2008/09/06 - 2008/09/06
350位(同エリア1671件中)
みにくまさん
伏見にやってきました。
その一番の目的はこちら「寺田屋」の観光です。
08年09月12日号の週刊ポストにて、平成の「寺田屋騒動」と題して、この史跡に対して観光偽装の疑惑があるという記事が誌面に掲載されました。
08年09月19/26日号の同誌でも追加の情報が掲載されるとともに、京都市の観光局が、この情報の真偽を確認する調査を開始したと発表され、「市観光文化情報システム」のホームページから「寺田屋」の項目を削除したとのこと。
週刊誌のネタは、不確定なものを断定的に記載することがあるので、話半分で見ているのですが、この話がテレビでも報道されたことから、一度見に行ってみようということになりました。
◎寺田屋
営業時間 10:00〜16:00(受付 15:40まで)
料金 400円
定休日 月曜日(不定休)
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寺田屋
この旅館、今でも宿泊施設として利用されています。
料金:素泊まり6500円(ルームチャージなのか一人当たりなのか不明)
朝食つき 別途500円
予約:一か月前から受付
時間:チェックイン18時 チェックアウト 9時
注意事項:酒類・食品の持ち込み禁止。飲酒・喫煙禁止
泊まれる部屋:梅の間以外の5部屋 -
寺田屋騒動跡
◎薩摩藩尊皇派等の粛清事件
文久二年(1862)四月、尊王攘夷派の先鋒であった薩摩藩士9名が殺傷されるという明治維新史上有名な寺田屋騒動が起こった所である。 -
坂本龍馬の碑
旅館の右手の庭には、いろいろな記念碑がありました。
ここは、特に料金を支払わなくても見学することができます。 -
恩賜記念之碑
女将お登勢と寺田屋の由来碑。 -
井戸
維新当時の井戸です。 -
坂本龍馬先生の銅像と、寺田屋騒動記念碑
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誓いの楠
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寺田屋入口
旅館の看板もありますね〜。
では、建物の中に入ってみましょう。 -
玄関
さて、週刊ポストが主張する疑惑ですが、簡単にまとめると、この寺田屋は戊辰戦争(1868年)鳥羽伏見の戦いの際に、全焼したという文献ある。
また、この建物の東隣の庭にある碑の文中に「寺田屋遺址」とあり、元々はこの庭に建物があったのではないかと思われる。
これが事実だとすると、この建物内にあるいろいろな物が、後年それらしく作られたレプリカではないのか。
というような内容でした。
以下、各写真に疑惑のポイントを記しておきますが、あくまでこれは、週刊ポストの主張する疑惑ですので御承知おき下さい。 -
旧配膳場
文久2年(1862)年の薩摩藩士の上意討事件はこの場所で斬り合いが始まりました。
現在は写真・記念品などが所狭しと並べられています。
またこの時は、観光客向けにお店の方が説明をしてくれました。 -
階段
少し急な階段をのぼり、2階に行きます。 -
2階の廊下
部屋の前には「梅」「松」など名前が書かれています。
梅の間は、坂本龍馬が襲撃された部屋です。
◆ポイント?
このあたりに来ると、「寺田屋14代当主伊助」という方の解説テープが聞こえてきます。
「この寺田屋は維新の舞台となった”当時の船宿そのまま”でございます。これが現存することも珍しいことでございますが、この寺田屋の中で歴史が作られたのでございます・・・」
この内容に問題があるのではないか、ということですね〜。
私たちが行った時も変わらずこのテープは流れておりました。 -
雲?の間
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見学は畳までにしてください
ベランダには出ないでくださいということですね。 -
ベランダ
ベランダと言うよりももう少し適切な言い方がありそうですが・・・。
部屋を囲むように板敷の廊下がつながっていました。 -
九烈士記念碑
各部屋にいろいろなものが飾ってあります。 -
隙間が
流石に古い建物ですから、壁が傾いていて隙間ができていました。 -
大きめの部屋
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大きめの部屋
壁に書かれた謎の文字が不気味です・・・。 -
小さめの部屋
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小さめの部屋
この部屋の壁にも一面に謎の文字が。
掛け軸の下にはみにくま君が座っています。 -
梅の間(龍馬の部屋)
◎坂本龍馬襲撃事件
1866年3月8日 ここに宿泊していた坂本龍馬を伏見奉行配下の捕り方が捕縛ないし暗殺しようとした事件です。 -
梅の間(龍馬の部屋)
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梅の間(龍馬の部屋)
床の間には坂本龍馬に所縁の品々が飾られていました。
刀・鉄砲など。
兜も飾ってありましたが、これは少し時代が違うような気がしたのですが・・・。
◆ポイント?
この龍馬所縁の品というのも、真贋が怪しいのではないか。
これは怪しいというよりも、本物だったらかなり貴重な品のはずで、このように無防備(触れるくらい)に置いてあるのは不自然に思われました。
この品が龍馬が使ったものだという記載がされていたのか、実は覚えていないのですが、常識的に考えてこれは単なる飾り、レプリカではないでしょうか。 -
弾痕
これが有名な弾痕です。
襲撃に際し、龍馬が応戦した跡だということですが。
◆ポイント?
木の節のように見えなくもない・・・。
幕末当時のものであれば、このような弾痕が残っていても不思議ではないし、リアリティが増す。
しかし、建物が後年に建て直されたものならば、弾痕が残っているはずは無いので、これはそれらしく作られたものではないのか。 -
弾痕
普通に触れることができるので、みんなが触るうちにツルツルテカテカになっていました。 -
刀痕
こちらも有名ですね。
斬り合いに際して柱の一部が欠けたのだそうです。
◆ポイント?
弾痕と同様の理由。 -
刀痕
こちらも、みんなが触るので、テカテカです。 -
隣の部屋に
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中庭
2階から中庭が見降ろせました。 -
再び廊下に
龍馬をはじめ幕末に活躍した志士の写真などがたくさん飾られています。 -
裏手にまわる階段
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昔白刃の裏梯子
湯に入っていた龍馬の愛人お龍が捕方に気づき、裸のまま駆け上がったと言われる階段です。 -
風呂場
裸のお龍さんで有名なお風呂です。 -
風呂場
◆ポイント?
”お龍の入っていた風呂”のある風呂場は、1908年に新築されているのが、京都地方法務局の残る登記で確認できる。
しかし、当のお龍は風呂場のできる2年前の1906年に他界しており、少なくとも風呂場は騒動当時の建物ではないことが分かる。
つまり、風呂場は当時のものではないが、”風呂桶”は当時のものだということでしょうか。 -
風呂桶
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ギャラリー?
先ほど観光客の皆さんに説明をしてくれていた部屋(旧配膳場)です。
説明が終わり、人がいなくなったので撮影できました。 -
ギャラリー?
龍馬に関係した本を中心にずらっと。 -
大黒柱
天保年間改築の際、島津家より贈られた大黒柱です。
◆ポイント?
週刊ポストは見逃していましたが、これには私が余計な突っ込みを。
天保年間というのは1830〜1843年なので、その後に起こった鳥羽伏見の戦い(1868年)で全焼したのであれば、大黒柱が無事であるということがありうるでしょうか。 -
史跡 坂本竜馬ゆかりの寺田屋
この木の看板には坂本「竜」馬と書かれていて、隣のポスターには「龍」馬と書かれています。
司馬遼太郎の「竜馬がゆく」では竜を使っており、どちらが正しいということは無いようですが、統一性を欠くのはどうにも気持ちが悪いので、この旅行記では龍で揃えました。 -
寺田屋 提灯
◎まとめ
なんだか変な旅行記になってしまいました。
週刊誌ネタや、話題のネタにはすぐに釣られてしまうみにくま一家なので、寺田屋にもすぐに飛びついてしまいました。
例の疑惑については、私が見ても妙だな〜と思うことはありましたが、これについては京都市が調査をしているということなので、お任せしましょう。
★08年9月25日
寺田屋は「再建」=鳥羽伏見の戦いで焼失−京都市調査
幕末に起きた「寺田屋騒動」当時のままの建物としていた京都市伏見区の旅館「寺田屋」について、同市は25日、「すでに焼失したと考えるのが妥当」とする調査結果を発表した。津幡学社長は「同じ建物だという認識は変わらないが、焼失説も明示するようにする」としている。
市は2日、当時の建物ではないとする一部報道の指摘を受け、調査を開始。市歴史資料館が当時の瓦版や石碑を検討し、騒動後の1868年に起きた鳥羽伏見の戦いで焼失したと結論付けた。
市は観光ホームページに掲載していた寺田屋の項目を変更し、寺田屋側に観光客に誤解を与えないよう適切な対応を取るよう求めた。
(9月25日19時39分配信 時事通信)
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この旅行記へのコメント (22)
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- amanojakuさん 2009/02/14 12:29:57
- 参考になりました。
- みにくまさん こんにちは。
併せていつも御訪問・投票ありがとうございます。
次回の都旅を伏見にしようかと思い、
検索していたら、みにくまさんの旅記を見つけておじゃましました。
幕末に疎い私ですので、参考となりました。
何所に行こうかと、ボツボツとみなさんの旅記拝見中です。
ありがとうございました。
amanojaku
- みにくまさん からの返信 2009/02/14 13:12:59
- RE: 参考になりました。
amanojakuさん、こんにちは〜。
京都旅って、とても楽しいですよね〜。
私も京都は大好きな街です。
そろそろ京都旅行を再開したいのですが、寒いのが2人とも苦手で・・(+_+)
もう少しだけ、3月になったらまた遊びにいこうかな〜と思っています。
寺田屋さんは、伏見の観光地として有名ですね。
前回の京都市観光局?の調査で、この建物は再建したものだと断定されてしまいましたが、それでも観光スポットとしては楽しめるのではないかと思います。
ではでは、今後ともよろしくお願いいたします。
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- さとみきさん 2008/10/23 22:03:24
- いつもありがとうございます
- みにくまさん
ご訪問いつもありがとうございます
娘達が篤姫にはまり、毎週のように見ています。
そして、子供達が鹿児島行きたい!
京都行きたい!
寺田や見に行きたい!!
っと。
ニュースで「寺田屋」の事が話題になっていたのは知っていました。
でも是非見てみたいです。
ではまた
さとみき(*^_^*)
- みにくまさん からの返信 2008/10/24 08:47:42
- RE: いつもありがとうございます
さとみきさん、おはようございます。
メッセージありがとうございます。
私たちはNHKの大河ドラマがやっている時間に、丁度予定が入っていまして、篤姫は一度も見ていません(+_+)
歴史はとても好きで、過去の大河ドラマはよくみていたんですけどね〜。
大阪では歴史博物館というところで、数か月前に篤姫展をやっていました。
今でもやってるのかな〜・・?
京都でも篤姫にちなんだ展示物を置いてある施設が何箇所かありました。
「寺田屋」は当時のものなのか、レプリカなのかで問題になりましたが、あの付近に建物があったのは事実で、今残っている建物も、歴史のあるものだと思うので、見学に行っても充分に楽しめる名所だと思いますよ〜。
では〜今後ともよろしくお願いいたします。
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- サボ10さん 2008/10/20 01:10:20
- 寺田屋騒動
- みにくまさん
2008年10月18日、当地の日本語番組でNHKの大河ドラマ「篤姫」を放映。 テレビ局(UTV)ではもう30年以上になりますかね、NHKの大河ドラマを放映しています。
その番組の中に 「寺田屋騒動」が出てきました。 ははぁ、みにくまさんたちも篤姫を見たんだなと思ったのですが、もう一度アルバムを読むと週刊誌を見て行かれたようですね。
NHK朝の番組「さくら」のロウソク屋さんとか訪ねるだけでも面白いと思いますよ。
- みにくまさん からの返信 2008/10/20 02:33:40
- RE: 寺田屋騒動
サボ10さん、こんばんは〜。
そういえば、海外ではNKHの番組、数日遅れで放送していましたね〜。
私もシンガポールにいる時は、日本語放送に餓えていましたので、よく見ていました。
篤姫は私たちは一回も見ていないんですよ〜。
日曜のその時間というのは、私たちは毎週予定が入っておりまして、TVをしっかり見ることが出来ないというのが理由です。
私は歴史が好きなので、見たいのはやまやまなのですが・・・(+_+)
私たちが寺田屋を訪問したのは、日本でそのシーンが放映される1〜2週間前だったみたいです。
それも知った上で、狙って訪問したんですけどね〜w
ろうそく屋さんって、何でしょう??
ちょっと明日にでも調べてみます〜!
- サボ10さん からの返信 2008/10/20 07:17:27
- RE: RE: 寺田屋騒動
- みにくまさん
いやぁ〜、わけのわからない文章を書いたので書き直します。
UTVと云うローカルの日本語番組を放映している会社があります。
以前はNHKの大河ドラマとNHKの朝の番組を放映していました。 然し、スポンサーになる会社が少なくなり、朝の放映を中止しました。
その朝の番組は NHKが毎日放映しているもので、例えば 沖縄を舞台にした「ちゅらさん」などがありました。 我々は番組からヒントを得て旅行したものです。
那覇を旅して首里城、守礼乃邦(門)の前でちゅらさん(別嬪さん)と写真を撮ったのもその一つ。 質問の ろうそく屋さんって、何でしょう? は NHKの番組「さくら」が高山で教師をし、下宿していたのが隣の古河町のロウソク店。 その舞台になったのが実存する「三嶋和ろうそく店」だったのです。
このようなテレビ番組は我々の日本の旅を楽しくしたものです。
今はフジ・テレビ だけが朝の番組(日本のニュース)を放映しています。
まあ、お金を出せば1日中日本語番組が見られるようですが、私はスポーツの番組が好きなのでサインアップしていません。
- みにくまさん からの返信 2008/10/20 10:46:26
- RE: RE: RE: 寺田屋騒動
- ローカルの日本語放送でしたか〜。
それって、NHKに限らず、民放も時々放送したりしているところですかね?
「ちゅらさん」「さくら」
聞いたことはありますが、一度も見たことがないですね〜。
舞台は沖縄ですか〜。
そういったドラマの舞台を訪ねるのも面白いかもしれませんね〜。
私たちは特にTVネタ、週刊誌ネタに弱いので、見ていたら関連スポットを回っていたかもしれません。
NHKの海外衛星放送って、受信料がやたら高かった気がします。
私たちはそれでも仕方なく支払っていましたが、日本にたまたま帰ってきた時に、こちらでも受信料を請求された時は、断固拒否しましたw
-
- ぶうちゃんさん 2008/09/29 00:33:23
- こんばんは
- こんばんは。
寺田屋についてこんな疑惑?が有ったのははじめて知りました。龍馬ファンは一寸穏やかでないでしょうね。ある意味聖地ですからねえ。
わたしもいつかは見に行こうかとは思いつつ10数年。なんか行く気が失せましたね。
幕末のもう一つの舞台池田屋は跡地しかありませんから建物のある寺田屋は貴重だと思っていたのですが・・・・・
真偽をハッキリさせてもらいたいですね。
- みにくまさん からの返信 2008/09/29 02:19:41
- RE: こんばんは
この話題はつい最近週刊ポストに載って、話が大きくなりましたが、以前からこの疑惑はあったそうです。
今回の京都市の調査で、レプリカだという判定が出てしまったので、観光名所としての価値が目減りするのはやむを得ないところですか。
とはいっても、古い建築物であることには変わりはなく、内部も忠実に再現されているので、観光に行ってもある程度楽しめると思いますよ〜。
-
- ginさん 2008/09/27 10:43:32
- ご免ください。
- いつも訪問戴き有り難うございます。
今、司馬さんの[竜馬がゆく]を読んで居るので伏見の寺田屋が見たくてお邪魔しましたが奥深い味のある旅行記がたくさん有り戸惑いました。
寺田屋の刀傷うんぬんが週間ポストに、拝見しました。
寺田屋がそこに在りそして龍馬や薩摩藩士等が居て日本の歴史の一部が創られた事は史実なので[それだけ]で良いと思うのですが。
週刊誌にしてみれば飯の種、寺田屋にしても飯の種、市にしてみればお役所仕事でタテマエが有り本音は言えない。
島国ニッポンの[せせこましさ]を現した寺田屋騒動(笑)ですね。
多分龍馬も地下で苦笑している事でしょう。
旅行記拝見させて戴き有り難うございました。
Gin
- みにくまさん からの返信 2008/09/27 14:20:59
- RE: ご免ください。
- Ginさん、こんにちは〜。
こちらこそ、度々の訪問、ありがとうございます<(_ _)>
確かに週刊誌としては、世間に注目度の高い事象に対して、サプライズを与えるのが仕事で、今回はそれに対して京都市を動かし、あやふやだった歴史を明らかにしたのも事実ですけどね〜。
世知辛い世の中になったものです。
みんながみんな、自分のことを守るのに精いっぱいで、余裕がない感じ。
人のマイナス面ばかりを探して、プラス面を評価することを忘れてしまったかのようで、ちょっと悲しいです。
竜馬が志し、多くの同胞の血を流してまで築かんとした「日本の未来」は、こんな姿ではなかったはず。
-
- 前日光さん 2008/09/25 23:21:24
- いつもご訪問ありがとうございます!
- そして、このブログのようなおもしろいものがあり、京都も
大好きな私としては、毎回楽しく拝見させていただいております。
寺田屋!(あの有名な!)がレプリカと決定ですかぁ〜
でも、場所はそこにあったのでしょうし、私はまだ未踏の地ですが、
機会があったら行ってみたいと思っていますよ。
で、寺田屋騒動って、考えてみたら1862年ですよね。
なんと、この年に森鴎外は生まれているんですよ。
津和野編、鴎外のお墓を訪ねた私としては、歴史が頭の中で
グルグルしてしまいました。
京都で寺田屋騒動が起こっていた頃、津和野では鴎外が生まれて
いたのですねぇ。
本当に世はさまざま。。。
いろいろです。
とてもおもしろい情報を教えていただき、ありがとうございます。
「みにくま」ちゃんにもよろしくね(^_^)v
前日光
- みにくまさん からの返信 2008/09/26 00:05:25
- RE: いつもご訪問ありがとうございます!
前日光さん、こんばんは〜。
メッセージありがとうございます<(_ _)>
丁度本日25日、報道がありましたので、寺田屋の旅行記を更新しました。
建物はこことは少し離れた場所にあったそうです。
現在の庭がある位置にあったのではないか、という話です。
なんか、さっきWIKIを見たら、もう更新されていたのでビックリしました。やっぱりけっこうな話題になっていたのですね〜この話って。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E7%94%B0%E5%B1%8B%E4%BA%8B%E4%BB%B6
> なんと、この年に森鴎外は生まれているんですよ。
あ!ホントですね〜。気付きませんでした〜。
ちょっと頭の中の年表が混乱をきたしております(^_^;)
もともと歴史好きなのと、週刊誌ネタが好きなのが合わさって、今回の騒動に飛びついてしまいました(^_^;)
そういえば今日はみにくま君、お出かけしたので、疲れておとなしく寝ています(-_-)zzz
今後ともよろしくお願いしま〜す!
-
- meron3さん 2008/09/25 19:34:48
- 判定
- 今日のニュースで、京都市?が調査した結果、にせものだと判明したと言ってました。
「寺田屋の復元」ということでも、十分人気が出ると思いますが…。
どうして本物と言い張るんでしょうね。
- みにくまさん からの返信 2008/09/25 20:20:34
- RE: 判定
meron3さん、こんばんは〜。
最新情報を教えていただき、ありがとうございます<(_ _)>
「にせもの」判定が出てしまいましたか〜。
寺田屋さんも、この京都市観光局の調査を待っている段階だと言っていましたので、おそらく館内の表示を訂正するものと思われます。
当然「レプリカ」という表示が義務化されるのでしょうが、ある程度、観光の名所としての地位は保つのではないかと思いますね。
-
- arfaさん 2008/09/16 22:45:25
- みにくまさん、60回目のご訪問ありがとうございます。
- こんばんは、arfaです。
私も「寺田屋」騒動は興味を持って成り行きを見ています。真実が早くはっきりしてくれればいいですね。こういう歴史の舞台が騒がしくなるのはあまりいいことではないですね。
私にとってこの時代、偏狭な人が多い中、世界に目を向けて日本初の商社「亀山社中」を設立した坂本龍馬は憧れの存在なのです。
雲仙の富貴屋さんはおそらく庭か露天風呂がとても綺麗だったんじゃないでしょうか? http://www.unzen-fukiya.com/
雲仙の名門は雲仙観光ホテル、九州ホテル、元湯ホテル、新湯ホテル、福田屋の5軒だそうです。雲仙温泉創成期のホテルという意味ですけれど。
竹葉亭、残念でしたね。阪神福島駅のすこし東に入ったところに「菱東」という鰻料亭があります。うな重1800円ですがあっさり、パリパリとしていますよ。鰻は養殖なので天然のような濃厚で厚い身の食感はないですが。
昭和20年代には堂島川で朝、鰻漁師が小船で鰻を挙げていてお昼以降には天然のうな重がお膳に上がったそうですが当時からの歴史でこのあたりには鰻の名店が多いそうです。
- みにくまさん からの返信 2008/09/17 01:00:27
- RE: みにくまさん、60回目のご訪問ありがとうございます。
arfaさん、こんばんは〜。
御丁寧なメッセージありがとうございます<(_ _)>
寺田屋騒動は、早く落ち着いてもらいたいですね〜。
>雲仙の富貴屋さん
このページちらっと見てみました〜。
素敵な露天風呂のお部屋があるみたいですね〜。
私たちは本当は、離れで専用露天付きの旅館に泊まりたいんですよ〜。
雲仙観光ホテルも一度行ってみたいです、ただ、遠いのでなかなか・・・。
5日間くらいあれば、ハンズイリョ2泊、雲仙観光ホテル2泊、富貴屋さんに1泊くらいのゆったりコースで楽しめるのですが。
「菱東」さんですか〜。
福島のあたりって、お魚の美味しいお店が多いですよね〜。
あっさりパリパリということは、生粋の関西風ですね、私たち、関西風の美味しいお店を全然知らないので、行ってみたいです。
天然のうなぎは、今はほとんど食べられなくなってしまいましたね。
東京の南千住で、一回だけ食べたことがありますが、今でもその味が忘れられません。もう10年以上前の話ですが・・・。
- arfaさん からの返信 2008/09/17 02:54:29
- RE: みにくまさん、60回目のご訪問ありがとうございます。
- arfaです。
早速の返信ありがとうございます。
>福島のあたりってお魚の美味しいお店が多いですよね〜。
あっさりパリパリということは、生粋の関西風ですね、私たち、関西風の美味しいお店を全然知らないので、行ってみたいです。
背開きなので関東風じゃないかと思います。福島は中央卸市場が近いのと、このあたりに自動車ディーラーの本社や機械部品卸が多いためお客さんと食事するため昔から料理屋が多いと聞いています。
>天然のうなぎは、今はほとんど食べられなくなってしまいましたね。
東京の南千住で、一回だけ食べたことがありますが、今でもその味が忘れられません。もう10年以上前の話ですが・・・。
私も10年以上になります。うちの田舎の揖保川では捕る気なら捕れますよ。夜づけしておいて朝上げるとかなりの確率で上ります。子供の頃はずっとこれでした。親父がさばいて私がコンロで何度もタレにつけながら焼いていました。身の厚さが全然違いますし、大きさも違います。スーパーで見る大や特大位なら揖保川に潜って底の砂地にいるのをヤスで捕れました。
- みにくまさん からの返信 2008/09/17 09:23:54
- RE: RE: みにくまさん、60回目のご訪問ありがとうございます。
arfaさん、おはようございます。
> 背開き
背開きでしたか〜。昔からのお店だと関西風なのかな〜と思っていました。
そういえば、中央卸売市場が近くでしたね。
天然のうなぎを自分で捕って食べられるんですね〜。
例の南千住のお店で、天然うなぎの実物を見せてくれるのですが、とてつもなく大きいですね。食べる時も、その肉厚には驚きました。
うなぎが食べたくなってきました。
それも天然のが・・w
-
- mogu miyauchi さん 2008/09/15 00:14:40
- 薩摩の悲劇
- こんばんわ・・・寺田屋は、私達・薩摩人にとってはシエークスピアにも負けない悲劇です。同国の友人同士で殺し合いをしてしまったのですから・・・・当時の薩摩人達の情熱は今の鹿児島を見ていると信じられませんが、羨ましくもあります。・・私の祖先も宮内平蔵といって日本最初の洋式軍艦「昇平丸」の江戸回航時のキャプテン(船頭)でした。<歴史に少し参加しています。>・・・最近はTV「篤姫」を見るたびに涙腺がゆるくなる私です。
mogu miyauchi
- みにくまさん からの返信 2008/09/15 02:27:27
- RE: 薩摩の悲劇
mogu miyauchi、こんばんは〜。
メッセージありがとうございます<(_ _)>
日本人同士、薩摩人同士で殺し合う、悲しい時代ですね〜。
国中が天地をひっくり返したような大騒ぎの中、誰もが己の信ずるところに従って行動する。
現代の我々が持っていない熱い血潮を漲らせていたようですね。
それにしても、立派な方を祖先にお持ちでいらっしゃる。
失礼ながら、幕末史にそれほど知識が深くない私は、そのお名前を存じませんでしたが、歴史に名を残された方のようですね〜。
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