2010/04/09 - 2010/04/09
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マキタン2さん
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長谷寺(はせでら)は、奈良県桜井市にある真言宗豊山派総本山の寺。山号を豊山神楽院と称する。本尊は十一面観音、開基(創立者)は道明上人とされる。西国三十三箇所観音霊場の第八番札所であり、日本でも有数の観音霊場として知られる。
大和と伊勢を結ぶ初瀬街道を見下ろす初瀬山の中腹に本堂が建つ。初瀬山は牡丹の名所であり、4月下旬〜5月上旬は150種類以上、7,000株と言われる牡丹が満開になり、当寺は古くから「花の御寺」と称されている。
十一面観音を本尊とし「長谷寺」を名乗る寺院は鎌倉の長谷寺をはじめ日本各地に多く、他と区別するため「大和国長谷寺」「総本山長谷寺」等と呼称することもある。
初瀬山の山麓から中腹にかけて伽藍が広がる。入口の仁王門から本堂までは399段の登廊(屋根付きの階段)を上る。本堂の西方の丘には「本長谷寺」と称する一画があり、五重塔などが建つ。国宝の本堂のほか、仁王門、下登廊、繋屋、中登廊、蔵王堂、上登廊、三百余社、鐘楼、繋廊が重要文化財に指定されている。このうち、本堂は慶安3年(1650年)の竣工で、蔵王堂、上登廊、三百余社、鐘楼、繋廊も同じ時期の建立である。仁王門、下登廊、繋屋、中登廊の4棟は明治15年(1882年)の火災焼失後の再建であるが、江戸時代建立の堂宇とともに、境内の歴史的景観を構成するものとして重要文化財に指定されている。仁王門は明治18年(1885年)、下登廊、繋屋、中登廊は明治22年(1889年)の再建である。
本堂
本尊を安置する正堂(しょうどう)、相の間、礼堂(らいどう)から成る巨大な建築で、前面は京都の清水寺本堂と同じく懸造(舞台造とも)になっている。本堂は奈良時代の創建後、室町時代の天文5年(1536年)までに計7回焼失している。7回目の焼失後、本尊十一面観音像は天正7年(1538年)に再興(現存)。
現存の本堂は、徳川家光の寄進を得て、慶安3年(1650年)に落慶したものである。高さ10メートル以上ある本尊・十一面観音像は、前述のとおり、天文7年に完成しており、慶安3年の新本堂建設工事は本尊を原位置から移動せずに行われた。そのため、本堂は内陣の中にさらに内々陣(本尊を安置)がある複雑な構成となっており、内々陣は巨大な厨子の役目をしている。
本堂は傾斜地に南を正面として建つ。平面構成・屋根構成とも複雑だが、おおまかには本尊を安置する正堂(奥)、参詣者のための空間である礼堂(手前)、これら両者をつなぐ相の間の3部分からなる。全体の平面規模は間口25.9メートル、奥行27.1メートル。正堂は一重裳階(もこし)付き。構造的には間口7間、奥行4間、入母屋造平入りの身舎の前面と両側面に1間幅の裳階をめぐらせた形になり、全体としては9間×5間となる。礼堂部分は入母屋造妻入り、間口9間、奥行4間で、このうち奥の間口9間、奥行1間分を相の間とする。礼堂の棟と正堂の棟はT字形に直交し、礼堂正面側には入母屋屋根の妻を大きく見せる。礼堂の屋根は側面では正堂の裳階の屋根と一体化している。礼堂の左右側面にはそれぞれ千鳥破風を付し、屋根構成をさらに複雑にしている。礼堂の前半部分は床下に柱を組み、崖面に迫り出した懸造とし、前方に舞台を張り出す。屋根はすべて本瓦葺き。本堂は近世前半の大規模本堂の代表作として、2004年12月、国宝に指定された。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
長谷寺については・・
http://www.hasedera.or.jp/
さくらの京都・遷都1300年の奈良、吉野千本桜 3日間 (JTB/旅物語)
4月9日(金)3日目
奈良市内 旅館江泉(和室)→[桜]◎奈良公園(桜100選)(遷都1300年の奈良市内・東大寺・春日大社など見学)→昼食:万葉七草釜飯[桜] →●長谷寺(山内全域に約6000本の桜が見事)→名古屋→東京着
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス 新幹線
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