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「イスラム教についてどう思われますか?」 <br /> 長距離列車のコンパートメントのなかに、唐突な質問が飛び込んできた。 <br />「あなたは英語がわかりますか? わたしの質問がわかりますか?」 <br />ピシッとしたスーツ姿の紳士はまじめな面持ちで尋ねながら、前の座席に腰掛けた。 <br />4人づつが向かい合って座れる列車のコンパートメントは、指定席であろうがなんだろうが入れ替わり立ち代わり人が出入りする。「退屈な長旅、せめて話し相手でも」と、見知らぬもの同士が共通の話題を探し、アチラコチラの席を行き来するのだ。 <br />言葉もわからないわたしは目を落としていた文庫本から、紳士に目を向けた。 <br /><br /> 紳士の口元から流れ出た言葉に一瞬、たじろがされた。 <br />シリアスな質問にも驚いたが、流暢な英語の発音が驚きだったのだ。 <br />英語が母国語でない人々の場合、朴訥な感じの発音が聞き取りやすく、ぶつ切りの音が、英語が母国語でない我が身を安心させてくれる。 <br />イスラム圏でもそれは例外でなく、お互いに無骨な英語をやり取りすることで旅の幅が広がった気になり、大いに救ってくれていた。紳士の口元から発せられた英語はきわめて英語的な発音だった。 <br /><br />「イスラム教についてどう思われますか?」 <br />同じ質問が発せられる。 <br />「難しい質問ですね。正直、日本人はイスラム教に関してあまり詳しくないのです」 <br />ガイドブック程度の知識しかないことを正直に答えた。 <br />「日本の方なのですね。では仏教に関して聞かせてください」 <br />こちらがさらに困るような質問が重なってきた。 <br />「日本はほとんどが仏教徒だそうですが、仏教のよいところを教えてください」 <br />ストレートな質問が続く。苦笑いしていたわたしは、イスラム教への日本人が持つイメージや情報、日本人の日常における宗教へのかかわりが皆無に近く、若い世代のほとんどが宗教に携わっていないことなどを話した。 <br />客観的に話ししたつもりであったが、紳士はまったく信用してくれなかった。 <br />「日本の日常生活に宗教はないのですか?」 <br />「家族や友達と宗教の論議をしないのですか?」 <br />「礼拝に行かないのですか?」 <br />「宗教上のルールはないのですか?」 <br />「寺院には毎週行かないのですか?」 <br /> 日本では日頃、宗教論議などしませんよ、といっても信じてもらえない。 <br />逆に察すれば、それほど彼らの生活のなかで宗教は大事なことなのであろう。 <br />日本人の宗教へのかかわり方をいくら説明しても理解を示してもらえない。 <br />気づくとコンパートメントの入り口には人だかりができ、日本人旅行者対イスラム紳士の宗教論議を興味深そうに眺めている。 <br /><br />「日本にもイスラム教徒はいるのですか?」 <br /> いぶかしげな紳士の質問の矛先が変わった。 <br />「いますよ、東京や他の町にもモスクがありますよ。この国のモスクとはサイズが違いますけどね」 <br />「おお」 <br />ギャラリーが喜ぶ。 <br />「日本人の何パーセントぐらいがイスラム教ですか?」 <br />「さあ、それは微々たるものでしょうねえ」 <br />「うーん」 <br />ギャラリーが残念がる。 <br />「しかたありませんね、日本は遠いですから」 <br />「あなたがいつかアラビア語を理解するときが来たら、この本を読んでみてください」 <br />豆単サイズの小さな本を手渡された。 <br />「簡単なコーランです。いつも手元に置いてください、この本があなたを守ってくれます」 <br />「わたしはイスラム教の宣教師なのです」 <br />紳士の唐突な質問の謎がこのひとことで解けた。 <br />そういうと紳士は停車駅で降りて行った。 <br />人がいなくなったコンパートメントで、読めないアラビア文字のページをめくっていると、奇妙な宿題をもらった気がして、なんだか微笑がこぼれてきた。 <br /><br /><br /><br /><br /><br />文・写真 <br /> 神奈川県生まれ。シンガポールの現地旅行会社勤務を経て、帰国。海外専門ツアーコンダクターとして動き出すと同時に、フリーランス・ライターとしても始動。旅行記事はもちろん、得意のアメリカン・スポーツに関してもカメラを担ぎ、ひとりで取材に駆け回る。TOUCHDOWN PRO マガジンに連載を持ち、Number、Sportiva、地球の歩き方にも寄稿。旅行業の経験を生かして、即日飛び立つことから“空飛ぶライター”の異名をとる。 <br /><br /><br /><br /><br />Escape <br />発行周期:毎週木曜日、特集号(不定期)、ショッピング号 <br />発行元:株式会社 サイバーエージェント

Escape 89 トルコでもらった宿題

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2005/07/12 - 2005/07/13

2994位(同エリア4386件中)

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delfin

delfinさん

「イスラム教についてどう思われますか?」
 長距離列車のコンパートメントのなかに、唐突な質問が飛び込んできた。
「あなたは英語がわかりますか? わたしの質問がわかりますか?」
ピシッとしたスーツ姿の紳士はまじめな面持ちで尋ねながら、前の座席に腰掛けた。
4人づつが向かい合って座れる列車のコンパートメントは、指定席であろうがなんだろうが入れ替わり立ち代わり人が出入りする。「退屈な長旅、せめて話し相手でも」と、見知らぬもの同士が共通の話題を探し、アチラコチラの席を行き来するのだ。
言葉もわからないわたしは目を落としていた文庫本から、紳士に目を向けた。

 紳士の口元から流れ出た言葉に一瞬、たじろがされた。
シリアスな質問にも驚いたが、流暢な英語の発音が驚きだったのだ。
英語が母国語でない人々の場合、朴訥な感じの発音が聞き取りやすく、ぶつ切りの音が、英語が母国語でない我が身を安心させてくれる。
イスラム圏でもそれは例外でなく、お互いに無骨な英語をやり取りすることで旅の幅が広がった気になり、大いに救ってくれていた。紳士の口元から発せられた英語はきわめて英語的な発音だった。

「イスラム教についてどう思われますか?」
同じ質問が発せられる。
「難しい質問ですね。正直、日本人はイスラム教に関してあまり詳しくないのです」
ガイドブック程度の知識しかないことを正直に答えた。
「日本の方なのですね。では仏教に関して聞かせてください」
こちらがさらに困るような質問が重なってきた。
「日本はほとんどが仏教徒だそうですが、仏教のよいところを教えてください」
ストレートな質問が続く。苦笑いしていたわたしは、イスラム教への日本人が持つイメージや情報、日本人の日常における宗教へのかかわりが皆無に近く、若い世代のほとんどが宗教に携わっていないことなどを話した。
客観的に話ししたつもりであったが、紳士はまったく信用してくれなかった。
「日本の日常生活に宗教はないのですか?」
「家族や友達と宗教の論議をしないのですか?」
「礼拝に行かないのですか?」
「宗教上のルールはないのですか?」
「寺院には毎週行かないのですか?」
 日本では日頃、宗教論議などしませんよ、といっても信じてもらえない。
逆に察すれば、それほど彼らの生活のなかで宗教は大事なことなのであろう。
日本人の宗教へのかかわり方をいくら説明しても理解を示してもらえない。
気づくとコンパートメントの入り口には人だかりができ、日本人旅行者対イスラム紳士の宗教論議を興味深そうに眺めている。

「日本にもイスラム教徒はいるのですか?」
 いぶかしげな紳士の質問の矛先が変わった。
「いますよ、東京や他の町にもモスクがありますよ。この国のモスクとはサイズが違いますけどね」
「おお」
ギャラリーが喜ぶ。
「日本人の何パーセントぐらいがイスラム教ですか?」
「さあ、それは微々たるものでしょうねえ」
「うーん」
ギャラリーが残念がる。
「しかたありませんね、日本は遠いですから」
「あなたがいつかアラビア語を理解するときが来たら、この本を読んでみてください」
豆単サイズの小さな本を手渡された。
「簡単なコーランです。いつも手元に置いてください、この本があなたを守ってくれます」
「わたしはイスラム教の宣教師なのです」
紳士の唐突な質問の謎がこのひとことで解けた。
そういうと紳士は停車駅で降りて行った。
人がいなくなったコンパートメントで、読めないアラビア文字のページをめくっていると、奇妙な宿題をもらった気がして、なんだか微笑がこぼれてきた。





文・写真
 神奈川県生まれ。シンガポールの現地旅行会社勤務を経て、帰国。海外専門ツアーコンダクターとして動き出すと同時に、フリーランス・ライターとしても始動。旅行記事はもちろん、得意のアメリカン・スポーツに関してもカメラを担ぎ、ひとりで取材に駆け回る。TOUCHDOWN PRO マガジンに連載を持ち、Number、Sportiva、地球の歩き方にも寄稿。旅行業の経験を生かして、即日飛び立つことから“空飛ぶライター”の異名をとる。




Escape
発行周期:毎週木曜日、特集号(不定期)、ショッピング号
発行元:株式会社 サイバーエージェント

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この旅行記へのコメント (1)

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  • osdさん 2006/01/24 19:56:18
    初訪問です。_(_^_)_
    空飛ぶライター 殿

    釜山篇を覗き、こちらに移って来ました。さすがプロ、無駄なく書き込まれて、読ませます。これから楽しく追っかけさせて頂きたいと思います。
    アメフトは面白い…がトテモジャないが日本人の骨格では無理!100?以上の巨漢が短距離アスリート並みのスピードとパワーでガチンコ!骨の細い日本人は壊れる。武蔵、陽介山クラスでは無理だ。
    これからも、いろいろ情報楽しみにしています。
    また、海外旅行についてもおしえてください。
    ※お気に入り登録したいと思います。よろしくお願いします。

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