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旅のニ日目。今にも泣きだしそうな空模様の中、昨晩、迷った挙句に決めた伏見へと向かう。伏見を訪れるのは、二回目である。前回は、伏見桃山城界隈を歩いただけなので、今回は、伏見らしい場所を歩くことにする。水とお酒を味わいながら、幕末の史跡にも触れる旅である。<br /><br />(2026.03.22投稿)

寝台急行で播磨へ【3】~京伏見を歩く~

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2008/03/01 - 2008/03/01

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旅行記グループ 播磨のローカル線を訪ねて

8

40

旅猫

旅猫さん

旅のニ日目。今にも泣きだしそうな空模様の中、昨晩、迷った挙句に決めた伏見へと向かう。伏見を訪れるのは、二回目である。前回は、伏見桃山城界隈を歩いただけなので、今回は、伏見らしい場所を歩くことにする。水とお酒を味わいながら、幕末の史跡にも触れる旅である。

(2026.03.22投稿)

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
グルメ
3.5
交通
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
新幹線 JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • この日は、少々遅めの出発。9時03分に京都駅を出る奈良線の普通列車に乗り、桃山駅へと向かう。桃山駅は、京都から四つ目の駅である。揺られること、12分で到着。乗って来た列車は奈良行だがが、行き先の表示は京都になっていた。

    この日は、少々遅めの出発。9時03分に京都駅を出る奈良線の普通列車に乗り、桃山駅へと向かう。桃山駅は、京都から四つ目の駅である。揺られること、12分で到着。乗って来た列車は奈良行だがが、行き先の表示は京都になっていた。

  • 桃山駅から散策を始める。まず訪れたのは、伏見奉行所跡。伏見の町を管轄した江戸幕府の機関だったが、鳥羽・伏見の戦いで砲撃を受け炎上。現在、跡地は桃稜団地となっている。『東奉行町』、『西奉行町』、『奉行前町』と言う地名に、その名残が見られる。

    桃山駅から散策を始める。まず訪れたのは、伏見奉行所跡。伏見の町を管轄した江戸幕府の機関だったが、鳥羽・伏見の戦いで砲撃を受け炎上。現在、跡地は桃稜団地となっている。『東奉行町』、『西奉行町』、『奉行前町』と言う地名に、その名残が見られる。

    伏見奉行所跡 名所・史跡

  • 桃陵団地から由掛通を西へ進むと、『四ツ辻の四ツ当たり』と言う場所に突き当たる。道が鍵の手になっている『遠見遮断』と呼ばれる城下町などに見られる構造である。伏見桃山城からはかなり離れているため、伏見奉行所防衛のために設けられたものではないかと云われているそうだ。その北側にあるのは東本願寺伏見別院で、鳥羽・伏見の戦いの際、会津藩が本陣を置いた場所である。

    桃陵団地から由掛通を西へ進むと、『四ツ辻の四ツ当たり』と言う場所に突き当たる。道が鍵の手になっている『遠見遮断』と呼ばれる城下町などに見られる構造である。伏見桃山城からはかなり離れているため、伏見奉行所防衛のために設けられたものではないかと云われているそうだ。その北側にあるのは東本願寺伏見別院で、鳥羽・伏見の戦いの際、会津藩が本陣を置いた場所である。

  • 『四ツ辻の四ツ当り』から西へと続く上油掛町には、風情のある町並みが残っている。塀の中に見えているのは、『見越しの松』であろうか。それにしても、日本情緒溢れる美しい街並みに、覆い被さるように立つマンションが、いかにも無粋である。この国は、街の景観を考えず、儲けるための開発を行っている。

    『四ツ辻の四ツ当り』から西へと続く上油掛町には、風情のある町並みが残っている。塀の中に見えているのは、『見越しの松』であろうか。それにしても、日本情緒溢れる美しい街並みに、覆い被さるように立つマンションが、いかにも無粋である。この国は、街の景観を考えず、儲けるための開発を行っている。

  • 『四ツ辻の四ツ当たり』から、南にある本材木町へと歩くと、十字路の角に月桂冠が現れる。その西側を見ると、大正8年(1919)に建てられたの月桂冠旧本社と、文政11年(1828)年築の大倉家本宅があった。大倉家本宅は、鳥羽・伏見の戦いにおいて類焼を免れた建物である。<br />※月桂冠旧本社は、現在、『伏見夢百衆』となっています。

    『四ツ辻の四ツ当たり』から、南にある本材木町へと歩くと、十字路の角に月桂冠が現れる。その西側を見ると、大正8年(1919)に建てられたの月桂冠旧本社と、文政11年(1828)年築の大倉家本宅があった。大倉家本宅は、鳥羽・伏見の戦いにおいて類焼を免れた建物である。
    ※月桂冠旧本社は、現在、『伏見夢百衆』となっています。

    伏見夢百衆 グルメ・レストラン

  • 十字路をさらに南へ進むと、右手に月桂冠の建物が続いている。その並びには、立派な内蔵もあった。内蔵は、奥蔵、中蔵、前蔵からなり、明治39年(1906)に建てられたものだそうだ。(写真は、北側にある奥蔵)<br />

    十字路をさらに南へ進むと、右手に月桂冠の建物が続いている。その並びには、立派な内蔵もあった。内蔵は、奥蔵、中蔵、前蔵からなり、明治39年(1906)に建てられたものだそうだ。(写真は、北側にある奥蔵)

  • 内蔵の並びには、月桂冠大倉記念館の入口があった。いつしか雨が強く降って来たので、雨宿りを兼ねて見学して行くことにした。

    内蔵の並びには、月桂冠大倉記念館の入口があった。いつしか雨が強く降って来たので、雨宿りを兼ねて見学して行くことにした。

    月桂冠大倉記念館 美術館・博物館

  • とりあえず中庭に出ると、仕込み水が湧いていた。飲むことも出来るようだ。その奥には、煉瓦造りの煙突が見えている。その後ろが内蔵である。

    とりあえず中庭に出ると、仕込み水が湧いていた。飲むことも出来るようだ。その奥には、煉瓦造りの煙突が見えている。その後ろが内蔵である。

  • 敷地の一角に、明治42年(1909)建造の蔵を改装した大倉記念館が建っていた。その外には、大きな仕込み樽が保存されていた。樽の直径は、人の背の高さほどあった。

    敷地の一角に、明治42年(1909)建造の蔵を改装した大倉記念館が建っていた。その外には、大きな仕込み樽が保存されていた。樽の直径は、人の背の高さほどあった。

  • 記念館の内部には、酒造りに使われる色々な道具が展示されていた。

    記念館の内部には、酒造りに使われる色々な道具が展示されていた。

  • 大倉記念館を後にして、壕川へと向かう。川を渡って少し歩くと、地元の人たちから『島の弁天さん』として親しまれている長建寺がある。十三代伏見奉行建部内匠頭政宇により、元禄12年(1699)に建立された寺で、本尊は八臂弁財天。境内には見所が多いらしいのだが、雨がさらに激しくなり、早々に退散した。

    大倉記念館を後にして、壕川へと向かう。川を渡って少し歩くと、地元の人たちから『島の弁天さん』として親しまれている長建寺がある。十三代伏見奉行建部内匠頭政宇により、元禄12年(1699)に建立された寺で、本尊は八臂弁財天。境内には見所が多いらしいのだが、雨がさらに激しくなり、早々に退散した。

    辨財天 長建寺 寺・神社・教会

  • 長建寺の近くから『宇治川派流』と呼ばれる運河を眺める。その運河は、伏見桃山城の外堀を担っていた壕川と宇治川を連絡していた水路で、対岸には、月桂冠の内蔵も見えている。

    長建寺の近くから『宇治川派流』と呼ばれる運河を眺める。その運河は、伏見桃山城の外堀を担っていた壕川と宇治川を連絡していた水路で、対岸には、月桂冠の内蔵も見えている。

  • 京橋で派水を渡り返して少し戻れば、幕末に、坂本龍馬が襲撃された他、薩摩藩士の同士討ちがあった寺田屋の跡地がある。当時の建物は、鳥羽・伏見の戦いで焼失している。現在、西隣には、明治期に再建された建物が立っている。刀痕などもあるが、焼失しているため、実際の物ではない。

    京橋で派水を渡り返して少し戻れば、幕末に、坂本龍馬が襲撃された他、薩摩藩士の同士討ちがあった寺田屋の跡地がある。当時の建物は、鳥羽・伏見の戦いで焼失している。現在、西隣には、明治期に再建された建物が立っている。刀痕などもあるが、焼失しているため、実際の物ではない。

    寺田屋 名所・史跡

  • 寺田屋跡から少し足を伸ばし、『近代化産業遺産』に認定された酒蔵を持つ松本酒造を観に行く。寛政3年(1791)創業で、看板銘柄は『桃の雫』であるが、馴染みがあるのは『澤屋まつもと』である。運河沿いに立つ大正時代に建てられた大黒蔵の佇まいは、とても美しかった。

    寺田屋跡から少し足を伸ばし、『近代化産業遺産』に認定された酒蔵を持つ松本酒造を観に行く。寛政3年(1791)創業で、看板銘柄は『桃の雫』であるが、馴染みがあるのは『澤屋まつもと』である。運河沿いに立つ大正時代に建てられた大黒蔵の佇まいは、とても美しかった。

    松本酒造の酒蔵 名所・史跡

  • 運河の対岸から見る松本酒造の姿は、ドラマ『鬼平犯科帳』において、土手の上を、鬼平が出役していく場面で使用されている。

    運河の対岸から見る松本酒造の姿は、ドラマ『鬼平犯科帳』において、土手の上を、鬼平が出役していく場面で使用されている。

  • 歩き疲れたので、休憩がてらに『キザクラカッパカントリー』に入る。お目当ては、地麦酒である。伏見と言えばお酒ですが、『伏見』の語源とも云われる『伏水』(=伏流水)で醸された麦酒も飲んでみたかったのだ。

    歩き疲れたので、休憩がてらに『キザクラカッパカントリー』に入る。お目当ては、地麦酒である。伏見と言えばお酒ですが、『伏見』の語源とも云われる『伏水』(=伏流水)で醸された麦酒も飲んでみたかったのだ。

    キザクラカッパカントリー テーマパーク

  • とりあえず、三種お試しとピリ辛こんにゃくを注文。しかし、この日は少々風邪気味で、味がしっかりと分からなかった。とは言いながらも、他に2種類も飲んでしまった。

    とりあえず、三種お試しとピリ辛こんにゃくを注文。しかし、この日は少々風邪気味で、味がしっかりと分からなかった。とは言いながらも、他に2種類も飲んでしまった。

  • その後、散策を再開する。北の方へと歩いて行くと、変わった佇まいの山門が目に付いた。源空寺と言う寺の山門である。何でも、伏見城の遺構だそうで、階下の脇には、豊臣秀吉の持念仏であった『朝日大黒天像』も祀られていた。寺自体は、建久6年(1195)創建の古刹であった。

    その後、散策を再開する。北の方へと歩いて行くと、変わった佇まいの山門が目に付いた。源空寺と言う寺の山門である。何でも、伏見城の遺構だそうで、階下の脇には、豊臣秀吉の持念仏であった『朝日大黒天像』も祀られていた。寺自体は、建久6年(1195)創建の古刹であった。

    源空寺 寺・神社・教会

  • 源空寺のある大手筋通の商店街を歩く。その一角に、『おやつ村』と言う店があった。そこのたこ焼きに惹かれてしまい、つい購入してしまった。

    源空寺のある大手筋通の商店街を歩く。その一角に、『おやつ村』と言う店があった。そこのたこ焼きに惹かれてしまい、つい購入してしまった。

  • この後、京阪本線の伏見桃山駅を踏み切りで越し、京町通へ向かう。京町通は、その名のとおり、京の都を通り、大原の里まで続く道である。古い町屋も残っているが、鳥羽・伏見の戦いでは、薩摩藩を主力とする軍と、伏見奉行所駐留の旧幕府軍との間で白兵戦が行われた場所である。

    この後、京阪本線の伏見桃山駅を踏み切りで越し、京町通へ向かう。京町通は、その名のとおり、京の都を通り、大原の里まで続く道である。古い町屋も残っているが、鳥羽・伏見の戦いでは、薩摩藩を主力とする軍と、伏見奉行所駐留の旧幕府軍との間で白兵戦が行われた場所である。

  • 京町通を南へと歩くと、明和元年(1764)創業の料亭『魚三楼』と、向かいに建つ京菓子の老舗『総本家駿河屋』が現れた。『駿河屋』は、室町時代の寛正2年(1461)創業と言う老舗中の老舗で、安土桃山時代、日本で初めて練り羊羹を作ったことでも知られている。豊臣秀吉にも好まれ、聚楽第での大茶会でも供されたそうだ。<br />

    京町通を南へと歩くと、明和元年(1764)創業の料亭『魚三楼』と、向かいに建つ京菓子の老舗『総本家駿河屋』が現れた。『駿河屋』は、室町時代の寛正2年(1461)創業と言う老舗中の老舗で、安土桃山時代、日本で初めて練り羊羹を作ったことでも知られている。豊臣秀吉にも好まれ、聚楽第での大茶会でも供されたそうだ。

  • そして、『魚三楼』の表格子には、鳥羽・伏見の戦いの際の弾痕が二つ残っていた。抜刀して切り込む新選組二番隊(組長・永倉新八)に対し、薩摩軍が放った銃弾の跡だそうだ。

    そして、『魚三楼』の表格子には、鳥羽・伏見の戦いの際の弾痕が二つ残っていた。抜刀して切り込む新選組二番隊(組長・永倉新八)に対し、薩摩軍が放った銃弾の跡だそうだ。

  • その『魚三楼』は、幕末、新政府軍の台所方を勤めていたそうだ。新政府が好きではない者としては、ここに立ち寄るのは潔しとせず、店の前でたこ焼きを食べる。実際の所は、単に懐が寒かっただけである。

    その『魚三楼』は、幕末、新政府軍の台所方を勤めていたそうだ。新政府が好きではない者としては、ここに立ち寄るのは潔しとせず、店の前でたこ焼きを食べる。実際の所は、単に懐が寒かっただけである。

  • 京町通から大手筋通へ戻り、最後の訪問地とした御香宮へと向かう。その大手筋通に、朱塗りの優美な姿を見せていたのが御香宮の木鳥居である。現在のものは、明和4年(1767)に再建されたものである。その鳥居の奥に見える木立が御香宮神社だ。

    京町通から大手筋通へ戻り、最後の訪問地とした御香宮へと向かう。その大手筋通に、朱塗りの優美な姿を見せていたのが御香宮の木鳥居である。現在のものは、明和4年(1767)に再建されたものである。その鳥居の奥に見える木立が御香宮神社だ。

  • 御香宮神社の表門は、元和8年(1622)、徳川頼房により寄進されたそうである。伏見城の大手門を移築したものらしく、風格のある構えで、いかにも城門と言った佇まいである。

    御香宮神社の表門は、元和8年(1622)、徳川頼房により寄進されたそうである。伏見城の大手門を移築したものらしく、風格のある構えで、いかにも城門と言った佇まいである。

    御香宮神社 寺・神社・教会

  • 御香宮の境内に、無造作に置かれた大きな石があった。これは、昭和52年(1977)の土地整備工事の際に発見された伏見城の石垣なのだそうだ。保管していると言うことだが、捨てられているかのようである。伏見城の貴重な遺構なので、もう少しきちんと保存して欲しいものである。なお、一部は、伏見桃山陵近くの小学校の敷地内に移築復元してあるそうだ。

    御香宮の境内に、無造作に置かれた大きな石があった。これは、昭和52年(1977)の土地整備工事の際に発見された伏見城の石垣なのだそうだ。保管していると言うことだが、捨てられているかのようである。伏見城の貴重な遺構なので、もう少しきちんと保存して欲しいものである。なお、一部は、伏見桃山陵近くの小学校の敷地内に移築復元してあるそうだ。

  • 参道の先に拝殿が現れた。徳川頼宣の寄進により、寛永2年(1625)に建立されたものである。建物の中央が通路になっていて、両脇に床間がある割拝殿という珍しい形式となっている。

    参道の先に拝殿が現れた。徳川頼宣の寄進により、寛永2年(1625)に建立されたものである。建物の中央が通路になっていて、両脇に床間がある割拝殿という珍しい形式となっている。

  • 拝殿前面の軒唐破風には、中国の故事にある『登竜門(鯉が滝を登ると龍になる)』に因んだ装飾が施されているそうだ。最近修復されたらしく、美しい色彩であった。

    拝殿前面の軒唐破風には、中国の故事にある『登竜門(鯉が滝を登ると龍になる)』に因んだ装飾が施されているそうだ。最近修復されたらしく、美しい色彩であった。

  • 割拝殿を潜ると、本殿への渡り廊下が現れた。通常、拝殿、幣殿、本殿と続き、参拝は拝殿で行うのであるが、ここでは、直接本殿の前まで入れることが出来る。

    割拝殿を潜ると、本殿への渡り廊下が現れた。通常、拝殿、幣殿、本殿と続き、参拝は拝殿で行うのであるが、ここでは、直接本殿の前まで入れることが出来る。

  • 渡り廊下の先にある本殿入口まで進む。その入口の構えは珍しい様式で、参拝するのに、少々勝手が違った。

    渡り廊下の先にある本殿入口まで進む。その入口の構えは珍しい様式で、参拝するのに、少々勝手が違った。

  • 本殿に向かって左手に御香水と呼ばれる清水があった。平安時代の貞観4年(863)9月9日、よい香りを漂わせる水が境内から湧き出し、その水を飲むと病がたちまち癒えたと云われ、時の清和天皇から『御香宮』の名を賜ったと云う謂れのある水だそうだ。残念ながら、周囲の環境の変化で明治時代に枯れてしまったそうで、現在のものは、昭和56年に復元したものだそうだ。飲んでみたが、とても柔らかい味であった。

    本殿に向かって左手に御香水と呼ばれる清水があった。平安時代の貞観4年(863)9月9日、よい香りを漂わせる水が境内から湧き出し、その水を飲むと病がたちまち癒えたと云われ、時の清和天皇から『御香宮』の名を賜ったと云う謂れのある水だそうだ。残念ながら、周囲の環境の変化で明治時代に枯れてしまったそうで、現在のものは、昭和56年に復元したものだそうだ。飲んでみたが、とても柔らかい味であった。

  • 外側から、本殿を望む。慶長10年(1605)、徳川家康により造営されたもので、普請奉行は、京都所司代の坂倉勝重であった。平成2年から行われた修復により、極彩色の社殿に復元されたそうだ。

    外側から、本殿を望む。慶長10年(1605)、徳川家康により造営されたもので、普請奉行は、京都所司代の坂倉勝重であった。平成2年から行われた修復により、極彩色の社殿に復元されたそうだ。

  • 本殿右手には、絵馬堂が建っていた。宝暦5年(1775)建立で、懸かる絵馬は百数十もある。元禄・享保期以前のものも多いそうだ。正保3年(1646)に奉納された『社頭猿曳図』の他、和算の大家である西岡天極斎が、文久3年(1863)に奉納した算題額などもあった。

    本殿右手には、絵馬堂が建っていた。宝暦5年(1775)建立で、懸かる絵馬は百数十もある。元禄・享保期以前のものも多いそうだ。正保3年(1646)に奉納された『社頭猿曳図』の他、和算の大家である西岡天極斎が、文久3年(1863)に奉納した算題額などもあった。

  • その絵馬堂の近くでは、梅が咲いていた。城跡には桜が似合うが、神社には、やはり梅が似合う。

    その絵馬堂の近くでは、梅が咲いていた。城跡には桜が似合うが、神社には、やはり梅が似合う。

  • 境内を歩いていると、蘇鉄が目に付いた。京都のような寒い土地で、覆いもせずに越冬しているのは驚きである。花も咲き、実もなるそうだ。樹齢はよく分からないそうだが、本殿が建立された慶長10年から、それほど下らないと考えられているそうだ。

    境内を歩いていると、蘇鉄が目に付いた。京都のような寒い土地で、覆いもせずに越冬しているのは驚きである。花も咲き、実もなるそうだ。樹齢はよく分からないそうだが、本殿が建立された慶長10年から、それほど下らないと考えられているそうだ。

  • 境内の一角に、小堀遠州ゆかりの石庭があった。その庭の前身は、元和9年(1623)、伏見奉行に着任した小堀遠江守政一が、奉行所の移転新築を命じられた際、造営したものだそうだ。道路拡張工事で失われたその庭の石を使い、現代の手法で新たに造られたものだそうだ。

    境内の一角に、小堀遠州ゆかりの石庭があった。その庭の前身は、元和9年(1623)、伏見奉行に着任した小堀遠江守政一が、奉行所の移転新築を命じられた際、造営したものだそうだ。道路拡張工事で失われたその庭の石を使い、現代の手法で新たに造られたものだそうだ。

  • 寛永11年(1634)、上洛した三代将軍家光が、小堀遠州の造ったその庭に感嘆し、褒美として五千石を加増、一躍大名に列したと言うから驚きだ。しかし、新政府によって伏見奉行所は破却され、遠州が造った見事な庭園も、一部を残して破壊されてしまったそうだ。日本の伝統的な文化や美術を軽んじ、盲目的な西洋化に突き進んでいた新施府により、貴重な文化財が数多く失われたことは、非常に残念である。なお、庭に置かれた手水鉢は、文明9年(1477)の銘が入っているそうである。

    寛永11年(1634)、上洛した三代将軍家光が、小堀遠州の造ったその庭に感嘆し、褒美として五千石を加増、一躍大名に列したと言うから驚きだ。しかし、新政府によって伏見奉行所は破却され、遠州が造った見事な庭園も、一部を残して破壊されてしまったそうだ。日本の伝統的な文化や美術を軽んじ、盲目的な西洋化に突き進んでいた新施府により、貴重な文化財が数多く失われたことは、非常に残念である。なお、庭に置かれた手水鉢は、文明9年(1477)の銘が入っているそうである。

  • 御香宮神社を後にして、桃山駅へと戻る。5分ほど待つと、京都行の電車がやって来た。JR西日本は、古い車両を大事に使っていて好ましい。東京圏では見ることが出来なくなった車両が、まだまだ現役で活躍している。

    御香宮神社を後にして、桃山駅へと戻る。5分ほど待つと、京都行の電車がやって来た。JR西日本は、古い車両を大事に使っていて好ましい。東京圏では見ることが出来なくなった車両が、まだまだ現役で活躍している。

  • 京都駅からは、15時15分発の『のぞみ130号』に乗車。新幹線は好みではないのだが、時間の節約のためには我慢しなければならない。<br />

    京都駅からは、15時15分発の『のぞみ130号』に乗車。新幹線は好みではないのだが、時間の節約のためには我慢しなければならない。

  • 発車して20分ほどで、左手に雪を被った山が見えて来た。花の山として有名な伊吹山のようだ。この日は、富士山もよく見えた。東京駅に着く頃、急に調子が悪くなり、新宿へ寄る予定を変更し、まっすぐ帰宅。風邪気味の体で伏見の冷たい雨に打たれたので、完全に風邪を引いたようである。

    発車して20分ほどで、左手に雪を被った山が見えて来た。花の山として有名な伊吹山のようだ。この日は、富士山もよく見えた。東京駅に着く頃、急に調子が悪くなり、新宿へ寄る予定を変更し、まっすぐ帰宅。風邪気味の体で伏見の冷たい雨に打たれたので、完全に風邪を引いたようである。

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この旅行記へのコメント (8)

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  • rokoさん 2013/04/02 17:52:56
    これは伊吹山ですよ〜
    旅猫さん  こんばんは〜


    こちらはようやく桜が開花し始めました。
    雨が降ってますが、まだ花散らしは大丈夫です。

    この山は伊吹山ですよ、我が家からもテッペンが見えてます。

    またぜひお花の季節にお越しくださいね♪

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2013/04/02 21:00:47
    RE: これは伊吹山ですよ〜
    rokoさん、こんばんは!
    いつもありがとうございます。

    東京は、今日の雨でかなり散ってしまいました。
    桜のシーズンは終了のようです。
    でも、これから北へ桜を追いかけようかと思っていますが。

    この当時は、伊吹山がどれかよくわからず。
    でも、今ならすぐにわかります。
    いつか、花の季節に訪れたいともいます。
    ぜひ。

    旅猫
  • けーしちょーさん 2008/06/07 23:57:10
    伏見。
    見にきたら作成中だったので、改めてうかがいました。

    ほほう。さすがは江戸を愛する旅猫さん。
    私も幕末はキライなので(爆)
    気があいますねぇ〜。

    私が伏見を訪れた時は、頭の中が♪カッパッパ〜だったので
    まさか寺田屋がカッパカントリーのあんなすぐそばにあるなんて
    全然知りませんでした。
    隣の月桂冠で見学できることも。
    伏見の由来も(猛爆)

    戦国とか、幕末とか。世の中にテストステロンが溢れているような
    世相が好みではないので、その辺の歴史は
    旅猫さんの旅行記で知る

    けーしちょー拝

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2008/06/08 13:36:22
    RE: 伏見。
    けーしちょーさん、こんにちは!
    書き込み、ありがとうございます。

    > 見にきたら作成中だったので、改めてうかがいました。
    ここ2週間ほど、PCの調子が悪くて更新が遅れ気味です。。。
    今日も、8時から立ち上げて、ようやく安定したのがこの時間。。。
    5時間もの間、HDDエラーが頻発していました。

    > 私も幕末はキライなので(爆)
    けーしちょーさんも幕末がお嫌いでしたか!
    それはうれしいなぁ(^^)

    寺田屋には立ち寄らなかったのですね。
    幕末嫌いの旅猫も、竜馬だけは生きていて欲しかったと思っています。
    戊辰戦争なんていう、無益な戦は避けられたかも。。。

    鎌倉時代から戦国中期ぐらいまでは好きですよ。
    中央集権が緩んで、各地に独自の文化が生まれた時期ですから。
    戦は困りますけどね(^^;
    織田信長以降は、あまり興味なしです(笑

    一番好きなのは、やっぱり江戸の町。
    旅猫
  • Noririnさん 2008/05/18 10:05:54
    ビールは残念でしたね
    旅猫さん こんにちは。

    伏見に行かれたんですね。
    折角カッパカントリーに寄られたのに、体調不良でビールの味が分からなかったとは残念です・・・

    雨のせいか、私が行った時より町の景色に風情を感じるんですが。
    旅猫さんの目線で旅をすると、歴史を感じながら見る事が出来ますね。
    植物や外観だけを見て終わるのでは無く、深く入り込んでゆっくり旅をしたいなと思いました。

    またお邪魔します。
    Noririn

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2008/05/19 22:22:18
    RE: ビールは残念でしたね
    Noririnさん、こんばんは!
    書き込み&投票をありがとうございます。

    伏見に行ってきました!
    生憎の雨模様でしたが、しっとりとした風情がありました。
    晴れていたら、また違った感じだったことでしょう。

    > 植物や外観だけを見て終わるのでは無く、深く入り込んでゆっくり旅をしたいなと思いました。
    ぜひ、そんな旅をしてみてください!
    前に訪れた場所でも、また違った印象や感動があると思いますよ。
    少し立ち止まって、ゆっくり見るだけでもいいのでは。

    旅猫
  • コクリコさん 2008/05/11 15:32:19
    伏見
    旅猫さん、こんにちは。

    作成中ですが、私も先日伏見に行ったばかりだったので書かずにはいられず(^^;)

    私は伏見稲荷大社と寺田屋と乃木神社だけで、カッパワールドには残念ながら行けませんでした。
    旅猫さんのことですから、伏見の美酒を堪能されたことでしょう。

    ではまた、完成した頃に参りますね。

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2008/05/11 16:18:38
    RE: 伏見
    コクリコさん、こんにちは。
    作成中に書き込みをしていただき、ありがとうございます!

    コクリコさんも、伏見に行かれたのですね!
    後ほど、読ませてもらいますね。

    > 私は伏見稲荷大社と寺田屋と乃木神社だけで、カッパワールドには残念ながら行けませんでした。
    旅猫は、寺田屋と酒蔵、そして御香宮神社に立ち寄りました。
    そして、日本酒とビールを少しばかり味わってきました(笑

    早めに完成させますので、またお立ち寄りください!
    旅猫

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