2010/05/08 - 2010/05/18
8668位(同エリア11785件中)
雪兎さん
なにしろ滞在してるのが丸山界隈です。
近所を周らないわけにはゆきません。
実は初日から必要に駆られてそこそこ歩き回っています。
ところがそういう歩きでは何処が何かは分かりません。
長崎は上り下りを厭わなければごく狭い所に
やたら石碑とか近代遺蹟とか林立しています。
なので観光地図を目安に歩き始めました。
表紙は一軒だけ頑張ってる大徳寺菊水の看板です。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- ANAグループ
-
私達の滞在してるマンション下から出発します。
このまま真っ直ぐ進みます。 -
高島秋帆邸への道は
このまま直進すると高台で屋敷の裏手です。
もう一つは下に降りて正覚寺前の道を行くと
屋敷正面の物凄い登り階段になります。 -
まるで城のような塀です。
-
ここから入れます。
-
-
敷地を通り抜けてここが正面の門です。
-
門前にある立派な階段と石垣です。
正覚寺からの道を来るとこの階段下に着きます。 -
高島秋帆邸はとても広い空き地という感じです。
そそくさと見て回れば
ただ通り抜けるだけでも事足ります。
ところがじっくり見て回れば
それなりに見所はあります。
砲痕跡も一つではありません。 -
適当にあるものを標的にしたという事が
石に刻んである年号で想像できます。
元禄って赤穂浪士の頃ですね。 -
長細くて家屋のある敷地から一段下がっていて
外に面したところは石垣が積まれています。
表門下から見た石の壁の上の方がそれです。
兆弾などに配慮したものだと思います。
東京の新大久保という所にある
元徳川の鉄砲組組屋敷の敷地跡が
とても長細かった事を思い出しました。
各家で鉄砲の練習をする為に
細長い敷地で屋敷を拝領したそうです。 -
どうやらこの敷地は郵政省に使われていたようです。
今は如何だか分かりません。
他にもシーボルト鳴滝塾には
内務省という境界石が幾つもありました。 -
案内図によると今回回る所は
こういう位置関係になっています。
でもこれを鵜呑みにすると酷い目に遭います。
道は勾配ばかりだし丸きりの路地もあります。 -
-
今はあっけらかんとした公園です。
トイレのあるのが助かります。 -
公園の面したこの店の脇の路地に入ると
殆ど延々上り坂でうんざりした頃
愛八さんの墓のある墓地に到着します。 -
-
愛八さんのお墓から
福屋の辺まで道を引き返してここに至ります。 -
梅園身代り天満宮です。
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ぶらぶらの石碑が…見るからに新しいです。
-
先ほど見たお墓の主愛八さんの説明。
吉永小百合さんお綺麗でしたね。 -
狭い敷地に色々あります。
-
位置関係はこうです。
天満宮さん出て階段上がると右手 -
この奥が中の茶屋です。
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中は清水崑記念館になっています。
-
後日他の方に聞いたのですが
中の茶屋はいったん焼失し
その後再建されたものだそうです。
その際廊下などが広げられてしまったとの事。
再建後史跡指定の要となったのがこれです。
庭の隅にあるので探してみて下さい。
年号と寄進者の遊女の名前があります。
茶屋とは中の町が運営していた接待所です。
係りの女性は時間さえあれば
詳しく色々な事を教えてくれます。
他の場所でも丸山に詳しい方の話の中に
この手水鉢の事が出てきました。
聞かれたので拝見しましたというと
「それはよかった。仲の茶屋の
歴史の証明書みたいな物ですから・・・」
との事です。
例えば茶屋の中の部屋の長押に付いて
手を入れないと分からないのですが
内側に所々凹凸があります。
昔はここに石を入れて緊急時の武器としました。
なので「石投げ」が転じて「長押(なげし)」
となったそうです。
珍しい南方系の樹木もあります。
時間が早く来訪者も少なく
係りの方はまだ掃除中だったのですが
庭掃除の合間に色々お話してくれました。
伏見の黄桜酒場の事もご存知でした。 -
途中の路地には猫です。
今日のさるくは猫に出会う事が多いです。
この時期子猫も沢山います。
さるく「ぶらぶら愛八…」のパンフには
ご丁寧に「尾曲がり猫」の説明まである位です。 -
路地から見える遊郭建築の大屋根です。
-
-
とても彫刻の綺麗な社殿です。
-
元遊郭がそのままの外見を保っています。
入居者募集というのは
アパートにでもなっているのか…
さっきの屋根はこの建物ではないでしょうか。 -
街中で見かけた温泉?
銭湯でしょうね。
後日他で見たのも温泉と言う名の銭湯でした。 -
すぐにここです。
-
最近立てられた竜馬像で
手には懐中時計
懐には拳銃
足元はブーツ -
-
花月は円山公園に面しています。
ここから我が部屋までは5・6分です。 -
部屋には戻らずにこちらへ回ります。
大徳寺の焼餅が目当てです。
円山公園の周りの道は
何処に進んでも何かしら見て回れるという事です。 -
大徳寺の大楠木です。
菊水さんのお話では
奥様が嫁入りした頃は樹齢1500年と言われ
今は800年と訂正されているとの事です。
どちらにしても大変古い事には変わりなく
大木繋がりでこの旅行の前に熱田神宮で見た
弘法大師お手植えの楠木を思い出しました。
この公園には他にも結構な楠木が数本あります。
後日長崎を歩けば歩く程
楠木の大木が沢山あることに驚きました。
というのも、
東京大空襲で焼けてしまったもので
私の付近には楠木自体も少ないし
取り上げるほどの大木と言えば
上野動物園の縄文の頃漂着したタブの木や
谷中墓地にある大イチョウなど数える程です。
長崎の様に行く先各所で楠木の大木があるのは
本当に驚き以外の何物でもありません。
物凄く羨ましいです。 -
-
やっと着いて大喜びで注文したら
皮を捏ねる所から始められたのには驚きました。
作り立てをお出しするのが伝統との事。
確かに縁側で頂いた出来立ては旨かった!
皮が香ばしくてふわっとしていて餡子は甘い。
冷めると皮がもっちりして
別の風味で美味しいそうです。
一人分4個ですが今回は二人で一人分にしました。 -
向かい側の狐窓のある小屋を開けて
中の餡を炊く釜を見せて下さいました。
昔あった他の店は皆仕舞ってしまい
今は三代目の菊水さん一軒だけ。
「それも主人が勤めていたので
何とかやって来れましたが・・・
儲かる訳ではないので後を継げとも言えないし」
進む一方の時代の流れの中で
色々な事が今迄の様には行かず
長く伝える事の難しさを
ここでも思い知らされました。
TVの取材があったそうで
ご覧になった方もおいでと思います。 -
大徳寺から上に抜けて回り込んで下がり
唐人屋敷跡に回ります。
唐人屋敷跡というのは
結構広いエリアをいいます。
そのエリア内に色々なものがあります。 -
-
-
写真は正面下から見た福建会館ですが
私達は公園脇から入りましたので
最初から上の方に出ました。 -
昼過ぎになりあわてて食事に向かいました。
その途中にこの境界石が
山手ばかりではなく
唐人屋敷界隈も居留地だったのが分かります。 -
この前から疑問だったので「吉宗」です。
やはり皿うどんは無かった。
東京銀座の店とは別会社になったそうです。
本日は月曜日で日替わり定食を
角煮と茶碗蒸しのメニューで充実してます。
月曜日お勧めです。 -
五色すし
蒸しすしです。
何はともあれ疑問が氷解して納得の昼食でした。 -
部屋に寄って買い物を下ろし
すぐにホテルの前の道に進みます。
なにしろ近いのです。 -
途中にこれが・・・長崎のご出身でしたか。
長崎の街中にはこういう石碑が沢山あります。 -
崇福寺は説明までも無い国宝です。
興味も写真も尽きませんが
容量が無いので思い切って割愛します。
中に入ってから私服の年配のご婦人が無心に
石畳の草をむしっているのを見かけました。
奥様でしょうか。
お寺さんは何処も大変だなと感じました。 -
でも一つだけ
建物の裏に水の染み出している場所があって
沢蟹が生息していました。
勾配のある長崎では
あちらこちらで自然に水が湧き出しており
墓地などで水神を祭った場所をよく見かけました。
夕方まで明るいのでゆっくり見て回れました。
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