしないと言われる。
みんな強王の心臓には興味がないらしく、しばらく待っても、誰も集まらず…。ドイツ語の説明がバッチリ理解できるようなら、「せっかく日本から来たんだから」と頼み込むところだが、それさえ言えない私…。あぁ、残念! -
教会を後にして、観光局へ。カウンターに座っていたそっけない感じのオニイサンから、72時間有効の“リージョナル・カード”を買う。ついでに、ドレスデン城の宝物館“緑の丸天井”の予約ができないか聞いてみよう。
「ドレスデン城の…。」言いかけたものの、緑の丸天井ってなんて言うんだろう?言葉に詰まっていると、「城ならそこ。」道を隔てた建物を示される。えーと、そうじゃなくて…。ドイツ語の“緑”を意味する「グリューン」と言いながら、ガイドブックのコピーをめくっていたら、オニイサン、聞き慣れない言葉を発した。
え、今なんて言ったの?「Wie bitte ?」の問いに、オニイサン、ページの下のほうを指差す。そこには“Gewölbe”と、発音のムツカシイ単語が書かれていた。「ゲヴェ、あれ?ゲヴェーベ…。」一生懸命トライしていたら、「はは、難しいよね。」笑顔が出て、態度が柔らかくなった。そして、このパンフレットはいる?これは?と、観光資料をいろいろ出してくれる。拙いドイツ語が功を奏したらしいが、宝物館には触れないまま。 -
観光局で予約はできないようだ。道を渡って城のインフォメーションに行く。
“歴史的緑の丸天井”を見たいと言うと、明日の朝、10時から券を売るので、9時頃来て下さいと返ってきた。えと、明日じゃなくて…。「水曜日の予約をしたいんですけど。」「数ヶ月前から予約が入っているので、水曜日はもういっぱいです。」ひょえ〜!そんなに人気とは知らなんだ。予約してない人は、毎朝10時から売り出される当日券を買う仕組みになっていた。 -
「“新しい緑の丸天井”ならすぐに入れます。」勧められたけれど、遊覧船に乗りたい。船着場に向かった。
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観光船はかなり大きく、1階にも2階にもレストランがあった。でも景色を楽しむなら、やっぱりデッキ。ブリュールのテラス側の席に座る。
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14時、船はゆっくりと岸を離れる。船から見る宮廷教会、ブリュールのテラス沿いの建物の眺めはまた格別。
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芸術アカデミーのガラスのクーポラの向こうには、フラウエン教会のドームも顔を覗かせていた。
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カローラ橋をくぐると、荘厳なバロックの都から一転、広い川原が続く、のどかな風景に変わる。
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川岸には黄色いレンギョウが咲き、柳はうっすら芽吹いている。本格的な春はすぐそこ。
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やがて、左手の丘の上に館が見えてきた。プロイセンの王子“アルブレヒト”のために、1854年に建てられたアルブレヒト城だった。
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そのすぐ先のリングナー城は、館下の斜面のブドウ畑がいい感じ。
ここはアルブレヒト王子の侍従のための館だったが、1906年にリングナー氏の所有となり、彼の死後ドレスデン市に譲渡された。現在、アルブレヒト城とともに、市が管理しているそうだ。 -
次に現れたのは、1861年建設のエッツベルク城。現在、ホテルとして利用されている。
どの館も、ライン川沿いの城のように大きくはないけれど、3つも城が見れるとは! -
しばらくして、右へとカーブする川の先に橋が現れた。1893年に架けられた吊り構造の“青い奇跡”と呼ばれる橋だった。
当時の技術では、川の中に橋脚を置かず、150mの長さに及ぶ橋を架けるのは奇跡に近く、橋が青い色に塗られていたことからその名がついたという。 -
名前のわりに、取り立てて言うほどでもない橋と思っていたが、近づくにつれ、鉄橋が綾になっている様子がとても美しいことに気づく。
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この辺りは別荘地とあって、川の左側の丘の斜面に瀟洒な館が立ち並び、橋を含めた景観は、洗練された雰囲気でいい感じ!
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船は橋をくぐって、少し上流へ行ったところでUターン。
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戻りは川を下ることもあり、スピードがあがる。
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川風に吹かれ続けたせいで、すっかり冷え込み、レストランに入ろうかとも思ったが、やっぱりシャッターチャンスを逃したくない、2階のデッキから1階に降りて、船の脇の通路を右へ行ったり、左へ行ったり。
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だいぶドレスデンも近くなった頃、雲の隙間から地上へ差し込む、いく筋もの光を目にする。なんとも言えず印象的な光景に、しばし見とれる。
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啓示的な光は、バロックの都、ドレスデンの街にも届いていた。
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カローラ橋をくぐり、特別な空間へと戻る。
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15:30、1時間半の船旅に満足し、観光船を降りた。
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川沿いの道からミュンツガッセに入ると、ブリュールのテラスへと上がる階段の近くに屋台が出ていた。
ソーセージとパン、グリューワインを買って、部屋で遅いお昼。 -
窓からノイマルクトの景色を楽しんでいるうち、フラウエン教会のクーポラに夕日が当たってきれいになってくる。
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バレエの開始は18時で、チケットの引き換えは17時から。
ドレスデン城東側の中庭にあるシュタルホーフを見学がてら、ゼンパーオペラへ行こう!
ちょっと休んだだけで、16時、アパートを出る。 -
シュタルホーフは、ヨーロッパ最古の武芸競技場。城の門館へ続く、長い廊下の壁の装飾が美しく、柱には鹿の頭が飾られていた。
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その外側は、1945年の爆撃から奇跡的に逃れた102mの壁画“君主の行列”。
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1千年の歴史を有するヴェッティン家が輩出した王侯35人、市民階級の代表者、芸術家など、総勢93名がマイセン焼きのタイル24600枚に描かれている。
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夕べから何度も通っている壁画の前の道を行き、宮廷教会の脇の路地を抜ける。劇場広場から振り返れば、宮廷教会にも夕方の光が当たっていた。
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チケットの引き換え所は、建物の中にあった。
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チケットを受け取って、クロークにコートを預けたら、まずは自分の座席を確認。
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予約した3階のバルコニー席は舞台から近く、劇場全体を見渡せた。
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では、じっくりとオペラ座探索。2階に下りると、大理石の柱が立ち並ぶ場所があった。
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シャンデリアある廊下もすごーく素敵。
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どこもかしこも装飾が豪華で、そこにいるだけで優雅な気分になる、オペラ座らしいオペラ座だ。
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19世紀に建てられた、設計者ゼンパーの名を冠する“ゼンパーオペラ”は、ワーグナーが数々の作品を生み出すなど、たくさんの音楽家に関わりのある王室歌劇場だったが、空爆の被害に遭い、1985年に再建される。
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再建されたほかの建物同様、内装はまだ新しく、天井画も色鮮やか。
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ノドが乾いて、3階ホワイエのカウンターに行き、オレンジジュースを注文。ジュースは3ユーロだった。ま、許せる範囲。パリのオペラ座では、ミネラルウォーターの小さいボトルが4ユーロもした。節約したければ、“飲み物持参”がいいかも。
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席に戻り、上からバレリーナの家族を探したけれど、見つけらないまま、前座のプログラムが始まった。
そのバレエに、日本人の男性と女性が出ていた。海外で頑張っている日本人が多いことに驚く。 -
30分くらいで小作品は終わり、幕間を楽しむべく席を立つ。
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大理石の柱が並ぶ所から階段を下りてみると、売店があった。そこで、バレリーナのお姉さんにばったり!彼女はレンタル・オペラグラスを探しに、売店に来たのだった。なんたる偶然!
2階のホワイエにお母さんがいるとのことで、一緒に階段を上がる。ホワイエには、お姉さんの友達のWさんという人がいた。
Wさんは、バレエが目的で海外旅行をするほどバレエ好き。今回もライプツィヒでバレエを見て、ドレスデンでは明日もジゼルを見るそうだ。
それぞれ自己紹介みたいになって、お姉さんの名前を教えてもらう。Kさんだった。 -
飛行機が遅れた話をしていると、お母さんが「あなた、バスに乗ってかしら?」と言った。「フランクフルト空港のバスですよね。乗ってましたよ。」答えながら、バスに後から乗り込んできた人もいなかったのが、自分でも腑に落ちない。「飛行機を降りた所にいなかったわよね。」さらにお母さんは付け加える。
なんと、お母さんたちは、係員に誘導されて入国手続きを済ませ、専用のバスで飛行機まで運んでもらえたことが判明。あそこで待っていたら、空港を走らずに済んだのか…。フライトアテンダントに、ブリッジを降りてからの行動を確認しておくべきだった。まぁ、何事も経験と思おう。
遅れの原因は、外国人男性だったこともわかる。そういえば、ボーディング・ゲートに“変なガイジン”がいたっけ。機内でも、フライト・アテンドたちが、その彼を取り囲むように話をしているところを見かけた。Kさんいわく、酔っ払っていて、降ろされたのではないかとのこと。大迷惑!!
席に戻る時間が近づいた時、「バレエが終わったら楽屋に行きませんか?」と誘われ、「ぜひお願いします!」即答する。 -
「次の幕間もここで」と約束し、それぞれの席へ。3階から眺めると、Wさんが前から5列目、舞台がほぼ真正面に見える席に座っているのが見えた。
お母さんとKさんは、1階の後ろのほう。急遽、席を取ってもらったので、前の方の席は残っていなかったそうだ。手を振ったら気がついてくれた。 -
ジゼルは、村の娘ジゼルと貴族のアルブレヒトとの悲しい恋の物語だった。
1幕目、バレリーナは若々しさを象徴するようなクリーム色の衣装で登場。身分を隠したアルブレヒトと出会い、2人は恋に落ちる。ある日、彼の婚約者が村を通ったことで、アルブレヒトが貴族であることが暴かれ、婚約者もいることを知ったジゼルは錯乱。短剣を振りかざし、アルブレヒトと揉み合ううち、胸に剣が刺さってジゼルは死んでしまう。 -
幕間にホワイエへ行った時、バレリーナは3才の時にバレエ習い始めたことをお母さんから聞く。Kさんが通っていたバレエ教室にくっついて行くうち、先生から勧められたそうだ。“栴檀は双葉より芳し”ってわけだ。
インターネットで調べたら、13才の時にアメリカにバレエ留学して、オランダ国立バレエ団に所属していた時は、プリンシパルを務めていたらしい。衣装デザインも手がけ、レオタード制作会社を立ち上げていた。 -
2幕目は一転して薄暗い舞台になる。設定は、死んだ乙女たちが精霊“ウィリー”となって集まる沼のほとりの墓場。
白いレースをかぶり、死をイメージさせる衣装を身につけたウィリーたちの所へ、アルブレヒトがやってくる。ウィリーたちは、彼を死に至るまで踊らそうとするが、力尽きそうになった時、朝の鐘が鳴る。ジゼルはウィリーたちとともに朝の光の中に消えていった。
初めて観るジゼルだったが、すっかり引き込まれ、充分に公演を楽しむことができた。 -
21時過ぎ、待ち合わせしたクロークでKさんたちと合流して、関係者オンリーのエリアへ。
通路には、舞台を終えた踊り子たちが行き交っていた。みんな、舞台が終わるとすぐにシャワーを浴びるらしく、バスタオルを巻いた人もウロチョロ。
いろんな人に挨拶するKさんの後ろにくっついて楽屋まで来たが、バレリーナもシャワー中で、廊下で待つことに。待っている間、ゲイと思われる男の人がやって来て、日本からプロモーターが来ていることをKさんに伝えていた。Kさんは英語が堪能。外国人との接し方にも慣れている。イギリスに住んでいたことがあると聞いて、「英語が話せるだけじゃ、あぁはいかない」と納得。 -
ゲイの彼が楽屋を覗き、シャワーから出たと教えてくれて中に入る。荷物が雑然と置かれた部屋の奥、すっぴんで身支度をしているバレリーナは、ビックリするほど細かった。エキゾチックな顔立ちは、お母さん似ではない。どちらかというとKさん似かな。
楽屋は2〜3人で使うよう。ここにもバスタオルを巻いた人がいて、目のやり場に困りながら、ドアの前に立っていたら、「飛行機、遅れたんですってね。」バレリーナが話しかけてくれた。「夕べはお世話になりました。タクシーに一緒に乗せてもらったり、とても心強かったです!」お礼を言う。
Kさんが「出口で待ってるからねー。」声をかけてくれたのを機に、楽屋を出る。 -
関係者用の出口にいると、日本人の男女が会釈して出て行った。舞台に出ていた2人だった。
髪がまだ濡れたままで、風呂上りって顔の男の人も立ち止まり、Kさんと話をする。「この背の高さ、もしかして…」と思っていると、私にも挨拶してくれ、握手の手を差し出された。ど、どうもご丁寧に。ドアの向こうに消えてから「あの人…。」「そう、アルブレヒト役の人。」キャー、握手してもらっちゃったぁ! -
ほどなく、バレリーナが現れた。この機を逃してはいけない。「せっかくだから、写真を撮りませんか?」みんなで写真撮影。でも、フラッシュをたかなかったのか、ピンボケ写真になってしまった…。うぅ、悲しい。
ヒルトンで行われる打ち上げパーティ会場へ向かうバレリーナは、ほかの人たちとおしゃべりに花が咲き、ちっとも歩みが進まない。一方、お母さんとKさんは、構わずどんどん先へと行ってしまう。 -
WさんはKさんにパーティに誘われていたが、市庁舎近くのホテルへ帰ることになった。ドレスデン城脇を通り、フラウエン教会の近くまで来て、Wさんを送っていくKさんと別れようとした時、「ホテルは教会の近くなんですよね。どこですか?」尋ねられた。
建物を指差すと、みんな一様に驚いている。少し優越感。「どうやって見つけたの?」と聞かれ、たくさんのホテルが掲載されているサイト“Bookin.com”の存在を教える。「ガイドブックに載ってるホテルは限られてますものねー!」感心していた。
お母さんは「もう大丈夫ですから。」と言うけれど、なんだか心配。ヒルトンまで送り、一緒にロビーでKさんの戻りを待つ。プリマドンが先にだったら、彼女に引き渡せばいい。
ヒルトンに入っているマイセンショップのショーウィンドウを覗いていると、お母さんがブルー・オニオンと呼ばれる、マイセンの代表的な柄のことを教えてくれた。よく見れば、ホント、玉ねぎ。なんだってこんなのを柄にしたんだろう。かなり不思議。
Kさんが戻ってきて、パーティに出ないかと誘ってくれたが、と〜んでもない!22時、ロビーで別れた。 -
部屋に戻ってすぐ、バスタブにお湯を張る。22時を過ぎてのお風呂は気がひけるが、シャワーはやめとくから許して。
お粥と味噌汁、朝のリンゴで軽い夕食。明日はパンを買わなくちゃ。
お湯に浸かって温まり、0時就寝。盛りだくさんの1日だった。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- dankeさん 2014/10/21 23:51:11
- wunderbar
- ぶどう畑さん、
ロストラゲッジが転じて思わぬ素敵な出会いを贈ってくれましたね。まさかドレスデンでバレエ公演の後の楽屋に行くことができるとは、なんという展開!しかも主役の男性の方にも握手していただくなんて。ジゼルのポスターも素敵ですねぇ。バレエ公演、私も経験してみたいです。
荷物もきちんと届いてよかったです。。ひどい時なんて本当になくなってしまいかえってこないことありますからね。
旅での色々な出来事がすごい臨場感とともに書かれていたのでこちらまでドキドキしました。
- ぶどう畑さん からの返信 2014/10/22 22:57:37
- Danke schön!
- dankeさん
投票をありがとうございました!
バレエファンだったら、握手してもらって舞い上がるところなのだろうけれど、私には猫に小判。握手した手は、ためらいなく洗いました。(笑)
振り返ってみると、一人旅をするようになってからは、なにかしら起こってます。
というより、やらかしてるかも。
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