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<1995年5月5日><br /><br /> 朝は各地の純豆腐(スンドゥプ)を食べてみると言うのが、今回の旅の隠し味でした。純豆腐料理とは豆腐を使った鍋料理で、朝食の定番の1つです。<br /> 豆腐の他に野菜少しと、時には出汁を兼ねて貝類を使ったりしています。ぐらぐらと沸騰した小さな鍋を運んできてくれます。味付けは唐辛子が主体です。スープまで残さず頂いてしまいます。ご飯にかけても良いですが、私は猫まんまのようなので、かけることはしません。豆腐は、日本で言えば寄豆腐のような感じです。<br /> <br /><安東(アンドン)の純豆腐鍋(スンドゥプチゲ)><br /> この安東でも朝は純豆腐鍋を食べましたが、珍しく味付けは各自でやるようになっていました。鍋の中は白っぽく、味付けの鍋用唐辛子が用意されていました。<br /> その店は、泊まった宿からそんなには離れていない小さな構えだった記憶です。年輩のおやじさんが料理を造ってくれました。こちらが日本人と分かると、最初は少し警戒した風でした。しかし、勘定を済ませて店を出る時は、最初の雰囲気とは大分変わっていて、愛想顔になっていました。<br /> それで、こちらもほっとしました。普段は、日本人が利用することはないのでしょう。おそらく、無理に日本語を習わされた年代の方でしょう。韓国旅行の時は、朝食に純豆腐を食べる習慣が、今も続いています。<br /> <br /><陶山書院(トサン・ソウォン)><br /> 陶山書院は、現在の1000ウォンのデザインになっている儒学者の李退渓(イテェケ)の創立になる教育機関跡です。東方の朱子とも称されます。<br /> 解説書によりますと、朝鮮王朝中期の1560年に建造されたとあります。今手元の1000ウォンを眺めてみますと、表に李退渓らしき人、裏に書院がデザインされています。生年が1501年、没年が1570年となっていました。<br /> 名前はお札に記載してないですが、李退渓に間違いないと思われます。因みに日本のお札を調べてみましたが、福沢諭吉、新渡戸稲造、夏目漱石、いずれも肖像画の下に名前が入れてありました。<br /> ところで、1995年5月5日の日付けの入った陶山書院の入場切符が見つかりましたので、この日は安東の近郊にいたことになります。日付けはなかったですが、河回村の切符も見つかりました。安東を起点に、時間のかかる場所を訪れていますので、やはり安東での2泊が正しいようです。記憶の糸もほぐれてきました。<br /> 陶山書院への観光客は、ほとんどが自家用車か、貸し切りバスでした。路線バスを使っての観光は少なかったようです。市内バスを降りて、20分程歩いた所に、その書院はありました。<br /> 建物自体はシンプルなデザインで、低い軒でした。如何にも勉学、思索の場所にふさわしい造りです。背景には小高い丘を配し、年輪を刻んだ林に取り囲まれていました。<br /> 帰りもなかなか大変で、20分以上歩いて本道まで戻り、市バスを待ちました。待てども待てども、なかなかバスはやって来ませんでした。余りに来ないので、通りがかりの人に尋ねましたが、『この場所でもう少し待ちなさい』が答えでした。<br /> <br /><河回村(ハフェマウル)><br /> 河回村(ハフェマウル)は、洛東江が大きくカーブして、三方を河に囲まれたような場所にありました。朝鮮王朝時代の貴族である両班(ヤンバン)の屋敷や素朴な民家が寄り集まっていて、昔ながらの生活をしていました。『両班の豊山柳(プサンユ)氏の一族である』と解説書にありました。<br /> 此処では、何百年かの時の流れが、一瞬止まってしまったかと勘違いするほどでした。石と土、木と竹と縄で造ったような素朴なその家々は、直接我々のDNAに働きかけて懐かしさを覚えさせます。まさにデジャビュウ(既視感)の世界でした。<br /> <br /><安東民族村><br /> この時もう1箇所回ったのが、安東民族村(アンドン・ミンソクチョン)でした。さすがに市バスを乗り継いでは大変だったので、此処だけはタクシーを使った記憶があります。<br /> この3箇所の中では、安東駅からは一番近い位置にありました。この村は、安東ダムの建設によって、水没してしまう民家を移築して、観光施設にしていると言います。<br /> この域内では、お面等のお土産を沢山並べていました。今も手元に残っているお面の飾り物や、プレゼントした中にも、この時に手に入れた物があった筈です。お面は、素朴な中にもどことなくユーモラスと哀しさが同居していました。何とも言えない味があるお面です。<br /> <br /><br />  陶山書院を回想して<br /> 軒低き畏き書院の夏近し<br /><br /> 春木立書院に別の時流れ<br /><br />  河回村を回想して<br /> 梅雨近し洛東江の大曲り<br /><br />  安東民族村を回想して<br /> 安東のお面求める祭り前<br /><br /> 向合う土産の面や夏近し<br /><br /> デジャビュウを古村に覚え春終る

1995春、韓国紀行4(6):5月5日:安東・陶山書院、河回村、安東民族村

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1995/05/01 - 1995/05/08

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旅行記グループ 1995春、韓国旅行記4(追想)

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

<1995年5月5日>

 朝は各地の純豆腐(スンドゥプ)を食べてみると言うのが、今回の旅の隠し味でした。純豆腐料理とは豆腐を使った鍋料理で、朝食の定番の1つです。
 豆腐の他に野菜少しと、時には出汁を兼ねて貝類を使ったりしています。ぐらぐらと沸騰した小さな鍋を運んできてくれます。味付けは唐辛子が主体です。スープまで残さず頂いてしまいます。ご飯にかけても良いですが、私は猫まんまのようなので、かけることはしません。豆腐は、日本で言えば寄豆腐のような感じです。

<安東(アンドン)の純豆腐鍋(スンドゥプチゲ)>
 この安東でも朝は純豆腐鍋を食べましたが、珍しく味付けは各自でやるようになっていました。鍋の中は白っぽく、味付けの鍋用唐辛子が用意されていました。
 その店は、泊まった宿からそんなには離れていない小さな構えだった記憶です。年輩のおやじさんが料理を造ってくれました。こちらが日本人と分かると、最初は少し警戒した風でした。しかし、勘定を済ませて店を出る時は、最初の雰囲気とは大分変わっていて、愛想顔になっていました。
 それで、こちらもほっとしました。普段は、日本人が利用することはないのでしょう。おそらく、無理に日本語を習わされた年代の方でしょう。韓国旅行の時は、朝食に純豆腐を食べる習慣が、今も続いています。

<陶山書院(トサン・ソウォン)>
 陶山書院は、現在の1000ウォンのデザインになっている儒学者の李退渓(イテェケ)の創立になる教育機関跡です。東方の朱子とも称されます。
 解説書によりますと、朝鮮王朝中期の1560年に建造されたとあります。今手元の1000ウォンを眺めてみますと、表に李退渓らしき人、裏に書院がデザインされています。生年が1501年、没年が1570年となっていました。
 名前はお札に記載してないですが、李退渓に間違いないと思われます。因みに日本のお札を調べてみましたが、福沢諭吉、新渡戸稲造、夏目漱石、いずれも肖像画の下に名前が入れてありました。
 ところで、1995年5月5日の日付けの入った陶山書院の入場切符が見つかりましたので、この日は安東の近郊にいたことになります。日付けはなかったですが、河回村の切符も見つかりました。安東を起点に、時間のかかる場所を訪れていますので、やはり安東での2泊が正しいようです。記憶の糸もほぐれてきました。
 陶山書院への観光客は、ほとんどが自家用車か、貸し切りバスでした。路線バスを使っての観光は少なかったようです。市内バスを降りて、20分程歩いた所に、その書院はありました。
 建物自体はシンプルなデザインで、低い軒でした。如何にも勉学、思索の場所にふさわしい造りです。背景には小高い丘を配し、年輪を刻んだ林に取り囲まれていました。
 帰りもなかなか大変で、20分以上歩いて本道まで戻り、市バスを待ちました。待てども待てども、なかなかバスはやって来ませんでした。余りに来ないので、通りがかりの人に尋ねましたが、『この場所でもう少し待ちなさい』が答えでした。

<河回村(ハフェマウル)>
 河回村(ハフェマウル)は、洛東江が大きくカーブして、三方を河に囲まれたような場所にありました。朝鮮王朝時代の貴族である両班(ヤンバン)の屋敷や素朴な民家が寄り集まっていて、昔ながらの生活をしていました。『両班の豊山柳(プサンユ)氏の一族である』と解説書にありました。
 此処では、何百年かの時の流れが、一瞬止まってしまったかと勘違いするほどでした。石と土、木と竹と縄で造ったような素朴なその家々は、直接我々のDNAに働きかけて懐かしさを覚えさせます。まさにデジャビュウ(既視感)の世界でした。

<安東民族村>
 この時もう1箇所回ったのが、安東民族村(アンドン・ミンソクチョン)でした。さすがに市バスを乗り継いでは大変だったので、此処だけはタクシーを使った記憶があります。
 この3箇所の中では、安東駅からは一番近い位置にありました。この村は、安東ダムの建設によって、水没してしまう民家を移築して、観光施設にしていると言います。
 この域内では、お面等のお土産を沢山並べていました。今も手元に残っているお面の飾り物や、プレゼントした中にも、この時に手に入れた物があった筈です。お面は、素朴な中にもどことなくユーモラスと哀しさが同居していました。何とも言えない味があるお面です。


  陶山書院を回想して
 軒低き畏き書院の夏近し

 春木立書院に別の時流れ

  河回村を回想して
 梅雨近し洛東江の大曲り

  安東民族村を回想して
 安東のお面求める祭り前

 向合う土産の面や夏近し

 デジャビュウを古村に覚え春終る

同行者
友人
交通手段
鉄道 高速・路線バス
  • 安東河回村の仮面踊りの案内パンフレットです。韓国最古の仮面舞踊の面影を残すと言われます。

    安東河回村の仮面踊りの案内パンフレットです。韓国最古の仮面舞踊の面影を残すと言われます。

  • 1000ウォン札の表です。退渓(雅号)の肖像画です。

    1000ウォン札の表です。退渓(雅号)の肖像画です。

  • 1000ウォン札の裏です。描かれている建物は、陶山書院です。

    1000ウォン札の裏です。描かれている建物は、陶山書院です。

  • 陶山書院の入場券です。1995年5月5日の日付けがありました。 

    陶山書院の入場券です。1995年5月5日の日付けがありました。 

  • 安東河回村の入場券です。

    安東河回村の入場券です。

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