2006/06/19 - 2006/06/21
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adsawinさん
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ワットシーサケット寺院の中にはその古くから残る壁がも残されているがあまり良く解説されていないことと、多少説明に無理があるような部分は理解しがたい部分が多く頭が痛くなるが、タイとは異なる仏教の教え・・それがその昔タイとラオスを大きく引き離した原因があるようだ・・・寺院全体は何故か低い??周りを囲む壁などとても狭くて低く感じる・・それはタイの寺院が広いから?大きいから?かは分からないが・・そして周りの回廊に当たる部分に沢山の小さな仏像が埋められいるそれは全部で6840個あるそうだ。それがどしてかの説明はない・・自己判断からしてしまうと・・まるで墓のようだ・・骨を埋葬しない代わりにその仏像に名前を書いてそこに埋め込んでいるような??不思議な感覚・・を感じる・・タイと同じなのはやはり生まれた曜日と時間などが人生を大きく支配していることだ自分の生まれた仏様の仏像の前にはやはりみなひれ伏してお祈りをしている。
決して広くない敷地の中にその昔から変ることなく置かれているのだろういろいろなものがかろうじてその古き歴史を語る唯一の手がかりなのだ・・とふと気が付けば・・??なんと自分たちが入り込んだ場所は正面ではなく裏手から・・だから不思議なそしてチョット時代を遡るには良い景色が見れたのかもしれない。しかし管理はしているものの修繕をしている様子は見えないのがまた不思議で??当時の素晴らしい壁画など2001年のものと2004年のものと写真で比べているぐらい壁がはがれて落ちてきている部分があったりしても・・そこを修繕しないのはどうしてなのだろうか??
メナムコンが見える川から一つ内側の道になるのだが・・ワットシーサケトとは反対側の寺院をミュージアムとなっていて参拝できる・・そこはホープラケオという場所・・
歴史を遡れば?仏暦1566年当時の王様の資本なるもののすべてをLANE XANG からそしてルアンパパーンからこのビエンチャンの移されたてられたのがこのホープラケオ勿論ここはその昔は寺院ではなく王様の資産を隠す場所とでも言えば分かりやすいだろうか・・しかし1828年タイ軍に攻められ崩壊し、1936年に歴史博物間として建て直され現在に至ります。
中の撮影は勿論禁止なので出来ませんが・・建物に配置された色々な不思議なものが目を引きます。その昔仏の教えを教えるために自分なりに判断したある意味ではそういうものをも越すために石などに掘り込まれた石碑り或いはその時代を象徴したのだろう色彩、そして形、文字に至るまで、そこに深い祈りの思いが閉じ込められいる様子が伺え何だか背筋が冷たくなり〜〜〜ます。そこにあるものの全てが物凄く高価かというとそういう問題ではなく・ラオスという国の歴史がそこに残されているという感じでした、残念ですが・・高価なものはありません。それでもその昔作られた貴重な財産そして貴重な仏像が今もそこにおかれていることは嬉しく思います、なぜならそれ以外このラオスには何もない・・・
ラオスのガイドさんが日本人団体客15人ほどを連れてきていた・関西から来たと思われるおばちゃんが・・がやがや大騒ぎ・・4人の男性陣と仲良くなり。。今晩の食事の予定などを聞きだしている・・いいのかあ??何しにきてるんでしょねえ・・・??横道でしたあ・・
歴史がなぜ??閉ざされているのか??当時或いは最近でもラオスの王族の血を引く人々がタイで殺される事件もおきたばかりでその点も本当は知りたいところだが・・聞くには少々恐怖を感じるその後タイに戻れなくなるのも怖い気がして・・・・
最近だけではなく官僚いわゆるおつきにいたるまでその当時の王様の血を引く或いは側で仕事をしていた人々はコトゴトク殺されている・・不思議な出来事として注目されているが・・どうして??おそらくとタイ人とラオス人は言います。その当時の乱戦の中王族はアメリカへ逃げて命を取り留め生きてきたでしょう・・・それが現在までの歴史とその当時何がおきたかを知る人間がラオスに戻りその歴史を塗り替えれば・・??今までのラオスはなんだっ他のだろうか?という問題にまで発展しラオスの国自体が収集着かない状態になるだろうといわれていること・・しかりまた・・殺された場所はノンカーイになるあの不思議なものばかりが作られおかれている寺院ワットサンケオの中であったことなど・何十年もの間アメリカや異国で生きてきた夫妻・母国に戻り歴史を立て直すと目の前のあの友好橋を渡る直前に・・・目の前の自国を見ながら命を落とした最後の血族どんなことが起きていたのだろうか??これはかなりの興味深々でも中々表に出てこない実態はおそらく警察やら高官やらが関係しきるのだろう・・とタイ側とラオス側の間にあるその七不思議はいつか?日の目を見るだろうか??その本当の意味を・・知りたい!!・・道がそれてしまいましたが・・・
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さてそこだけ本当に昔のまま手を付けられていない古いながらもドシリとした貫禄は流石同じ仏教徒の国である。
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観光客用に簡単な説明はしてあるが・・・その深くは誰が知るのだろうか??というくらい簡略化した内容でした。
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周りの回廊に当たる部分に沢山の小さな仏像が埋められいるそれは全部で6840個あるそうだ。それがどしてかの説明はない・
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中の撮影は禁止されているので出来ないまでもここまでフランスの手を借りて修復して来た歴史ある寺院ならば・・もう少しいたわり修繕する方法はないものだろうか??2001年の時点のある壁画の写真と2004年度の現在の壁画の写真を見せていてもそれがどれだけ崩れ落ちているかを見て理解出来ても。。どうすること出来ないし・・それでは管理費を入場料を取りながらどうしたらこの後の時代へと流れて行けるのだろう・・
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壁などの色が物凄く古い感じこういう景色は本当に重要文化財として後々まで残して欲しいそういう部分をもっと大事にして欲しいラオスの国よ・・・・
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がかりなのだ・・とふと気が付けば・・??なんと自分たちが入り込んだ場所は正面ではなく裏手から・・だから不思議なそしてチョット時代を遡るには良い景色が見れたのかもしれない。
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正面を出るとその昔の情緒を感じる建て物がある・・けれども既に廃墟とかし誰も住んでいない様子がすぐ分かる・・しかしそれがその時代の流れを証明しているようだつた。
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歴史を遡れば?仏暦1566年当時の王様の資本なるもののすべてをLANE XANG からそしてルアンパパーンからこのビエンチャンの移されたてられたのがこのホープラケオ勿論ここはその昔は寺院ではなく王様の資産を隠す場所とでも言えば分かりやすいだろうか・・しかし1828年タイ軍に攻められ崩壊し、1936年に歴史博物間として建て直され現在に至ります。
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メナムコンが見える川から一つ内側の道になるのだが・・ワットシーサケトとは反対側の寺院をミュージアムとなっていて参拝できる・・そこはホープラケオという場所・・
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このパヤナーはノンカーイでも象徴的な存在なんですが・・・このラオスのどの寺院でも必ずいるのでやはりパヤナーにも何か伝説があるのではないだるかと興味津々なんです。
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その昔ほかに書き残す場所も物もなく自分の調べた太陽の位置や月の位置などいろいろな方法で出された方位学などを書きとめられている石碑などがおかれている・・どれも似ているようで少しずつ異なる様子が時代だろうか
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入り口などの装飾はかなり手が込んでいる
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その昔のデザインだとしたらかなり現代的かも
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この花の花びらの部分はタイを旅行した人ならきっと見たことがあると思いますが・・車の窓ガラスに掛けて飾られている花や交差点で売りに歩いている子供達が手にしている花のレイなどになる花の木です。
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こんな形をしています。みなこの部分は良くプラスチックだと思われがちですが・・本物の花なんですよ・・しかも長持ちします。
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表に出て車を探そうと出てみた町の風景
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トゥクトゥクから見た町の表情
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サンフランシスコとまではいかないけれども・・坂道はかなりきつそうなのぼり・・この先にはあの豪華な金作りのワットトーンルアング
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