2010/05/08 - 2010/05/18
8088位(同エリア11873件中)
雪兎さん
先の長崎観光で行かなかった原爆関連史跡
今回は外したくないと思いました。
早起きして出かけたにも拘らず
物凄い数の修学旅行生と一緒になりました。
大勢の生徒を引率する先生方を見ていると
自主を尊重してか各自自由に見学させるところ
ポイントポイントで整列して黙祷させるところ
ミッションスクールで特別扉から入らせるところ
入る施設にもよりますが
学校により原爆に対する姿勢は様々です。
ただ何処の展示施設も原爆を投下したアメリカへの
怨み辛みの展示という視点は目立つ事無く
淡々とした感じがいかにも日本的です。
一旦部屋に戻り再度外出しバスで風頭山へ
さるくご一行と一緒になりご存知竜馬観光です。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- ANAグループ
-
最寄の電停は浜口町でした。
資料館までは少し歩きました。
入館は8時半からですので
まだ30分ほどありました。
入り口で待機してぴったりに入れました。
たちまち子供で一杯です。 -
長崎原爆資料館
国立長崎原爆死没者追悼記念館
ここに付いては他の旅行者様のブログに
写真が沢山ありますのでカットします。
でも、
一番ショッキングだったのはこの展示物
ガラスと融合した人の手の骨です。
見る人誰もが息を飲んでいました。
本当に戦争って嫌ですね。 -
爆心地です。
資料館前の階段を下りて道なりに行きます。
あちこちに色々なモニュメントがあります。
中心点のモニュメントは
他の旅行者様の写真で
よくご覧になると思います。
天主堂の壁もその脇に建っているのですが
これだけ離れるとほぼ人間の集団しか見えません。
周りがこれだけ広い所ですので、原爆関連施設
歩いて回るなら時間に余裕が必要な気がします。
絶えず学生・生徒の集団が通り過ぎてゆきます・ -
上の広場の写真の右手に川が流れています。
水際まで降りる階段があり写真の場所はそこです。
ガラス越しなので上手く写りません。
爆心地の傍らの川岸に残る被爆の地層です。
その上に被災した家の瓦礫が積み重なっています。 -
爆心地から平和公園への行き方は
位置としては民家や道路を挟んで
爆心地の標示の後方になります。
爆心地右手の川沿いに進みます。
通りに出たら左に行くと
公園前に出られる大通りです。
川沿いにも行けますが私共は遠回りして
公園正面からのアプローチになりました。
階段があって噴水があって原爆の像です。
公園にも色々なモニュメントがありました。
原爆の像の裏側に北村西望の心情が綴ってあり
製作に携わった人々の名も刻まれています。
西望会心の作品だと思います。 -
平和公園はもともと刑務所のあった所で
被爆した遺構がそのまま保存されています。
日本人も外国籍の囚人も
ここに勤めていた職員も勿論
全て灰になりました。
爆心地の傍ですので無理もありません。
本当に痛ましい事です。 -
公園の傍らには無縁の被爆死者を祭ってあります。
一家全滅などで縁故者の居ない方々です。
今も縁故者の名乗りを待つ旨のプレートが
掲げてありました。
いろいろな方から仏像などが捧げられていて
拝見しているととても胸が詰まります。 -
公園の後ろにこの子が居ました。
-
原爆の像の裏に出ると左へ歩きます。
そこに写真のように
浦上天主堂が見渡せるポイントがあります。
傍らの階段を下りてゆくのが
平和公園から天主堂まで歩きの近道です。
途中少年刑務所や公園などを通り過ぎます。 -
浦上天主堂は表紙にしました。
被爆した壁を前に再建した天主堂です。
被爆した遺構は一部爆心地にも移築してます。
この日は幸いに被爆マリア様を拝見できました。
TVのニュースでNYに行っているとあり
だめかと思っていたのが帰国されててよかった。
敷地内にも興味深い物が沢山ありますが
他の旅行者様のブログにありますのでカツトします。
街中にはポイント毎にこういう表示板があります。 -
一本鳥居を目指して
延々長崎大学の壁の外側を回っていきます。
ここでもさるく一行と出会いました。
が、すぐに引き離されてしまいました。
私達はのんびり進みます。
するとこういうものも見つかりました。
福田須磨子さん旧宅です。
ここに行くまでこの方を存じませんでした。
帰ってネットで調べる事にしました。
今は福州駐車場になっています。 -
道路から階段を上がって振り返った構図です。
傍らには倒れた鳥居の石柱や
額が保存されています。 -
鳥居の傍にこの碑があります。
西坂の教会脇で見た石碑がここに繋がっています。 -
被爆楠木です。
巨木です。
それ故に傷付いた姿が凄まじいです。
石段工事中の作業員の方がいますが
木の太さがお分かりいただけると思います。
写真右側の木には折鶴が幾筋も捧げられていました。
階段下にはこの町内の追悼碑があります。
ここの神社のご一家は空爆時から
ずっと防空壕に入りっ放しだったもので奇跡的に
一家全員生存されたと説明書きにありました。
町内では一家揃って生き残った方が
それだけ少なかったという事で
被害の大きさを実感する言葉です。 -
-
長崎では何処でもよく見かける札所のお堂です。
-
真ん中の観音様が被爆されていたんですね。
それにしても恐ろしい景色です。
一本鳥居も写ってます。 -
坂本国際墓地に向かいます。
-
グラバーさんとご子息の富三郎さんの墓所。
グラバーさんは武器商人で財を成しました。
植民地時代に成功した典型的な欧州人です。
出島に保存されている建物の一つは
富三郎さんが作られた内外クラブ館です。
今展示している精密な動物画も彼が描かせた物です。
それ程日本の社会に奉仕尽力された方が
晩年自殺されたのは残念な事です。 -
墓地の敷地は道で分断されています。
グラバーさんの墓地のあるところとは別のエリアに
この永井隆さんの墓地があります。
この先如己堂へ行くのは取止めにして
いったん家に戻る事にしました。
観光とはいえ原爆関係は心に重く
回れば回るほどかなりな負担になります。
墓地を割っている坂を降り切ると
茂里町電停がありました。 -
部屋に帰る途中新町で下車
スーパーダイエーに寄りました。
するとその前の通りにこの露店が並んでいます。
安い野菜を買って思案橋方面に歩いて帰りました。
ぶらぶら歩きでは観光スポット以外にも
こんな風に色々なものに出会います。
本当に面白い物が多いのですが
ボリュームの都合で載せられず残念です。 -
部屋で昼食と休憩をしてから再度観光です。
ホテル通り抜けて向かいのバス停に向かいます。
バスで物凄い登りを稼いで終点風頭山です。
何とさるくのご一行と一緒になりました。
前に来た時この終点にある矢太楼に泊まりました。
なので公園までの道は見当が付きました。
が途中まではさるくご一行と同道です。
結構勾配があるのでのんびり歩いていたら
我々だけになってしまいまず着いたのがここです。
風頭公園の入り口近くにあります。 -
-
説明書きで分かるのですが
「通詞」と「通事」の違いがあります。
オランダ「通詞」というのは言葉の通訳が専門。
唐「通事」というのは言葉の通訳の他に
中国及び中国語の通じる外国との
貿易業務をも引き受ける仕事です。 -
-
更にこの墓地もあります。
日本の写真の先駆者です。
ここを見ていると下の墓地にさるくご一行が
やって参りました。
パンフレットで確認してみると
どうやらハタの製造場所を見学して来たようです。
何しろ早足なので私達には付いて行くのが無理です。 -
いずれも立派な墓所です。
-
竜馬像到着です。
-
この像の隣にも展望スペースがあります。
その途中に巨石が見えます。
風頭公園は石切り場だったことが分かります。
夜景も綺麗で写真が貼ってありました。 -
敷地を横切ってこの道に。
竜馬の道の始まりです。
さるこご一行は別の道を進んだようで
周りには私達だけしかいません。 -
こういうのが沢山ありました。
亀山社中のメンバーの似姿? -
やがて景色の中に亀山社中の旗が・・・
-
「ようきたの!」
ミニ竜馬?あるいは社中メンバー?
扮装の若い男性が土佐弁でお出迎えです。
「土佐弁時々長崎弁」だそうです。
中には年配の男性が詳しい説明をしてくれます。
とその時、NHKさんの取材陣が入りました。
説明の方
ここは一旦閉めていたのですが
皆さんが沢山来て下さるようになって
再開できました(以前の十倍だそうです)
個人の所有だそうですが
公開して下さってありがたい事です。
見ているうちにさるくご一行がやってきました。
トイレも使えます。 -
これが宝物の箱です。
元気に坂道駆け上る小学生に聞きました。 -
亀山社中を出て左
すぐにここに出ます。
といっても坂に面した小さな場所です。
開けてみる宝箱も置いてあり
宝探しのゲームなどで子供に評判な様子。 -
ブーツから下に下がってきて
右に曲がるとすぐにここです。 -
こちらは個人の展示です。
ここで竜馬の写真と記念写真撮る時には
確り刀を小道具にすると素敵です。
実はまたもやさるくご一行と一緒になりました。
後になったり先になったり半日のお付き合いです。
顔馴染みになった案内の方が
「始まったばかり一緒に説明聞いた方がいいです」
と、勧めてくださいましたので
お話たっぷりで儲けました(笑) -
こちらの神社も見処です。
-
ここには風頭公園の竜馬像の原型があります。
小さくて可愛いです。 -
この竹ん芸も有名です。
-
四角い柱で構成された鳥居が有名です。
-
さっきのさるくご一行は
こっちを先に見にきたのです。
この斜め向かい側に
どこかの家には入りそうな階段があり
そこを下ると…
さっきのさるく案内人さんは
こういう横道沢山ご存知のようです。
知らない我々は何処も彼処も大回りしています。
このルートの竜馬観光は
上り下りが半端じゃありませんので
行く方は覚悟した方がいいです。
くれぐれも下から登るのは止めた方が…
と、私共は思いますです。 -
この壁が登り窯の遺構です。
-
下りに掛かった時にこんな子が居ました。
信じられない格好をしています。 -
神社を降りてきます。
-
帰り道にありました。
-
街中にこれが生きています。
-
帰り道です。
-
-
店の前には歌碑があります。
流麗な叢書で半分しか読めない中に
この署名はどうしても(伊東)深水に見えます。
ので、掃除中の女性に伺いました。
伊東深水御贔屓の料亭だそうです。
なるほど寺町で静かで落ち着いてて
絵描きさんが好みそうな立地です。
深水さん雪路さん親子でも来た事があり
中には深水の画が沢山あるそうです。 -
序に通り過ぎた寺の写真はカットします。
-
この名前の坂は他にもあるようです。
-
実はこの辺は後でまた来る予定の場所です。
観光道路に向かって
坂下の寺町の通り・竜馬の道・中島川
の三本が平行してます。
何処を歩いても何かしら見所があるので
うろちょろしたい私共は大変疲れます。 -
足元に綺麗なタイルがありました。
最後に道なりに思案橋まで歩いて戻り
今日一日は終わりです。
原爆関係でどっぷり沈んだ心を
竜馬関係で引き立てて
明日も頑張ろうというところです。
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