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タシケント<br /><br />5月15日(木)<br /><br />ウズベキスタンの首都、タシケントにつく。午前2時だ。眠い、眠い。タラップを下り、バスに乗り、空港事務所につく。<br />ガラス戸を1枚だけ開けた入り口の向こうに机が置かれ、ひとりずつ中に入れ、パスポートを見て名前を手書きで大きな紙に書き込んでいる。それがすんでからやっと入国審査。私の並んだところは特に時間がかかっている。どうやらそれも通過。荷物が出てくるまでも時間がかかる。<br /><br />ようやく荷物を受け取って、また手荷物のX線検査を受け、外へ。<br />風の旅行社の黄色い旗を持った、ぽちゃっとした若くて可愛い女性が待っていてくれた。ガイドのスウェタさんだ。<br />「ドーブラ ウートラ」(おはよう)と声をかけると、<br />近くにいたお兄さんが「ドーブラ ウートラではない」と言う。<br />「じゃぁ、ズドラーストヴィッチェ?」と言うとうなづいている。そこで改めて、大きな声で「ズドラーストヴィッチェ」<br /><br />空港から10分ばかりで、ポイヤット・ホテルに到着。ポイヤットとは「首都」という意味だそうだ。このホテルは去年出来たばかり。パスポートを渡し、宿泊名簿を書き、鍵を貰う。私とHさんが同室。3階、323号が私たちの部屋。きれいな部屋だ。<br />まず変圧器のプラグを入れ、PCのコードにつなぐ。うん、出来た、出来た。片付けは後回しにして、きれいなので風呂に入る。<br />洗濯をして干し、ベッドに入ると、空が白々と明るんできた。<br /><br />目を覚ますと外は明るい。まだこの国の時間に時計を合わせてないので、何時だかわからない。もう一度寝る。もう一度目を覚ますと、外はさらに明るい。Hさんも目を覚まして、テレビをつけて、時刻を探す。私はフロントに聞こうと思って、受話器を上げるが、どこともつながらない。<br /><br />チャンネルをくるくる回して、やっと見つけた。7時だ。そこで時計を現地時間に合わす。今日の観光にどの程度の服装で出かけたらいいか。外は暖かそうだ。綿シャツ1枚にする。窓から見下ろすと中庭は緑の芝生と花壇がある。<br /><br />来たとき上がってきたエレベーターまで行くのは面倒と近くのエレベーターで1階に下りたはいいが、レストランの位置がわからなくなった。幸い人が来たので聞くと、中庭を通って、外から入る入り口を教えてくれた。<br /><br />Nさんたちがフロントで待っているはずなので探しに行く。<br />朝食はビュッフェスタイル。種類は豊富。私はクレープとサラミとチーズ、野菜を少しと、ミルク、紅茶。デザートに果物のコンポートを少し取った。ものめずらしいので、他の人がいろんなものをとってくる。それをつまんで味見している。美味しい、美味しい。これはいける、と朝からちょっと食べ過ぎの感じだ。<br /><br />11時に迎えが来るので、腹ごなしにHさんと散歩に出た。<br />通りは広く、古い形の車が行き来している。市電が走っている。<br />ベラルーシやウクライナに感じが似ている。<br /><br />すぐ傍に大きな木々が茂る公園がある。真ん中には騎馬に乗ったチムールの像。そのまわりにはいろとりどりのバラが花をつけている。「はじめましてチムールさん」とまずは挨拶。<br /><br />見上げる空は青くて高い。プラタナスの緑がまぶしい。<br />花の盛りを過ぎたマロニエからは綿毛が散っている。<br />アムゼル(ブラックバード)の歌がうつくしく響く。カササギもいる。ムクドリもハトもいる。上空にはアマツバメが飛んでいる。もちろんツバメも。都心にこういう緑のスポットがあるのはいい。キエフにもこういうスポットがたくさんあった。<br /><br />ホテルのならびに日本料理と韓国料理の店がある。<br />つばさの広い帽子を被った軍人の姿もある。ホテルに戻って両替をした。50ドル替えたら50,000スム、1ドル=1000スム。5cm厚さの札束ができた。500スム紙幣と200スム紙幣だけ。200スムは帯びつき、たぶん100枚の束なのだろう。どれもピン札。財布に入らないので、ファスナーつきのポリ袋に入れて持つ。おかげで財布はどかされた。空港の両替所ではポンド、ドル、円、ユーロの立て看板が出ていたが、ホテルでは円の両替はだめだという。500スム紙幣にはさっきのチムールの騎馬像が刷ってある。そこでチムールの騎馬像は呼び名を「500スムのおじさん」にする。<br /><br />11時、車に乗って、先ずはチェルシ バザールへいく。<br />ガイドのスウェタは韓国系ウズベキスタン人。大学で日本語を専攻し、大学院生のとき日本へ研修に来ている。今は大学で日本語を教えているウチチューニッツア(女教師)だ。副業でこの旅行社の日本語ガイドをしているとか。漢字も読める。大学は国費なので無料だが、そのかわり難しい試験に合格しなければならないので勉強はよくしたそうだ。<br /><br />バザールは,大きなドームが5つあり、さらに外でも店が軒をならべている。ここには民族衣装があふれている。派手な柄のワンピース姿が多い。顔立ちもずいぶん違う。初めは見慣れない姿にどうしても目が行ってしまう。いずれはそういう中に浸るのに。<br /><br />香辛料、米、ドライフルーツ、チーズ、ハムやソーセージ、パン、はちみつ、サラダの類はそこで調理している。なんでもかんでも売っている、といった表現がいいくらい、同じ店がごまんと並んでいる。外のバザールは野菜や果物。イチゴと杏と桑の実(青白い)とナシをフルーツ好きのHさんが買った。桑の実の色は日本では見慣れない色だが、実は甘い。ナッツやドライフルーツの店で、私はピスタッチオを買った。<br /><br />急に雨が降り始めた。しかも大粒の雨だ。バザールを駈けるようにして通り抜け、急いで車に戻る。車の前にはメドレッセがある。このドレッセはいまも神学校として使われている。雨なので、車内で説明を聞く。メドレッセというのはイスラムの神学校で、イスラムを普及するために各地にたくさんつくられた。形式はどこも似たり寄ったり。二階は教室。一階は寮。しかし、ソ連のイスラム弾圧で、ほとんどのメドレッセが廃止され、いまは形骸をとどめているに過ぎない。<br /><br />そのまま昼食に行く。<br />雷が鳴り、風が屋根にうちつけ、雨が屋根を叩く。嵐みたいだ。<br />赤ワインを取ると、名前はモナリザ。ドライといったのだが、甘いワインだ。何種類かのサラダ。どれも野菜を細かく切って、ドレッシングであえてある。大抵細かく刻んだ香菜が入っている。ドレッシングも種類が豊富。スープはヒツジの肉と野菜を煮たもの。でもスープがすこぶる美味しい。臭みもない。メインは牛肉の串焼きだ。私たちのために注文は半量にしてもらってあるという。これも美味しい。外で焼き鳥のように焼いている。デザートは果物のもりあわせ。お茶はポットで出る。茶碗になみなみと注がないで、6分目に注ぐのが礼儀。真ん中に泡ができたら、すかさず、泡を指でさわって頭につけるとお金持ちになるのだそうだ。みんなよろこんでやっている。<br /><br />食事をしている間に、雨は上がり、強い日差しが照りつけている。国会議事堂のすぐ傍にあるメドレッセを訪ねる。いま、ここは木工訓練所になっていて、直売もしている。そこでクルミの木でつくった本台(コーランをおく)をpapasanのために買う。<br /><br />いったんホテルに帰り、4時、スムしか使えないツム デパートへ行く。買い物好きの3人はやたらと買っている。その後すぐ近くにあるナボイ劇場でオペラを見る予定だ。劇場の名のナボイというのは15世紀の詩人で、この劇場建設にはタシケントに抑留されていた日本兵捕虜が携わったそうだ。加藤登紀子のコンサートが18日にあると書いてあるので、それを入れてコンサートホールの写真を撮っていると、中学生ぐらいの男の子たちがやってきて<br />写真を撮ってくれという。カメラを向けるとうれしそうにポーズをとる。アドレスを書けば送ってやるよ、というと、さぁ大変。嵐のようなさわぎになった。結局、引率の先生もふくめて総勢17名。噴水をバックに撮ってくれと言ったが、逆光なので、<br />劇場をバックに記念写真を撮り、学校宛に送ることを約束する。<br />子どもたちは本当にうれしそうだ。「ありがとう」を繰り返している。<br /><br />子どもたちに「日本を知っているか」と聞いてみた。一様に「知っている」と答える。「では、何を知っているか」聞くと<br />「日本は工業がすすんだ国だ」という答が返って来た。<br />子どもたちは手をふりながら別れて行った。<br />学校は5月25日から9月2日まで夏休みに入る。9月1日が独立記念日なので2日から始まる。大学は6月まで授業はあるそうだ。<br /><br />噴水横のテラスでアイスクリームを食べ、そろそろ開場時間だと行くと、入り口に立て看板。読んでもらうと、主演の歌手が病気のため、今日は休演、チケットは他の日に使えます、と書いてあるという。「しかたがないさ。でも会場はみたかったなぁ」というと、スウェタが「では会場だけでもみせてもらいましょう」と交渉に行く。「日本からわざわざ見に来たのです。チケットも用意してある。」と云った様な事を言っているらしい。だが、それからが大変だった。入ってもいいという係、ダメだという係。結局、外にいた所長にねじ込んで許可を貰い、舞台裏から、日ごろ公開されていない部屋までみんな見せてもらった。ちゃんと案内がついて説明してくれた。<br /><br />6つのロビーの内装が実に美しい。説明によると、それぞれのロビーの内装は、タシケント、サマルカンド、ブハラ、テルミズ、フェルガナの6都市を表しているのだという。彫刻はホラズム様式とか。ストロボをつけて、劇場の天井から、ロビー、胸像、かたっぱしから撮っている。本来はカメラ撮影は禁止なのだそうだが、今日は特別にOK。いやはやスウェタの一歩も引き下がらない、粘っこい交渉ぶりには感心した。25歳だというが、実にしっかりしている。日本人は諦めが早すぎるかも。でも後で、スウェタも「ウズベキスタン人だったら、交渉は無理だったかも」ともらしていた。さもあらん。<br /><br />いったんホテルに帰り7時に集合して夕食に行くという、30分しかないが、ホテル内のビジネスセンターにPCがあるとエレヴェーターのところに表示が出ていたので行ってみる。バーの奥にそれはあった。「インターネットをしたい」というと、係りの女性が「このPCを使いなさい」と選んでくれた。ところがロシア語なので、@がどこにあるのかわからない。勘でおしているのだが、@を見つけられないので家にメールが送れない。そこでYAHOOを呼び出してもらったが、JAPANではない。たしか下の方に国別があったはずと探すと果たしてJAPANがあった。どうやら書き込めそう。初めての経験である。書き出すとアポストロフィの場所もわからない。すこし書いたら7時になってしまった。料金は1000スム。<br /><br />車でレストランへ。赤ワインはモナリザしかないので、またこれを取る。ワインは私の担当、モナリザは5ドル。サラダと、ペリメニのスープ、これだけで十分。部屋に帰り、もう一度インターネットに行きたかったが疲れて、そのままダウン。<br />目が覚めたら5時だった。ほんとよく寝た。<br /><br />

ウズベキスタン3

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2003/05/14 - 2003/05/27

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buchijoyce

buchijoyceさん

タシケント

5月15日(木)

ウズベキスタンの首都、タシケントにつく。午前2時だ。眠い、眠い。タラップを下り、バスに乗り、空港事務所につく。
ガラス戸を1枚だけ開けた入り口の向こうに机が置かれ、ひとりずつ中に入れ、パスポートを見て名前を手書きで大きな紙に書き込んでいる。それがすんでからやっと入国審査。私の並んだところは特に時間がかかっている。どうやらそれも通過。荷物が出てくるまでも時間がかかる。

ようやく荷物を受け取って、また手荷物のX線検査を受け、外へ。
風の旅行社の黄色い旗を持った、ぽちゃっとした若くて可愛い女性が待っていてくれた。ガイドのスウェタさんだ。
「ドーブラ ウートラ」(おはよう)と声をかけると、
近くにいたお兄さんが「ドーブラ ウートラではない」と言う。
「じゃぁ、ズドラーストヴィッチェ?」と言うとうなづいている。そこで改めて、大きな声で「ズドラーストヴィッチェ」

空港から10分ばかりで、ポイヤット・ホテルに到着。ポイヤットとは「首都」という意味だそうだ。このホテルは去年出来たばかり。パスポートを渡し、宿泊名簿を書き、鍵を貰う。私とHさんが同室。3階、323号が私たちの部屋。きれいな部屋だ。
まず変圧器のプラグを入れ、PCのコードにつなぐ。うん、出来た、出来た。片付けは後回しにして、きれいなので風呂に入る。
洗濯をして干し、ベッドに入ると、空が白々と明るんできた。

目を覚ますと外は明るい。まだこの国の時間に時計を合わせてないので、何時だかわからない。もう一度寝る。もう一度目を覚ますと、外はさらに明るい。Hさんも目を覚まして、テレビをつけて、時刻を探す。私はフロントに聞こうと思って、受話器を上げるが、どこともつながらない。

チャンネルをくるくる回して、やっと見つけた。7時だ。そこで時計を現地時間に合わす。今日の観光にどの程度の服装で出かけたらいいか。外は暖かそうだ。綿シャツ1枚にする。窓から見下ろすと中庭は緑の芝生と花壇がある。

来たとき上がってきたエレベーターまで行くのは面倒と近くのエレベーターで1階に下りたはいいが、レストランの位置がわからなくなった。幸い人が来たので聞くと、中庭を通って、外から入る入り口を教えてくれた。

Nさんたちがフロントで待っているはずなので探しに行く。
朝食はビュッフェスタイル。種類は豊富。私はクレープとサラミとチーズ、野菜を少しと、ミルク、紅茶。デザートに果物のコンポートを少し取った。ものめずらしいので、他の人がいろんなものをとってくる。それをつまんで味見している。美味しい、美味しい。これはいける、と朝からちょっと食べ過ぎの感じだ。

11時に迎えが来るので、腹ごなしにHさんと散歩に出た。
通りは広く、古い形の車が行き来している。市電が走っている。
ベラルーシやウクライナに感じが似ている。

すぐ傍に大きな木々が茂る公園がある。真ん中には騎馬に乗ったチムールの像。そのまわりにはいろとりどりのバラが花をつけている。「はじめましてチムールさん」とまずは挨拶。

見上げる空は青くて高い。プラタナスの緑がまぶしい。
花の盛りを過ぎたマロニエからは綿毛が散っている。
アムゼル(ブラックバード)の歌がうつくしく響く。カササギもいる。ムクドリもハトもいる。上空にはアマツバメが飛んでいる。もちろんツバメも。都心にこういう緑のスポットがあるのはいい。キエフにもこういうスポットがたくさんあった。

ホテルのならびに日本料理と韓国料理の店がある。
つばさの広い帽子を被った軍人の姿もある。ホテルに戻って両替をした。50ドル替えたら50,000スム、1ドル=1000スム。5cm厚さの札束ができた。500スム紙幣と200スム紙幣だけ。200スムは帯びつき、たぶん100枚の束なのだろう。どれもピン札。財布に入らないので、ファスナーつきのポリ袋に入れて持つ。おかげで財布はどかされた。空港の両替所ではポンド、ドル、円、ユーロの立て看板が出ていたが、ホテルでは円の両替はだめだという。500スム紙幣にはさっきのチムールの騎馬像が刷ってある。そこでチムールの騎馬像は呼び名を「500スムのおじさん」にする。

11時、車に乗って、先ずはチェルシ バザールへいく。
ガイドのスウェタは韓国系ウズベキスタン人。大学で日本語を専攻し、大学院生のとき日本へ研修に来ている。今は大学で日本語を教えているウチチューニッツア(女教師)だ。副業でこの旅行社の日本語ガイドをしているとか。漢字も読める。大学は国費なので無料だが、そのかわり難しい試験に合格しなければならないので勉強はよくしたそうだ。

バザールは,大きなドームが5つあり、さらに外でも店が軒をならべている。ここには民族衣装があふれている。派手な柄のワンピース姿が多い。顔立ちもずいぶん違う。初めは見慣れない姿にどうしても目が行ってしまう。いずれはそういう中に浸るのに。

香辛料、米、ドライフルーツ、チーズ、ハムやソーセージ、パン、はちみつ、サラダの類はそこで調理している。なんでもかんでも売っている、といった表現がいいくらい、同じ店がごまんと並んでいる。外のバザールは野菜や果物。イチゴと杏と桑の実(青白い)とナシをフルーツ好きのHさんが買った。桑の実の色は日本では見慣れない色だが、実は甘い。ナッツやドライフルーツの店で、私はピスタッチオを買った。

急に雨が降り始めた。しかも大粒の雨だ。バザールを駈けるようにして通り抜け、急いで車に戻る。車の前にはメドレッセがある。このドレッセはいまも神学校として使われている。雨なので、車内で説明を聞く。メドレッセというのはイスラムの神学校で、イスラムを普及するために各地にたくさんつくられた。形式はどこも似たり寄ったり。二階は教室。一階は寮。しかし、ソ連のイスラム弾圧で、ほとんどのメドレッセが廃止され、いまは形骸をとどめているに過ぎない。

そのまま昼食に行く。
雷が鳴り、風が屋根にうちつけ、雨が屋根を叩く。嵐みたいだ。
赤ワインを取ると、名前はモナリザ。ドライといったのだが、甘いワインだ。何種類かのサラダ。どれも野菜を細かく切って、ドレッシングであえてある。大抵細かく刻んだ香菜が入っている。ドレッシングも種類が豊富。スープはヒツジの肉と野菜を煮たもの。でもスープがすこぶる美味しい。臭みもない。メインは牛肉の串焼きだ。私たちのために注文は半量にしてもらってあるという。これも美味しい。外で焼き鳥のように焼いている。デザートは果物のもりあわせ。お茶はポットで出る。茶碗になみなみと注がないで、6分目に注ぐのが礼儀。真ん中に泡ができたら、すかさず、泡を指でさわって頭につけるとお金持ちになるのだそうだ。みんなよろこんでやっている。

食事をしている間に、雨は上がり、強い日差しが照りつけている。国会議事堂のすぐ傍にあるメドレッセを訪ねる。いま、ここは木工訓練所になっていて、直売もしている。そこでクルミの木でつくった本台(コーランをおく)をpapasanのために買う。

いったんホテルに帰り、4時、スムしか使えないツム デパートへ行く。買い物好きの3人はやたらと買っている。その後すぐ近くにあるナボイ劇場でオペラを見る予定だ。劇場の名のナボイというのは15世紀の詩人で、この劇場建設にはタシケントに抑留されていた日本兵捕虜が携わったそうだ。加藤登紀子のコンサートが18日にあると書いてあるので、それを入れてコンサートホールの写真を撮っていると、中学生ぐらいの男の子たちがやってきて
写真を撮ってくれという。カメラを向けるとうれしそうにポーズをとる。アドレスを書けば送ってやるよ、というと、さぁ大変。嵐のようなさわぎになった。結局、引率の先生もふくめて総勢17名。噴水をバックに撮ってくれと言ったが、逆光なので、
劇場をバックに記念写真を撮り、学校宛に送ることを約束する。
子どもたちは本当にうれしそうだ。「ありがとう」を繰り返している。

子どもたちに「日本を知っているか」と聞いてみた。一様に「知っている」と答える。「では、何を知っているか」聞くと
「日本は工業がすすんだ国だ」という答が返って来た。
子どもたちは手をふりながら別れて行った。
学校は5月25日から9月2日まで夏休みに入る。9月1日が独立記念日なので2日から始まる。大学は6月まで授業はあるそうだ。

噴水横のテラスでアイスクリームを食べ、そろそろ開場時間だと行くと、入り口に立て看板。読んでもらうと、主演の歌手が病気のため、今日は休演、チケットは他の日に使えます、と書いてあるという。「しかたがないさ。でも会場はみたかったなぁ」というと、スウェタが「では会場だけでもみせてもらいましょう」と交渉に行く。「日本からわざわざ見に来たのです。チケットも用意してある。」と云った様な事を言っているらしい。だが、それからが大変だった。入ってもいいという係、ダメだという係。結局、外にいた所長にねじ込んで許可を貰い、舞台裏から、日ごろ公開されていない部屋までみんな見せてもらった。ちゃんと案内がついて説明してくれた。

6つのロビーの内装が実に美しい。説明によると、それぞれのロビーの内装は、タシケント、サマルカンド、ブハラ、テルミズ、フェルガナの6都市を表しているのだという。彫刻はホラズム様式とか。ストロボをつけて、劇場の天井から、ロビー、胸像、かたっぱしから撮っている。本来はカメラ撮影は禁止なのだそうだが、今日は特別にOK。いやはやスウェタの一歩も引き下がらない、粘っこい交渉ぶりには感心した。25歳だというが、実にしっかりしている。日本人は諦めが早すぎるかも。でも後で、スウェタも「ウズベキスタン人だったら、交渉は無理だったかも」ともらしていた。さもあらん。

いったんホテルに帰り7時に集合して夕食に行くという、30分しかないが、ホテル内のビジネスセンターにPCがあるとエレヴェーターのところに表示が出ていたので行ってみる。バーの奥にそれはあった。「インターネットをしたい」というと、係りの女性が「このPCを使いなさい」と選んでくれた。ところがロシア語なので、@がどこにあるのかわからない。勘でおしているのだが、@を見つけられないので家にメールが送れない。そこでYAHOOを呼び出してもらったが、JAPANではない。たしか下の方に国別があったはずと探すと果たしてJAPANがあった。どうやら書き込めそう。初めての経験である。書き出すとアポストロフィの場所もわからない。すこし書いたら7時になってしまった。料金は1000スム。

車でレストランへ。赤ワインはモナリザしかないので、またこれを取る。ワインは私の担当、モナリザは5ドル。サラダと、ペリメニのスープ、これだけで十分。部屋に帰り、もう一度インターネットに行きたかったが疲れて、そのままダウン。
目が覚めたら5時だった。ほんとよく寝た。

  • ナボイ劇場の外廊下

    ナボイ劇場の外廊下

  • 劇場内のロビー

    劇場内のロビー

  • 劇場の壁

    劇場の壁

  • バザールで

    バザールで

  • 虫除けに使う草<br />除虫草だ

    虫除けに使う草
    除虫草だ

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