1995/05/01 - 1995/05/08
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旅人のくまさんさん
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<1995年5月4日>
手元の資料に、1995年5月4日の雪嶽山観光の切符が残っていました。それで、些か曖昧な記憶でしたが、この日に間違いなく雪嶽山のロープウェイに乗ったことが確認できました。
<雪嶽山(ソラクサン)登山>
しかし、この日もう一度束草に戻って、泊まったのかは、最初は記憶がはっきりしませんでした。この時を含めて3回の束草旅行をしたせいでもあります。それでも、『薄れ掛けた記憶を辿ってみると、最初の旅行で束草の旅館に2泊した気がしてならない』
この括弧書きの部分は、5月3日の旅行記を書きながら記憶を整理しましたら、間違いだったことが分かりました。
削除してしまおうと思いましたが、まだ記憶が完全ではないので、思いとどまって残しておくことにしました。1995年の時も1998年の時も(これはまず間違いありません)いずれも2泊した可能性も捨てきれないからです。
大したことではないですが、その内に別の資料が見つかって、本当のところが分かることを期待しています。それよりは、もっと記憶が薄れてしまって、全く分からなくなってしまう方の確率が高いかも知れません。
階段を上ったところで、少し化粧のきついアジュマが店番をしていたことだけは、はっきり覚えています。日本語は通じないですが、結構てきぱきと物事を判断してくれました。
昨年春の3回目の旅行の時にも、同じ宿に泊まったので、良く記憶しています。朝早い時間ですと、カウンターから見える場所でこのアジュマは布団をかぶって寝ていました。
このことも印象が深いことでした。起こしてしまっては申し訳ないので、鍵をそっと小さなカウンターに何度か預けたことも、懐かしい思い出となっています。
<江陵(カンヌン)へ>
束草から江陵(カンヌン)までは、市外高速バスで移動しました。鉄道が通っていないためです。今晩の宿は安東に決めましたので、江陵は乗り換えのために一寸降り立っただけでした。
ソウルからは新幹線のセマウル号で、6時間余りでアクセスができていますし、国内機で旅行することもできます。東海岸の大都市の一つです。
海岸にはいくつかの海水浴場があり、中でも鏡浦台(キョンポデ)ビーチが有名です。韓国の三大海水浴場の1つと言われています。その名の由来の鏡浦台は、高麗時代の1326年の築造になる楼閣です。『この一帯を今では地名として鏡浦台と呼んでいる』と解説書にはありました。絵葉書でしか見ていませんが、日の出、日の入りが殊更素晴らしいようです。関東八景の1つでもあります。
<安東(アンドン)へ>
江陵から安東までは汽車の旅でした。途中乗り換え無しで、東海(トンヘ)までは海岸線に沿って走り、ここからは西に折れて内陸部を進みました。途中、太白(テーベク)、栄州(ヨンジュ)
等の都市を経由して、やっとの事で安東に到着しました。お値打ちではありますが、実に時間のかかる汽車での旅でした。
この汽車は空いていました。それでも、あちこちに乗客がおり、我々の席の前には小さな子供二人を連れた若いお母さんが座っていました。
その内、この子供二人が長旅に退屈して、我々の席までちょっかいを出してきました。可愛いお子さんなので、ついこちらも愛想笑いをしていると、更に気を引こうと色々とアクションを起こしてきました。
後日、Muさんと話したところでは、
「今までの旅行で一番もてたのがこの時だったかも」
で一致しました。3才から5才くらいの本当に可愛い子供さん達でした。一人は女の子だったのを覚えていますが、もう一人は多分男の子だったような気がします。
二人はしきりと話しかけてきた。こちらが韓国語の言葉に不自由なことを知ったお母さんが、何度か子供達を
「邪魔をしてはいけませんよ」
とか何とか叱っていました。しかし、一向に気にせずに、又話しかけてきました。
「アンデセヨ」
と言った感じの言葉を何度も聞いたので耳に残りました。これをどう訳していいのか、今も分かりません。推測では、『遊んでよ』とか、『どこへいくの?』言ったことを繰り返し、繰り返し話しかけていたようです。この時の旅行でも記憶に残った楽しいひとときでした。
<安東(アンドン)での宿>
安東には遅い時間に着きましたので、果たして上手く宿が見つかるかどうか心配でした。安東の町自体が、静かなところなので、なおさらでした。
実はこの時泊まった宿が良く思い出せません。3階建て位の民宿か旅館クラスだったような気がしますが、定かではありません。旅も半ばで、一番疲れてくる頃のせいもあります。
こんな訳ですから1泊なのか2泊なのかも、良く思い出せません。疲れてきましたので、『ここらで2泊しよう』と言った話しが安東でのことのような気がしているだけです。
今、最新版のガイドブック(昭文社、個人旅行、韓国)で安東の宿事情を調べてみましたら、『唯一の洋式ホテルが安東パーク観光』と記載してありました。唯一のホテルが4階建です。
写真で見ても、民宿かせいぜい『なになに荘』クラスの建屋です。とても一流ホテルとは思えません。値段も6万から6万5千ウォンとその本には記載してありました。やはりそのクラスの宿でしょう。
しかし、この旅行の時に、こんなクラスのホテルに泊まった可能性はありません。なぜなら、7泊8日の旅行が5万円で済みましたので、高級宿には縁がありませんでした。
この5万円は最初の日に金浦空港で両替し、最後の日の釜山まで少し残りましたので、良く記憶しています。旅行から帰った後も、周りの人に『今度の旅行は、まるまる1週間を5万円で済んだ』と、吹聴したような記憶もあります。
雪嶽山登山を回想して
垂直にゴンドラ登る春の岩
春風に恐る恐ると覗く崖
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