2008/02/23 - 2008/02/26
3440位(同エリア4063件中)
瑞樹さん
グラバー園後半です。
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フリーメイソン・ロッジの門の奥には、旧リンガー邸。
イギリス人貿易商フレデリック・アーサー・リンガーは1840年イギリス東部のノルウィッチ・ノーフォーク生まれ。
リンガーは20歳代の初期に中国に渡り、茶の検査の技術を身につけ、上海では熟練した検査官として働いていたようです。
グラバー商会が製茶工場を建て、製茶事業を拡大する為に1864(元治元)年にスカウトしたのがリンガーだったとか。 -
ここは戦時中は敵国財産として没収され、川南造船の寮として使われましたが、戦後はシドニー・リンガーに返却され、原爆傷害調査委員会などが使用していたそうです。
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1890〜95年に、ドイツで開発・製造されていたポリフォン・ディスク・オルゴール。
リンガーも、聴いていたのかなぁ。 -
建物入って直ぐの部屋は、オペラ「マダム・バタフライ(蝶々夫人)」に関する展示があります。
「マダム・バタフライ」は1898年、アメリカ人の原作者ジョン・ルーサー・ロングによって書かれた小説です。1890年代初頭に長崎外国人居留地の東山手に住んでいた姉サラ・ジェニー・コレル(鎮西学院の校長夫人)から聞いた長崎の話をもとに書かれたものなんですね。 -
私は全く知りませんでしたが、喜波貞子さんという、戦前のヨーロッパでオペラ「マダム・バタフライ」で一世を風靡したオペラ歌手が居たんですね!
彼女は長崎の山口きわさんを祖母にもち、横浜に生まれ、17歳で単身ミラノに渡ったそうです。
戦前にそんな方がいらっしゃったなんて〜驚きと共に尊敬の念が湧いてきます。 -
続いて旧オルト邸。
1865年(慶応元年)頃に建築された、長崎に現存する洋風建築の中では最大規模のもので、本格的洋風建築。
ウィリアム・オルト旧邸を建築したのは、天草出身の大浦天主堂も手掛けた職人・小山秀之進。
ベランダの高い天井を支えているタスカン様式の列石柱が特徴的で、三方にベランダをめぐらせた重厚な木造・外壁石積の建築です。 -
裏手には当時の厨房・倉庫、また、崖に造られた天然の貯蔵庫(年間を通して20℃前後)がそのまま残されています。
正面は、修復中でした。 -
中は結構広いです。いくつもの部屋があり、色々な調度品が目を楽しませてくれます。
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この部屋の奥には、浴室があります。
でもバスタブは無くて、洗濯機を置くスペースのようなところがあるだけでした。 -
コンプラ瓶や銅版転写洋皿、色絵のコップや歯ブラシ入れなどの展示もあります。
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旧オルト邸の向かいには、旧スチイル記念学校が建っています。
1887年、亡き愛児を記念しアメリカ人のスチイル博士が寄贈した資金により東山手9番地に開設された、東山学院の本館です。 -
旧リンガー邸の前を通って行くと、三浦環像が。
彼女はヒロイン・蝶々夫人を何度も演じ、世界的にそのオペラを有名にした歌手です。 -
これは、三浦環像の近くにあるものですが…ジョン・ルーサー・ロングかな?
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こっちはジャコモ・プッチーニ像です。
プッチーニも、まさかここに自分の像が立つとは思っていなかったでしょう。 -
なんと、ここには日本初のアスファルトと、テニスコートもありました。
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グラバー園は、緑が多くて気持ちがいいですね。
そんな中を通って行くと、 -
旧自由邸は、残念ながら改装中で全貌は見えませんでした。
時間があったら、是非中で食事でもお茶でもいただいてみたかったです。 -
旧グラバー住宅です。
スコットランド出身のトーマス・ブレーク・グラバーの住居は、数多くの洋風建築の中で独特のバンガロー風様式を残している日本最古の木造洋館です。 -
グラバーは若冠21歳で1859年(安政6)、上海経由で渡来し、ベテランの外商たちの中にあって武器船舶などを取り扱う嵐の商人としての仲間入りをしました。
やがて自己の信念に基づく立憲君主制国家としての日本再建に外商としての立場を超越した活躍を見せ始めました。 -
それには日本の若いエリートたちに国際的な目を開かせることが先決だとして、伊藤博文をはじめ数多くの若者の海外勉学の旅を斡旋したそうです。
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旧グラバー住宅には天井裏に隠し部屋があり、そこには倒幕に燃える若き志士たちを匿ったと云われています。
坂本龍馬の実物大パネルも置いてあります。龍馬って、小柄だったんですね。160cmない位かな? -
彼は産業立国の大方針を以て政府に協力し、造船、炭鉱、水産、鉄鋼、造幣などの分野を開拓しました。
そうしたもののひとつに、ビール産業があります。
温室にあるこの狛犬は、キリンビールのマークのモチーフになったといわれています。
またシンビジューム・トラシアナムは、彼によって日本に初めてもたらされたそうです。へ〜。 -
庭には、樹齢なんと300歳の大きなソテツがあります。これは、薩英戦争終結の仲立ちや軍艦の建造に尽くしたグラバーに薩摩藩主が贈ったものだそうです。国内最大級のソテツです。
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夕陽を浴びる、グラバーさん。彼が居なければ、今の日本は無かったんですね。
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前には日本庭園が有り、でっぷりとした鯉が沢山泳いでいました。
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さらに先には、展望台があります。
港には沢山の船が停泊していました。 -
さて、これでグラバー園は終わり。
長い石畳を歩いていきます。 -
と思いきや、最後は長崎伝統芸能館があるのですね。
イケてるこんな絵が出迎えてくれました。 -
長崎くんちの奉納踊りで使われるものが沢山展示されていました!
凄い凄い! -
いや〜これは実際に長崎くんちを観たくなりました!
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こんな可愛いポストがありました。
もう閉演時間です。全部見られて良かった〜。
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