2003/05/14 - 2002/05/27
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buchijoyceさん
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ブハラ
5月22日(木)
早く寝たので、朝は早い。明るくなり始めるや、起き出している。今日も暑そうだ。
8時朝食。ダイニングも広くて、きれい。壁にはめこまれた棚には、壺や陶器、銀器などが飾られている。
机の上には、ゆりかごを小さくしたようなものが飾ってある。
「これはなんですか?」と尋ねると、果たして赤ちゃんのゆりかごだという返事。
テーブルにはジャム、ヨーグルト、サクランボ、イチゴなどがのっている。パンもいつものナンではない。でもナンのほうが美味しい。クレープが出た。
「Tea or coffe?」私だけはTeaを頼む。
「Black tea? Green tea?」そこでBlack teaを頼んだ。
Green teaとはここのチャイのことだろう。
以前、カイロで中国茶をグリーン ティと言っていた。
日本人にはグリーン ティといわれると日本茶を思ってしまうが、半発酵のこのお茶はグリ−ン ティとよばれている。
中国茶の青茶からきているのだろうか。コーヒーはコーヒーカップだったが、紅茶もチャイのポットにたっぷり、茶碗もチャイの茶碗でサービスされた。
同宿のアメリカ人たちが気安く「昨日踊っていたろう」と話しかける。Nさんは花形だ。「See you. Have a good day!」
9時、迎えが来たので、出かける。ブハラの門の手前を右に折れると、王様の夏の宮殿。庭にはバラの花がいっぱい咲いていい香りだし、きれい。孔雀もいる。カメラ代1000スムがやたらと必要になる。
ブハラは緑の美しい町だ。そこかしこ花がいっぱい、赤いケシ、バラ。桑の実はどこもすずなり。オアシスの町の名にふさわしい。家々の壁にはつるバラが大輪の真っ赤な花をつけている。
「40人の兄弟」というバラだそうだ。一本のつるに40もの花をつけるのでそうよばれているとか。
「なんで40人の兄弟なの?姉妹でないの?私たちの感覚ではバラから男性は連想しないよ」
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バラを育てている愛好家の知人からこんな便りを頂いた。参考までに載せておこう。
「薔薇の故郷は、いったい何処だと思いますか?
薔薇の原種の原産地はイラン、イラク、シリア、アフガニスタン等の中近東から小アジア、中国、日本なんですよ。
だからウズベキスタンも当然、薔薇の故郷と言える国なのです。
薔薇の歴史は古く、およそ7000年前のエジプトの古墳に薔薇の花輪が埋葬されていたそうです。記録として確かなのは、メソポタミア文明期のバビロン王朝の宮殿には薔薇園があり、香料や薬用として利用されていたといわれています。ギリシャ神話にもたくさん登場しますよね。
ルネッサンス時代のボッテチェリのビーナスの誕生の絵に貝殻に乗って現れたビーナスに、陸の神が地上で最も美しいものとして空から降らせたのが薔薇でした。
ヨーロッパに薔薇を持ち込んだのは、十字軍でした。そして、現代薔薇の生みの親といえるジョセフィーヌによって、ヨーロッパ全土に広げられました。薔薇好きのジョセフィーヌはナポレオンの庇護の元、莫大な財力にものを言わせて、世界中から250種の薔薇を収集して、広大なマルメゾン宮殿の庭園で3万本の薔薇を植え、品種改良を行なったのでした。
「マルメゾンの思い出」と名づけられたオールドローズのスーヴニール・ド・マルメゾンという薔薇がありますが、我が家にあります。」
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ブハラの象徴ともいわれる46mのカリヤン・ミナレット、今度は3人が挑戦してのぼる。このミナレットはそれぞれ違った、焼きっぱなしのレンガを帯状に積み上げて独特な装飾美をかもし出している。凹凸の重量感は編物やラタンのような感じを受ける。
言い忘れたが、イスラムは偶像崇拝が禁止されている。だからこういうアラベスク模様が発展したのだ。仏教も初期の頃は偶像崇拝は禁止していた。初期の頃は仏足が崇拝されていた。いまだに仏足を崇拝対象にしているところが多い。仏像がつくられ始めたのは、ヘレニズムの影響を受けたペシャワルあたりから。疫病や飢饉に苦しむ民衆のために、仏像をつくったのが始まりだと聞いている。
私は下でお茶を飲みながら待っている。ちっとも下りてこないので、スウェタが「時間がかかりすぎます。ヒヴァより1m高いだけなのに、普通なら15分かそこらで行って来られます」という。「上でゆっくり見物してるのよ」と私は気にもしない。
待っている間、話を聞いていると、彼女が持ってきたボストンバッグの中身は半分がお金。宿泊代も食事代もみんなキャッシュ払い。ドルの所あり、スムのところありで分けて持っているのだという。肩から下げているバッグも、開けてみると、ほんと札だらけだ。若い女の子にこんな大金を持たして、治安がいいということか。それでも私が持ってない1000スム紙幣にしてあるのだ。いやはやガイドも大変だ。
公園の中で、食事を楽しんでいる人たちがいた。家族だという。おじいさんの顔が素敵だったので、写真を撮ってもいいかというとポーズしてくれた。おまけに皿からなにやらとって、私の口にいれてくれた。恐る恐るかむと、それは桑の実だった。
ただし、じゃりじゃり感が口に残った。
近くのイスマル・サマニ廟へ。中央アジア最古のイスラム建築だそうだ。
中ではうら若い女性が静かに祈りを捧げていた。この回りを願い事をしながら右回りに3回まわると思いが叶うという。じゃぁ、まわろう。それぞれ願いをこめて歩く。私はひたすら「ミール、ミール(平和)」もうこれしかないよ。
あちこち行ってから昼食をリャビ・ハウズ、池の傍のレストランで食べた。この池は1620年には用水地としてつくられている。周りには500年を越える桑の大樹がある。もう一方には枯れた800年になる樹がある。桑がこんなに大樹になるとは知らなかった。
そうそう、桑は地中から塩を取る木だといって、メドレッセには植えられるのだそうだ。
池の中央と周りから時間を区切って、噴水があがる。めずらしくレストランのテーブルの足に猫の姿が見える。三毛猫とキジトラ。でも呼んでも知らん顔。ふん、私のネコ語が通じないとは、お前たち、ネコじゃないぞ。
午後みんなはいったん部屋に帰る、が私はインターネットカフェに寄ってメールを書いていた。係りが机の上に、ストップウォッチをおいた。一時間3000スムだ。30分近くかかって、打ち終わってほっとしたところで、全文消してしまった。なんで〜。あ〜あ〜。がっくり。もう一度書き直すのはいやだ。そこで短い文章になった。電子辞書は持っているのだが、ここには持ってこなかった。だから知ってる単語で誤魔化そうと頭をつかうから時間がかかる。和美さんとアクさんにも短い文章を送る。海外から、というよりネットカフェを利用するのはこれで2回目。今度は初めに係に@の位置を聞いた。数字の2の上にあるので、シフトをおしながら2で@は出た。時計は55分だ。もう少し書くと1時間がオーヴァーしそうなので、やめて料金を払いに行き、3000スムだすとおつりをくれた。55分の計算なのだろう。要らないといって出てくる。
部屋に帰り、着替える暇もなく、午後の見学に出かけていく。
メドレッセとタキ・バザールを三つ。買い物好きな3人はもう店に姿を消している。私はひとり外に出て、景色を写している。
戻ってくると、香辛料屋があったので、イラン産のサフランを買う。1袋5ドルだというのを3ケ買うからと1袋4ドルにまけさせた。
次のタキは絨毯や絹織物のタキ。ここで絹を2種類選んで買った。目移りしそうなぐらいいろいろな模様がある。しかも魅力的だ。キルティングでPCケースをつくってくれた人へのお土産に。1m14ドル。Hさんは絹の絨毯を買った。トルコと比べると絹の産地とはいえ、数段の安さだ。
バザールに行くと、ここのおばさんたちは、私たちに「シニョーラ」と呼びかける。「どうしてシニョーラっていうの?」
スウェタは笑いながら「単に使っているだけです。マダムは金髪のヨーロッパ人、他の人はシニョーラ」
しかし、どこの国も女たちはたくましい。このたくましさが政治にも反映されれば、世界は変るだろうに。
通りでお酒が並んでいるのを見つけて、のぞくと昨日の王様ワインがあった。値段を聞くと、1本2500スム。うそみたい。2本買ってくる。昨日、レストランでは1本10ドル(10000スム)したのに。
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