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タシケント→ヌクス(カラカルパクスタンの首都)<br /><br />5月16日(金)<br /><br />5時に起きて、昨日の日記を打ち込んでいる。<br />天気はいい。今日の予定は8時半、出発。<br /><br />7時に食事に行く。<br />8時半、車に乗って飛行場へ。<br />国内空港は車を降りて中までちょっと荷物をひきずって歩く。<br />受付をし、荷物を預け、入るときトイレがあったのを見たので、入り口で断って外のトイレに行く。有料。100スム。トイレットペーパーを切ってくれた。中はきれい。日本人はトイレに関して脅迫観念があるという。小さいときから躾けられているので、早め早めに排尿する癖がついているからだ。実際には膀胱は余裕があるのだが、8分目で脳がトイレ信号を出してしまうのだそうだ。<br /><br />10時フライト。席は空いている。それぞれ窓側をとって座ったので私の隣の座席には人はいない。飛行機から見る下界は緑にあふれている。たぶん、麦だろう。山には赤やピンクの絨毯が見える、チューリップの群生だろうか。あとになってこれがケシの群落であることがわかった。スペインみたいだ。<br /><br />何も植えてない畠は綿花畑かもしれない。さらに緑の平原が続き、アムダリア(ダリア=川)の流れが美しく、ペルシアンブルーに輝いている。そこを過ぎると、地上はがらりとかわって砂漠だ。ざらざらとした不毛の大地には、それでも植物が見える。<br />雲がぽつんぽつんと影をおとして、砂漠におもしろい模様を描いている。やがて、草の姿も見えないまったくの土色の砂漠、その中をまっすぐに直線道路が地平線まで走っている。そして周辺には噴出した塩の白い大地。<br /><br />12時半過ぎ、やっとカラカルパクスタンの首都、ヌクスに到着。<br />ヌクス(9人の美女の意)とはロシア語。カラカルパク語ではノキス。飛行機を降りて歩くとそのまま外に出られる。ただし私たち外国人は、もういちどロビーに行き、パスポートのチェックを受ける。タシケントに到着したとき迎えに来てくれた運転手のラーヒムさんが迎えに来てくれた。なんと彼は一日前にタシケントを出発して、ヌクスまで1400キロを走って迎えに来てくれたのだった。ひぇ〜。申し訳ない!ただし、今日の運転はヌクスの地理に詳しい彼の友人がする。よかった。<br /><br />車に乗り、ホテルに向かう。ヌクスはカラカルパク自治共和国の首都だが、田舎町といった印象だ。ほとんどの住宅が平屋。道行く女性たちはロングスカートをはいている。カラカルパクの民族衣装だという。なかなか感じがいい。みなきれいなスカーフで髪を包んでいる。遠くから見ると帽子を被っているようだ。<br />男性はダークスーツ姿が多い。こんなに暑いのに、よく平気で着ていられる。<br />「ねぇ、ちょっと。あのオジサン、三つ揃いだよ」<br />「ヌクスは夏53℃にもなるのです。だからこの程度は暑くないのでしょう」とスウェタ。<br /><br />ホテル・デルベントに着く。建物は明るい黄土とこげ茶のツートンカラー。三日月型の変わった2階建。なかは大理石の階段などでできているのだが、部屋は狭いし、水の出も悪い。2階18号室。口をゆすぐと鉄分の味がする。ラーヒムさんがミネラルウォーターを各自1本ずつくれたので、うがいや歯磨きはミネラルウォーターですることにする。部屋には大きな冷蔵庫がでんとある。冷蔵庫に水や果物を入れた。シャワーしかないが、湯の出はわるそう。でも使ってみると、シャワーの方が湯の出はよかった。洗濯はシャワーでする。日光がさんさんと射し込むので、窓を開け放す。洗濯物の乾きは早い。<br /><br />ウズベキスタンにいる間、水洗でも、トイレの紙はくずかごに捨てた。これは他の国でもしているのでなれてはいる。トイレットペーパーはこれが紙かというくらい固い。ひっぱると、ばさっと切れる。これを流したら、まず詰まってしまうだろう。<br /><br />カメラだけ持って外に出る。まずはレストランで昼食。入り口でオーナーのおじさんが、右手を胸にあて「アッサラーム・アライクム」と挨拶。私も真似して手を胸に当て「アライクム・アッサラーム」<br /><br />レストランは個室でカーテンがかかるようになっている。<br />家族連れや、若い女性達がやってきている。目があうとにこっとする。サラダが5種類。スープは鶏(七面鳥だと言った)とジャガイモ。メインはマンティ。大きな皮に牛肉のミンチを挟んで蒸したもの。大きな蒸し餃子みたい。それにサワークリームをかけて食べる。これがまた美味しい。ワインはモナリザしかない。甘いワインが好きなんだろうか。それにいつもたっぷりのチャイ。ウーロン茶系統だ。この国に来て何が良かったというと、食べ物がおいしいことだ!<br /><br />新しくできたヌクス博物館へ行く。立派な建物。まわりは公園になっている。イリーナさんという学芸員が説明についてくれた。彼女はロシア人だという。博物館で写真を1枚撮ると150スムかかる。でも撮りたいものがあるかどうかわからないので、後で撮った枚数を払う約束をする。結局、1枚も撮らなかった。<br /><br />3階から見はじめる。3階はこのMUSEUMをつくったロシア人画家の作品が多く集められている。その他もほとんどロシア人の絵だ。「ロシアでは有名な画家です」という説明があったが、あんまりいただけない。カラカルパクの美術は遅れていたので、ロシア人の指導を受けて発展してきたのだと学芸員が説明する。美術についてはロシアは大したことはない。有名な人たちはみんなパリで活躍していたし、そういうロシア人の指導では、う〜んいまいちだなぁ、なんて悪口を言っている。しかし、スターリンの規制が厳しかったというから、気の毒に、思うように絵も描けなかったのだろう。べリアになって少しは緩和されたというが、そのベリアもたしか粛清されている。今後に期待しよう。<br /><br />2階は工芸品。木彫にはおもしろいものがある。やっぱり伝統なのだろう。木の根っこを利用して人の顔や姿を彫ってあるものがたくさんある。カラカルパクの伝統的な織物、刺繍、結婚式の衣装などが飾ってある。ここはたのしい。丹念に刺繍された結婚衣装は自分で作るのが慣わし。以前は、13歳くらいで結婚したから、その準備のため6歳ぐらいから刺繍などの練習を始めたそうだ。その他にも銀や宝石を使った装飾品をたくさんつける。<br />さらに頭からは上着のように袖の着いたものを被る。<br />黄色や白は老人の着る色。若い人は赤を着る。<br /><br />カラカルパクの遺跡群の調査はまだまだ。しかし発掘されたものが飾ってある。カラというのは城。城壁は二重構造になっている。その外に堀をつくったので、城は水に浮いているように見えたとも言う。しかし材質は日干し煉瓦である。<br /><br />明日はその現場を見に行くことになっている。アスワリという死者のための納棺も陳列してある。当時はゾロアスター教が信仰されていたので、死体は放置して腐るにまかせ、骨だけをこのアスワリに入れて埋葬したのだそうだ。アスワリにはいろんな形がある。大きいな靴型の棺が発掘されて、そこには女の子の骨が入れられていた。いっしょにいろんな副葬品もみつかった。<br />染料について質問したが、まだはっきりとはわからないということだった。<br /><br />ゾロアスターの遺跡は円形で、天文学観察所もかねていたようだ。考古学会なども開かれているそうだが、まだまだ過去のことはよく解明されていないという。興味をそそられることだ。<br /><br />2階に来場者の記念簿が置いてあり、私たちにも書いていってくれという。前のページを見ると加藤登紀子の署名が1ページ使ってある。フェルトペンで書き込んであるので裏にひびいている。<br />たしか明日か明後日、タシケントでコンサートがあるはずだ。<br />その前にここに来たのだろう。新しいページに書いていいかと聞くと、加藤登紀子の裏に書いてくれというので、しかたなく白い部分を探して、4人分の署名をする。<br /><br />受付で民族衣装の絵葉書を数枚買った。郵便はここから日本へは1ケ月位かかるそうだが送ってみたい。ホテルにかえって葉書を書いた。明日投函しよう。<br /><br />MUSEUMから外を見ると結婚式だ。花嫁は白のウェディングドレス。花婿は黒のタキシード。伝統的なものではない。ここも西洋スタイルになってしまっているようだ。私は飛び出していく。間に合った。写真を撮らせてもらう。<br /><br />隣は遊園地。観覧車に4人は乗るが私は下で待っている。日差しは暑い。<br /><br />ホテルに戻りもう一度洗濯をする。7時、まだ日は高い。夕食に行く。アルメリア料理の店だ。ニンジンのサラダ、牛のスープ、ジャガイモ入り。大きな肉団子をピリカラのトマト風味のソースで煮込んである。ナンも美味しい。<br /><br />帰りがけ挨拶に出てきた女主人の写真を撮った、クラッシーワと言いながら。撮り終わるとスウェタが聞いた。<br />「どうしてあの人の写真を撮ったのですか」<br />「うん?ドレスがきれいだったからだよ」<br />「どうりで。Mamasanのカメラの位置が下のほうにあるなと思っていたのですよ」<br />「そうだよ。ドレスの模様が全部入るように腰をかがめて撮ったんだよ」<br />「あーあ、クラッシーワはドレスだったのですか。あの人は自分がきれいだといわれたと思いましたよ」<br />「本人がどうとろうとかまわないよ。私はドレスがきれいと言ったんだから」<br />とすましている。<br /><br />ウズベキスタンには120を越える民族がいるという。もともと国境はなかったのだし、シルクロードの昔から、民族の往来はあった。オアシスがあり、これだけ資源や農作物に恵まれていれば、いろんな人たちが気に入って住み着いたのだろうとは伺える。<br /><br />カラカルパクスタンの資料を見ると、カラカルパクの構成は、カラカルパク人32.1%、ウズベク人32.3%,カザフ人26.3%、トルクメン人5%、ロシア人1.6%、朝鮮人0.8%。総人口の48.5%が都市居住者である、とある。<br /><br />朝鮮人は数こそ少ないが、人口比に入るくらいだから定住していることになる。どうしてここに、という疑問がわく。タシケントでは韓国人の姿はかなり見た。私たちも先ずはコリア?と聞かれた。ソウルからタシケントに直行便も飛んでいることだし、往来はあるとは思っていた。韓国とウズベキスタンの車の合弁会社もある。走っている車はほとんどそうだ。電気器具も韓国製品が目についた。カラカルパクでも道すがら、ハングルが目について<br />読んでみるとカラオケと書いてあった。<br /><br />しかし人口比は?とそのわけを聞くと、スターリン時代、ソ連国境近くにいた朝鮮族を強制的にウズベキスタンやカラカルパクスタン、カザフスタンへ移住させた。そして多くの人が飢えで死んだそうだ。チェチェンも強制的に民族移動させられている。朝鮮族がロシア内にいることは知っていたが、こちらにも移住させられていたとは知らなかった。帰ってから、移住させられ、中央アジアに定着した朝鮮族の歴史を読んだ。スウェタもその子孫、4代目になるという。韓国系と言っても彼女はハングルを知らない。知ったかぶりをして私が教える。<br /><br />カラは黒、カルパックは彼らがかぶる帽子。カラカルパクは黒い帽子に由来する。カラカルパク自治共和国には外交権はないが、自治権はある。<br /><br />部屋に戻るや、バタンキューと寝てしまった。<br /><br />

ウズベキスタン4

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2003/05/14 - 2003/05/27

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buchijoyce

buchijoyceさん

タシケント→ヌクス(カラカルパクスタンの首都)

5月16日(金)

5時に起きて、昨日の日記を打ち込んでいる。
天気はいい。今日の予定は8時半、出発。

7時に食事に行く。
8時半、車に乗って飛行場へ。
国内空港は車を降りて中までちょっと荷物をひきずって歩く。
受付をし、荷物を預け、入るときトイレがあったのを見たので、入り口で断って外のトイレに行く。有料。100スム。トイレットペーパーを切ってくれた。中はきれい。日本人はトイレに関して脅迫観念があるという。小さいときから躾けられているので、早め早めに排尿する癖がついているからだ。実際には膀胱は余裕があるのだが、8分目で脳がトイレ信号を出してしまうのだそうだ。

10時フライト。席は空いている。それぞれ窓側をとって座ったので私の隣の座席には人はいない。飛行機から見る下界は緑にあふれている。たぶん、麦だろう。山には赤やピンクの絨毯が見える、チューリップの群生だろうか。あとになってこれがケシの群落であることがわかった。スペインみたいだ。

何も植えてない畠は綿花畑かもしれない。さらに緑の平原が続き、アムダリア(ダリア=川)の流れが美しく、ペルシアンブルーに輝いている。そこを過ぎると、地上はがらりとかわって砂漠だ。ざらざらとした不毛の大地には、それでも植物が見える。
雲がぽつんぽつんと影をおとして、砂漠におもしろい模様を描いている。やがて、草の姿も見えないまったくの土色の砂漠、その中をまっすぐに直線道路が地平線まで走っている。そして周辺には噴出した塩の白い大地。

12時半過ぎ、やっとカラカルパクスタンの首都、ヌクスに到着。
ヌクス(9人の美女の意)とはロシア語。カラカルパク語ではノキス。飛行機を降りて歩くとそのまま外に出られる。ただし私たち外国人は、もういちどロビーに行き、パスポートのチェックを受ける。タシケントに到着したとき迎えに来てくれた運転手のラーヒムさんが迎えに来てくれた。なんと彼は一日前にタシケントを出発して、ヌクスまで1400キロを走って迎えに来てくれたのだった。ひぇ〜。申し訳ない!ただし、今日の運転はヌクスの地理に詳しい彼の友人がする。よかった。

車に乗り、ホテルに向かう。ヌクスはカラカルパク自治共和国の首都だが、田舎町といった印象だ。ほとんどの住宅が平屋。道行く女性たちはロングスカートをはいている。カラカルパクの民族衣装だという。なかなか感じがいい。みなきれいなスカーフで髪を包んでいる。遠くから見ると帽子を被っているようだ。
男性はダークスーツ姿が多い。こんなに暑いのに、よく平気で着ていられる。
「ねぇ、ちょっと。あのオジサン、三つ揃いだよ」
「ヌクスは夏53℃にもなるのです。だからこの程度は暑くないのでしょう」とスウェタ。

ホテル・デルベントに着く。建物は明るい黄土とこげ茶のツートンカラー。三日月型の変わった2階建。なかは大理石の階段などでできているのだが、部屋は狭いし、水の出も悪い。2階18号室。口をゆすぐと鉄分の味がする。ラーヒムさんがミネラルウォーターを各自1本ずつくれたので、うがいや歯磨きはミネラルウォーターですることにする。部屋には大きな冷蔵庫がでんとある。冷蔵庫に水や果物を入れた。シャワーしかないが、湯の出はわるそう。でも使ってみると、シャワーの方が湯の出はよかった。洗濯はシャワーでする。日光がさんさんと射し込むので、窓を開け放す。洗濯物の乾きは早い。

ウズベキスタンにいる間、水洗でも、トイレの紙はくずかごに捨てた。これは他の国でもしているのでなれてはいる。トイレットペーパーはこれが紙かというくらい固い。ひっぱると、ばさっと切れる。これを流したら、まず詰まってしまうだろう。

カメラだけ持って外に出る。まずはレストランで昼食。入り口でオーナーのおじさんが、右手を胸にあて「アッサラーム・アライクム」と挨拶。私も真似して手を胸に当て「アライクム・アッサラーム」

レストランは個室でカーテンがかかるようになっている。
家族連れや、若い女性達がやってきている。目があうとにこっとする。サラダが5種類。スープは鶏(七面鳥だと言った)とジャガイモ。メインはマンティ。大きな皮に牛肉のミンチを挟んで蒸したもの。大きな蒸し餃子みたい。それにサワークリームをかけて食べる。これがまた美味しい。ワインはモナリザしかない。甘いワインが好きなんだろうか。それにいつもたっぷりのチャイ。ウーロン茶系統だ。この国に来て何が良かったというと、食べ物がおいしいことだ!

新しくできたヌクス博物館へ行く。立派な建物。まわりは公園になっている。イリーナさんという学芸員が説明についてくれた。彼女はロシア人だという。博物館で写真を1枚撮ると150スムかかる。でも撮りたいものがあるかどうかわからないので、後で撮った枚数を払う約束をする。結局、1枚も撮らなかった。

3階から見はじめる。3階はこのMUSEUMをつくったロシア人画家の作品が多く集められている。その他もほとんどロシア人の絵だ。「ロシアでは有名な画家です」という説明があったが、あんまりいただけない。カラカルパクの美術は遅れていたので、ロシア人の指導を受けて発展してきたのだと学芸員が説明する。美術についてはロシアは大したことはない。有名な人たちはみんなパリで活躍していたし、そういうロシア人の指導では、う〜んいまいちだなぁ、なんて悪口を言っている。しかし、スターリンの規制が厳しかったというから、気の毒に、思うように絵も描けなかったのだろう。べリアになって少しは緩和されたというが、そのベリアもたしか粛清されている。今後に期待しよう。

2階は工芸品。木彫にはおもしろいものがある。やっぱり伝統なのだろう。木の根っこを利用して人の顔や姿を彫ってあるものがたくさんある。カラカルパクの伝統的な織物、刺繍、結婚式の衣装などが飾ってある。ここはたのしい。丹念に刺繍された結婚衣装は自分で作るのが慣わし。以前は、13歳くらいで結婚したから、その準備のため6歳ぐらいから刺繍などの練習を始めたそうだ。その他にも銀や宝石を使った装飾品をたくさんつける。
さらに頭からは上着のように袖の着いたものを被る。
黄色や白は老人の着る色。若い人は赤を着る。

カラカルパクの遺跡群の調査はまだまだ。しかし発掘されたものが飾ってある。カラというのは城。城壁は二重構造になっている。その外に堀をつくったので、城は水に浮いているように見えたとも言う。しかし材質は日干し煉瓦である。

明日はその現場を見に行くことになっている。アスワリという死者のための納棺も陳列してある。当時はゾロアスター教が信仰されていたので、死体は放置して腐るにまかせ、骨だけをこのアスワリに入れて埋葬したのだそうだ。アスワリにはいろんな形がある。大きいな靴型の棺が発掘されて、そこには女の子の骨が入れられていた。いっしょにいろんな副葬品もみつかった。
染料について質問したが、まだはっきりとはわからないということだった。

ゾロアスターの遺跡は円形で、天文学観察所もかねていたようだ。考古学会なども開かれているそうだが、まだまだ過去のことはよく解明されていないという。興味をそそられることだ。

2階に来場者の記念簿が置いてあり、私たちにも書いていってくれという。前のページを見ると加藤登紀子の署名が1ページ使ってある。フェルトペンで書き込んであるので裏にひびいている。
たしか明日か明後日、タシケントでコンサートがあるはずだ。
その前にここに来たのだろう。新しいページに書いていいかと聞くと、加藤登紀子の裏に書いてくれというので、しかたなく白い部分を探して、4人分の署名をする。

受付で民族衣装の絵葉書を数枚買った。郵便はここから日本へは1ケ月位かかるそうだが送ってみたい。ホテルにかえって葉書を書いた。明日投函しよう。

MUSEUMから外を見ると結婚式だ。花嫁は白のウェディングドレス。花婿は黒のタキシード。伝統的なものではない。ここも西洋スタイルになってしまっているようだ。私は飛び出していく。間に合った。写真を撮らせてもらう。

隣は遊園地。観覧車に4人は乗るが私は下で待っている。日差しは暑い。

ホテルに戻りもう一度洗濯をする。7時、まだ日は高い。夕食に行く。アルメリア料理の店だ。ニンジンのサラダ、牛のスープ、ジャガイモ入り。大きな肉団子をピリカラのトマト風味のソースで煮込んである。ナンも美味しい。

帰りがけ挨拶に出てきた女主人の写真を撮った、クラッシーワと言いながら。撮り終わるとスウェタが聞いた。
「どうしてあの人の写真を撮ったのですか」
「うん?ドレスがきれいだったからだよ」
「どうりで。Mamasanのカメラの位置が下のほうにあるなと思っていたのですよ」
「そうだよ。ドレスの模様が全部入るように腰をかがめて撮ったんだよ」
「あーあ、クラッシーワはドレスだったのですか。あの人は自分がきれいだといわれたと思いましたよ」
「本人がどうとろうとかまわないよ。私はドレスがきれいと言ったんだから」
とすましている。

ウズベキスタンには120を越える民族がいるという。もともと国境はなかったのだし、シルクロードの昔から、民族の往来はあった。オアシスがあり、これだけ資源や農作物に恵まれていれば、いろんな人たちが気に入って住み着いたのだろうとは伺える。

カラカルパクスタンの資料を見ると、カラカルパクの構成は、カラカルパク人32.1%、ウズベク人32.3%,カザフ人26.3%、トルクメン人5%、ロシア人1.6%、朝鮮人0.8%。総人口の48.5%が都市居住者である、とある。

朝鮮人は数こそ少ないが、人口比に入るくらいだから定住していることになる。どうしてここに、という疑問がわく。タシケントでは韓国人の姿はかなり見た。私たちも先ずはコリア?と聞かれた。ソウルからタシケントに直行便も飛んでいることだし、往来はあるとは思っていた。韓国とウズベキスタンの車の合弁会社もある。走っている車はほとんどそうだ。電気器具も韓国製品が目についた。カラカルパクでも道すがら、ハングルが目について
読んでみるとカラオケと書いてあった。

しかし人口比は?とそのわけを聞くと、スターリン時代、ソ連国境近くにいた朝鮮族を強制的にウズベキスタンやカラカルパクスタン、カザフスタンへ移住させた。そして多くの人が飢えで死んだそうだ。チェチェンも強制的に民族移動させられている。朝鮮族がロシア内にいることは知っていたが、こちらにも移住させられていたとは知らなかった。帰ってから、移住させられ、中央アジアに定着した朝鮮族の歴史を読んだ。スウェタもその子孫、4代目になるという。韓国系と言っても彼女はハングルを知らない。知ったかぶりをして私が教える。

カラは黒、カルパックは彼らがかぶる帽子。カラカルパクは黒い帽子に由来する。カラカルパク自治共和国には外交権はないが、自治権はある。

部屋に戻るや、バタンキューと寝てしまった。

  • 飛行機から見たカルカルパクスタン。<br />白いのは地中から染み出した塩。<br />まさに塩の大地だ。

    飛行機から見たカルカルパクスタン。
    白いのは地中から染み出した塩。
    まさに塩の大地だ。

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