2007/10/05 - 2007/10/14
204位(同エリア786件中)
mingさん
「リマのイタリア広場周辺を歩いていると、背後から突然首絞め強盗に襲われた。」そんな手荒い歓迎は、マチュピチュ以上にリアルな南米体験として強烈なインパクトであった。
【生活費】8万円
【飛行機】27万円
【通貨単位】1ソル=35円
【英語通用度】3人に1人
【旅程】10日間
10/5ダラス→マイアミ→リマ
10/6リマ
10/7リマ→クスコ
10/8クスコ→マチュピチュ
10/9マチュピチュ→クスコ
10/10クスコ
10/11クスコ→リマ
10/12リマ→マイアミ
10/13マイアミ→ダラス
10/14帰国
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- アメリカン航空
-
(1)『リマに到着』
10/5の12:00に成田を出発し、ダラス・マイアミを経由して24時間後の現地時間22:00(日本時間10/6の12:00)にリマに到着した。ホテルトレブランカは、ネットで予約すると、空港までの迎えが無料で、1泊35ドル、英語が通じるという点が魅力的だった。
空港に到着すると、名前のプレートを持った人やタクシーの客引きですごい人だかりだった。ホテルまで送ってもらった運転手のパブロは英語がペラペラで南米らしい陽気な50才過ぎのおじさんだった。ホテルまで30分ほどであるが、太平洋沿いを走っている時に、「日本にも太平洋があるか?」と聞かれたので、「日本は太平洋の反対側にあるよ。」と答えた。「それじゃあ、すぐそこじゃないか。」と何ともアバウトなところが南米らしくて大好きだ。 -
(2)『ラ・ウニオン通り』
2日目はセントロに行くことにした。ホテルからリマの中央通りであるアレキパ通りまで1km(徒歩30分)ほどある点が、トレブランカの唯一の難点であった。
ミラフローレスにあるマック前の広場から乗り合いバスに乗ったが、そのバス同士の客の奪い合いが面白かった。客引きはバスの乗り口から半身を乗り出し「アレキパ!アレキパ!アレキパ!」と通りの名前を大声で連呼していた。運転手は客の立っているポイントへいち早く着くため、クラクションを連発しながら、前を走るバスを追い抜いていた。
30分ほどでセントロの近くに着いた。「アルマス広場はどっちだ。」と聞いたが、「あっち行ってあっちだ。」とスペイン語なので大体しかわからなかった。ようやくリマの繁華街であるラ・ウニオン通りに着いた。スリが多く治安が悪いと書いてあったが、警官が数メートルおきに立ち、通りの色んな店を楽しむことができた。 -
(3)『リマの少年』
アルマス広場から南へ歩き、リマ美術館へ向かった。その途中の大きな10メートル幅の交差点の真ん中で、少年たちによるバック転やダンスが始まった。3分ほどの信号待ちの車列の前で、10〜15才の少年たちがバック転を繰り返す。ショーが終わると、止まっている車に金をくれと歩いて廻る。
「写真を撮らせてくれ。」と10才の少年に1ソル(=35円)を渡すと、大喜びでバック転を連発してくれた。「ワンハンドでエアチェアをやってくれ。」と頼んだが、英語が通じず残念であった。「グラシアス。」とその場を去ったが、ほどなくしてもう1人の少年を連れて、「もうちょっとちょうだいよ。」と再びダンスが始まった。30センティモ(=10円)しか小銭がなかったが、それでもうれしそうにもらっていった。
中央の広場から離れると、子供が物を売って日銭を稼いだり、親と一緒に荷車を押して引越し業を手伝ったりと、ペルーの子供たちは大変だと思った。 -
(4)『クスコに到着』
3日目10:30の飛行機でリマからクスコへ向かった。11:40に到着し、タクシーに乗った。「アルマス広場まで。」と言うと、タクシーの運転手は「10ソルだ。」と吹っかけてきた。「本に5ソルと載っている。」と言うと、「OK。」とようやく納得をした。
途中、ワンチャク駅で翌日のマチュピチュ行きの乗車券を発券しにいった。日曜は12:00でオフィスが閉まってしまうが、何とか間に合った。
マチュピチュ行きのチケットは、ネットで1週間ほど前に予約した。ビスタドームは、6:00発と7:00発があるが、7:00発はすでに売切れだった。予約をすると、メールで予約番号を受け取る。出発前日までに、ドル($113=11,865円)かソルの現金でオフィスへ支払う。乗車当日は、朝5:30にもかかわらず、当日券を求めて20人ほどがチケット売場に並んでいた。 -
(5)『アルマス広場』
14:00頃、アルマス広場近くのホテルに到着した。クスコは標高約3400メートルにあり、しばらくすると頭がボーっとしてきた。高山病の症状が出てきたので、2時間ほどホテルで休んだ。
その後、クイ(=モルモット)料理を探しに街へと繰り出した。カテドラル南東のアレキパ通りからアルマス広場へと入った。狭い通りから、アルマス広場が視界いっぱいに広がり、そのコントラストがとても美しかった。 -
(6)『クイ料理』
アルマス広場から地図に沿って北東にある「キンタス・エウラリア」でクイ・チャクタードを注文した。その姿を見て、「あぁー、本当に丸焼きだぁ。」と思った。
リマの運転手は、「チキンより絶品でとてもおいしい。」と言っていた。値段も22ソル(=770円)で、普通のランチが8ソル(=280円)ということを考えると、かなり高級料理だ。味はチキンに近く、より筋肉質で身がしまってプリプリしていた。昔コロンビアの学生が、「ウサギを家で飼って、最後には食べちゃう。」と言っていたので、南米では小動物を食べることはよくあることかもしれない。その後、少し生っぽいのが戻ってきて、クイちゃんの逆襲を喰らうことになった。
ペルーの貨幣は1ソルが約35円だが、1ソルを100円と考えると日本の貨幣価値と同じ感覚になるような気がした。 -
(7)『ビスタドームの車窓より』
4日目の朝5:00に起床し、今回の旅のメインであるマチュピチュへ1泊2日で出発した。ビスタドームは左側の席が景色がよく、次の駅まで空いていたので座らせてもらった。出発後に広がる風景は、クスコの街と万年雪のかかったアンデス山脈が広がっていた。
ペルーの列車は大量の排気ガスを出しながら、民家の真ん中を進んでいった。線路の切り替えが手動のため、その都度鉄道会社のおじさんが走って直していた。列車がたまにバックで上昇するため、トラブルなのか順路なのか謎に思うこともあった。 -
(8)『マチュピチュに到着』
出発から3時間半、山奥をひたすら進み、9:30にアグアス・カリエンテス駅に到着した。ホテルの予約がうまく取れていなかったが、周辺に宿がいっぱいあったので、その日は1泊20ソル(=700円)の安宿に泊まることにした。
山のふもとからは、遺跡の気配すら感じられなかった。つづら折りのバスが山の頂上に向かうにつれ、遺跡がその姿を現し始めた。あらためて、20世紀初頭に約400年の眠りからマチュピチュを目覚めさせたハイラム・ビンガムのすごさを再認識した。
近い将来、さらに山奥にあるビルカバンバと呼ばれる黄金都市が発見されて、インカ帝国が復活するかもしれない。とも思った。 -
(9)『インティプンクより』
マチュピチュの入場料が120.5ソル(=4200円)は高いと思いつつ、遺跡に入った。約500年前にここで人が生活していたことを考えると、不思議な感覚となった。
一通り遺跡を歩くと、「インティプンク行き」との立て札あったので歩いてみることにした。安易な気持ちで歩き出したが、これがかなりの道のりであった。途中で1人2人と道を引き返していった。後ろを振り返ると、遺跡が鳥のようにも見えた。1時間ほど歩いた後、インティプンクに到着した。
特に景色が良かった訳でもないが、脱落せずに一緒に歩いたベルギー人たちと記念写真を撮ったことが良い思い出となった。 -
(10)『噂のグッバイボーイ』
帰りのバスで、少年が道路を走りながら「グッバーイ」とバスの近くまで来て叫んでいた。これが噂の「グッバイボーイ」かと思った。バスがカーブを曲がると、また「グッバーイ」と同じ少年が叫んでいた。最初は何とも思わなかったが、その単純な繰り返しに、「次もまた来るのかな?」といつの間にか自分の興味が奪われていた。
一時期、チップ稼ぎに精を出し過ぎて、学校をさぼったため、行政から禁止令が出るほどであった。
結局、ふもとに着くまで「グッバイボーイ」は走り続けた。最後にバスの乗客からチップを荒稼ぎして、満足気に帰っていった。 -
(11)『ビスタドームの帰り道』
5日目の午前中はアグアス・カリエンテスの街をぶらぶらとした。おみやげ屋でコカ茶と水筒掛けを合計10ソル(=350円)で買った。その後、「コカ茶2箱に交換してくれないか。」と頼むと、みやげ屋のおばちゃんはとても笑顔で「いいよ。いいよ。」といって快く交換してくれた。
その笑顔の理由は後日わかった。同じ25袋入りのコカ茶はスーパーで1箱1.5ソル(=52円)であったから、「相当割りのいい商売だった。」ということであった。ホテルに戻り、預けておいた荷物を取りに行った。別れ際にフロントの中学生ほどの少年が、「またぁおー。」と不自然な日本語で笑わせてくれた。
15:30ビスタドーム号に乗りクスコへと向かった。帰りの車窓は、ジャガイモを栽培する棚田や青い芝生などのとてものどかな風景が広がっていた。 -
(12)『クスコの夜景』
19:00にクスコに到着した。帰り道に山から見えるオレンジ色の夜景は、とても美しかった。
その日の夕食はハンバーガーとインカコーラにした。それまでクイやアルパカを食べたが、単調な塩味とクセのある味に毎日食べるには厳しかった。インカコーラは黄色のジュースで、味も昔のチェリオに近く、なつかしい感じがした。 -
(13)『聖なる谷巡りツアー』
6日目はクスコの旅行代理店で手配した聖なる谷巡りツアーに出かけた。ツアーは35ソル(=1225円)で、バイキングの昼食(15ソル)と周遊券(70ソル)は別であった。ツアーは郊外の村を周り、のどかな風景が車窓いっぱいに広がった。 -
(14)『オリャンタイタンボ』
ツアーの中盤でオリャンタイタンボに立ち寄った。ここはインカ軍がスペイン軍を撃退した要塞跡と言われている。頂上には、高さ4メートルで重さ数トンする巨石が6個も並んでいた。ガイドが「赤い石の質から、隣の山から運んできたことは判明しているが、なぜまたはどのようにして運んできたかはまだわかっていない。」と説明をしていた。コカの葉を噛ませて巨石を運ばせたとか諸説があるが、色々と謎の多い文明だと思った。 -
(15)『チンチェーロ』
ツアーの最後に立ち寄ったチンチェーロは、教会と広場の周りに小さな街が広がっていた。広場の露店では、母と一緒に5才ほどの娘が1日中おみやげを売っていた。ある女の子はバス乗り場までついて行き、「買ってくれ」との催促をしていた。日本にいる5才の親戚の子との違いに気の毒にさえ思った。 -
(16)『エル・ソル通り』
7日目に両替詐欺に会った。エル・ソル通りのカメラ屋兼両替屋で、高校生ぐらいの少年がアルバイトをしていた。100ドルを両替し、最初297ソル(=10395円)を見せて確認させた。50ソルが1枚で、20ソルが12枚と残り7ソルのコインで、「何で50ソルを5枚にしないんだ。」と不自然に思ったが、確かに297ソルであった。その次に「保証だ。」と言ってスタンプを押し始めた。両替したお金をすべてポケットに入れ、2時間後ホテルでポケットを確かめると、277ソルしかない。買い物はしていないので、スタンプの紙幣を数えると、1枚足りなかった。
騙されたことが頭にきて、再び店に戻った。「スタンプの紙幣が277ソルしかない。ポケットにすべて入れて買い物もしていないのになぜだ。」と問い詰めると、諦めたように20ソルを返してきた。700円ほどの話であるが、日本人を騙したことに対して不快な思いをした。 -
(17)『カテドラル』
クスコ最終日はアルマス広場周辺を散策した。カテドラルはボリビアのポトシ銀を300トン使用した祭壇がある。銀の塊である祭壇は高さ10メートルほどあり、その想像以上の大きさに圧倒された。
もうひとつの見所である「最後の晩餐」の料理には、巧妙にインカのカトリック化を意図したといわれるクイがしっかり描かれていた。 -
(18)『サント・ドミンゴ教会』
スペインによる征服の象徴であるこの教会は、500年前の姿をそのまま残していた。破壊されたインカの土台の上に、カトリックの教会が不釣合い建てられていた。
過去にクスコを襲った大地震でも、教会は崩れたが、インカの石組みの土台にはひずみすら入らなかったという話はとても興味深かった。 -
(19)『首絞め強盗に遭遇』
8日目は、24:00の帰国便までをリマで過ごした。旧市街のアルマス広場から中華街の方へ足を伸ばした。さらに雑踏に紛れて中華街からイタリア広場へ向かっていると、いつの間にか道に迷ってしまった。
周りのひと気がなくなり、アルマス広場までの地図を見ていると、突然後ろから首を絞められた。その瞬間、「本に載ってた首絞め強盗だな。」ということはわかった。その時2人組の高校生ほどの男の1人の手が、ウエストポーチのフックに手が掛かった。大声で「HELP」と叫ぶが、周りの人は誰も助けてくれなかった。自分で解決するしかないと思い、力の限り巻きついた腕を取り外した。同時にウエストポーチのフックが取れ、パスポートごと奪われかかった。幸い、伸ばした自分の右手にポーチが引っ掛かり、何とか窮地を脱出することができた。
通りがかったおじさんが「この周辺はよくあるんだよ。」と何事もなかったようなコメントをしてくれた。周りに警官もいなくて、ペルーの裏側を見た気がした。前日にクスコからの便でそのまま帰国すれば良かったと思ったが、後の祭りであった。 -
(20)『ホテル・トレブランカ』
19:00にホテルに戻り、空港へ向かった。乗り合いバスで行けば1ソルだが、空港周辺のカヤオ地区は治安が悪いそうだ。もう痛い目に会うのは御免なので、「他のタクシーより少し安い値段なら。」と交渉し再度パブロに空港まで送ってもらった。
ペルーの石畳の街並みやインディオ系の顔立ちは、違った世界へワープしたような感覚となった。高山病や首絞め強盗などの波乱はあったが、無事帰国でき、今ではリアルな南米の一部として思い出となっている。
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