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粟生駅から、北条鉄道に乗って終点の北条町へと向かう。実は、北条町へ行くことに決めたのは、往きの夜行列車の中であった。そんな訳なので、予備知識無しの訪問である。しかも、三木で時間を使い果たし、滞在出来る時間は僅か1時間ほどであった。<br /><br />(2026.03.16投稿)

寝台急行で播磨へ【2】~北条町を行く~

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2008/02/29 - 2008/02/29

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旅行記グループ 播磨のローカル線を訪ねて

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旅猫

旅猫さん

粟生駅から、北条鉄道に乗って終点の北条町へと向かう。実は、北条町へ行くことに決めたのは、往きの夜行列車の中であった。そんな訳なので、予備知識無しの訪問である。しかも、三木で時間を使い果たし、滞在出来る時間は僅か1時間ほどであった。

(2026.03.16投稿)

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
ホテル
3.5
グルメ
3.5
交通
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
自転車 JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 粟生駅に着いたのは、13時35分。北条鉄道の時刻表を見ると、次の列車は14:10まで無かった。そこで、時間潰しに駅前に出てみることにした。

    粟生駅に着いたのは、13時35分。北条鉄道の時刻表を見ると、次の列車は14:10まで無かった。そこで、時間潰しに駅前に出てみることにした。

  • その駅前を横切る道は、少し街道筋の風情を感じる。道沿いには、駅前旅館の佇まいを感じる建物があった。少し歩いてみたかったが、散策するには中途半端な時間だったので、駅に戻って列車を待つことにした。

    その駅前を横切る道は、少し街道筋の風情を感じる。道沿いには、駅前旅館の佇まいを感じる建物があった。少し歩いてみたかったが、散策するには中途半端な時間だったので、駅に戻って列車を待つことにした。

  • 北条鉄道のホームもJR線に寄り添うようにあった。そして、しばらくすると、たった一両の列車が入って来た。すぐに折り返すのだが、ホームで待つ人も無く、車内もガラガラである。旅人にとっては、空いている方が嬉しいのだが、鉄道離れが深刻であるのは寂しいことである。

    北条鉄道のホームもJR線に寄り添うようにあった。そして、しばらくすると、たった一両の列車が入って来た。すぐに折り返すのだが、ホームで待つ人も無く、車内もガラガラである。旅人にとっては、空いている方が嬉しいのだが、鉄道離れが深刻であるのは寂しいことである。

    北条鉄道 乗り物

  • 列車は、14時10分に発車し、長閑な風景の中をのんびりと走っていく。途中にあった『ほっけぐち』と言う駅は、昔ながらの手書きの駅名板が掲げられていた。木造の駅舎は、温か味がある。

    列車は、14時10分に発車し、長閑な風景の中をのんびりと走っていく。途中にあった『ほっけぐち』と言う駅は、昔ながらの手書きの駅名板が掲げられていた。木造の駅舎は、温か味がある。

  • 20分ほどで、終点の北条町駅に着いた。列車が転轍機を渡る音は、旅情を掻き立てられる。途中には、素朴な木造の駅もいくつかあったのだが、この駅は近代的な建物だであった。ローカル線の終点と言う風情はほとんど無かった。

    20分ほどで、終点の北条町駅に着いた。列車が転轍機を渡る音は、旅情を掻き立てられる。途中には、素朴な木造の駅もいくつかあったのだが、この駅は近代的な建物だであった。ローカル線の終点と言う風情はほとんど無かった。

    北条町駅

  • 駅構内の待合室に、レンタサイクルの案内が貼ってあったので、改札で借りることにする。尋ねると、「列車が出ますので、ちょっと待ってください。」と、若い駅員さんが走っていった。すると、直立不動で列車を見送っている。国鉄時代には当たり前の光景だったが、今でも行われているとは驚いた。古き良き伝統である。

    駅構内の待合室に、レンタサイクルの案内が貼ってあったので、改札で借りることにする。尋ねると、「列車が出ますので、ちょっと待ってください。」と、若い駅員さんが走っていった。すると、直立不動で列車を見送っている。国鉄時代には当たり前の光景だったが、今でも行われているとは驚いた。古き良き伝統である。

  • 観光案内所でもらった地図を見ながら、レンタサイクルで北条町を巡る。最初に目に留まったのが、立派な楼門である。酒見寺と言う寺で、その楼門は、文政8年(1825)に再建されたものだそうだ。堂々とした構えの門に惹かれ、境内へと入ってみる。

    観光案内所でもらった地図を見ながら、レンタサイクルで北条町を巡る。最初に目に留まったのが、立派な楼門である。酒見寺と言う寺で、その楼門は、文政8年(1825)に再建されたものだそうだ。堂々とした構えの門に惹かれ、境内へと入ってみる。

    酒見寺 寺・神社・教会

  • 楼門を潜ると、正面に特徴的な瓦屋根が美しい本堂がありました。根本堂とも呼ばれる建物は、元禄2年(1689)に再建されたもの。ずらりと並んだ灯篭が、本堂を一層際立たせていた。本尊は十一面観世音菩薩で、61年に一度開帳される秘仏。脇仏は持国天と多聞天で、平安後期の作だそうだ。

    楼門を潜ると、正面に特徴的な瓦屋根が美しい本堂がありました。根本堂とも呼ばれる建物は、元禄2年(1689)に再建されたもの。ずらりと並んだ灯篭が、本堂を一層際立たせていた。本尊は十一面観世音菩薩で、61年に一度開帳される秘仏。脇仏は持国天と多聞天で、平安後期の作だそうだ。

  • 参道右手に優雅な姿を見せていたのは、重要文化財の多宝塔である。国内で一番美しい多宝塔と言われているそうだが、確かに優雅で美しい。寛文2年(1662)に再建されたもので、大日如来を安置しているそうだ。上層は桧皮葺、下層は本瓦葺と言う珍しい様式で、極彩色の装飾が全体に施されている。この塔に出会えただけでも、北条町に来た甲斐があった。

    参道右手に優雅な姿を見せていたのは、重要文化財の多宝塔である。国内で一番美しい多宝塔と言われているそうだが、確かに優雅で美しい。寛文2年(1662)に再建されたもので、大日如来を安置しているそうだ。上層は桧皮葺、下層は本瓦葺と言う珍しい様式で、極彩色の装飾が全体に施されている。この塔に出会えただけでも、北条町に来た甲斐があった。

  • 本堂の横には、寛文4年(1664)に再建された鐘楼が建っていた。最近修復されたようで、極彩色を纏った姿が一際目立っていた。酒見寺は、酒見明神(住吉神社)の神託を受けた行基により、天平17年(745)に開創されたと云う古刹であった。秀吉による三木城攻めの際、全山焼失と言う悲劇に見舞われたものの、徳川家の庇護などを受けて再興されたそうである。

    本堂の横には、寛文4年(1664)に再建された鐘楼が建っていた。最近修復されたようで、極彩色を纏った姿が一際目立っていた。酒見寺は、酒見明神(住吉神社)の神託を受けた行基により、天平17年(745)に開創されたと云う古刹であった。秀吉による三木城攻めの際、全山焼失と言う悲劇に見舞われたものの、徳川家の庇護などを受けて再興されたそうである。

  • 酒見寺と石橋で繋がっていた住吉神社に参拝する。養老元年(717)からこの地に鎮座する古社で、明治以前は酒見大明神と呼ばれていたそうだ。立派な拝殿が、播磨国三の宮と言う格式を物語っている。

    酒見寺と石橋で繋がっていた住吉神社に参拝する。養老元年(717)からこの地に鎮座する古社で、明治以前は酒見大明神と呼ばれていたそうだ。立派な拝殿が、播磨国三の宮と言う格式を物語っている。

    住吉神社 寺・神社・教会

  • 拝殿の裏手に回ると、三つの屋根が連なっていた。本社三殿と呼ばれる本殿で、嘉永4年(1851)に再建されたものだそうだ。

    拝殿の裏手に回ると、三つの屋根が連なっていた。本社三殿と呼ばれる本殿で、嘉永4年(1851)に再建されたものだそうだ。

  • 参拝後、北側にある羅漢寺へも立ち寄る。その境内には、慶長年間に作られたと云われる五百羅漢像があるそうだ。とりあえず、本堂で無病息災を祈願。本尊は、薬師如来なのだ。なお、この寺は、かつて酒見寺の末寺だったそうだ。

    参拝後、北側にある羅漢寺へも立ち寄る。その境内には、慶長年間に作られたと云われる五百羅漢像があるそうだ。とりあえず、本堂で無病息災を祈願。本尊は、薬師如来なのだ。なお、この寺は、かつて酒見寺の末寺だったそうだ。

  • その境内には、五百羅漢像がずらりと並んでいる。実際には450体ほどだが、誰が、何のために作ったものかはわからないそうだ。川越の喜多院で観たものと比べると、かなり素朴な感じの石仏であった。

    その境内には、五百羅漢像がずらりと並んでいる。実際には450体ほどだが、誰が、何のために作ったものかはわからないそうだ。川越の喜多院で観たものと比べると、かなり素朴な感じの石仏であった。

    五百羅漢 名所・史跡

  • 大きさも表情も異なる石仏たちの中には、必ず親や自分の顔があると云われているそうだが、あまりにも抽象的なので、どうかと思う。

    大きさも表情も異なる石仏たちの中には、必ず親や自分の顔があると云われているそうだが、あまりにも抽象的なので、どうかと思う。

  • 自分の顔があるかどうかは別として、なかなか微笑ましい顔をしたものが多い。まだ訪れてみたい場所もあったのだが、列車の時間が近付いて来たので、駅へと戻ることにする。北条町は、もう一度訪れてみたい。

    自分の顔があるかどうかは別として、なかなか微笑ましい顔をしたものが多い。まだ訪れてみたい場所もあったのだが、列車の時間が近付いて来たので、駅へと戻ることにする。北条町は、もう一度訪れてみたい。

  • 北条鉄道に再び乗り、粟生駅へと戻る。帰りはJR加古川線を利用して加古川駅まで行き、さらに乗り継ぎ、今宵の宿がある京都駅へと向かうことにする。やって来た加古川線の列車は、真新しい車両であった。車内は満員で、加古川駅まで立ちっ放しであった。

    北条鉄道に再び乗り、粟生駅へと戻る。帰りはJR加古川線を利用して加古川駅まで行き、さらに乗り継ぎ、今宵の宿がある京都駅へと向かうことにする。やって来た加古川線の列車は、真新しい車両であった。車内は満員で、加古川駅まで立ちっ放しであった。

  • 京都駅には、18時に着いた。帰宅時間帯なので、どのホームも混雑している。それにしても、巨大な駅舎である。古都京都に、こんなにも大きな駅舎を作る必要が果たしてあったのだろうか。

    京都駅には、18時に着いた。帰宅時間帯なので、どのホームも混雑している。それにしても、巨大な駅舎である。古都京都に、こんなにも大きな駅舎を作る必要が果たしてあったのだろうか。

  • とりあえず、荷物を置くため、駅前にある今宵の宿へと向かう。その建物の向こうには、京都タワーが見えている。京都タワーは、1964年に建てられた展望台で、高さ131mは、当時の京都市の人口なのだそうだ。その地階に、朝から営業している大浴場があるのはあまり知られていない。<br />※大浴場は、2021年に57年の歴史に幕を閉じました。

    とりあえず、荷物を置くため、駅前にある今宵の宿へと向かう。その建物の向こうには、京都タワーが見えている。京都タワーは、1964年に建てられた展望台で、高さ131mは、当時の京都市の人口なのだそうだ。その地階に、朝から営業している大浴場があるのはあまり知られていない。
    ※大浴場は、2021年に57年の歴史に幕を閉じました。

    京都新阪急ホテル 宿・ホテル

  • 一休み後、食事がてらに伊勢丹の『市場小路』へと向かう。そこは、麦酒好きのNoririnさんの旅行記で知った所で、もちろん、お目当ては『京都限定ビールNo.1497』である。外の見えるカウンター席に座り、まずはその麦酒をいただく。まろやかで優しい味わいの麦酒であった。<br />※『京都限定ビールNo.1497』は、現在、醸造されていません。

    一休み後、食事がてらに伊勢丹の『市場小路』へと向かう。そこは、麦酒好きのNoririnさんの旅行記で知った所で、もちろん、お目当ては『京都限定ビールNo.1497』である。外の見えるカウンター席に座り、まずはその麦酒をいただく。まろやかで優しい味わいの麦酒であった。
    ※『京都限定ビールNo.1497』は、現在、醸造されていません。

  • 窓の外には、京都タワーが闇に浮かび上がっている。三木ではかなり歩いたし、北条町では自転車も漕いだので、結構疲れていたらしく、冷えた麦酒が身に沁みる。

    窓の外には、京都タワーが闇に浮かび上がっている。三木ではかなり歩いたし、北条町では自転車も漕いだので、結構疲れていたらしく、冷えた麦酒が身に沁みる。

  • つまみには、裂き烏賊の天婦羅を注文。これがなかなか美味しかった。

    つまみには、裂き烏賊の天婦羅を注文。これがなかなか美味しかった。

  • さらに、蛸の唐揚げも追加。伊勢丹に入っている店らしく、料理も多少洒落た感じで出て来る。味も悪くないので、つい麦酒も進んでしまう。

    さらに、蛸の唐揚げも追加。伊勢丹に入っている店らしく、料理も多少洒落た感じで出て来る。味も悪くないので、つい麦酒も進んでしまう。

  • さらに、おでんの変り種を単品で選ぶ。これも美味しく、さらに他の生麦酒も注文してしまった。結局は、いつもどおりの晩酌である。この後、宿に戻り、翌日の旅程を考えなければならないのだが、もう少し楽しんでいくことにする。

    さらに、おでんの変り種を単品で選ぶ。これも美味しく、さらに他の生麦酒も注文してしまった。結局は、いつもどおりの晩酌である。この後、宿に戻り、翌日の旅程を考えなければならないのだが、もう少し楽しんでいくことにする。

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この旅行記へのコメント (4)

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  • そよ風さん 2008/05/24 21:56:32
    ほんとにね〜
    旅猫さん、こんばんは☆

    >でも、古都京都に、こんな大きな駅舎を作る必要が果たしてあったのだろうか?
    >そう思うのは、旅猫だけなのか。

    いえいえ、旅猫さんだけではありませぬ^^
    私もあの駅の造りには、か〜なりがっかりさせられました。
    いったいなぜ?と疑問です。

    もうすぐ修復完成するのでしたっけ?
    昔ながらの東京駅、しみじみ素敵だとおもいます。
    内装部分も昔のままの豪華さで修復されるのだそうですが、
    たのしみです。
    、、、って、関係ないコメントで申し訳ありません<(_ _)>

    そよ風

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2008/05/25 00:33:38
    RE: ほんとにね〜
    > 私もあの駅の造りには、か〜なりがっかりさせられました。
    良かった〜、そよ風さんもそう思ってくれて!
    あの駅舎はがっかりですよね。
    場違いとしか言いようも無く。。。

    > もうすぐ修復完成するのでしたっけ?
    東京駅の復元工事は、まだ始まったばかりです。
    完成は2012年になってからのようです。
    戦災で失われた3階部分を、鉄筋鉄骨で増築するのですが、
    赤レンガ造りとは上手く釣り合うのでしょうかね。
    外装には、赤レンガ風のパネルでも付けるのだろうか?
    一部では、完全に復元できないのなら、今のままのほうが良いと言う声もあります。
    旅猫もそう思う一人ですが。。。
    もちろん、赤レンガで復元できれば歓迎します(^^)

    旅猫
  • たらよろさん 2008/05/12 11:54:28
    同感です
    こんにちは!!
    私も京都に住むものとして、今の駅舎より前の方が好きだなぁ。。。
    京都=古都をイメージして観光に来られる方多いだろうに
    最初の玄関口の駅舎が今のようだとちょっと寂しいんじゃないだろうかって
    思っちゃうんですよね。
    駅を歩いていても外国の方もとても多いんで
    尚更、古都をイメージしてほしかったなぁって思います。
    愚痴のようになってしまいましたが・・・(笑)

      たらよろ

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2008/05/12 12:45:52
    RE: 同感です
    たらよろさん、こんにちは!
    いつもありがとうございます。

    京都にお住まいでしたか!!
    羨ましいです。
    古都って、何となくいいじゃないですか(笑
    旅猫が一番住みたい町は、鎌倉だったりします。
    あそこも、都ではないですが、歴史ある武家の都ですからね。
    それに、一部を除いて閑静な住宅街が多くて。

    京都駅の駅舎って、暖かみがないですよね。
    デザインばかり凝ってしまい、落ち着いた雰囲気が無いです。
    古都、世界遺産をイメージして訪れる国内外の人たちが降り立つ駅にしては、
    あまりにも殺風景で近代的過ぎますよね。
    同じ考えの人がいて良かった(^^)

    旅猫

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