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2007/07/22(日)第15日目:午前ドラゴミルナ修道院(w/現地ガイド)&午後スチャヴァ<br />【宿泊:Hotel Gloria(スチャヴァ)】<br />・ドラゴミルナ修道院とミサを見学<br />《午後:スチャヴァ観光》<br />カトリック教会、歴史博物館、聖デメトリウス教会(入れず)、民俗博物館、ドムニツェロール教会、ミラウツィ教会<br /><br />跡形もなく、ではないけれど、跡形しか残っていない外壁のフレスコ画を見て、「5つの修道院」の稀有なこと、あの無事な姿が奇跡であることをますます実感しました。<br /><br />スチャヴァ市内にある聖ゲオルゲ・ノウまたは聖イオアン修道院は、日曜日でなくても閑散としていそうな住宅地にありました。<br />ここは、私にとって、スチャヴァ観光の1番のハイライトです。<br />とはいえ、まずは地図をにらめっこしながら迷わずにたどりつけることを第一に歩いていたため、下調べして自作の旅のメモに写しておいた内容は、到着したときはほとんど頭からすっぱ抜けていました。<br />そのため、教会の周りをぐるっと回った時に、「あれっ、ここは昔は5つの修道院のように外壁にフレスコ画があったのか!」と今更のように気付きました。<br /><br />ホントに惜しいです。<br />在りし日の姿は、残る跡から想像するに、外壁は「5つの修道院」に劣らぬすばらしいフレスコ画で埋め尽くされていたに違いないのです。<br />風雪にさらされると、こうなってしまうんですよね。<br />いや、ここの場合は人為的なものもあるようですが。<br /><br />フレスコ画の跡は、部分的に残る色彩だけでなく、絵の描線に添ったくぼみからも分かります。<br />逆にいうと、くぼんでいるからこそ、磨き残しのようにペイントが残っていて、絵の跡がたどりやすくなります。<br />フレスコ画が描かれた外壁は真っ平らではなく、浅い浮彫のように凹凸があったのです。<br />ひょっとしたら、平面的な上を少しでも立体的に見せる工夫だったのかもれません。<br />昨日・一昨日と回った「5つの修道院」も、外壁は真っ平らに見えたのですが、もしかしたら凹凸があったのでしょうか。<br />その5つののうち、アルボレ修道院はともかく、他の4つは、少なくとも保存状態の良い南面や西面は、描き上げたばかりのように一辺の剥げもありませんでした。<br />それは本当に奇跡だったんだな、と聖イオアン修道院の教会を前にしてしみじみ思いました。<br /><br />もっとも、ここの教会の中のフレスコ画のすばらしさは、外の残念さを補って余りあるものでした。<br />建築当初のものと思われる中世らしい絵画───後世の、中世っぽさを真似したような絵ではなく───のフレスコ画はどこもかしこも色鮮やかで。<br />「5つの修道院」が、中の修復がまだ途中のところが多く、ろうそくのすすで薄黒かったのと対照的でした。<br /><br />***********************************************************<br />★7/20〜7/22にかけて訪れたブコヴィナ地方の修道院(築年代順)<br />***********************************************************<br />□ヴォロネツ(Voronet)修道院(1488年)<br />・世界遺産。7/20(金)にガイドと最初に訪問。<br />・外壁のフレスコ画かなり健在。「最後の審判」が特に有名。<br />・青が顕著で「ヴォロネツの青」として有名。<br />・君主が建てたので塔がある。<br />関連の旅行記<br />「2007年ルーマニア旅行第13日目(5)ブコヴィナ地方:青のヴォロネツ修道院」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10205799/<br /><br />□アルボレ(Arbore)修道院(1503年)<br />・世界遺産。7/21(土)にガイドと5番目に訪問。<br />・外壁のフレスコ画まあまあ健在。緑が顕著。<br />・領主が建てたので塔がない。<br />関連の旅行記<br />「2007年ルーマニア旅行第14日目(5)ブコヴィナ地方:ラストはこぢんまりなアルボーレ修道院&5つの修道院のまとめ」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10210638/<br /><br />■スチャヴァ市の聖ゲオルゲ(聖イオアン(Ioan))修道院(1514〜1522年)<br />・世界遺産。7/22(日)に一人で7番目に訪問。ここだけ無料。<br />・外壁のフレスコ画はだいぶ傷んでいる。<br />・君主が建てたので塔がある。<br /><br />□フモール(Humor)修道院(1530〜1535年)<br />・世界遺産。7/21(土)にガイドと2番目に訪問。<br />・外壁のフレスコ画かなり健在。<br />・赤が顕著で「フモールの赤」として有名。<br />・領主が建てたので塔がない。<br />関連の旅行記<br />「2007年ルーマニア旅行第14日目(1)モルドヴァ地方:赤のフモール修道院」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10210630/<br /><br />□モルドヴッツァ(Moldovita)修道院(1532年)<br />・世界遺産。7/21(土)にガイドと3番目に訪問。<br />・外壁のフレスコ画かなり健在。黄色が顕著。<br />・壁画では「コンスタンチノープルの戦い」が特に有名。<br />・君主が建てたので塔がある。<br />関連の旅行記<br />「2007年ルーマニア旅行第14日目(2)ブコヴィナ地方:イエロイッシュなモルドヴィツァ修道院」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10210632/<br /><br />□スチェヴィツァ(Sucevita)修道院(1581〜1601年)<br />・世界遺産ではない。7/21(土)にガイドと4番目に訪問。<br />・外壁のフレスコ画ほぼ完全に残っている。「天使の梯子」が特に有名。<br />・緑と赤が顕著で「スチェヴィツァの緑」として有名。<br />・貴族が建てたが塔がある。<br />・外壁にフレスコ画がある最後の修道院。<br />関連の旅行記<br />「2007年ルーマニア旅行第14日目(3)ブコヴィナ地方:一番大きい緑のスチェヴィツァ修道院」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10210634/<br /><br />□ドラゴミルナ(Dragomirna)修道院(1609年)<br />・世界遺産ではない。7/22(日)にガイドと6番目に訪問。<br />・外壁にフレスコ画はない。主教が建てたが塔がある。<br />関連の旅行記<br />「2007年ルーマニア旅行第15日目(1)ブコヴィナ地方:ほっそり優雅なドラゴミルナ修道院と牧歌風景」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10216973/<br />***********************************************************<br /><br />「1514年、モルドヴァ国の領主「ボグダン3世」がこの教会を建て始めました。<br />その8年後、「シュテファニツァ・ヴォダ」がこれを完成。その後、1543年から壁画が描き始められました。<br />建物の構造はネァムツ修道院と同様です。<br />絵は聖書のシーンをはじめ、いろいろな伝説を描いていますが、モルドヴィツァや、フモール修道院のものとよく似ているように感じるでしょう。創立者の姿が描かれた絵もあります。<br />しかし、惜しいことに時代の流れには逆らえず、部分的に絵の具が剥がれた絵もあります。<br />ルーマニアの「聖ヨアン」の遺物がこの教会の中に保存されています。<br />彼は、遊牧民族の「タルタル人」に1330年に殺されましたが、彼の遺品はモルドヴァで最も古い銀製の棺桶の中で大切に保管されています。<br />この聖ゲオルゲ教会は「聖ヨアン」という複合修道院の中心になっています。」<br />(ルーマニア政府観光局公式サイト「世界遺産─Bucovina─ブコヴィナ地方の修道院」より)<br />http://www.romaniatabi.jp/unesco/bucovina.html

2007年ルーマニア旅行第15日目(4)スチャヴァ:外壁のフレスコ画が惜しい聖イオアン修道院

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2007/07/22 - 2007/07/22

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15

まみ

まみさん

2007/07/22(日)第15日目:午前ドラゴミルナ修道院(w/現地ガイド)&午後スチャヴァ
【宿泊:Hotel Gloria(スチャヴァ)】
・ドラゴミルナ修道院とミサを見学
《午後:スチャヴァ観光》
カトリック教会、歴史博物館、聖デメトリウス教会(入れず)、民俗博物館、ドムニツェロール教会、ミラウツィ教会

跡形もなく、ではないけれど、跡形しか残っていない外壁のフレスコ画を見て、「5つの修道院」の稀有なこと、あの無事な姿が奇跡であることをますます実感しました。

スチャヴァ市内にある聖ゲオルゲ・ノウまたは聖イオアン修道院は、日曜日でなくても閑散としていそうな住宅地にありました。
ここは、私にとって、スチャヴァ観光の1番のハイライトです。
とはいえ、まずは地図をにらめっこしながら迷わずにたどりつけることを第一に歩いていたため、下調べして自作の旅のメモに写しておいた内容は、到着したときはほとんど頭からすっぱ抜けていました。
そのため、教会の周りをぐるっと回った時に、「あれっ、ここは昔は5つの修道院のように外壁にフレスコ画があったのか!」と今更のように気付きました。

ホントに惜しいです。
在りし日の姿は、残る跡から想像するに、外壁は「5つの修道院」に劣らぬすばらしいフレスコ画で埋め尽くされていたに違いないのです。
風雪にさらされると、こうなってしまうんですよね。
いや、ここの場合は人為的なものもあるようですが。

フレスコ画の跡は、部分的に残る色彩だけでなく、絵の描線に添ったくぼみからも分かります。
逆にいうと、くぼんでいるからこそ、磨き残しのようにペイントが残っていて、絵の跡がたどりやすくなります。
フレスコ画が描かれた外壁は真っ平らではなく、浅い浮彫のように凹凸があったのです。
ひょっとしたら、平面的な上を少しでも立体的に見せる工夫だったのかもれません。
昨日・一昨日と回った「5つの修道院」も、外壁は真っ平らに見えたのですが、もしかしたら凹凸があったのでしょうか。
その5つののうち、アルボレ修道院はともかく、他の4つは、少なくとも保存状態の良い南面や西面は、描き上げたばかりのように一辺の剥げもありませんでした。
それは本当に奇跡だったんだな、と聖イオアン修道院の教会を前にしてしみじみ思いました。

もっとも、ここの教会の中のフレスコ画のすばらしさは、外の残念さを補って余りあるものでした。
建築当初のものと思われる中世らしい絵画───後世の、中世っぽさを真似したような絵ではなく───のフレスコ画はどこもかしこも色鮮やかで。
「5つの修道院」が、中の修復がまだ途中のところが多く、ろうそくのすすで薄黒かったのと対照的でした。

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★7/20〜7/22にかけて訪れたブコヴィナ地方の修道院(築年代順)
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□ヴォロネツ(Voronet)修道院(1488年)
・世界遺産。7/20(金)にガイドと最初に訪問。
・外壁のフレスコ画かなり健在。「最後の審判」が特に有名。
・青が顕著で「ヴォロネツの青」として有名。
・君主が建てたので塔がある。
関連の旅行記
「2007年ルーマニア旅行第13日目(5)ブコヴィナ地方:青のヴォロネツ修道院」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10205799/

□アルボレ(Arbore)修道院(1503年)
・世界遺産。7/21(土)にガイドと5番目に訪問。
・外壁のフレスコ画まあまあ健在。緑が顕著。
・領主が建てたので塔がない。
関連の旅行記
「2007年ルーマニア旅行第14日目(5)ブコヴィナ地方:ラストはこぢんまりなアルボーレ修道院&5つの修道院のまとめ」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10210638/

■スチャヴァ市の聖ゲオルゲ(聖イオアン(Ioan))修道院(1514〜1522年)
・世界遺産。7/22(日)に一人で7番目に訪問。ここだけ無料。
・外壁のフレスコ画はだいぶ傷んでいる。
・君主が建てたので塔がある。

□フモール(Humor)修道院(1530〜1535年)
・世界遺産。7/21(土)にガイドと2番目に訪問。
・外壁のフレスコ画かなり健在。
・赤が顕著で「フモールの赤」として有名。
・領主が建てたので塔がない。
関連の旅行記
「2007年ルーマニア旅行第14日目(1)モルドヴァ地方:赤のフモール修道院」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10210630/

□モルドヴッツァ(Moldovita)修道院(1532年)
・世界遺産。7/21(土)にガイドと3番目に訪問。
・外壁のフレスコ画かなり健在。黄色が顕著。
・壁画では「コンスタンチノープルの戦い」が特に有名。
・君主が建てたので塔がある。
関連の旅行記
「2007年ルーマニア旅行第14日目(2)ブコヴィナ地方:イエロイッシュなモルドヴィツァ修道院」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10210632/

□スチェヴィツァ(Sucevita)修道院(1581〜1601年)
・世界遺産ではない。7/21(土)にガイドと4番目に訪問。
・外壁のフレスコ画ほぼ完全に残っている。「天使の梯子」が特に有名。
・緑と赤が顕著で「スチェヴィツァの緑」として有名。
・貴族が建てたが塔がある。
・外壁にフレスコ画がある最後の修道院。
関連の旅行記
「2007年ルーマニア旅行第14日目(3)ブコヴィナ地方:一番大きい緑のスチェヴィツァ修道院」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10210634/

□ドラゴミルナ(Dragomirna)修道院(1609年)
・世界遺産ではない。7/22(日)にガイドと6番目に訪問。
・外壁にフレスコ画はない。主教が建てたが塔がある。
関連の旅行記
「2007年ルーマニア旅行第15日目(1)ブコヴィナ地方:ほっそり優雅なドラゴミルナ修道院と牧歌風景」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10216973/
***********************************************************

「1514年、モルドヴァ国の領主「ボグダン3世」がこの教会を建て始めました。
その8年後、「シュテファニツァ・ヴォダ」がこれを完成。その後、1543年から壁画が描き始められました。
建物の構造はネァムツ修道院と同様です。
絵は聖書のシーンをはじめ、いろいろな伝説を描いていますが、モルドヴィツァや、フモール修道院のものとよく似ているように感じるでしょう。創立者の姿が描かれた絵もあります。
しかし、惜しいことに時代の流れには逆らえず、部分的に絵の具が剥がれた絵もあります。
ルーマニアの「聖ヨアン」の遺物がこの教会の中に保存されています。
彼は、遊牧民族の「タルタル人」に1330年に殺されましたが、彼の遺品はモルドヴァで最も古い銀製の棺桶の中で大切に保管されています。
この聖ゲオルゲ教会は「聖ヨアン」という複合修道院の中心になっています。」
(ルーマニア政府観光局公式サイト「世界遺産─Bucovina─ブコヴィナ地方の修道院」より)
http://www.romaniatabi.jp/unesco/bucovina.html

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  • スチャヴァ市の聖ゲオルゲ教会(聖イオアン(Ioan)修道院)のイラスト俯瞰図<br />RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックより<br /><br />北西から見たところになります。礼拝堂がぴったり東に向いているなら。<br />スチャヴァ市内にあり、周辺は、イラストにはありませんが、身長165cmの私のアゴくらいの高さの壁で囲まれていました。<br />左の門塔から中に入りました。<br />中を見学できたのは中央の教会だけです。<br />ただし、門塔のすぐそばの建物の一部は売店でした。宗教グッズや聖書が販売されているところだったので、入ろうと思えば入れたと思います。<br />教会は、特に西面と南面の外壁は、だいぶ色が抜けていたものの壁画の跡が見られました。<br /><br />同じイラストは、上記サイトのこちらにも掲載されています。<br />・聖ゲオルゲ教会(聖イオアン(Ioan)修道院)<br />http://www.romanianmonasteries.org/images/stjohn/stjohn.html<br />・RomanianMonasteries.orgのサイトのブコヴィナ地方の修道院トップページ<br />http://www.romanianmonasteries.org/allchurches.html

    スチャヴァ市の聖ゲオルゲ教会(聖イオアン(Ioan)修道院)のイラスト俯瞰図
    RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックより

    北西から見たところになります。礼拝堂がぴったり東に向いているなら。
    スチャヴァ市内にあり、周辺は、イラストにはありませんが、身長165cmの私のアゴくらいの高さの壁で囲まれていました。
    左の門塔から中に入りました。
    中を見学できたのは中央の教会だけです。
    ただし、門塔のすぐそばの建物の一部は売店でした。宗教グッズや聖書が販売されているところだったので、入ろうと思えば入れたと思います。
    教会は、特に西面と南面の外壁は、だいぶ色が抜けていたものの壁画の跡が見られました。

    同じイラストは、上記サイトのこちらにも掲載されています。
    ・聖ゲオルゲ教会(聖イオアン(Ioan)修道院)
    http://www.romanianmonasteries.org/images/stjohn/stjohn.html
    ・RomanianMonasteries.orgのサイトのブコヴィナ地方の修道院トップページ
    http://www.romanianmonasteries.org/allchurches.html

  • 聖ゲオルゲ教会(聖イオアン(Ioan)修道院)の教会の立体図と平面図<br />RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックより<br />http://www.romanianmonasteries.org/buybucovinabook.html<br /><br />平面図、左から<br /><br />・EXONARTHEX=エキソ・ナルテックス、外拝廊。<br />教会の玄関広間にあたりますが、「5つの修道院」のうち一番新しいスチェヴィツッア修道院の教会同様、聖ゲオルゲ教会(聖イオアン(Ioan)修道院)の教会でも完全に壁に囲まれた一室です。<br />ここの内壁のすばらしいフレスコ画は、写真を撮ることができました@<br /><br />・PORCH=ポーチ、玄関。<br />後から増築されました。東西両面にあるのはスチェヴィツッア修道院の教会と同じですが、ここでは位置がずれています。<br /><br />・PRONAOS=プロナオス、いわば第一前室。<br /><br />・NAOS=ナオス、いわば第二前室。<br />イコノスタシスが拝めます。ここまでが正教会の中のいわゆる「俗」世界。<br />南面にポーチがありますが、一般の人がここから出入りできたか不明。<br /><br />・CHANCEL=内陣。<br />イコノスタシスの奥で、教会の中のいわゆる「聖」の世界。聖職者しか入れないところです。<br /><br />★イコノスタシスについて<br />正教会に必ずあるイコノスタシスは、聖なる空間と俗世を隔てる壁であると同時に、ここをミサのときに司祭が聖書を持って行き来することから、2つの世界を結び付ける存在でもあります。<br />詳しくは、以下の写真コメントに「イコンのこころ」(高橋保行・著/春秋社)からイコノスタシスについての抜粋引用をご参照ください。<br /><br />関連の写真<br />ブラショフのルーマニア正教会のイコノスタシスの写真<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/11967865/<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/11967883/<br />関連の旅行記「2006年ハンガリーとルーマニア旅行第18日目(4):ブラショフ中央公園とルーマニア正教会」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10135677/

    聖ゲオルゲ教会(聖イオアン(Ioan)修道院)の教会の立体図と平面図
    RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックより
    http://www.romanianmonasteries.org/buybucovinabook.html

    平面図、左から

    ・EXONARTHEX=エキソ・ナルテックス、外拝廊。
    教会の玄関広間にあたりますが、「5つの修道院」のうち一番新しいスチェヴィツッア修道院の教会同様、聖ゲオルゲ教会(聖イオアン(Ioan)修道院)の教会でも完全に壁に囲まれた一室です。
    ここの内壁のすばらしいフレスコ画は、写真を撮ることができました@

    ・PORCH=ポーチ、玄関。
    後から増築されました。東西両面にあるのはスチェヴィツッア修道院の教会と同じですが、ここでは位置がずれています。

    ・PRONAOS=プロナオス、いわば第一前室。

    ・NAOS=ナオス、いわば第二前室。
    イコノスタシスが拝めます。ここまでが正教会の中のいわゆる「俗」世界。
    南面にポーチがありますが、一般の人がここから出入りできたか不明。

    ・CHANCEL=内陣。
    イコノスタシスの奥で、教会の中のいわゆる「聖」の世界。聖職者しか入れないところです。

    ★イコノスタシスについて
    正教会に必ずあるイコノスタシスは、聖なる空間と俗世を隔てる壁であると同時に、ここをミサのときに司祭が聖書を持って行き来することから、2つの世界を結び付ける存在でもあります。
    詳しくは、以下の写真コメントに「イコンのこころ」(高橋保行・著/春秋社)からイコノスタシスについての抜粋引用をご参照ください。

    関連の写真
    ブラショフのルーマニア正教会のイコノスタシスの写真
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/11967865/
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/11967883/
    関連の旅行記「2006年ハンガリーとルーマニア旅行第18日目(4):ブラショフ中央公園とルーマニア正教会」
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10135677/

  • 聖イオアンまたはゲオルゲ・ノウ修道院<br /><br />閑静な住宅地の中に、塀で囲まれた木々が頭を覗かせている広そうな敷地が見えてきたところ───木々の間から、こんな風に教会が見えました。<br /><br />「敷地は広くいくつかの建物がある。印象深いのは、ボグダン3世がセルビアとハンガリー軍を退けた記念にと、1521年に完成させた聖ゲオルゲ・ノウ教会堂。内壁には見事なフレスコ画が施され、訪れる者に感動を与える。外壁にもフレスコ画が施されていたが、風化が進み、現在ではうっすらとその姿を確認できる程度。」<br />(’07〜’08版「地球の歩き方」より)

    聖イオアンまたはゲオルゲ・ノウ修道院

    閑静な住宅地の中に、塀で囲まれた木々が頭を覗かせている広そうな敷地が見えてきたところ───木々の間から、こんな風に教会が見えました。

    「敷地は広くいくつかの建物がある。印象深いのは、ボグダン3世がセルビアとハンガリー軍を退けた記念にと、1521年に完成させた聖ゲオルゲ・ノウ教会堂。内壁には見事なフレスコ画が施され、訪れる者に感動を与える。外壁にもフレスコ画が施されていたが、風化が進み、現在ではうっすらとその姿を確認できる程度。」
    (’07〜’08版「地球の歩き方」より)

  • 屋根のタイルが美しい聖イオアン修道院の教会<br /><br />ああいう屋根は、ウィーンやブダペストでよく見ました。<br />すぐに思い出せるのは、ウィーンの聖シュテファン教会やハプスブルグ皇帝フランツ2世や皇妃エリザベートがハンガリー国王・王妃として戴冠したというブダペストのマーチャーシュ教会です。<br />この聖イオアン教会も、その時代の影響を受けているようです。<br /><br />「世界遺産の修道院へ行く際、よく拠点になる街 スチャヴァ。<br />16世紀はじめに建てられた修道院です。拠点となるだけで街を見ない方も多いのですが、このスチャヴァにも修道院はあります。<br />Manastirea Sf. Ioan cel Nou 聖イオアン修道院(教会)。<br />赤こげ茶の屋根はエナメル。20世紀にオーストリアの建築家により修復された際に、このような屋根とそこにカラフルなカラーの模様が施され、遠くから見てもキラキラ輝いて目だっています。白い外壁とのコントラストが映える、と思いきや修道院の周りを周ると外壁にも絵の跡が・・。外壁にフレスコ画がある修道院がルーマニアでは有名なのですが、ここも昔はそうだったのです。<br />しかしオスマンとの戦いの中で塗り替えられたり破壊され、外壁の絵柄の保存は良くない、と修道士が説明してくれました。・・残念。(後略)」<br />(ブログ「ルーマニアへ行こう!」─「厳か修道院〜聖イオアン修道院 スチャヴァ〜」より)<br />http://go2rumania.exblog.jp/4689689

    屋根のタイルが美しい聖イオアン修道院の教会

    ああいう屋根は、ウィーンやブダペストでよく見ました。
    すぐに思い出せるのは、ウィーンの聖シュテファン教会やハプスブルグ皇帝フランツ2世や皇妃エリザベートがハンガリー国王・王妃として戴冠したというブダペストのマーチャーシュ教会です。
    この聖イオアン教会も、その時代の影響を受けているようです。

    「世界遺産の修道院へ行く際、よく拠点になる街 スチャヴァ。
    16世紀はじめに建てられた修道院です。拠点となるだけで街を見ない方も多いのですが、このスチャヴァにも修道院はあります。
    Manastirea Sf. Ioan cel Nou 聖イオアン修道院(教会)。
    赤こげ茶の屋根はエナメル。20世紀にオーストリアの建築家により修復された際に、このような屋根とそこにカラフルなカラーの模様が施され、遠くから見てもキラキラ輝いて目だっています。白い外壁とのコントラストが映える、と思いきや修道院の周りを周ると外壁にも絵の跡が・・。外壁にフレスコ画がある修道院がルーマニアでは有名なのですが、ここも昔はそうだったのです。
    しかしオスマンとの戦いの中で塗り替えられたり破壊され、外壁の絵柄の保存は良くない、と修道士が説明してくれました。・・残念。(後略)」
    (ブログ「ルーマニアへ行こう!」─「厳か修道院〜聖イオアン修道院 スチャヴァ〜」より)
    http://go2rumania.exblog.jp/4689689

  • エキソ・ナルテックスのフレスコ画<br /><br />聖人の暦といわれている、さまざまな殉教の場面がずらりでした。<br />左側に一列に並ぶ円は、月の満ち欠けのようです。<br /><br />「修復の目玉となっている内部のフレスコ画は、長年の間にローソクの煙で煤だらけになっていた。丁寧な復元作業で少しずつ、オリジナルの状態に戻りつつある。フレスコ画のほかにも、かつては教会の細部に金や銀を使った装飾が潤沢に施されていた。しかし、戦乱のたびにモンゴル、トルコそしてロシアからの侵略者たちが奪い取っていった。屋根に使われていた金属類も彼らの格好の餌食となり、その際、外壁に施されていたフレスコ画も致命的な損傷を受けた。かえすがえすも残念なことである。」<br />(「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より)

    エキソ・ナルテックスのフレスコ画

    聖人の暦といわれている、さまざまな殉教の場面がずらりでした。
    左側に一列に並ぶ円は、月の満ち欠けのようです。

    「修復の目玉となっている内部のフレスコ画は、長年の間にローソクの煙で煤だらけになっていた。丁寧な復元作業で少しずつ、オリジナルの状態に戻りつつある。フレスコ画のほかにも、かつては教会の細部に金や銀を使った装飾が潤沢に施されていた。しかし、戦乱のたびにモンゴル、トルコそしてロシアからの侵略者たちが奪い取っていった。屋根に使われていた金属類も彼らの格好の餌食となり、その際、外壁に施されていたフレスコ画も致命的な損傷を受けた。かえすがえすも残念なことである。」
    (「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より)

  • エキソ・ナルテックスのフレスコ画とシャンデリア<br /><br />殉教場面がずらりですが……モチーフはともかく、フレスコ画のなんと色鮮やかで美しいこと!<br /><br />ちなみに、ポーチのところにいたジプシーっぽい女の子がいました。お金をくれ、と言いたげなジェスチャーをしていたので無視したところ、私にくっついてきてエキソ・ナルテックスまで一緒に入ってしまいました。<br />でも、それ以上中には入ってこなかったです。出るときにも、また当然鉢合わせましたが、物言いたげな目で私を見ていただけで、特にしつこくされませんでした。

    エキソ・ナルテックスのフレスコ画とシャンデリア

    殉教場面がずらりですが……モチーフはともかく、フレスコ画のなんと色鮮やかで美しいこと!

    ちなみに、ポーチのところにいたジプシーっぽい女の子がいました。お金をくれ、と言いたげなジェスチャーをしていたので無視したところ、私にくっついてきてエキソ・ナルテックスまで一緒に入ってしまいました。
    でも、それ以上中には入ってこなかったです。出るときにも、また当然鉢合わせましたが、物言いたげな目で私を見ていただけで、特にしつこくされませんでした。

  • エキソ・ナルテックスのフレスコ画とシャンデリア<br /><br />気に入ったので、少しアングルを変えてもう一枚@<br />一緒にくっついて入ってきた女の子の目がやや気になったので、あんまりおおっぴらに撮れず。<br /><br />この次のプロナオスではお祈りしているようにじっとたたずむ人が何人かいたので、壁画の写真をパチパチやれませんでした。<br />そこには棺があり、司祭さまらしき人がそばに座っていました。<br />あんまり動かないので、眠っているのではないかと思ってしまいましたが、眠っている方がむしろ体がゆらゆら動きますよね。瞑想していたのでしょうか。<br />プロナオスを出ようとしたときに、そこにいたおばさんに話しかけられました。<br />ひとなっつこそうな顔つきをしていたのですが、私には彼女のルーマニア語きひとこともわからず、首をかしげながら去ることしかできませんでした。<br />こういうときに現地ガイドがいて通訳してくれると助かるんですよね。久々に一人旅に戻ったせいか、とても残念になってしまいました。

    エキソ・ナルテックスのフレスコ画とシャンデリア

    気に入ったので、少しアングルを変えてもう一枚@
    一緒にくっついて入ってきた女の子の目がやや気になったので、あんまりおおっぴらに撮れず。

    この次のプロナオスではお祈りしているようにじっとたたずむ人が何人かいたので、壁画の写真をパチパチやれませんでした。
    そこには棺があり、司祭さまらしき人がそばに座っていました。
    あんまり動かないので、眠っているのではないかと思ってしまいましたが、眠っている方がむしろ体がゆらゆら動きますよね。瞑想していたのでしょうか。
    プロナオスを出ようとしたときに、そこにいたおばさんに話しかけられました。
    ひとなっつこそうな顔つきをしていたのですが、私には彼女のルーマニア語きひとこともわからず、首をかしげながら去ることしかできませんでした。
    こういうときに現地ガイドがいて通訳してくれると助かるんですよね。久々に一人旅に戻ったせいか、とても残念になってしまいました。

  • 西面のゴシックなアーチ窓と<br /><br />かつては「最後の審判」が描かれていたのではないでしょうか。<br />地獄の火の川あるいは血の川らしき跡がうっすら見られます。<br /><br />★聖イオアンまたはゲオルゲ・ノウ教会の歴史<br />現在の修道院の教会は、勝利の聖人ゲオルゲ(ルーマニア語でイオアン)に捧げられています。<br />1514年にシュテファン大公の息子の盲目公ボグダン3世(在位1505〜1517)によって建築が開始され、1522年にシュテファニツァ公(在位1517〜1527)によって完成しました。<br />建物はネアムトにあるシュテファン大公時代の修道院の様式にほぼ従っています。<br />1575年、大司教テオファン(Teofan)がエキソ・ナルテックス(外拝廊)を増築することにより教会を拡張しました。<br />この教会に、1589年、聖ゲオルゲの遺物がミラウチ教会から移されて、収められました。<br />1589年、びっこのペトル公(Peter Shkiopul/Petre the Limper)が教会の隣に尖塔を建てました(残念ながら写真を撮りませんでした)。<br />1629年には、ドラゴミルナ修道院の創立者でもある大司教アナスタジー・クリムカ(Anastasie Crimca)が修道院付属邸宅を建てました。<br />また、アナスタジー・クリムカは、1626年から1629年まで、この修道院にスチャヴァにおいて最初の新学校を開きました。<br />1837年には、教会にポーチが増設されました。<br />この教会の外壁にもフレスコ画が描かれていました。ところが、厳しい気候にさらされて痛んだだけでなく、後に漆喰で白く上塗りされてしまいました。<br />修復により、外壁にフレスコ画があったことが分かりました。それは、ペトル・ラレシュ公がグリゴーレ・ロスカ(Grigore Rosca)のアドバイスを受けて描かせた、他のブコヴィナの修道院の外壁のフレスコ画に匹敵する価値のあるものです。<br />(ドラゴミルナ修道院で買ったパンフレット「The Monasteries in Bucovina」より抜粋・私訳+ヴォロネツ修道院で買ったパンフレット「BUKOVINA the monastery archipelago」より補足)

    西面のゴシックなアーチ窓と

    かつては「最後の審判」が描かれていたのではないでしょうか。
    地獄の火の川あるいは血の川らしき跡がうっすら見られます。

    ★聖イオアンまたはゲオルゲ・ノウ教会の歴史
    現在の修道院の教会は、勝利の聖人ゲオルゲ(ルーマニア語でイオアン)に捧げられています。
    1514年にシュテファン大公の息子の盲目公ボグダン3世(在位1505〜1517)によって建築が開始され、1522年にシュテファニツァ公(在位1517〜1527)によって完成しました。
    建物はネアムトにあるシュテファン大公時代の修道院の様式にほぼ従っています。
    1575年、大司教テオファン(Teofan)がエキソ・ナルテックス(外拝廊)を増築することにより教会を拡張しました。
    この教会に、1589年、聖ゲオルゲの遺物がミラウチ教会から移されて、収められました。
    1589年、びっこのペトル公(Peter Shkiopul/Petre the Limper)が教会の隣に尖塔を建てました(残念ながら写真を撮りませんでした)。
    1629年には、ドラゴミルナ修道院の創立者でもある大司教アナスタジー・クリムカ(Anastasie Crimca)が修道院付属邸宅を建てました。
    また、アナスタジー・クリムカは、1626年から1629年まで、この修道院にスチャヴァにおいて最初の新学校を開きました。
    1837年には、教会にポーチが増設されました。
    この教会の外壁にもフレスコ画が描かれていました。ところが、厳しい気候にさらされて痛んだだけでなく、後に漆喰で白く上塗りされてしまいました。
    修復により、外壁にフレスコ画があったことが分かりました。それは、ペトル・ラレシュ公がグリゴーレ・ロスカ(Grigore Rosca)のアドバイスを受けて描かせた、他のブコヴィナの修道院の外壁のフレスコ画に匹敵する価値のあるものです。
    (ドラゴミルナ修道院で買ったパンフレット「The Monasteries in Bucovina」より抜粋・私訳+ヴォロネツ修道院で買ったパンフレット「BUKOVINA the monastery archipelago」より補足)

  • フレスコ画の残る外壁の一部<br /><br />くぼみには聖人が2人ずつ描かれていたのがうかがわれます。<br />レンガも見えていますね。<br />白漆喰がとても無機質に見えてきてしまいます。

    フレスコ画の残る外壁の一部

    くぼみには聖人が2人ずつ描かれていたのがうかがわれます。
    レンガも見えていますね。
    白漆喰がとても無機質に見えてきてしまいます。

  • 南面にほんのり残るフレスコ画<br /><br />いわゆる「5つの修道院」のように、かつてはすばらしいフレスコ画が外壁を覆っていたことがうかがえます。<br />本当に残念……。

    南面にほんのり残るフレスコ画

    いわゆる「5つの修道院」のように、かつてはすばらしいフレスコ画が外壁を覆っていたことがうかがえます。
    本当に残念……。

  • 南面にほんのり残るフレスコ画の青の部分<br /><br />ラピスラズリのような美しい青だけが良く残っています。背景部分のようです。<br />人物だけ少し浮き上がらせる浅いレリーフのようになっていました。

    南面にほんのり残るフレスコ画の青の部分

    ラピスラズリのような美しい青だけが良く残っています。背景部分のようです。
    人物だけ少し浮き上がらせる浅いレリーフのようになっていました。

  • 修道院の敷地内のすてきなフレスコ画のある建物<br /><br />フレスコ画は比較的最近のものだとすぐに分かりましたが@

    修道院の敷地内のすてきなフレスコ画のある建物

    フレスコ画は比較的最近のものだとすぐに分かりましたが@

  • 修道院の敷地内のすてきなフレスコ画のある建物<br /><br />中は聖書やイコンを売る店のようでした。<br />入ってみなかったんですけど。

    修道院の敷地内のすてきなフレスコ画のある建物

    中は聖書やイコンを売る店のようでした。
    入ってみなかったんですけど。

  • 祈りのろうそくを捧げる建物<br /><br />父子の姿をファインダーにこっそり収めました。<br />子供たちがとても可愛らしかったものですから@

    祈りのろうそくを捧げる建物

    父子の姿をファインダーにこっそり収めました。
    子供たちがとても可愛らしかったものですから@

  • Metaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックと、マラムレシュ地方・ブコヴィナ地方の現地ガイドを手配してくれた現地旅行会社のパンフレットの一部(聖イオアン修道院の写真部分)<br /><br />このイオアン修道院で、ルーマニア旅行のハイライトの1つ、ブコヴィナ地方の修道院めぐりが終わりました。<br />というわけで、最後に世界遺産に登録された7つのブコヴィナ修道院について補足です。<br /><br />★世界遺産に登録(1993年)された7つのブコヴィナ修道院<br />教会が捧げられた聖人等の名前を冠した正式名<br /><br />・パトラウチの聖十字架教会<br />・ヴォロネツの聖ゲオルゲ教会(ルーマニア語なら聖イオアン教会)<br />・アルボレの洗礼者聖ヨハネの斬首教会<br />・スチャヴァの新・聖ゲオルゲ教会(ルーマニア語なら聖イオアン教会)<br />・フモールの聖母マリア被昇天教会<br />・プロボタの聖ニコラウス教会<br />・モルドヴィッツァの受胎告知教会<br /><br />今回のルーマニア旅行では、世界遺産の教会というより、外壁のフレスコ画が評判の教会めぐりをしたかったので、あまり保存状態が良くないといわれるパトラウチとプロボタは、現地ガイドのニコラエさんに案内してもらう旅程には入れませんでした。<br />代わりに、世界遺産リストからは漏れましたが、外壁のフレスコ画の保存状態が最も良いスチェヴィツッアの教会を訪れました。というか、いわゆる「5つの修道院」の1つとして、ここは外せません@<br />スチャヴァの新・聖ゲオルゲ教会はスチャヴァ市内にあるので、スチャヴァに宿をとれば歩いて行けます。<br /><br />「Patrauti「パトラウツィ」修道院<br />パトゥラウツィは、領主「シュテファン大公」によって1487年に建てられました。<br />カトリック教では、聖人などの像を作ることが許されたのですが、キリスト教正教では禁じられていました。そこで、パトゥラウツィ修道院をはじめモルドヴァのほかの修道院は、聖人像を飾れないため、できるだけ多くの美しい絵で補おうとしました。この修道院の名前は「聖十字架」です。<br />モルドヴァ国が苦難を極めた厄年に建てられたせいか、案外小さいサイズの修道院です。<br />でも全体がうまく調和したカタチをしています。<br />建物の構造は、モルドヴァの典型的な「三つ葉の形」をしています。<br />「コンスタンティヌス大王と十字架」という伝説の絵が、特に秀逸。<br />ほかの絵のテーマは、シュテファン大公の対オスマントルコ戦争を反映しています。」<br />(ルーマニア政府観光局公式サイト「世界遺産─Bucovina─ブコヴィナ地方の修道院」より)<br />http://www.romaniatabi.jp/unesco/bucovina.html<br />このサイトには写真もあります。<br /><br />「Probota「プロボタ」修道院<br />プロボタは領主「ペトゥル・ラレシュ」が最初に建てた修道院。<br />彼はその後も多数の修道院を建てた、有名なモルドヴァの領主でした。<br />この修道院は、モルドヴァの典型的な建築様式で出来ています。<br />つまり、質素なモルドヴァ様式と、華やかなゴシック様式の組み合わせスタイルです。<br />場所はプロボタ村の丘の上。入口に創立者とその家族の絵が飾られています。<br />修道院の名前は「聖ニコラエ」。彼の大きな絵も飾られています。<br />この聖人を「子供たちの保護者」として、この地では、毎年12月6日にお祝いをします。<br />建物の構造や規模は、ネァムツ修道院と似ています。<br />壁画は1532年に完成。もちろん、絵のテーマは聖書のシーンです。<br />2000年に日本の専門家のサポートを得て、壁の汚れを落とし、壁画が生き生きと綺麗に見えるようになりました。有名な絵は「コンスタンチノープルの包囲」です。」<br />(ルーマニア政府観光局公式サイト「世界遺産─Bucovina─ブコヴィナ地方の修道院」より)<br />http://www.romaniatabi.jp/unesco/bucovina.html<br />このサイトには写真もあります。

    Metaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックと、マラムレシュ地方・ブコヴィナ地方の現地ガイドを手配してくれた現地旅行会社のパンフレットの一部(聖イオアン修道院の写真部分)

    このイオアン修道院で、ルーマニア旅行のハイライトの1つ、ブコヴィナ地方の修道院めぐりが終わりました。
    というわけで、最後に世界遺産に登録された7つのブコヴィナ修道院について補足です。

    ★世界遺産に登録(1993年)された7つのブコヴィナ修道院
    教会が捧げられた聖人等の名前を冠した正式名

    ・パトラウチの聖十字架教会
    ・ヴォロネツの聖ゲオルゲ教会(ルーマニア語なら聖イオアン教会)
    ・アルボレの洗礼者聖ヨハネの斬首教会
    ・スチャヴァの新・聖ゲオルゲ教会(ルーマニア語なら聖イオアン教会)
    ・フモールの聖母マリア被昇天教会
    ・プロボタの聖ニコラウス教会
    ・モルドヴィッツァの受胎告知教会

    今回のルーマニア旅行では、世界遺産の教会というより、外壁のフレスコ画が評判の教会めぐりをしたかったので、あまり保存状態が良くないといわれるパトラウチとプロボタは、現地ガイドのニコラエさんに案内してもらう旅程には入れませんでした。
    代わりに、世界遺産リストからは漏れましたが、外壁のフレスコ画の保存状態が最も良いスチェヴィツッアの教会を訪れました。というか、いわゆる「5つの修道院」の1つとして、ここは外せません@
    スチャヴァの新・聖ゲオルゲ教会はスチャヴァ市内にあるので、スチャヴァに宿をとれば歩いて行けます。

    「Patrauti「パトラウツィ」修道院
    パトゥラウツィは、領主「シュテファン大公」によって1487年に建てられました。
    カトリック教では、聖人などの像を作ることが許されたのですが、キリスト教正教では禁じられていました。そこで、パトゥラウツィ修道院をはじめモルドヴァのほかの修道院は、聖人像を飾れないため、できるだけ多くの美しい絵で補おうとしました。この修道院の名前は「聖十字架」です。
    モルドヴァ国が苦難を極めた厄年に建てられたせいか、案外小さいサイズの修道院です。
    でも全体がうまく調和したカタチをしています。
    建物の構造は、モルドヴァの典型的な「三つ葉の形」をしています。
    「コンスタンティヌス大王と十字架」という伝説の絵が、特に秀逸。
    ほかの絵のテーマは、シュテファン大公の対オスマントルコ戦争を反映しています。」
    (ルーマニア政府観光局公式サイト「世界遺産─Bucovina─ブコヴィナ地方の修道院」より)
    http://www.romaniatabi.jp/unesco/bucovina.html
    このサイトには写真もあります。

    「Probota「プロボタ」修道院
    プロボタは領主「ペトゥル・ラレシュ」が最初に建てた修道院。
    彼はその後も多数の修道院を建てた、有名なモルドヴァの領主でした。
    この修道院は、モルドヴァの典型的な建築様式で出来ています。
    つまり、質素なモルドヴァ様式と、華やかなゴシック様式の組み合わせスタイルです。
    場所はプロボタ村の丘の上。入口に創立者とその家族の絵が飾られています。
    修道院の名前は「聖ニコラエ」。彼の大きな絵も飾られています。
    この聖人を「子供たちの保護者」として、この地では、毎年12月6日にお祝いをします。
    建物の構造や規模は、ネァムツ修道院と似ています。
    壁画は1532年に完成。もちろん、絵のテーマは聖書のシーンです。
    2000年に日本の専門家のサポートを得て、壁の汚れを落とし、壁画が生き生きと綺麗に見えるようになりました。有名な絵は「コンスタンチノープルの包囲」です。」
    (ルーマニア政府観光局公式サイト「世界遺産─Bucovina─ブコヴィナ地方の修道院」より)
    http://www.romaniatabi.jp/unesco/bucovina.html
    このサイトには写真もあります。

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  • エムエム@銀座さん 2008/03/16 13:25:37
    まみさん、こんにちは〜☆
    この教会「聖イオアン又はゲオルゲ・ノウ修道院」と云うんですね?

    実はスチャバのモニカの宿から「4つ修道院ツアー」に出発する前、
    最初にこの教会に寄ったんですよ〜、でも入口に車を止めただけで
    彼女がこの教会に何か届け物をしてすぐ出発してしまったので・・

    でも素敵な教会だったので、車の中から「写真だけでも」と撮影して
    名前も場所も全く解らなかったのが、まみさんの日記で解りました!

    うーん、こんなに素敵ならちょっとだけでも覗きたかったなぁ〜(笑)

    まみ

    まみさん からの返信 2008/03/16 17:14:06
    RE: まみさん、こんにちは〜☆
    エムエム@銀座さん、こんにちは。書き込みありがとうございます。

    聖ゲオルゲ修道院、いきそびれて残念でしたね。
    私は世界遺産には特にこだわらないけれど。。。でもここも世界遺産の一つだったんですよ。

    名前はどうも、昔は聖イオアン修道院と呼ばれていて、いまは聖ゲオルゲ・ノウ修道院と呼ばれているそうです。
    でもガイドブックでは昔の呼称がまだ載っているところが多いらしいので、並記しました。
    ゲオルゲはルーマニア語だとイオアンなので、そちらを尊重したのかもしれませんね。
    私が旅行記を作成するのに参考にしたMetaneira社の本は英語なので、思いっきりSt. George ですけど@

    まあ、ほかの人の旅行記を見て、行けばよかった!と思うところが出てくるのは確かですよね。
    旅先は時間が限られているのだから選択の連続。
    ほんの一瞬の判断、というかカンやめぐりあわせが、見るものを決める!
    でも、あとからほかの人の旅行記を見て、うんうん、と同意できたり、残念がったり、自分の幸運をかみしめたりできるのは楽しいですね。
    知らないところより@
    エムエム@銀座さんのルーマニア旅行記も楽しみにしています。
    それから私のルーマニア旅行記はめちゃくちゃ数が多いけれど(しかもまだ途中)、同じ都市など、ぜひ比べてみてください@

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