スキピオさんへのコメント一覧(5ページ)全94件
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すいこまれそう・・
スキピオさん、こんばんは、
この、アブルヴォワール通り、パリの何気ない街並・道の写真
でも、とっても懐かしい・・行ったことはないのに・・
向こうに吸い込まれそう。
拡大してみると更にいいですねー
ユトリロのお墓考、これも拡大し、よーく見ると・・
まず台座が斜めなのですね。斜面だから?
ヘレニズムに違和感があるというより、高さのバランスが良くない?
ミニチュアドーモの様なお墓だったら?
でも、それは、ユトリロのイメージでも無いし・・
ま、人様のお墓を観賞の対象にするのは、失礼な!って出てきそう・・
又、製作中のところおじゃましてしまいましたー
RE: おはようございます。
パルファンさん、おはようございます。
おっしゃるとおり、「アブルヴォワール通り」からのサクレ・クール(ダリダの視点)はいいですね。まさに、ユトリロの世界です。絵心のない僕にはもったいない風景です。きっとパルファンさんなら、すてきな水彩画になるでしょう。
ところで、そのユトリロの墓ですが、この墓地自体は斜面にありますが、もちろん墓石は水平になっています。
ヘレニスムとクリスチャニスム、この相反する(敵対する?)ふたつの美意識の混在はほかにもあるのかどうか、今度は気をつけて観察したいと思います。
作成中にも関わらず、遊びに来てくださり、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。2007年07月12日08時01分 返信するRE: すいこまれそう・・
スキピオさん
あぁ、とっても難しそうなことになってきました〜
<ヘレニスムとクリスチャニスム、この相反する(敵対する?)ふたつの美意識の混在・・>
それぞれ独立には、耳にしているけれど・・
この相反する・・以下は??の連続です。
でも、きっとこの様な歴史・文化形成を熟知していらっしゃるから、人を唸らせる
旅行記ができるのでしょうね・・
これからも、読んでは忘れていくことの多くなったパルファンですが、
大いに学ばせてください。よ・ろ・し・く
2007年07月13日18時48分 返信するRE: おはようございます。
パルファンさん、おはようございます。
面倒なカタカナ言葉を使って申し訳ありません。
要するにヘレニスムは古代ギリシャ的な美的価値観のこと、その価値観はキリスト教からすれば、ゼウスやアポロン・デュオニソスを神と仰ぐ邪教です。ですから、中世においてそれは「火あぶり」に値する異端ということになります。
オリンピック競技を始め、中世のキリスト教はギリシャ的なもの(ヘレニスム)を徹底的に弾圧し、一掃しようとしました(中世の時代)。ヘレニスムのほうは別にキリスト教をあまり敵視したとは思えませんが・・・
いずれにしても、十字架とヘレニスム、珍しい気がします。もっとも19世紀も末になると、時代が時代ですから、なんでもありでしょうが(オリンピックの復活・・・クーベルタン)。
そんな、こんなで美術は楽しい、です。
[追記] ふと思い出しましたが、「マドレーヌ教会」は建物がヘレニスム様式(ネオ・クラシック)の教会ですね。でも、もともとはナポレオンが帝国陸軍を賛美するためにまさにギリシャ的な神殿を作ろうとしたものです。ところが、完成前に彼は失脚し、のちのブルボン家はそれを教会にしました。ちぐはぐなのはそのためですが、あれはあれでかえって美しいですね。2007年07月15日10時21分 返信するRE: merci bien
スピキオさん
とっても、明瞭な説明ありがとうございました。
どこかで読んでいたとしても、頭に残っていなかったのが
今回直接教えて頂いたおかげで、きっと定着するのではないかなぁ、と。
そして、歴史的なものを新たな目でみれるかなぁと(大げさ!)・・嬉しい限りです。
また、追記も。以前の旅行記でマドレーヌがあったのを思い出し
<マドレーヌからヴァンドーム広場・・>を開けてみました。
(そして、誤記を見つけちゃいました<今からちょうどニ百年前の2006年>)
パンテオンもギリシャ建築風と思われるのですが。これは、逆に教会として造られたのが、霊廟になったのですね。
取るに足りぬ質問にご丁寧なお返事ありがとうございました。
2007年07月20日13時14分 返信するRE: そうですか、お恥ずかしい。
パルファンさん、こんにちは。
そうですか、「2006年」とは、お恥ずかしい次第です。僕は昔から粗忽者と言われていますから。さっそく直します。
ご指摘のように、パンテオンは当時(18世紀)流行していたギリシャ・ローマ様式で建てられました。目の前のミシュラン・ヴェールによると、ルイ15世が病気になったとき、快癒したら、半ば廃墟になっていたサント・ジュヌヴィエーヴ教会を壮大な建物にすると誓いを立てたのだそうです(1744)。設計者はスフロで、1758年にやっと工事が始まり、完成したのはさらに遅れて1789年でした。時は、大革命勃発の年、後に革命政府は反カトリックですからもちろん教会にせず、偉人を祀る霊廟にしたというわけです。
失礼しました。ご指摘ありがとうございます。2007年07月20日17時25分 返信する -
スキピオさん 今晩は!
スキピオさん 今晩は! 旅人のくまさんと言います。ご訪問有難うございました。
最近旅行記のアップを始めたばかりですので、今は写真アップの最中です。アメリカ旅行記が一段落しましたので、次は欧州旅行記の写真アップの予定です。
欧州の墓地巡りは、いいアイデアですね。歴史と文化が実感できそうです。
これからもよろしくお願いします。2007年07月08日20時45分返信する -
街歩き・・・人・人・人
スキピオさん
こんにちは
建築趣味の浅見です。
都市は人間が中心ですからこの様な旅行記が好きです。どこを訪れても土地の人々、旅行者、そして両者の交流などの写真も撮っています。見知らぬ人に声をかけて何かしらの反応があるのは楽しいです。言葉はまるっきりダメですが、手振り身振り漫画など総動員してナントカ通じた気分になっています。相手は大迷惑かもしれないが・・。大体暇そうな老人、公園の子供連れの奥さんなどが反応は良いですね。
現在は建物の写真ばかり載せていますが、そのうちに街の雰囲気も載せたいと思います。
では又
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夜中のお墓
夜遅くに・・お墓にきてしまいました〜
確かトップにはモンマルトル2、だったのが今みるとペール・ラシューズに・・
うなずいてみたり、え、これは知らないや等おもいながら魅せられてます。
これらのお墓の登場者たちは、先に決まっていてお墓を見つける?
それとも、お墓ありき、から登場者をみつける?
とってもその過程に興味があります。ひょっとして、その道の方?
詮索はよします〜
そして、サンルイ島の記述・写真は、やっぱり充実!!
懐かしいショコラティエ「カカオ・エ・ショコラ」・・滞在していたスチュデェオは
あの角を曲がった、イスラエル料理店の隣でした・・
カミ−ユ・クロ−デルの家に召されたのは、日ごろの情熱の賜物かしら?
パリの知られざる部分を、次から次と語ってくださる旅行記を楽しみに
しております。・・・パルファンはいよいよ今週後半に出発です・・・
2007年05月22日00時43分返信するRE: 真夜中の墓地にようこそ
パルファンさん、真夜中の墓地にようこそ。でもご安心を・・・どうやらフランスに幽霊はいないようです。
ご質問に答えさせていただきます。
「これらのお墓の登場者たちは、先に決まっていてお墓を見つける?」・・・「はい、99%はそうです。でも、今回のモンマルトルの場合、フランシス・ロペスの墓はその場で偶然見つけました。目的の墓を探すには、墓地の入り口でもらった地図を頼りにします」
「ひょっとして、その道の方?」・・・「その道がどんな道かわかりませんが、フランスの文学・歴史・芸術・音楽・映画・・・要するにフランス文化にものすごく興味を持っています」
そうですか、「カカオ・エ・ショコラ」の近くに滞在なさっていたのですか。いいところですね。
こんないい時期にヨーロッパ旅行(?)にいらっしゃるなんて、うらやましい限りです。 BON VOYAGE!
おみやげの旅行記とスケッチを楽しみにしております。2007年05月22日10時15分 返信する -
いやぁ〜。
こちらの旅行記でブルボン王朝の歴史をお勉強させて貰ったっす〜。
ヘタな小難しいおフランス史より、読みやすくてためになるどす、
ありがとう御座います。
ところで、王家の墓所とすて有名なサン・ドニ聖堂どすが
肝心の聖サン・ドニさんの聖遺物はあるのどすかな?
迷子は個人的にはアンリ・ド・ブルターニュ妃には
おフランス王家に嫁がずに、、、ブルトン公国で頑張って欲しかった
気も少し、、、???
後のおフランス革命でブルトン文化圏は
完全に共和国に飲み込まれたどすな。
今でも独立国だったら、、、、
あれっ?そうどすた、迷子はブルトン語は勿論
おフランス語も出来ないから同じ事か、、、。(爆)
RE: こんばんは。
迷子のプロさん、記事を読んでくださりありがとう。今見直したら、いくつか誤植がありました。火刑が家計とか・・・
ところで、サン・ドニさんのことですが、彼の遺体は3世紀半ば、ガロ・ロマンの墓地のまん中におさめられたそうです。この聖堂はその上にたてられたのですから、彼の骨は地下を掘ればありそうなものですが、手元のガイドブック(聖堂で買った)にはそのことに触れていません。
そうですか、迷子さんもブルターニュが独立国だったら、とお思いですか。もしかしたら、ブルターニュでは葡萄が採れず、ワインがなかったので、独立気運が失せたのではないでしょうか(冗談を含む)。いずれにしても、農業的にはあまり豊かではなかったかも知れませんね。なにしろ、サン・マロなどは海賊の町でしたから。
でもケルトの音楽はいいですね。そうそう、今 Manau というラップグループにはまっています。彼らは、ケルトの物語などを伝統的な楽器(バグパイプなど)を使って、ラップで語っています。お聞かせできないのが残念です。
では・・・2007年05月16日00時24分 返信する -
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な〜るほど。
フリーメーソンと聞けば何やら秘密の匂い??
一般に公開されているんどすな、お土産の絵皿もあり??
アメリカのドル札の裏にある目は神の目だったんすね、
そう言えば、、ココは昔のテンプル騎士団とも関係が深いのかな?
(○・コードの影響かすら?)
ロスリンチャペルのお土産屋さんにはメーソンの
マーク(コンパスと定規?だっけ)キーホルダーとか売ってたっす。
メーソン、薔薇十字、イエズス会、カバラ神秘、、、
謎と不思議の雰囲気がプンプン〜どすな〜。RE: そうなんです。
そうなんです。僕は買いませんでしたが、フリーメーソンのパリ本部にお土産も売っていました。いろいろあったようです。
それから、この建物は、残念ながらテンプル騎士団とは関係なさそうです。もとは、リシュリュー元帥という貴族の館でした。
テンプル騎士団と関係あるのは、ルイ16世とマリー・アントワネットが閉じ込められていた「テンプル(タンプル)塔」です。のちに彼らの聖地になるのを恐れたナポレオンがその建物を完全に破壊してしまったそうです。その跡地は今、市場(「テンプル市場」)となっていて、隣には「テンプル(タンプル)スクェアー」や「テンプル通り」があります。少なくとも名前は残っています(3区)。
それにしても、ロスリンチャペルにメーソンのキーホルダーが売られているのはおもしろいですね。まさかそのチャペルはカトリックではないでしょうね(カトリックとメーソンは敵同士のはずですから)。2007年05月12日22時45分 返信する -
スキピオさん、こんにちは!
私の旅行記への訪問と投票ありがとうございました。
また勝手ながらトラックバックさせていただきました。
しかし、スキピオさんの完璧な旅行記を見たあとで、
私のところへ飛んできた人にとってみると、
私のカキコミは非常に貧弱で、ガッカリすること間違いなし!笑
というところですが、どうぞよろしくお願い致します。
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ペール・ラシェーズ墓地
スキピオさん、こんにちは。
「ペール=ラシェーズ墓地」の旅行記着々と進んでいますね。
私もたくさん写真を撮りましたが、広大すぎて手にあまるのでスキピオさんにお任せします。
トップの写真はショパンのお墓ですね。やはり美しいですものね。
最後の少年と犬の彫刻のあるお墓は行くたびに目を留める親しみのあるお墓です。
あの少年は私のイメージでは「小公子」のセドリックです。



