2010/01/09 - 2010/01/09
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morino296さん
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2010年寅年、新春ウォークは、山の辺の道を桜井から北へ向かいました。
昨年の春に山の辺の道を歩き残した部分の完歩を目指したのですが、また少しだけ残しておきました。
この日に歩いたルート(約7Km)
桜井駅→海柘榴市観音→金屋の石仏→平等寺→大神神社→狭井神社→大美和の杜展望台→玄賓庵→桧原神社(ここでUターン)
久延彦社→大直禰子神社(若宮)→馬場子安地蔵尊→三輪駅
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JR桜井駅南口
JRで王寺から奈良経由で11:15頃に到着。
実は、談山神社へ行くつもりだったのですが、バスは12:45までありません。
天気も良いことだし、方針を変更し、山の辺の道を歩くことにしました。 -
桜井駅北口の観光案内所で山の辺の道ガイドマップをもらい出発です。
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桜井市内ではこの道標が道路に埋め込まれていますので、道を間違えずに歩けます。
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桜井駅から400mほど北に進み、右折して東へ300mほどでJR桜井線の踏切を渡ります。
さらに東へ400mほど進み左折して北へ進みます。 -
進行方向(北)に三輪山が見えてきました。
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初瀬川に沿って東に進みます。
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馬井手橋
ガイドマップでは一つ手前の大向寺橋を渡るようになっていますが、道標にはこちらの橋を渡るように書かれています。(結局、大差はありませんでしたが) -
初瀬川を渡ると「仏教伝来之地碑」があります。
欽明天皇の時代に百済の聖明王の勅使が訪れ、釈迦仏の金剛一躰と経論若干巻を献上し、日本に仏教を最初に伝えたといわれる所だそうです。
また、海柘榴市(つばいち)観音堂を含むこの一帯を日本最古の市のあった海柘榴市跡と呼びます。 -
仏教伝来之碑から200mほど北へ進みます。
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立派な屋根ですね!
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海柘榴市の解説板があり、ここを右に入ると観音堂があります。
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民家の間の狭い道を奥まで進むと観音堂があります。
ここには、休憩用のベンチやトイレもありました。 -
海柘榴市観音堂
鍵が掛かっていて中へは入れませんが、ガラス越しに拝ませてもらえます。 -
海柘榴市観音
ガラス戸の格子の間から失礼して撮らせていただきました。 -
また、山の辺の道に戻り、しばらく立派な町並みを歩きます。
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広い道路から分かれ、急に細い道になりますが、道標があるので大丈夫です。
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少し歩くと金屋の石仏が納められている建物が現れます。(正面には、喜多美術館がありますが、今回はパス)
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金屋の石仏(平安時代後期)
金屋の村のはずれにある収蔵庫に収められている2体の石仏。
いずれも、高さ2.14m、幅83.5cm、厚さ21.2cmの泥板岩に釈迦如来像(右)、弥勒如来像(左)が浮き彫りにされています。 -
金屋の石仏を過ぎ、しばらく細い道が続きます。
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やきもののうめだ
金屋の石仏からほど近くにあり、「鍛冶屋の窯」の焼き物を中心に展示販売されています。
この建物は、ご主人が建てられたものだそうです。
ちょっと覗いていたら、奥様から「お入りください」と声を掛けていただき、いろいろお話を聞かせていただきました。その上、お茶と柚、ミカンなどもいただきました。
http://web1.kcn.jp/yamanobe/index.htm -
店先に置かれていたフクロウ
このフクロウに目が止まり、眺めていたところから、お店にお邪魔することになりました。 -
お店の中には、ご主人の作品を中心に、仲間の陶芸家の作品が展示販売されています。
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金屋の石仏や動物の置物もありました。
ここに写っているトラと同じ作品を買い求めて連れて帰りました。 -
やきもののうめださんから少し歩くと平等寺に到着します。(桜井駅から2.7Km)
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平等寺 本堂
明治の廃仏毀釈で廃絶した後、明治13年に翠松寺として再建され、昭和52年に平等寺に復したそうです。 -
平等寺 境内
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平等寺 山門
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成願稲荷神社
平等寺から200mほどです。 -
大神神社に到着です。
稲荷神社からは100mほど。桜井駅からは約3Km。 -
大神神社 巳の神杉(みのかみすぎ)
いつの時代からか、杉の根本に、巳(み=蛇)が棲んでいるところから、「巳の神杉」と呼ばれるようになり、巳の好物とされる卵が、酒とともにお供えされています。
蛇は、古来より三輪の神の化身として意識されており、三輪の神がその原初的形態として、蛇神であると信じられていたことを示していると言われます。 -
大神神社 拝殿に奉献された虎
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大神神社 拝殿(重文)
現在の拝殿は、寛文4年(1664)徳川4代将軍家綱の造営。桁行21m、梁間8m、正面は三間一面の大向拝がつき、江戸時代を代表する建物。
拝殿の左右には、2つの建物が付属し、向かって右に勅使殿、左に勤番所があります。(どちらも県指定文化財)
説明するまでもありませんが、御神体は三輪山そのもので、本殿はありません。 -
大神神社 奉献された酒樽
古くから酒造の神としても名高く、多くの酒造メーカーが奉献しています。 -
大神神社 なでうさぎ
多くの人が撫でまわし、光り輝いています。 -
大神神社からくすり道を進みます。
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大美和の杜展望台からの眺め
大神神社の大鳥居のほか、大和三山の天香具山(あまのかぐやま)、畝傍山(うねびやま)、耳成山(みみなしやま)や、二上山をバックとした大和平野の展望が楽しめます。 -
狭井神社の鳥居
御神水を持ち帰る人も多いです。
(桜井駅から3.2Km) -
狭井神社
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狭井神社
祭神
大神荒魂神(おおみわのあらみたまのかみ)
大物主神(おおものぬしのかみ)
媛蹈鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)
勢夜多々良姫命(せやたたらひめのみこと)
事代主神(ことしろぬしのかみ)
本社の荒魂をお祀りしている古社で、古くより、華鎮社(はなしづめのやしろ)と呼ばれ、病気を鎮める神としての信仰が厚いそうです。 -
狭井神社 薬井戸
美味しい御神水がいただけます。
節水のためか、ボタンを押すと水が出るようになっています。
この御神水は万病に効くと古くから伝えられており、遠近よりたくさんの方が受けに来られます。 -
狭井神社の境内にある三輪山への登山口
三輪山は大神神社の神体山で、禁足地ですけど、狭井神社の社務所へ申し出たら、300円納めて境内右横に建つ2本の柱にかかった注連縄をくぐって山へ登る許可が頂けます。 -
狭井神社からまた北へ進みます。
右手は三輪山ですが、木立で見えません。 -
りゅう神神社
(りゅうは「雨」冠に「龍」の字です)
三輪山を背にして岩坪池と上池間に拝殿があります。 -
りゅう神神社の拝殿
(正しくは「雨」冠に「龍」)
拝殿からは上池越しに参拝します。 -
りゅう神神社
三輪山の麓、上池の畔にあり八大りゅう王辨財天大神を祀ります。
航海の守護神や雨乞いの本尊といわれます。
(雨乞いの本尊であることから、「雨」冠の付いた「龍」の字があてられているのでしょうか) -
石畳の道をしばらく歩きます。
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玄賓庵(げんぴんあん)
もとは三輪山の檜原谷にあったが、明治の神仏分離で現地に移ったもの。
平安時代初期に僧玄賓が隠棲したといわれます。
謡曲「三輪」の舞台としても有名だそうですが、謡曲についてはよく分かりません。
(三輪駅から4.2Km) -
玄賓庵 小堂内には玄賓像や不動明王坐像が祀られているそうです。
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玄賓庵の境内
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玄賓庵 境内の不動明王
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玄賓庵 境内の石仏
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木立の中の細い道を進みます。
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桧原(えはら)神社(元伊勢)
三輪山を御神体とするので本殿はありません。
大神神社の摂社。拝殿は享保19年(1734)に倒壊、珍しい三つ鳥居は昭和40年に復元されたもの。
元は皇居に祀っていた天照大神の神霊(八咫鏡)と天叢雲剣を崇神天皇が皇女の豊鍬入姫命を初の斎宮(いつきノみや)にして、ここ倭笠縫邑(やまとかさぬいむら)に遷し祀ったけど、後に神霊を伊勢に遷したので「元伊勢」と呼ばれる皇大神宮聖蹟だそうです。
(桜井駅から4.5Km) -
桧原神社 注連縄からの眺め
西の山並みも綺麗に見えます。 -
桧原神社 注連縄の外側から
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桧原御休処
桧原神社の前にある店で遅めの昼食(にゅう麺)をいただきました。(14:30頃)
この先1.5Kmほど歩けば、山の辺の道を完歩することになるのですが、帰りの都合を考えて大神神社に戻り三輪駅を目指すことにしました。 -
久延彦社 参道
大美和の杜展望台から尾根伝いに西へ向かうと近道ですが、この日は正面から。 -
久延彦社
久延彦命は、「足は行かねど、天下の事を尽に知られる」神様といわれ、何処にも足を運ばず、居ながらにして世の中のことすべて知っている神様といわれます。 -
久延毘古命(くえびこのみこと)の解説
(神社名は久延彦社とありますので、久延彦命とも書くようですね)
智恵の大神、学業の守護神として、子供や学生さんがお参りするようです。 -
久延彦社の絵馬
こちらの絵馬は「雀」です。
「雀」が使われているのは、久延彦命が世の中のことを雀から聞いたとのいわれからのようです。 -
久延彦社の展望台からの眺め
ここからも大和平野が見渡せます。 -
大直禰子神社(おおたたねこじんじゃ)(若宮)
祭神の大直禰子命は、大物主大神の御神孫で、第10代崇神天皇の御代、神託により堺から大神神社の初代の神主として召された大神氏の始祖。
この神社は、奈良時代には大神寺、鎌倉時代は大御輪寺として本地仏十一面観音(国宝、現在、聖林寺に安置)と併祀されていましたが、明治の神仏分離で大直禰子神社となりました。
社殿は重要文化財に指定されており、昭和61年からの調査・解体修理で用材は創建当初奈良時代のものが使われていることが判明しているそうです。(解説より) -
馬場本村のお地蔵さん
馬場子安地蔵尊、ぼけ封じ地蔵尊、脳天地蔵尊などがいらっしゃいます。
(若宮から直ぐです) -
大神神社 二の鳥居
二の鳥居の前から三輪駅へ向かいます。 -
大神神社 車お祓い所
二の鳥居の右側にあります。 -
桜井線の線路と三輪駅
大神神社から三輪駅へ向かう踏切から -
桜井線の踏切を渡り振り返ってみる三輪山
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白玉屋栄寿
160年以上にわたり名物みむろ最中を作る老舗
上品な甘さの最中で、御土産にお薦めです。 -
JR三輪駅
駅の向こうに三輪山の頭が見えます。
(15:30頃) -
三輪駅ホームから望む三輪山
15:41発の奈良行きで帰路につきました。
好天にも恵まれ、桜井駅から約4時間の新春ウォークを楽しみました。
(大きなカバンを担いだままで、ちょっと重かったですが)
山の辺の道、完歩は出来ませんでしたが、また次のお楽しみに。
また、今回行くのをあきらめた、談山神社、聖林寺へも、今年中に行ってみたいです。(バスの時間に合わせて) -
”やきもののうめだ”さんで買い求めたトラ
ちょっと愛嬌がある顔が気に入りました。
朝護孫子寺の孫トラと一緒に我が家の玄関に飾ってあります。
うめださん、お茶を御馳走になり有難うございました。
(おしまい)
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この旅行記へのコメント (2)
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- ゆうこママさん 2010/01/12 20:19:07
- 山の辺
- こんばんは。
山の辺の道、ずっと気になっているのですが足に自信がなくて未だに行けずにいます。
う〜ん、今年こそ本気でウォーキングして足を鍛えて行きたい!と思うのですが、、、
旅行記を拝見し、思いは強くなるのですがねえ。
- morino296さん からの返信 2010/01/12 20:58:03
- RE: 山の辺
- ゆうこママさん
こんばんは!
いつも有難うございます。
山の辺の道、一度に完歩するのは少しきついかもしれませんが、
何回かに分けて歩かれれば、大丈夫だと思いますよ。
昨年の春は、近江路コミュの皆さんと、写真を撮りながらのんびり歩きましたよ。
近江路コミュのメンバーも、また、山の辺の道の続きを歩く話もありますので、宜しければご一緒されては如何でしょうか?
morino296
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