1995/05/01 - 1995/05/08
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旅人のくまさんさん
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<1995年5月3日>
春川(チュンチョン)から、次の目的地の束草(ソクチョ)までの行程は、韓国と北朝鮮の国境(正式には停戦ラインか)に近く、実際に相当の緊張感を持つ場面に遭遇しました。
その一つが道路の至る所の検問です。バリケードで、2度に亘って自動小銃を持った憲兵がバスに乗り込んできました。後で分かったことですが、主に休暇違反等の兵隊を取り締まるのが目的らしく、民間人に対しては丁寧な対応でした。
実際に一人の兵隊さんがバスから引きずり降ろされるのを目撃しました。バスターミナルで切符を買おうとして、駅員と何か言い合っていたので、記憶にあった人です。迷彩服を着て、がっちりしていましたが、少しむさ苦しい感じの若い兵隊でした。
<昭陽湖(ソヤンホ)・船の旅>
昭陽湖は満々と水を湛えていたかのようでしたが、実はそうではありませんでした。例年にない渇水で、当初の目的地の麟蹄(インジェ)まで達することはできず、途中で船を下りることになりました。
降りた場所がどこかが正確に把握できませんでした。目的地からは大分手前、ひょっとしたら半分くらいの距離だったかも知れません。とにかく、細かい地図を用意していなかったので、この後は、大分苦労しました。
昭陽湖は人工湖です。水甕としての役割も大きいようです。農業用、工業用とそれに飲料水としてです。あるいは、首都ソウル辺りまで送水しているかも知れません。
観光パンフレットには、その辺のことは、詳しくは書いてありませんでした。軍隊が多く配備されているのは、『国境警備の為だけでなく、このダムを守る任務も大きいのかも知れない』と推測してみました。ダムや橋梁、主要道路などは、重要な軍事施設に該当するでしょうから。
ところで、昭陽湖の船旅は少し退屈してしまいました。人工湖であるために、ほとんど同じ景色が繰り返し続きました。エンジンの単調な音と相まって、つい、うとうととしました。しかし、これも貴重な旅の経験でした。
<楊口(ヤングー)へ>
船を下りた場所がの地名が良く分かりませんでした。渇水のせいで、船着き場は随分低い位置にありました。それで、岩場を登って道路に出ました。
道路は船の進行方向の左側、北側だと記憶しています。上の道路は、何とかバスは走っているようでした。それでも他にお客は居ないし、いつバスがやってくるかも見当が付きませんでした。
とにかく、やって来たバスに乗ることにしましたが、途中で、もう一度乗り換えることになりました。船着き場から取り敢えず次の街へ向かったバスは、運転席の前が切り立ったタイプではなく、ロングノースのクラシックカーでした。
これは余り確かな記憶ではないですし、実はそんな余裕もありませんでした。しばらくは干上がった昭陽湖を見下ろしながら走りました。暫く並行して走ったことで、渇水が相当なレベルであることが実感できました。
辿り着いた乗換えのバス停も、良く地名は分かりませんでした。この旅行記を纏める前までは、頭の片隅にヤンヤンと言った言葉が残っているだけでした。改めて調べましたら、ヤンヤンは束草の南に位置する町、「襄陽」のことでした。
『ヤングーよりもヤンヤンに行った方が、ソクチョまでは便利がいいですよ』と言ったアドバイスを、Muさん経由で聞いた記憶が微かに残っています。
結局、この辺りで最も大きな街である楊口へ向かうことにしました。Muさんが周りの人に様子を聞いて、最終的に判断した行き先でした。後日、この時のことがMuさんとの話題になり、結論は楊口に行ったのが正解のようでした。
楊口は春川より更に北に位置し、ここでも厳しい国境近くの街であることを認識させられました。乗り換えた後の方のバスであったと記憶しています。同じバスに2度憲兵が乗り込んできて検問を受けました。
その一回目の検問で目撃したことです。隊長とおぼしき人はまだ若い軍人でした。30に手が届いていなかったような若さでした。真っ白いモールを肩から下げ、自動小銃を手に持っていました。前のドアから乗り込んでくると、きりっとした敬礼をしました。その後、少し笑みを湛えた顔で、検問であることを韓国語で告げたようです。
この隊長に続いて、2名の憲兵がバスの検問を始めました。こちらはMPのヘルメットを被り、白いモールは着けていませんでした。
その時、少し大きな声がして、バスの最後尾付近に座っていた兵隊が後ろのドアから引きずり降ろされました。バスの窓から覗きますと、検問場所の建屋に連れて行かれようとしていました。この若い隊長は、何事もなかったように、敬礼をしてバスから降りました。
この間、バスの運転手さんも何事もなかったように、運転席に座ったままでした。ひょっとしたら、いつもの光景かも知れませんでした。
憲兵による検問は、規律違反の兵隊を取り締まるのが目的だったようです。地元の民間人の客は、終始冷静でした。しかし、さすがに引きずり降ろされた兵隊に対しては、窓からのぞき見たり、お互いに小さな声で囁きあっていました。
後日の話です。
『最近の若い兵隊は、規律を守らないので、困ったものだと皆さんが言っている』
と言う話しを聞いたことがあり、
『日本でも大変ですが、さすがの韓国でも、最近の若い人を躾けるのは大変ですね』
と言った話題があった気がして、この時の記憶を呼び覚ましました。
この話題は、この直ぐ後に行った慰安会旅行でのことではなかったかと、思い当たりました。この時は目撃したばかりであり、つい、現地ガイドさんに話してしまったようです。それで、彼女がこの件の背景を説明してくれたものだったと、符丁が合いました。ここでも辛うじて記憶の糸が繋がりました。
<束草(ソクチョ)へ>
楊口までたどり着くと、後は束草へ向かうのにそんなに苦労はしませんでした。ここからもバスを使いました。私自身は、束草は初めて訪れた町でした。
この町の北緯は38度を超えています。朝鮮戦争の前は、北朝鮮の区域であったところのようです。水産物、とりわけ烏賊、オジンノ水揚げが韓国一の港町です。
烏賊釣り船は灯りをともしますので、アメリカの宇宙衛星で撮った夜間の写真が印象的でした。これは、最近の10年間の変化を紹介した新聞写真でした。韓国の北と南では、烏賊漁の最盛期では、海上の灯りがまるで異なっていました。日本の船も出漁して、日本海、東海の夜は賑やかです。
この賑やかさと比較し、北の区域は夜は真っ暗であり、この10年間で更にその傾向が強くなっていました。アメリカの衛星写真も、本当の目的はこんな北朝鮮の国情把握にあるのでしょう。北の夜は、灯火管制でもやっているのではないかと思うくらい、漆黒の闇です。その原因は深刻なエネルギー不足にあるというのが、新聞解説でした。
<束草での宿>
束草の町へ着いたのは夕方でした。昼過ぎだったかも知れません。それからの宿探しでした。近くに雪嶽山と言う有名な観光地があり、束草自体も観光に力を入れているようです。それで宿は沢山見つかりました。
その内の民宿(ミンパク)クラスに見当を付けて交渉しました。その宿は3、4階建ての細長いビルになっていました。階段を上った2階にカウンターがあり、そこに少しご年輩の女性が店番をしていました。
宿の交渉役は、Muさんです。日本語は全く理解できないようでした。年の頃も50代と言ったところです。60を越えた方でなければ、地方では、日本語がまず通じません。それでもわけなく交渉が成立しました。
それぞれに部屋を使って、1人1泊2万5千ウォン程度でした。観光地にしては安い値段です。この後1998年に旅行した時に、綿密に会計記録を付けました。この時も、1人当たり2万5千ウォン、3人で7万5千ウォンと記録してありましたので、まず間違いありません。1998年の5月1日と2日のそれぞれの宿泊費です。
ここまで調べた時、『この宿には2回泊まって、1回は1泊、もう1回が2泊した』との記憶が蘇ってきました。それで、1998年の記録から消去法で推察しますと、1回目の時にこの宿に泊まったのは、1泊だけではなかったかと思い出してきました。
2泊した時も、連続2泊は取れなかったので、1日毎に料金を支払った記憶がありました。これは記録に残して置きましたので、間違いありません。とすると、この時の旅で2泊した宿はどこだったのか、またまた疑問が湧いてきました。
ここで、旅の半ば頃に、『毎日1泊づつは、荷物が大変なので、ここらで2泊しようか?』と、Muさんが尋ねたので、即座に了解した記憶の断片が思い出されました。としますと、2泊したのは安東か慶州だったようです。この旅行記を書き進めながら思い出すことにしました。
記憶の糸をたぐりながら、あちらこちらから書き始めたので、ここまで書き進んだときに、5月4日のことは、既に大方を書き留めていました。
その日の分には『薄れかけた記憶を辿ってみると、最初の旅行で束草の旅館に2泊した気がしてならない』と記述していました。全く当てにならない記憶力です。証拠主義ではないですが、何か客観的な判断材料がなければ、記憶だけに頼るのは、なかなか大変なことです。
そんなことで、これから先は順を追って、改めて時系列で記述することにしました。
<束草の町>
荷物を宿に預けることができましたので、動きやすくなりました。それで早速近くを回ってみることにしました。束草は漁港だけあって、港付近には水槽に鮮魚を泳がせた飲食店が軒を並べていました。店の呼び込みも必死でした。
町自体はさほど大きくありません。港を中心にした城下町のような構造です。ほぼ町の中心を走る道路に沿って移動しますと、あっという間に郊外に出てしまいます。
Muさんはこの町は経験済みなので、
「確かこの町に大韓航空の営業所がある」
と言いいます。そろそろ帰りの便のリコンファームを済ましておかなくてはなりません。
「この南北の道路沿いにあった筈だ」
と言うので、余り大きくない町を歩きながら、その営業所を探しました。大きくはない事務所なので、少し手間がかかりましたが、何とか探し出して用事を済ますことができました。
航空会社の事務所であっても、さすがにこの地方まで来ると、日本語は通じません。普段、日本人客が立ち寄る事は無い事務所でしょう。
夜は宿の近くの鮮魚料理店で夕食を済ませました。この界隈では少し大きめの店でした。民宿からは目と鼻の先です。この店で、多分、メッチュにショジュを頼んだ筈ですが、それはどうでもよいことです。値段は余り安くなかったような記憶です。しかし、日本人客だというので『ぼられた』と言うまでの値段ではなかったとも記憶しています。
昭陽湖の船旅を回想して
梅雨待つか赤き地肌の続く崖
国境(くにざかい)近き太湖や春を行く
春光に暫しまどろむ船の旅
楊口へ向かうバスの中で
敬礼の白手袋や春凍る
ソクチョを回想して
春の夜に酒酌み交わす北の果
オジンオを一つ覚えに春の宴
白砂の春を遮る鐵の鞠
人影の無き砂浜や春の波
漁り船灯かざして春の海
東海や日本に続く春霞
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船
- 航空会社
- 大韓航空
-
現地で買い求めた国立博物館の収蔵品の絵葉書です。
「白磁透彫牡丹紋壺」
宝物240号
8世紀初
高さ26.5cm -
韓国の国宝の白磁壷です。
「青華白磁梅鳥竹紋壺」
国宝170号
15世紀
高さ16.5cm -
力強さに惹かれる一品です。
「青華白磁蘭竹紋角瓶」
18世紀後半
高さ27.5cm -
中国の技法に倣って製作された龍紋の白磁壷でしょうか。
「青華白磁壺」
朝鮮18世紀
高さ52.0cm -
中国経由のシルクロードを連想するのは、葡萄文様のためでしょうか。韓国国宝の壷です。
「鐵画葡萄紋壺」
国宝93号
18世紀初
高さ30.8cm -
韓国国宝の白磁壷です。
「白磁鐵画梅竹紋大壺」
国宝166号
16世紀
高さ41.3cm -
正直、あまり格式高い文様の白磁ではないようです。
「青華白磁壺」
朝鮮18世紀
高さ38.1cm -
白磁類の小物の焼物です。
文房具類
朝鮮18〜19世紀
高さ(筆筒)13.0cm
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